35.押し売りをしたいのならば、口上は面白く愉快でなくてはならない。君は失格だよ。
「……しかし、お前さん。俺の事を”自尊心の無い奴だぁ”みたいな評価をしやがった癖に、なぁ?」
「そんなモノじゃあ、小生自身の命を買い取る事はできませんのでぇ。小生、金と同じくらいに自分が可愛いと思っておりますからぁ」
必死に命乞いしてきた割には、受け答えに余裕ありやがんな奴隷商人……もうちょっと脅かしてやっても良いかも知れない。
アストリッドが契約している”闇の精霊”の権能の一つ”暗闇”。
一度その術中に囚われてしまうと視覚だけでなく、平衡感覚と皮膚感覚までをも完全に喪失してしまうが為に、自身の足で立つという感覚までをも無くなるという。
基本的に精霊魔法というものは、術者が解除を指示しない限りは精霊が飽きるまで永久に持続するらしい。
その不安感は、正に宙に身を投げ出されるのにも等しいのだという。それが永久に続くというのだ。
地に這いずって生きている者にとって、”地に足を付ける”という本能に組み込まれし感覚は、当然忘れる事なぞ決してできやしない。
もし仮に、それを喪失してしまったら、人はどうなるのか?
俺達の目の前に転がっている奴隷商人とその取り巻きこそが、その良い例と言えるのだろう。
さっきまでの強気は何処へやら。こいつらはあっさりと命乞いをしてきたのだ。
「……ダーリン。活きの良さそうなの一人か二人ちょうだい。こいつら良い具合にボクの魔法を抵抗しやがったから、弱体化の練習に丁度良い気がする」
「おお。ならオレも一人、二人欲しいな。今後のためにも、拷問に使える痛い経絡秘孔をじっくり研究してぇし。良いだろ、だんなさま?」
もうこの二人の俺の呼称が完全におかしい方向へとカッ跳んでいった事を追求しない方が身のための様な気がしてきた。
「……俺は君達二人の倫理観を、小一時間程説教と共に問い詰めたくなってきたのだけれど、どうかな?」
それでも、これだけは俺はツッコまずにはいられなかった。徒党【暁】は、基本的に非人道的行為の一切を認めてはおりません。
……まぁ。そんなのは本当、今更なのかも知れないけれど。敵対者は躊躇無く殺している訳だし。
「……小生、本当に反省しておりますのでぇ。拷問、虐待の類いだけは、どうかご勘弁願いたいものですぅ」
”暗闇”の影響で、自身の現在の姿勢がどうなっているのかも全然解らないだろうに。必死になった奴隷商人は、何度も頭を垂れる様な仕草を俺達にみせた。
◇◆◇
「……自分は楽しそうにやっていたのに、か?」
アンの拡大睡眠術によって、痛みを忘れたまま眠る多種多様な亜人達に眼を向けながら、俺は奴隷商人に向け、自身が思っていたよりも冷たい声で返していた。
四肢を斬り落とされ、芋虫の様に床を這いずる事しかできなかった彼らの痛みや怒り、恨みや嘆き……それを想うだけで、こいつにくれてやる慈悲は何処にも無いのだと、正直結論を付けざるを得ない。
”森の人”がぱっと見一番多い様だが、他にも”猫人”やら”熊人”とかの獣人やら、果ては”大地の人”まで……後、俺も実際に初めて見たのだが”草原を跳ねる人”なんて珍しい人種も混じっていた。一体こいつらは何処からこんな雑多な種族の人達をかき集めて来たのだろうか?
その手段も解らなければ、こうして態々城塞都市の一角にアジトを構える理由もまだ全然解らない。
「いいえ、いいえ。ソレらはぁ、我が”商品”の斬れ味を”お客様”に見ていただく為のぉ、巻き藁の様なモノでしてぇ。ええ、ええ。やはり自慢の”商品”の斬れ味を見て戴くにはぁ、実際の肉塊こそが一番でございますので、ねぇ。どうでございましょう? 今の小生には何も見えませぬがぁ、そこに転がるモノ共に共通した鮮やかな断面! 綺麗でございましょう? この様な切り口はぁ、速度と技が伴っておりませんと不可能でございますのでぇ。勿論、ドゥーム男爵閣下でしたらぁ、その辺は良くご存じかと思いますけれどぉ」
俺に対しても良い商売にでもなると思ったのか、急に奴隷商人の口が、油を得た歯車の様に軽やかに回転しだした。
「……まぁ? そして小生の取り扱う”商品”は、何もそれだけではございませんんん。如何に”醜悪”な亜人であっても、女性ならば孔はある訳ですしぃ。ああ、野郎にも、孔はあるっちゃぁありますがね? はははは。その様な”特殊過ぎる”ご要望にもお応えするべく、こうして”森の人”も金髪に銀髪。幼女から熟女、果ては男まで各種とり揃えておりますぅ。無駄に暴れられては困るのでぇ、当然手足は切りとっt……」
俺が止める間も無かった。
奴隷商人が嬉々として口にした言葉は、アストリッドの忍耐の限界を軽く超えていたのだろう。
蝋燭の淡い灯りを反した聖銀の煌めきは、奴隷商人の顎の下を綺麗になぞり、彼の頭部を胴体から永遠の別れを強いたのだ。
「……こういうのは、本当に君らしくないな。アストリッド」
「……申し訳ありません、レグナード。この罰は、如何様にも……」
生物の首を刎ねたというのに、自身は返り血を浴びる事も無く、また細剣にも血は一切付着していなかった。彼女が剣士としても卓越した技能を持っている確かな証拠なのだろう。
……できれば、こいつの口から色々と情報を引き出したかったというのが本音だ。
さっきのこいつの臭い口から漏れ出た”商談”の様子からも、この城塞都市の中にも”優良顧客”がいたであろう事が充分に推察できたからだ。
もう一度その口上を思い起こしてみると、奴隷商人の”主力商品”が暗殺者達で、小遣い稼ぎを兼ねた”珍品”扱いが亜人種の人達なのだろうか? 糞、何処までも人を舐めていやがる。
もうこの世を永遠に退場してしまった奴に対して、こうして腹を立ててももう仕方が無いのだろうけれど。
……だが、これで一つはっきりした事がある。
「このままこいつらを官憲に突き出したとしても、逆に俺達の立場が悪くなるだけだろうなぁ……」
未だ”闇の精霊”によってまともに身動きが取れないでいる”暗殺者”達と、魔法の眠りに就いたままの手足の無い亜人達を見比べて、俺は深い深い溜息を吐いた。
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