40.寝起きの不意打ち、本当にキツいからやめてくれないかな?
腹が膨れれば眠くなる。
病み上がりすぐの大立ち回り。その後の被害者達への治療行為で消耗していたのもあり、更にそこへ来てそこそこの量の酒精が入ってしまえば、後はもうどうしようもない。
いつもならば絶対に有り得ない事なのだが、人の気配が周りにあるにも関わらず、俺は完全に正体無く寝てしまっていた。しかも、地震かと錯覚する様な大きな衝撃で目を覚ますまで、全然気が付かなかったのだ。もしこれが野営中の出来事であれば、俺は確実に死んでいただろう。
「……ッ! ごはんっ?!」
「……アン、本当に君は……」
まぁ、それでも寝ぼける事なく起きられただけでも、まだ今回は上出来だったのかも知れない。残念過ぎるウチの娘がコレだからね。
異変を感じて起きたは良いが、現状が一切解らなければ何もできやしない。まずは皆が揃っているのかの確認が必要だろう。
椅子から立ち上がり、周囲を見渡す。肩に掛かっていた毛布は多分ミリィだろう、心の中で彼女に感謝をしながら丁寧に畳む。
「どういたしましょうか、レグナード?」
「オレはいつでもイケるぜ、レグナードっ」
「むにゃ……ボクのシュニッツェルどこ?」
うん。アストリッド、シルヴィアは合格。アンは落第っと。
……あ。シルヴィアの拳骨がアンの脳天に落ちた。
「痛いぞシルヴィア。天才のボクがもしこれで馬鹿になっちゃったらどーしてくれんだ、人類の大損失だぞっ!」
「だったら安心しな。それ以上悪くなるこたぁ絶対ねぇからよ。何なら金貨1枚賭けてやっても良いぜ?」
何かを訴えかけるかの様にシルヴィアに叩かれた頭をおさえたまま、アンが涙をめいっぱい貯めた瞳をこちらに向けてくるが、俺は知らんぷりを決め込んだ。
ごめんね。もし君が手の届く範囲にいたら、多分俺も同じ事しただろうから諦めてくれ。
大轟音と共に、建物自体がまた大きく揺れた。少なくともこれは地震ではないだろう。そもそもこの地域で地震は過去数百年単位で無かった筈だし。
「……何があってこうなってるんだ?」
椅子から立ち上がった時に完全にストンと落ちたズボンに気付いたのか慌てて持ち上げ、シルヴィアは周囲の様子を伺った。モロに下着見ちゃったけれど、これ俺は全然悪く無いと思うんだ。ああ、赤い顔してこっちを睨まないでくれ。ホント頼むから。
「うー、痛い。少なくとも魔術関係じゃなさそうだよ、薄情野郎」
「精霊は大人しいですし、自然災害でも無さそうですね」
「まぁでも考えてみたらさ、これが普通に地震なら、こんな一瞬で揺れが収まるのはおかしいだろうしなぁ……」
そだね。シルヴィアの言う通りかも知れない。それに揺れる少し前の大轟音に混じって微かに悲鳴も聞こえた様な気がするし、何らかのトラブルがあったと考えた方が良いだろう。
「此処でじっとしていても仕方無い。とりあえず音のした方に行ってみようか」
「「ほいほい☆」」
どうにもこの二人は、緊張感が続かないなぁ……あの馬鹿の手下だった当時の方がまだまともに見えていたって、正直どうなんだとも思ったり……
◇◆◇
俺達が部屋を出ると、悲鳴がより鮮明に聞こえた。
よほど皆混乱しているのか、逃げ惑う人の中に俺が治療した亜人種が混じっていてる事にも現場の冒険者達は気付いていない様だ。
丁度アンの眠れよい子よの効果時間が過ぎた所で急にこの騒ぎだ。亜人達にとって更なる不幸の追い打ちでもあり、混乱の極みだろう。本当に申し訳無い。
ぱっと見、その深層睡眠術に抵抗、もしくは半減できた者はこの中には居なさそうだ。治療がてら俺の口からある程度の事情を説明したし、その後アストリッド達の介助があった事もあり、疑念は残りつつも多少は落ち着く事ができたんだろう。
だが、今頃目を覚ました者達はそれが無い。そこへ来てこの騒ぎだ。色々と不測の事態が起きても不思議は無いだろう。
「アン、場合によっちゃ一発デカいのを頼むかも知れない。準備しといてくれ」
「りょ♡」
日頃の言動や行動のせいか、いまいち信頼できない所が俺の中にはあるのだけれど、それでもやっぱりアンの魔術の技量は本物だ。身動きが取れない場合は構わずぶっ放して貰った方が良いだろう。どうせ事態がこれ以上悪化する事は無いだろうし。
「すまないが、アストリッドにも闇の精霊の”盲目”をお願いするかも知れない。今、その術の行使はできるかい?」
精霊魔法に関して、俺は完全に門外漢だ。
周囲の環境によっては色々とできる事が大きく左右されるとも聞くので、一応彼女に確認をする。出来るならお願いするが、出来ないならそこはもう仕方が無い。奴隷商人の奴と対峙した時とは状況が全然違うのだから。
「下級精霊とは一通りの”契約”を済ませておりますので、何時でも大丈夫です」
って事は、ほぼ制限が無いって事ね。それはすごく助かる。うん、確かに有能で”このギルド最強の精霊使い”だっておやっさんの評価も納得だ。
「シルヴィア、危険だけど先行して状況確認頼む」
「あいよ、レグナードっ」
混沌とした状況であっても、斥候シルヴィアの身のこなしならば何ら問題は無い。逃げ惑っている人達の間をするすると抜け、俺達が目指す場所へと一足先へと歩を進めてくれた。
だが、俺達は本職のシルヴィアみたい軽やかに……とはいかず、なかなか歩を進められない所がもどかしい。頭から血を流している冒険者もちらほらと見かける。現場はかなり酷い状況になっているみたいだ。
轟音と共に、また建物が激しく揺れた。梁は軋み、漆喰の壁に罅が入る。いかに城塞都市の中でも屈指の建造物だとはいえ、これだけの衝撃が何度も続けば、色々と不味いだろう。
今まで”地震”を経験したことの無いだろう冒険者達は、悲鳴を挙げその場に蹲る。刹那の間だけだとはいえ、揺れの幅が大きいのだ。無理もない。
状況が解らないというどうしようも無い不安は、この場に居合わせた誰しもが抱えている。
……だからこそ、早めに事態の解決を図らねばならないというのに。
正直に言うと、こいつら全員邪魔に思えて仕方が無かった。それだけ今の俺には余裕が無いのだろうが。
◇◆◇
「レ……レグナード様……」
「ミリィ! 大丈夫かっ?!」
冒険者に守られる様にその場に蹲っていたミリィは、かなりの大怪我を負っていた。服の上からでも解る程の夥しい出血は余程のものだろう、蒼白になっている状況からも、急を要するのはすぐに看て取れた。
「神経接続。実行、走査……なんだ、これはっ……」
”回復術士”を名乗る上で前提となる技能<走査>をして、その結果に俺は怒りを覚えた。右腕の肘から先の粉砕骨折に皮下組織は破裂。筋組織はぐちゃぐちゃで、この破損状況では、回復術の修復では根治はかなり難しい。どう考えてもこれは、事故によるものでは到底起こり得ない程の”破壊”だ。
「も…申し訳ありません。私の事は大丈夫です……先に……あの方を……」
荒い息を吐きながらも、ミリィは俺の”診察”を拒もうとした。自分の治療より先に事態の収束をしろ。そういう事らしい。
「その話は聞けないな。今の君を放っておける訳なんかないだろう……アン」
だから、俺は少々強引な手を使う。
「あいあい☆ ”眠れ、よい子よ”」
魔術による深い眠りは、対象者に痛みも苦しみも与える事はない。少なくともミリィにこれ以上の痛い思いをさせないでやれる。
「すまんが皆、今から俺がやる事に絶対に口を挟まないでくれ。これは……治療だ」
腰に佩いた魔剣を抜き、原型すらも留めていない彼女の右腕を斬り落とし、直ぐ様俺は全力で回復術をかけた。
あのまま無理に回復術をかけ続けても、完全に”破壊”し尽くされた彼女の腕を、元通りに修復できないだろう事は明白だった。ならば無から”再生”させた方がよっぽど早い。
ただ唯一の懸念は今までの出血量だ。回復術士の持つ術系統には、僧侶の”増血術”に相当する術は無い。俺が彼女にしてやれる”処置”はすでに何も残ってはいないのだ。
「……どうして、彼女がこの様な大怪我を?」
「ああ、あんた達【暁】が連れてきた大地の人が目茶苦茶に暴れてやがんだ。ミリィさんは、そいつをどうにか説得しようとしてやられたんだよっ、くそっ。これだから”亜人共”はっ……!」
そう吐き捨てた冒険者は、如何にもこの国の人間らしい言い方で俺を責めた。
俺があの場から亜人達を連れ出しさえしなければ。
俺が調子に乗って、ここに連れ込んだ亜人達を”治療”してなければ。
この様な事は、起きなかったのだ。
魔法の眠りによる穏やかな寝息のミリィを抱きしめながら、俺は胸に沸き立つどうにも名状し難い思いに苦しむハメになった。
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