38.居酒屋トークは酒が進むよね。内容はわりと覚えてないけれど。
長らく放置して申し訳ありません。
再開します。
「……うぷっ。食い過ぎた……」
「……同じく。もしかしなくても、これは色々とヤバいモンがはみ出てしまうかも知れない……」
「あーあ、本当に君達は……」
端から見てもすぐそれと分かるくらいにポッコリと膨らんだお腹をさすりながら、シルヴィアとアンは椅子にもたれ掛かり苦しげに息を吐いた。
いや、確かにあれだけ豪勢な具材の入ったシチューは美味かったし、焼きたてホカホカのパンも、外はパリパリ。中はふわふわで本当に堪えられなかったのは認める。それなりに上等なワインやらチーズやら、腸詰め等の副菜やら様々な果物が食卓に彩りを与え、更には皆空腹だった事もあり、こうなってしまうのも仕方が無かったと言えなくも無い。
だが、流石に食い過ぎだろと俺は止めたんだが……ま、これは自業自得という奴かな。
「限度、というモノを覚える丁度良い機会になったンじゃないかな、二人とも?」
「クソ野郎。本当にさ、本当に、偶にだけで良いから、ボクらにも”優しさ”をくれないかなぁ?」
「そうだそうだー。レグナードの言葉の刃って、異常に斬れ味良過ぎるんだよ、マジで……うぷっ……」
「それはまぁ、君達の今後の行動次第って奴かな? てか、今は無理」
俺は解りやすく両手で×を作り、彼女達の希望をその場でバッサリと斬り捨てた。
「「ひでぇ……」」
二人の今の痴態は、周囲を燃やし尽くし迷惑をまき散らす様な百年の恋ですらも軽く冷める程に酷いからね。シルヴィアなんか、ベルトを外して下着まで見えてるし……
あと、取りあえず二人とも、そこでリバースすんのだけはマジで勘弁してくれよ? 掃除するの、多分俺になるだろうから。
……なんて、言える訳も無く。
空きっ腹を抱えたままであるのを承知で、色々と雑務を押し付けてしまった負い目がこちらにはある以上、流石に……ね? 俺はそこまで外道では無い……筈、だと思う。
「ですが、皆様本当に気持ちの良い食べっぷりでしたわ。ほら、お鍋の中がこんなに綺麗に……」
ミリィが嬉しそうに鍋の中身を俺に見せてくれた。うん、綺麗に空っぽだね。
「大変美味しゅうございました。人間の料理は、私達森の人の発想では到底作り出し得ぬ美味ばかりで、とても素晴らしい。これが人間の作り出した”文化”というものなのですね。人間の街に来て良かったと、本当に心から思います」
ジョッキに残ったエールを一気に飲み干し、口周りに大量の泡ヒゲをこさえたアストリッドが満足げに息を吐いた。
聞けば狩猟と採取によって主な生活の糧を得ている森の人達は、基本的に酪農業とは馴染みの無いせいか、乳や乳製品等を口にする機会がほぼ無いのだそうだ。
アストリッドが暮らしていた集落もその例に漏れず、森の木々を切り拓いてまで生活の糧をより多く得る事を由としなかった。それによって集落で暮らす人々の生活が豊かに潤沢になるのだと解ってはいても。
足りない物資は、近隣の異種族との物々交換で賄っているそうで、当然ながらその様な生活様式では、必要最低限にすら届いていない事は明白だ。
そうなれば、穀物や塩等の生きる為に必要な物資が優先され、酒や乳製品等の嗜好品は後回しにされてしまうのは仕方の無い話だろう。
日々の生活を豊かにするためには、当然それを支え得る生産力を持たねばならない。
人間達はそうしている訳だし、森を拓けば集落にとって多くの糧を得られるのは間違い無いだろう。だが、それをするという事は、最終的に森に棲まう多くの動物や、精霊達の生きる場を奪う結果にも繋がる。元は同じ存在から枝分かれしただろうの森の人は、結局は袂を別つ筈であった精霊と共に生きる道を選んだのだ。
森の人の生態……いや、少し表現が悪かったか……森の人の生活様式は、まだまだ謎に包まれている。実際、彼女の口から紡ぎ出される事実に驚きの連続なのだから、人間にとっての森の人とは、やはり神秘のヴェールに包まれた、まるでお伽噺の様に遠い存在なのかも知れない。
「ですが、人間の豊かで便利な生活に憧れて街に出る者は後を絶ちませんので、やはり皆も生活に不満があるのだろう事は否めないのですけれど……ね? かく言う私も、チーズや生クリームの蠱惑的な美味しさを知ってしまった今、集落に戻ってからの生活を想像するだけで、少し怖くなるのですが」
等と手酌でジョッキにワインを注ぎながらもチーズが盛られた皿を見つめるアストリッド……意外と君ってば、結構な食いしん坊さんだったんだね……
いかん。俺の中で勝手に出来上がっていた神聖不可侵でどことなく神秘的な彼女のイメージが、今ので完全に崩れ去った気がする。風呂場での一件の時点で、すでに崩壊が始まっていたのは否めないのだけれどさ。
「てーか、アストリッド。君ってばさ、見た目に反して、結構色々と残念な人だよね……」
あ。
俺はあえて言わなかったのに、アンの奴ブっ込みやがった。
「私が……残念、ですか?」
「うん。かなりね。すごく、ね?」
泡ヒゲを拭うことなくコテンと首を傾げるアストリッドに、アンは真顔で応じる。
というか、アン。残念具合だけで言えば、君の方が遙かに上をぶっちぎっていると俺は思うんだ……個人的な感想になるのだけれどさ。
「つか、良いんじゃねーの? げふぅ、た、確かさ……こういうの”ギャップ萌え”って言うんだろ、レグナード?」
「……ノーコメントで」
今にも椅子から崩れ落ちそうになりながらも、シルヴィアが会話に参加してきた。はしたないからできればゲップは堪えて欲しかったな……てかそれは最低限のマナーだよ?
「それは失敬……ぐぶぁっ」
「……えんがちょ☆」
アンの言葉で思い知ったのだが、やはり俺も薄汚くも醜い人間種の枠内にきっちり収まる程度のつまらない人間だった様だ。
森の人であるアストリッドに対し、勝手に自身の脳内イメージを押し付けていたのだから。
アンは、まぁ……うん。
シルヴィアもまぁ、こんな感じの人物だとは二年近くもの付き合いがあれば、この程度の理解はあってもおかしくは無い。というか、魅了の魔眼(?)によって意識を操られていたとはいえ、今まであのクソ野郎の一党だったという偏見(というか事実だが)がある以上、それなりに人間観察もするさ。自分の身の安全に繋がる担保にもなるのだから。
だが、彼女は違う。
知り合ってから半月程度の付き合いでしかない上に、彼女の容姿と種族に対するイメージという身勝手なフィルターを通して見ていたのは、今更ながら否めないのだ。
だから……
「なぁ、アストリッド」
「はい。どうかなさいましたか、レグナード?」
「ホント、ごめんな?」
「はい?」
なみなみと注がれたワインに口を付けようとした所に、唐突に俺に謝罪をされて、その意味が全然解らないのか、彼女はもう一度反対方向へ頭をコテンと傾けた。
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