4.厄介事すらをも楽しむ心の余裕が、君にはあるかい? 俺は絶対無理。
「……おやっさん、ダークエルフなんて、いくら何でもこりゃ厄介事過ぎるだろ」
「まぁ、そう言うなよレグぅ。彼女の技量の方は、俺がバッチリ保証してやるぜ?」
いや、だからそれ以前の問題だって言ってンだろが。解れよこのハゲ。
この国における”亜人種”達の扱いは、基本的に家畜と同様……つまりは”奴隷”だ。
その中でも見目麗しきエルフ種は、白、黒どちらも特に珍重され高値で取引されてきた歴史的事実もある程だ。
一応、この国の奴隷制度自体は、俺が生まれる前に廃止された過去の遺物であり、今では表立って肯定されていないが、それでももし仮に彼女達が一歩街を出歩けば、市民達からはそういう眼で見られてしまう。
奴隷身分から解放され、平民扱いになった筈の彼らの大多数が、この国に定着することなく方々へと去ってしまったという事実を挙げるだけでも、彼ら”亜人種”達の扱いが、如何に苛烈で悲惨であったかの証明にもなるだろう。
犯罪奴隷以外の所持が違法化された筈の現在でも、亜人種達を狙った”人攫い”の集団が存在しているのだという噂を稀に耳にする。
この国には、未だそんな野蛮で恥ずべき過去と現実がある為に、”亜人種”達が態々他国から訪れて来る等という事自体、そもそもまずあり得ないのだ。
……であるのにも関わらず、そんなまずあり得ない筈の”態々”を、彼女は選択せねばならなかった。
この国のギルドに、”亜人種”たる彼女が在籍しているという事自体、身の危険を顧みてはいられない已むに已まれぬ事情があるのだという証明にもなる訳で。もうその時点で厄介事の臭いしかしない。
「……嫌だ。俺ぁ絶対関わりたくねぇ」
いくら彼女が見惚れてしまう程の超絶美人さんであったのだとしても、何にも隠されてすらいない分かり易すぎる地雷原に飛び込む馬鹿なんか、そもそもいないだろ?
……というか、俺は少しでも面倒事の種を減らしたいから徒党面子を募ったのだというのに、その課程で何故余計な厄介事を背負い込まねばならんのだ? どう考えてもおかしな話だろうが。
「そうつれない事言うなってよ、レグぅ。これはお前さんにも悪い話じゃねぇんだからよ」
「ざけんな。どう考えても禄でもねぇ話だろが。如何に彼女が凄腕の精霊使いであろうが、徒党加入にはデメリットしか感じねぇぞ」
今まで通りの俺只一人の単独徒党であれば、”見える地雷”である彼女を(単独活動できなくなる時点でまず選択肢にも上らないだろうが)受け入れる余地はまだ残されていただろう。
だが、定石通りの安定した徒党運営を考えている今の俺は、他面子の身の安全と生活の保障を考慮せねばならぬ立場だ。余計なトラブルの種を回避しようと考えるのは当然の話ではなかろうか。なのに、このハゲはそんな徒党主の心の機微が全く理解できないらしい。
「テメェは慎重過ぎる。そんなヘタれだから、お前さんを白金に推挙できねーんじゃねーか。ほれ、こーんな強力な精霊使いを面子に加えるとチョイと首を縦に振っただけで、白金級の推薦状とべっぴんさんの両方が貰えちまうんだぜ? どうだ。スゲー良い話じゃねぇかよ、レグぅ?」
「馬鹿野郎、昇級が餌になるか。厄介事を押し付けたい下心がバレバレじゃねーかっ! ギルドマスター辞めて詐欺士にでも転職した方が良いんじゃねーのか? このハゲっ!」
「ンだと、この童貞っ! そういやテメェ、もう少しで本物の”魔法使い”になっちまうよなぁ!?」
「黙れっ! そんなの今の話にゃ全然関係ねーだろうがっ! てーか、俺ぁ童貞なんかじゃねーぞ!」
心無きハゲの罵声に、俺の怒りは有頂天。簡易テーブルを力一杯叩き割り、堪えきれぬ不快感を態度で示してやる。
「……やんのか? ゴラァ」
「……おう、やらいでか!」
ハゲは上着の袖をまくり丸太の様な腕を露出させ、俺は自身の上着を怒りに任せ引き裂きいた。
このハゲは元黄金級の拳闘僧兵という上級称号を持つ素手の専門職だ。こんな脳筋相手の素手喧嘩なんて、はっきり言って自殺するのと何ら変わらない。それでも、絶対に譲る事のできない尊厳が俺にだってあるのだ。こうなったらとことん拳で語り合おうじゃねーか。
「……あの……」
「「なンだよっ?!」」
「そういったお話を、ご本人の目の前でなさるのは、流石に、どうかと……思うのですが……」
「「……あ゛っ」」
恥ずかしそうな顔のミリィがついと指し示した先に、まるで汚物を見るかの様な冷めた瞳をした、美しいダークエルフの女性が立っていた。
◇◆◇
「……色々と申し上げたき事はございますが、まず一つ。わたくしにも選ぶ権利があると、思うのですが?」
美しい顔が怒りに染まると、信じられないくらいに恐ろしく見えてくるのだと、俺はこの時初めて知った。
「貴女のお怒りはご尤もです。大変失礼をいたしました……」
叩き割った簡易テーブルの残骸に額を打ち付けるが如く、俺はアストリッドさんに向けて大袈裟に頭を下げた。本人を目の前にして、やれ要らねぇだの、受け取れだのと揉められては、そりゃ愉快でいられる筈も無い。俺だって絶対ヘソ曲げるわ。
「お前ぇのせいだレグぅ。お前ぇが素直にはいと引き受けとけば、こんな事にゃならなかったんだぞコンチキショー」
「……」
何か言い返してこれ以上彼女を怒らせてはいけないと、ここは心を殺してぐっと堪える。絶対あとで覚えとけよ、このハゲ。
「確かに、私がこの国では決して歓迎されない”人種”である事は、重々承知しております。要らぬ災禍を呼び込むであろうことも……それを認めるのは、些か不愉快ではありますが、ね」
今までにあった出来事を思い返してか、アストリッドさんは表情を歪ませた。これまでにあったであろう彼女の旅路を想うだけで、この国の人間として恥じ入るばかりだ。
「すまないが、何故に貴女は危険を承知で態々この国に? 差し支え無ければ教えて欲しいのだが」
「そうですね。それには、私が”精霊使い”だから。だと申しておきましょう。貴方様は、精霊使いという職を、何処までご存じでしょうか?」
「世間一般に伝わる知識程度には。それと、精霊を従えていなければ、無力だとも」
支配精霊の一切を持たなくとも、その場に漂う精霊達と交信し、彼らが術者を拒みさえしなければ精霊使いはいくらでも戦える。だが、やはり”野良”の精霊を操るよりも、正式に契約し支配下に置いた精霊を操る方が遙かに強力であるのは間違い無いのだ。
そして精霊は、契約者が捧げた生命力のある限り、周囲の属性を無視して現界できる。精霊使いの”強さ”は、自身の生命力の強さも大事だが、何よりも契約した精霊の”格”と契約の”数”で決まるのだ。
「その通りです。私は、炎の上級精霊と地の上級精霊との”契約”を成すが為、この国に訪れたのでございます」
基本、実体を持たぬ精霊がこの世界に現界をする為には、当然ながら様々な制約がある。
個々の属性を持つ精霊が好む”環境”があり、マナが豊富に在る事は最も重要な点だ。水の精霊で言えば、清浄な湖や河の近くであり、風の精霊であれば、そよ風吹く森の中であったり……
「火と地の上級精霊? って事は、もしかして……」
「はい。この国に在る大陸最大の活火山”モス・レイア”です」
ああ。聞かなきゃ良かった。やっぱり厄介事だったじゃねーか……彼女の目的地は、ドラゴンの住処だ。
「私一人では、到底適いませぬ。ですので、貴方様のお力添えを何卒。若き”英雄”レグナード・ドゥーム様……」
「マジかよ……」
下級竜の討伐は、過去に何度かやった事はあるが、何れもかなり苦戦した記憶がある。あんなのを鼻歌交じりで殺れるなんてぇ化け物は、<竜殺し>グランツや、キング・フォーぐらいのモンだ。
てーか、モス・レイアに棲むのは、トカゲの親玉にちょっぴり毛が生えたみたいな下級竜なんかとは全然訳が違う。正真正銘、文字通りのドラゴン。上級竜なのだから。
◇◆◇
結局俺は、脳筋ハゲに押し切られた形で、アストリッドを新たな徒党面子として迎え入れた。
彼女の目的である上級精霊達との”契約”が、今すぐでなくとも構わないらしいので、まぁ渋々って奴だ。ここは、彼女が人間とは時間感覚が異なるダークエルフで助かったと言うべきなのだろうか? いや、そもそも問題だったのは、彼女がダークエルフであるからであって……あれ? 俺、完全にドツボじゃね?
……深く考えるのは辞めよう。
一番の懸案であった人目を惹き過ぎる彼女の容姿は、光の精霊術で他人の眼の認識をズラす事で誤魔化せるのだと判ったので、何とかなるだろうと思う。思いたい。思わせて。
人通りの多い昼間の街中を、こうして俺の隣に付いて歩いている彼女の事を誰も気にしていないのだから、彼女の術は完璧なのだろう。あまり心配する必要は無いのかも知れない。
「城塞都市は、本当に賑やかでございますね。私、それなりに長くの刻を生きて参りましたが、ここまで栄えている街を、私はあまり存じませぬ」
「この街は交通の要として、王都以上に古い歴史を持っているからな。国内を行き交う人と物は、この街を必ず通ると言っても過言ではないんだ」
元々、旧王都として気の遠くなる程の昔から、ここは交通の要だった。だからこそ、絶えず戦乱の中心に在った歴史を持つ”古都”なのだ。街の周囲をぐるりと囲う高い石組みの防壁は、その象徴でもあり、歴史の生き証人でもある。
彼女がどれだけ長く生きているのか……短い生しか持たぬただの人間でしかない俺には、凡そ理解できないが、彼女の言う通りここまで栄えた街は過去を追ったとしても両手で足りる程度にしか存在しないのだろう。
「ああ、アストリッド。すまないが、そこで買い物をしてくるから少し待っててくれ」
街一番だとの評判があるの菓子店の扉を開けながら、褐色の同行者に一言添えておく。目的は、生クリームを多用したという少しだけ余所行きの高級生菓子だ。何にしろいい加減、ご褒美の”飴”をやらねば、何時々々ヴィオーラに背中から刺されるか分かったもんじゃないのだから。この程度の出費で命が助かるのであれば、それこそ安上がりで万々歳だ。
本当に面倒な話だが、これも人を率いていく立場となった以上、常に心掛けておかねばならないだろう。まぁ、こんな面倒が少しだけ快いと感じてしまうのは、どういった心境の変化なのか少し悩む所ではあるが。
買い物を済ませ、小脇に抱えた菓子箱を、アストリッドが物欲しそうにじぃっと見つめてくる。
「……ちゃんと君の分もあるから、安心してくれ……」
「それでしたら良いのです。有り難うございます、レグナード様♡」
流石に「お前ぇの分は無ぇーからっ!」なんて、意地悪を言う程、俺は鬼畜ではない。皆で茶飲み話でもできれば良いかな。という下心は、無きにしも在らずだが。
「……”様”はもうよしてくれ。これからは同じ徒党を組む”家族”なんだから」
「はい。よろしくお願いいたします」
なるだけ早期に徒党面子を揃え、諸問題に真っ向取り組める様に戦力を整えていかねばならない。彼女の加入で一気に基礎戦力は上がったが、仮想敵のランクが青天井だ。上級竜を目の前にして、俺達は果たして何秒保つのだろうか? 正直、不安しかない。
もしかしたら、こういった偶然が”虫の知らせ”という奴なのだろうか?
「何故だ? 何故……お前らが……?」
本当に何故だか解らない位に不思議な話なのだが、ふと何気無しに、建物と建物の隙間に眼が向いた。向いてしまった。
「どうしました、レグナード?」
そこに在るモノを見て、一瞬我が眼を疑った。
……だって、当然だろう?
そこには、あの鬼畜野郎のとりまきだった筈の、重戦士のレジーナと、僧侶のクラウディアの二人が、隠れる様に揃って蹲っていたのだから。
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。