34.さぁ戦いを続けよう。本気を出せばすぐに終わるのだけれど。
”影”同士の戦いは、今もなお続いていた。
数だけで言えば、こちら側は完全に劣勢。だが、戦力比で見た場合は、多少贔屓目にみて拮抗といった所だろうか。
実際、事態が全然動かず膠着状態に陥りつつあるのだ。ウチの徒党面子が現状復帰し戦いに参加するなり、あちら側が追加の戦力を投入するなりした途端、釣り合っている筈の天秤が一気に傾くだろう。
「くくく……城塞都市最強と誉れ高き【暁】の<魔影舞踏士>レグナード・ドゥームといえど、所詮この程度ですか。まぁ、こんな片田舎のギルドに引き篭もっておられる冒険者様では、世界の広さなぞ凡そご理解戴けないのでしょうねぇ……」
「ふん、自ら”最強”を名乗るなんて、俺はそこまで自惚れている訳ではないのだけれどね。勝手に期待されて、勝手に失望されてもこちらとしては困るよ」
それでも冒険者という職業は、世間様の”評価”がそのまま自分の稼ぎに直結する以上、その世間の”評価”が正当なものである事を常に証明し続けなければならない。
俺が……いや、徒党【暁】が”城塞都市最強”の評価を得ている事は俺も承知しているし、当然その自負が多少なりともあるのも否定はしない。である以上、俺は常に”最強”である事を証明し続けなければならないのだろう。
その為には、この勘違いした奴隷商人に知らしめてやらねばならない。この俺、レグナード・ドゥームの、そして新生した徒党【暁】の実力を。
「おやおやぁ。貴方様からそんな弱気なお言葉を賜るとは、小生、全然予想もしておりませなんだぁ。いえね? 小生の取り扱っている”商品”の性能、実際に何処までなのか、是非把握してみたかったものですからぁ。そういう意味では、こぉんな片田舎の”井の中の蛙”であらせられる貴方様は、正に打って付けなんでございますのでねぇ……やはり、評判通り貴方様は<四人の王>や<竜殺しグランツ>より残念ながら一歩劣りますかぁねぇ?」
「俺も流石にその二人と比べられたら、そりゃそうだとしか言えないね」
自惚れではなく剣技だけならば、あの二人と対峙しても恐らく数分は保つだろうと思う。まぁそもそも、軽戦士系称号職の中でも最高戦力とも言える二刀剣技の冴えを誇る”剣舞踏士”相手に、馬鹿正直に真正面からのタイマンを仕掛ける時点で愚かな選択でしかないのだが。
それを無視したとしても、王泰雄には同時に流れる4つの呪歌が。全状態異常完全無効に加え、ほぼ全ての魔術を習得していると噂されるグランツ相手では、そもそもこちらの魔術と影技の大半が無意味なのだ。彼らに敵対したとして、俺が勝てる見込みは端から無い。
「それはそれは。貴方、意外とご自身に誇りをお持ちではないのですねぇ……失礼をいたしましたぁ」
奴隷商人は口の端を歪めて嘲り笑うが、そんなものは俺にはどうでも良い。
どうせこいつらは、この場で死ぬ運命だ。
敵対した者は悉く殺す。
嘲る者は惨たらしく殺す。
世間に舐められては、この稼業は決して務まりはしないのだから。
「気にしなくて良いさ。どうせお前達はもう二度と太陽を拝む事はできないのだから……おい、君達。いい加減そろそろ戻って来てくれないか?」
如何に目の前に拡がった光景が凄惨なものであるとはいえ、あの馬鹿野郎と敵対するという事は、今後もこの様な場面に居合わせる可能性も充分に有り得るという事だ。実際に、今目の前にしている訳でもあるのだし。
正直うんざりするが、嫌でも慣れていかねばならないのだろう。
外道を相手取るのは、出来ればこれっきりにしたいものだがね。
◇◆◇
アンの先制”拡大睡眠術”が奴らに効かなかったのは、恐らく”対魔結界”によるものだろう。敵方に”影技”の遣い手が居たのだ”暗殺者”辺りならば、地下での俺達が行った”奇襲”とその結末。アンとシルヴィアのじゃれ合いも察知していても何ら不思議は無い。
つまり俺達は、最初から奇襲に失敗していたって訳だ。こちらの魔法に対処ができていて、当然過ぎる話だったとも言えるのだ。だからね、自信を失う必要なんか全然無いんだよ、アン。
「……って、ダーリンはそう言ってくれるけれどさー! 抵抗されたら、やっぱり腹立つに決まってるじゃないかー!」
「うん。まぁそれは否定しない。俺もそれをやられたらムカつくしね」
”影従者”同士の戦いを的確に避けながら、アンは”炎の矢”を無詠唱で多重展開していた。
向こうの”影技”の遣い手は、まだまだ未熟なのだろう。影を操りながらの行動は緩慢で余りにもお粗末過ぎた。次々に放たれる炎の矢を避けきれず射貫かれては”影”の数が目に見えて減っていく。
”影従者”の欠点は、操者の集中力が途切れた時点で消えてしまう事だ。”炎の矢”という魔法は速度に優れ、連射も効く。アンの選択は的確だったのだと言えよう。
「ってか、アンだけじゃなくオレにも少しは優しい言葉かけてくんないかなー、レグナードぁ!?」
「うん、ごめんね。今後に期待しているからさ」
褒める所が何も無ければ、こちらから言ってやれる事が無いのだから仕方が無い。諦めてくれとしか俺は言えないなぁ。
「くうぅ……だんなさまが冷たい。でもそんなクールな所も大好き♡」
「君のそういうメゲない所、決して嫌いじゃないよ、俺は」
彼女との会話だけを切り取ると、緊張感があるんだか無いんだか全然解らないのだが……その間でもしっかりと俺の”影”と連携して、あちら側の戦力を確実に無力化しているのだから、シルヴィア自身の”戦力”も決して侮れはしないだろう。
あちらには魔導士も数名紛れ込んでいる様だが、俺と”影”とシルヴィアの刃からは逃れられはしない。
一般的に魔術職とは、詠唱している間が一番無防備であるのは常識だ。
魔術が当たれば、人は簡単に死ぬ。これも常識だ。魔術とは、人が持ち得た中でも最強で、最大の攻撃手段なのだから。
当然、その様な危険な代物を放っておく馬鹿なぞいない。真っ先に潰す事が戦いに置いて定石だとも言える。
そのついでとばかりに、あちら側の”暗殺者”を正面から相手取っていても、こうして安心して見ていられるのだから、充分に戦力評価ができるだろう。今はそれを言ってやりはしないのだが。ツケ上がって調子コキやがるからね、彼女ってば。
「”闇の精霊”よ、彼の者達を真なる闇へと包め……」
戦いの最中、どこか軽い調子だった二人に比べ、アストリッドの瞳は憤怒の炎を宿している様に俺の眼には映ってみえた。
”闇の精霊”のもたらす”暗闇”とは、視力だけでなく、皮膚感覚や平衡感覚をも完全に狂わせる魔性の盲目だ。闇の精霊の持つ”権能”に抵抗できなかった者は、忽ちに立っていられなくなる程の恐ろしき魔術なのだ。
「なんだこれはぁ!? なんなのだぁっ?」
アストリッドの操る”闇の精霊”は、奴隷商人とその取り巻き全員を自身の術中に巻き込んだ様だ。全員が視界と平衡感覚を失い忽ちに地に倒れ伏してしまったのだ。
この時点で、戦いは終わった。その筈だ。
「……この、外道が……貴様の様な人間が世に存在しているから、私達はっ……!」
なのに、彼女は腰に下げた細剣を抜き、奴隷商人へとゆっくりと歩を向ける。明確な殺意と憎悪を、右手に握りしめた細剣に込めて。
「待て、待つんだ! まだだっ!」
「……っ」
俺が彼女の両肩を掴んで引き止めると同時に、何処か虚ろだった彼女の瞳に意思の炎が再び灯った。どうやら正気に戻ってくれた様だ。
「アストリッド、君は……」
「……申し訳ありません、レグナード。今は何も……」
……訊かないで下さい。
そんな彼女の声は、薄紅色の可憐な唇から弱々しく漏れた。
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