39.残された女達の戦い。
更新時間に間に合いませんでした……orz
眼を開けたら、何時も見上げていた馴染みの景色が映った。
見間違う筈の無い、一年近く間借り(強引に押し入って居座っただけとも言うけれど)しているドゥーム男爵家の一室。あたしの部屋の天井……
街中で不覚を取り、ゴロツキ共に囲まれてしまった……そこまでの記憶はあるけれど、その後自分がどうなったのかは全然覚えていない。でも、あたしが今ここにいるということは、どうやら九死に一生は得られたのらしい事は解る。それがどんなに無様な結果であったのだとしても。
「まさか、ここが死後の世界だ……という訳でも、無さそうよ……ね?」
一応はあり得るであろう僅かな可能性を、胡乱なままの思考の端に載せてはみる。
あたしの持つ特殊称号職の間でのみ信じられている死後の世界……優秀な戦士は、死後も光の至高神、創世神(全能神)が率いる神々の軍の戦列に加わり、異界の邪神率いる魔の軍勢を相手に世界が滅亡するその日まで永劫の戦いへと身を投じるのだという話。
戦と武器の神の信徒達に伝わる話では、愛する者達を守る為に勇敢に戦い抜いた戦士は、死後は争いの一切無い”喜びの園”に招かれ、そこで永遠の平和を謳歌するのだというのに。何故死後でこんなに差ができるのだろうか?
てゆか、死んだ後も永遠に戦わなきゃならないなんて、正直勘弁して欲しいのだけれど。
まぁ、少なくともその話が今は真実だったのだと証明されなくて良かったかなぁって。
……そもそも、こうして無様を晒したあたし如きなんかが”優秀な戦士”だなんて、胸を張って主張できる訳も無いのだけれど。
嫌が応にも溜息が漏れる。
あたしは、あの時何も出来なかった。
多分、それが真相。
「良かった……お目覚めになりましたか、ヴィオーラさん」
「クラウディア? レジーナ? なんであんた達が……」
天井から少しだけ視線を横に向けてみれば、そこにはあたしの顔を覗き込む様に立つクラウディアとレジーナが居た。
◇◆◇
「どうしてあんた達がここに居るのさ?」
今までずっと積極的に関わってこなかった二人が、何故あたしの目の前に?
彼女達と知り合ってからすでに2年も近い年月が経ってはいるのだけれど、今までまともに会話らしい会話をした記憶が殆ど無い。
彼女達の”ご主人様”である馬鹿野郎のせいで、あたしは何度も何度も死ぬ目(実際2、3回心臓が止まっていた事があったとレグナードに言われたけれど……ナニソレ怖い)に遭ったせいでもあるし、どさくさに紛れあたしの憬れでもあった城塞都市最強の徒党【暁】に転がり込んできた事も許せなかったからだ
正直に言えば……そのお陰で、あたしもここに居候できている訳なのだけれど。
動きはどこをどう見てもただの素人。
頭の中身は、どこまでも世の中を舐めているのか完全なお花畑。
その癖、常に彼の事を小馬鹿にした言動をする蛆虫野郎と、そんな馬鹿を諫める事無く全肯定するだけの太鼓持ちの取り巻き……あたしには彼女達の存在自体がどうにも許せなかった。
だから、彼女達を常に”その場に居ない者”として、あたしは扱ってきた。
少なくとも、こんな奴らと同類だなんて、絶対に思われたくなかったから。
「あなたが負傷して運ばれたと聞けば、アタシ達が心配するのは当然でしょうが」
「レグナードさんの操る回復術は、わたくしの回復術とは復元力がそれこそ桁違いです。ですが、多くを失った貴女の血を補うには、回復術士の持つ魔術系統には無い神聖魔術による増血術がどうしても必要でしたので……」
……どうやらあたしは彼の手だけでなく、クラウディアの助けがあったからこそ、こうして一命を取り留める事ができたらしい。
……悔しかった。
こんな奴に助けられた事が。
自分より下に見ていた筈の、この女がもしここに居なかったら……あたしは死んでいたかも知れないのだという、その事実が。
「そう、ありがとう。良かったわね、これで貴女もレグに認めて貰えるんじゃないかしら。今回は本当に良い機会だったわね。あんた、ずっと狙っていたんでしょ? 彼に取り入る為のいやらしい口実をさっ!」
口を開けば、今まで自覚してすらいなかった自分の中に在った醜い黒いナニかがすぐに溢れ出した。
女の嫉妬ほど、醜いモノは無い。
解ってはいる。解ってはいるけれど、自覚りたくなかった事実。
そうだ。あたしは、レグナードを彼女達に取られたくなかったんだ。
「てめっ! 何を言ってっ……!」
「良いのです、レジーナ。ヴィオーラさんの言っている事は、概ね事実……なのですから」
レジーナが怒りに任せ殴り掛かろうとするのを、クラウディアが止めた。
あたしの挑発にも一切動じないだけでなく、それどころか肯定しやがった事に、本当に腹が立つ。
「ええ。貴女がこうして無様を晒して下さったお陰で、わたくしにも【暁】に居場所があるのだと理解できた事、本当に感謝しているんですよ、わたくしは」
レグナードさんの回復術には、私程度では太刀打ちできませんから。
そう屈託無く笑みを浮かべるクラウディアの頬を、あたしは唐突に張っ倒したくなった。力一杯殴りたくなった。
でも、それは絶対にできない。
もしそれをやってしまったら、あたしはこの女に敗北を認めた事になるのだから。
だからこの女の言葉に勢いよく起き上がりはしたが、憎い面を睨み付けたまま、あたしは何もできなかった。
震える拳を、ただ力一杯握りしめる事しか……
「おい、クラウディア……」
「……そう言えば、貴女は満足なさいますか? ヴィオーラさん」
「えっ?」
そこには真剣な、ただ真っ直ぐな瞳をあたしに向ける大地母神に仕えし使徒の姿があった。
◇◆◇
完全に油断していたとはいえ、街中で無頼漢共の不意打ちをまともに喰らい為す術も無く嬲られ、恐らくは彼の手によってに助けられたのだろう、こうしておめおめと生き存えてしまった恥辱を、今更どう雪げば良いというのか。
少なくとも、今回の事が世間に広まってしまえば、あたしの冒険者生命はほぼ絶たれたも同然だろう。
如何に彼らが数段上の技量を持った集団だとはいえ、まともな抵抗すらもできないまま、あっけなくやられてしまった”使えない戦乙女”のあたしでは……
この事を彼に誹られたとしてもその通り過ぎて、あたしには何も言い返す事なんかできやしないのだから。
それだけではない。
城塞都市最強の呼び声も高き徒党【暁】の評判を、あたしは完全に地に墜としてしまった。彼が長年積み重ねてきた世の評価を、あたしがそれを土台から崩してしまったのだ。
……この罪を、あたしはどう償えば良いというのか。
彼が一人で育て高めてきた徒党【暁】の名声。
それをポッと出の、ただの駆け出しでしかないあたしが、それを損ねてしまった。
あんなにも憬れ、入る事をずっと望んできた徒党の評判を……
「……それを言っては、きっと貴女以上にわたくし達は赦されざる存在ですね」
「そうだね。赦しの言葉は貰えたけれど、結局はアタシもクラウディアも、彼にとってはただの”裏切り者”。本来なら、ここに居て良い存在じゃないのだし」
今にも泣き出しそうなレジーナの表情が、あたしの狭く醜い心にチクりと鈍い痛みを残す。
当たり前よね。
彼女達だって、自分の立ち位置くらい理解しているに決まってる。
塵屑野郎の”魅了”によって人生をねじ曲げられた挙げ句、今までの仲間達や、生きる場所の全てを失ったのだから。
「でも、彼は赦してくれたのでしょう? なら、あんた達は堂々としていれば良いのよ」
『彼女達が徒党に入るなら、あたしは出て行く』
そう彼に宣言したあたしが偉そうに言える訳も無いのだけれど。
だから、あたしは【暁】を出て行こう。
役立たずで、ずっと庭の周りを走るだけしか能の無い”使えない戦乙女”なんかより、二人はずっと徒党の戦力に、彼の助けになる筈だ。
「……それ、彼は承知しているの?」
「そんなの、あんた達には関係無いでしょ」
これ以上この話題を続けるのは、あたしには更なる追い打ちでしかない。だから、早めに切り上げたかった。なのに……
「……貴女は、それで良いのですか?」
「えっ?」
だから、クラウディアのこの言葉は、不意打ちだった。
「貴女は、その選択をして、後悔は無い。そう言い切れるのでしょうか? わたくしは、そう問うてます」
「それはっ! それ、は……」
あたしの目を見つめる、彼女の瞳の奥に籠もった意思の光は、嘘も、強がりも、言い逃れも決して赦さない。それだけ強い意志をあたしに強く感じさせた。
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