42.やっぱり俺、女難の相が出ている気がする。でも勘違いだと嬉しいなぁ……
「あのさ……」
魔法使い予備軍にとっては、現在の状況は決して”ご褒美”などでは無く……
「うん? なんだい、クソ野郎?」
……確かにさ、こうして皆が俺の事を想って労ってくれるって嬉しくないと言えば、そりゃ嘘になるよ? でもね、女性とのスキンシップに慣れていない、ってのは、うん。正直あるんだけれどさ。
「出来れば、そろそろ離してくんないかな? 君達……」
ってーか、革鎧を着込んだままの彼女達に抱きつかれてもね、心のどこかで期待していたやわらか天国には、到底なり得なかった訳で。はっきり言ってしまうと、ゴツゴツと固いのが当たって地味に痛い。
「不許可、です。私達が満足するまで、もう暫しお時間をくださいまし♡」
ああ、やめて。胸に頬ずりしないで。気が抜けて”影縛り”が解けちゃうかもだから。危ないからホント勘弁して下さい、マジでマジで。
「すん、すん……ああ、レグナードのにおい、いい……でも、仄かに下水風味……?」
「やめろ」
あの後すぐ身体を清拭したとはいえ、長時間あの下水道を長時間歩き続ければ当然服にも臭いが染み付いてしまう訳で。くそ、今のシルヴィアの一言で一気に現実に引き戻された気分だわ。ってーか、なんだよ”風味”ってよぉ……何となく意味が解る気がするところがスッゲー嫌だ。
「ぐぶるるぅぅぅあああああっ!!」
……あ。放置プレイ喰らったせいで”大地の人”のおっさん(?)がマジギレしてら。
でも、いくら藻掻いたところで無駄な努力だよ。暗黒闘気で編んだ鎖を引き千切る為にはどんな属性でも構わないが、込められたモノと同程度の”闘気力”が最低限必要になるから。どうやらこの大地の人は闘気系の技能を持ってはいない様だ。
「……な。だから、ほら。いい加減アレを何とかしなきゃだし。そろそろ……ね?」
「「「…………」」」
俺の説得が効いたのか、三人は黙って離れてくれたが、そのまま彼女達は未だ拘束に抗おうと無駄な奮闘を続けている"大地の人”に向け、ゆっくりと歩を進める。
「んごぉっ?!」
……あ、理想的な角度でアストリッドの左フックが”大地の人”の顎を抉る様に捉えた。
「ぶっ、がっ…………」
続けてシルヴィアの右ストレートが丸く大きな鼻っ面を正面から貫き、直ぐ様トドメとばかりにアンの黒檀製の魔杖が大上段から脳天へと勢いよく振り下ろされた。
やたらと鈍く重い音が三回、廊下で立て続けに響き、大地の人、完全K.O
今、目の前で起こった出来事を”現実”として受け入れる為には、俺の中に在る彼女達への認識やら常識やらが色々と邪魔をする。
だけれど。
……これは現実。
これが、現実……
「さ。これで、もう何も問題無いよネ? クズ野郎♡」
「ええ。何も憂いはありません、ねっ♡」
「だから、頑張ったオレ達にご褒美くれよ、レグナード♡」
そしてまた三人による抱擁包囲網アゲイン。だから革鎧が当たって痛いんだって。やめて、もう少し力抜いて……
「は、ははは……は……」
ああ、これからなるだけ彼女達を怒らせない様、気を付けるとしよう。今の三連携を喰らったら、黄金級の俺でも簡単に死ねるわ。
◇◆◇
もう面倒臭いから、結論から言ってしまおう。
捕らえた"大地の人”とのコミュニケーションは、人類種の俺では無理だった。
人類種を信用していないのか、はたまた言葉が本当に通じないのか……こちらがいくら問いかけたところで、そっぽを向いたままの態度では、さっぱり解らないのだ。当然その様な状況では、影の鎖の拘束なんか解ける訳もない。
「……はぁ、アストリッド。お願いしても良いかな?」
「仕方有りませんね……あまり気が進まないのですが」
こうなっては、この”大地の人”には言語、信用どちらの問題も当て嵌まっているのだと判断して、彼女に丸投げするしかない。
すごく嫌そうな表情を浮かべるアストリッドに何度も頭を下げながら、役立たずである人間の俺達は少し後ろに下がって様子を見守る事にした。
「……何か、アストリッドがあんな顔するなんて、ボク思ってもみなかったよ」
「だな。レグナードのお願いなら、どんな事でもあいつは喜んで聞く……って印象あったのにさぁ」
「……え、そうなの?」
「「……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」
なんだよ、二人してその深い深い溜息は? 一度俺の顔を見てから溜めに溜めてのソレには、割と傷付いたのだが。
「……ああ、うん。気にしなくて良いから。なんだかそれが本当に鈍感野郎らしくてさ。うん……」
「そそそそ。ずっとそんなレグナードでいてくれれば良いから。そうすればオレ達皆平和だから」
何故だろう? 二人のその言葉が妙に腹立つのは。
「「だから、忘れろ♡」」
くそう。気を取り直してアストリッドの”説得”の様子を覗う。
……やはり亜人種だけで通じる言語があるのか、声ははっきり聞こえているのに、二人の会話の内容が俺達には全然分からない。
あれ? 何故だか妙に雲行きが怪しくなってきた様な気がする……それもこれも、会話を重ねる毎に二人の表情が随分と険しくなっていってるせいだと思う。
……うわぁ、アストリッドがあんな冷めた表情をするのは、初対面の時のアレ以来だ。
「……ありゃ? ゴミ野郎、なんかちょっとヤバくね?」
うん。二人ともヒートアップしてきたのか、随分と声が大きくなって来てるというか、言い合いというより、もうすでに怒鳴りあいになってるし。
「……かも? すまないが場合によっちゃぁレフリーストップもあり得るので、二人とも準備よろしく」
「ってーかさ、二人して何喋ってっか解ンねぇし、どこで止めりゃ良いんだい、コレ?」
ダヨネー。シルヴィアの指摘の通り、正直止め時が全然解らない。かなり険悪な雰囲気だってのは、今にも噛み付き合いでもしそうな二人の表情からすぐに読み取れるのだが、何がどうなってこんな展開になっているのか、それは完全に謎だ。
「あー……、アストリッド。ちょっと良いか、な……?」
今にも爆発しそうになる感情を抑えようとしているのか、力一杯握りしめた拳を振るわせる彼女の様子に、俺は止めに入った。そのつもりでいたのだが……
「んごぉっ?!」
アストリッドが力一杯握りしめていた拳は、彼女の理性によって抑えられる事無くそのまま綺麗な弧の軌跡を描き、未だ暗黒闘気で編み込まれた鎖に縛られている"大地の人”の脳天を痛烈に穿った。
「はあぁぁぁぁぁ……ああ、もうっ、だから鉄臭く品性の欠片も無い"大地の人”は嫌いなんだっ!」
痛打を浴びて気を失った”大地の人”の前で、アストリッドは未だ怒りを抑えきれないのか、床を何度も音高く踏み続けた。
「ああ、ごめんな、アストリッド……俺が、悪かった……ね?」
彼女の心労を慰めてやるには、あそこの店の”少し余所行きの高級生菓子”だけじゃあ、絶対に足りない気がするんだ。
女性に喜ばれる良い”ご褒美”を、誰でもいいから俺に教えてくれないかな?
このままだと、俺の方が確実にぶっ倒れそうだから……さ。
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