41.事前確認、大事。でも結局最後はいつも通りの力押しなんだけれどね。
アンの魔法で眠っているミリィを冒険者に託し立ち上がった所で、青い顔をしたシルヴィアが戻ってきた。
「レグナード、ありゃヤベーわ」
暴れているという大地の人の持つ”戦力”もそうだが、そもそもの状況が異常過ぎるのだとシルヴィアは言うのだ。
「何処から出したのか解んねぇけど、デッケぇ大槌を軽々と振り回しててさ、なんか大声で喚いてんの。どうにもこっちの言葉じゃねぇっぽいから何言ってンのか全然解ンねぇし、やたら酷く荒れてるしさぁ。ありゃもう疲れるの待った方が絶対良いぜ……」
……考えもしなかった。
そうか、種族が違えば当然の話だ。”言語の壁”という問題があるのは。
「どうして暴れているのかは、何となく見当は付くが……さて。どうやって大人しくさせるか……だな」
いきなり拉致されて、薄暗く汚い部屋に監禁された挙げ句に”試し斬り”とやらで両手両足を斬り落とされたりすれば、そりゃ人間不信にもなるわ。極めつけに次に目覚めたら知らない天井でした……となったら、俺だって暴れるし、誰だって大荒れだ。そこに来て大人しくしてもらう為の説得やら、事情を説明したくても”言語の壁”が横たわってはそれも難しい。
「そんなの、いつも通りで良いんじゃね? 会話が成立しないなら、もう最初から気にしないで強引にやっちゃえばさぁ」
事も無げにアンはそう提案する。あ、また揺れた。そろそろ建物にも限界が見えてきたか? 天井からパラパラと埃までが落ちてきた。
「ミリィ様の件もございますし、そこまであちら様に配慮する必要なぞ無い……私もそう思います」
そだね。まずアレを大人しくさせなきゃ冒険者ギルドの本館が崩落しかねない。
一応は、ドゥーム男爵家は商人としての側面……というか、今じゃそっちのがメインだな……もあるので、その当主の俺は複数の言語を習得している。
大陸共通語として用いられる事の多い旧東王国語に、新東王国語と、この国の言語でもある帝国公語、馬鹿野郎の出身でもある西風王国語なら会話、読み書きもできる。それ以外の少数言語でも読み書きならば大体できるが、日常会話となると少々怪しい……というか、この四つの言語の内二つも習得していればこの大陸の何処を旅しても困る事は殆ど無いのだ。
そういや、南方の小国の出身であるシルヴィアは、帝国公語でしか俺達とは会話ができない。それ以外の言語となるとダメだったのを失念していた。
「悪口だけなら、それこそ十カ国語くらいは軽くイケるんだけどなっ!」
「はい、はい……」
その代わり聞き取りになると……って、うん、初手から間違っていたのか。
「……仕方無い。一応”説得”はしてみるけれど、手に負えなさそうなら……アン、頼むよ?」
「りょっ♡」
「ああ、それとアストリッド。もしも、なんだけど俺達の知らない亜人種だけに伝わる言語とか……あったりする?」
相手が”大地の人”である。そもそも”人種”それ自体が違うのだから、文化や生活様式が違って当たり前。そうなれば、伝わる言語だって違うに決まっている。最初からそういう方向で考えて然るべきだったのだ。
治療中、彼らと普通に会話が成立していたので、そのことを俺は完全に失念していた……って、これは言い訳になるのだろうか?
「……人間種にとって未知なのかは私には解りませんが、森の人にとっての公用語は、確かにあります」
「じゃあ念の為、俺がダメだった場合は説得を頼む。でも基本方針は大人しくさせる事が最優先だからね。君の技量を信頼しているけれど、危険に曝したくは無いのだから」
本音を言えば、ミリィをあそこまで傷付けたそいつには、何らかのケジメを無理矢理にでも付けさせねば嘘だろう。
だが、こうなった理由も解らなくは無い自分が在るのも事実だ。
そして、その責任が俺にあるというのも……
だから、基本方針は多少強引にでも大人しくさせる。
話が通じるかどうかは、完全にその後の話だ。
「ま、ここでグダグダしてても仕方が無い。行こうか」
「「あいあい☆」」
「はい」
◇◆◇
「うららららぁあああああああっ!!」
何処に隠し持っていたのか、自身の身長より遙かに巨大な大槌を力一杯白壁に打ち付ける”大地の人”を見た瞬間、俺は説得の線を諦めた。
横幅だけなら大鬼も斯くやといった髭モジャのそいつは、振り回す大槌が示す通り筋骨隆々のかなりの”異常戦力”だった。白壁に大きな穴が幾つも開いている。この建物の外壁は魔物氾濫をも想定して、中級魔術の直撃でも耐え得る程に分厚く強固なのに、だ。
「……畜生っ、最近本当に魔法の通りが悪ーいっ!」
アンの深層睡眠術は、簡単に抵抗されてしまったらしい。そうとう悔しかった様だ、地団駄踏んでるよ。
魔法を抵抗したって事は、その時点で自身に魔法が撃ち込まれたと解ったって事だ。当然反応してくる訳で……短い足をバタバタさせながらこちらへと向かってくる姿は滑稽にも映りはするが、そこに込められた獰猛なまでの殺気と威圧感は正に本物だった。
「がぁぁぁぁああああああああっ!」
もう完全に理性がトんでいるのか、そいつの口から出るのは言語ですらない、ただの雄叫びでしかなかった。
「落ち着けってのっ」
影技の一つ”影縛り”を展開する。暗黒闘気で形成された闇の鎖は、純粋な腕力では絶対に逃れられはしない。こういう腕力に物を言わせる手合いには、最適の技能だ。
「ぐるぅぅぁぁぁぁあああああああああっ!!」
「レグナードっ!」
闇の鎖によって完全に身動きが取れなくなる前に、そいつは大槌を俺に向けて投げ付けてきやがった。どこまでも攻撃的過ぎる奴だな、畜生が。
”質量兵器”が勢いよく飛んでくる。
当然、こんなのは回避こそが最適解だが、問題はその後に起こる”被害”だ。
そこまで広くない通路では、後続の人間……この場合、シルヴィアとアストリッドだ……に当たる可能性も充分にあり得る以上、却下。
影技の一つである”影の壁”を展開……は、どう考えてももう間に合わない。論外。
魔剣で受ける……一応は迷宮攻略時に出てきた神話級の業物だから多分大丈夫だろうけれど、世界的にも貴重な”暗黒剣”の一振りだし、もし万が一刃毀れでもしたら嫌だなぁ……それに、下手に弾くとそれが誰かに当たる可能性もやはり無くも無い……不可。
「ぐっ、があぁっ!」
多少のダメージを負うのはこの際仕方無いと諦め、俺は飛んでくる大槌を全力で受け止める事にした。
……あ、折れたな。これ。
大槌を受け止めた瞬間、両手首の骨が砕けたのが解った。でも、そんなのは無理矢理にでも”回復術”の連打で治し続けてしまえばそれで済む。
俺の目の前で徒党の誰かが傷付く事だけは、絶対に許さない。痛い思いをするのは俺だけで良いのだ。
「ふっ、く……ああ、痛ってぇ……」
覚悟した以上の質量を持った大槌を降ろし、俺はもう一度自身に”回復術”をかけた。
「……レグナード、貴方様はまたそんな……♡」
「レグナード、あんたがいつもそんなだから、オレ達勘違いしちまうんだよ……♡」
「無謀野郎は、もう本当に、さぁ……♡」
「ってーか、何この状況……?」
闇の縛鎖から逃れようと藻掻き叫ぶ”大地の人”の存在を完全に忘れ去り、徒党の皆は、まるで俺の身体を気遣う様に抱きつき、背に腕を回しては優しく撫でてきたのだった。
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