33.不意打ちにご用心。失敗したら笑って誤魔化すさぁ。
「レグナード、階段あったぜ」
「ここまでは情報の通りだね」
アンの魔法で寝た奴らの始末をきっちり付けた所で、シルヴィアが隠し通路を発見していた。
ここまでは、正しく情報の通りだ。
尋問で得た情報が全て正しいのであれば、階段の先に居る奴らは、アンとシルヴィアの右半面に醜い呪いを刻み込んだ奴隷商人と、その取り巻き共の筈だ。
何故、奴隷の所持が違法となる国の、その中でも大きなこの城塞都市に、奴隷商人が態々居を構えているのか?
何故、そんな商人とは直接関係が無い筈の、無頼漢共が地下と地上の差はあれど同じアジトに潜んでいるのか?
そこが全然解らないし、結びつきもしない。あえて上げるのであれば、かの侯爵様と馬鹿野郎が間にある事だが、それでも態々一つのアジトに潜む理由には決してならないだろう。
そして正直に言えば、こいつらを相手にした所で、【暁】にとって特に利は無い。強いてこちらの”利”を上げるのだとしたら、アンとシルヴィアの受けた数々の苦痛に対する仕返し。それ位だろうか。
……うん、充分過ぎる理由だったわ。
「じゃあ、行くとしようか。万倍返しだ」
「「「はい」」」
石組みの階段は、地下の湿気によってぬらりと濡れていた。
「おっと、滑った」
「気を付けろよアン。あんたってば、ただでさえドジっ娘なんだからよぉ」
「……そんな事実は無い」
「あぁん? 事実だろが」
「……君達さ、頼むから、もうちょっと真面目にやってくれないかな……?」
下手に不満を腹に貯め込まれて後々事態が深刻になるよりかは、遙かにマシだとは確かに俺も思うよ? だけれどさ、流石にこれこの為体では、成功するものも簡単に失敗してしまいそうで心配になって困るのだ。
……というか、この二人、一応これが”試験”なのだという事が解っているのだろうか?
何故、試験官である筈の俺の方が、彼女達の心配をしなくてはならないのだろうか?
おかしい。絶対何かがおかしいと思うのだが……?
「……レグナード、あまり深く物事を考えても仕方が無いのでは?」
……そうだね。そうかも知れない。
「何か知らんが、もしかしてオレ達貶されているとか?」
「かも?」
「頼むからさ、君達静かにしてくれないかな……」
こんな所で無駄に騒いで”敵”に気付かれでもしたら、折角の奇襲が無駄に終わってしまう。もうすでに手遅れなのかも知れないが。
◇◆◇
俺の心配は、アストリッドの風の精霊魔法のお陰で杞憂に終わった。
階段を上った先にある扉の奥からは、人の気配が何も変わらないまま在ったのだ。
周囲の音を完全に遮断する事ができるなんて、精霊魔法の汎用性は本当に高いのだと改めて驚かされた。やはり”森の人”は優秀な精霊使いなんだな。
「もっともっと、私の事を頼って下さってもよろしいのですよ?」
「ああ。これからそうさせて貰うよ」
アストリッドが銀色に輝く頭部を俺の方へ差し出してきた。撫でろという事だろうか?
まぁ、それくらいなら良いかと、魔法の灯りを反射する美しい髪を梳く様に撫でてやる。
「……何か、ズルい」
「同感だ」
……何がズルいのかさっぱり解らないし解りたくも無いが、俺に頭を撫でて欲しいと言うのなら、ちゃんとやる事はやって欲しいと思うのだが。
「言ったなー? おっし。んじゃ、ご褒美撫で撫での為に頑張るとしようぜ」
「りょ」
頭を撫でる行為が君達の報酬になり得るのならば、禿げるまで撫でてやるから仕事に専念してもらいたい……頼むよマジで。
「念の為だ、俺が先行する。扉を開けたら、アンはすぐに拡大睡眠術を発動してくれ。シルヴィアは抵抗した奴のフォロー、アストリッドは反撃に備えてくれ」
突入で一番気を付けねばならない事が、待ち伏せの対処だ。
完璧な”奇襲”はまず有り得ないのだと思って行動をしなければ、不測の事態に思わぬ危機を招きかねない。常に最悪の場面を想定しながら動く事は、常に危険と隣り合わせで生きている者にとっては当たり前の心構えなのだ。対策をやり過ぎて困る事は無いのだから。
「影従者」
俺は魔影舞踏士の固有技能である影技を発動させる。自身の影を実体化させて、自在に操る技だ。俺は、自身と寸分変わらぬ能力を持つ”影”を、最大3つ同時に創り出せる。俺が長年単独でやっていけたのは、この技能のお陰だったのだと言えるだろう。
「突入!」
俺が扉を蹴破ると同時に、アンが魔法を完成させ、俺は”影”を送り込んだ。
「何だこれは……」
扉の向こう側には、確かに人の気配があった。俺の感覚は、そう告げていた筈だった。
なのに……
俺と”影”達の感覚は完全に同期しているのだが、”影”達の眼から見た部屋の内部の光景は、俺の中にある”常識”の範疇を軽く超えていたのだ。
「これはこれは。城塞都市が誇る最強の冒険者様ではございませんか。この様な薄汚い”小屋”にお越しになるとは、貴方様は一応は”貴族”であらせられる筈。そこまで生活にお困りではないでしょうに……」
中央に座するのは、情報通りの奴隷商人とその取り巻き共だ。
「お陰様で商売繁盛さ。だが、そんな俺にチョッカイをかけて来た馬鹿がいたんでね。ちょいと懲らしめに……ね」
あの男の情報は、疑うべくもなく全て真実だったのだが……
問題は、彼らのその周囲だ。
手足が無く芋虫の如く惨めにも床に転がった、血まみれの亜人達……
先の反省からか、強度と深度の増したであろう筈の、アンの魔法に抵抗する事が一切出来なかった彼らは、冷え切った床に惨めな裸体を晒していたのだ。奴隷商人とその取り巻き共を除いて。
「……うっ……」
如何に切った張ったが日常である冒険者であろうとも、この様な凄惨な光景を目の当たりにして正常でいられる人間なぞまずいないだろう。
アンは吐き気を堪える様に口を抑えて蹲り、シルヴィアも短剣を両手に携えたまま、完全に固まってしまっていた。
「……酷い……どうして、この様な……」
常に冷静であった筈のアストリッドですら、目の前に拡がる血の惨状に声を失ってしまっていたのだ。
その中でも俺の”影”だけは、俺の意思に忠実に従い部屋の”制圧”を試みていたのだが、俺の”影”達は、唐突に現れた倍以上の数の”影”達に阻まれて、場は完全に膠着してしまっていたのだ。
「クソっ。俺の他にも影技を使う奴がここにいるのかっ……」
「ええ、ええ。そうですとも。”影技”は何も貴方様の”魔影舞踏士”だけの専売特許じゃあございませんのでねぇ」
”影技”を扱える称号職は幾つかあるが、恐らくはその中でも更に闇の側……暗部に近い称号職を、彼らは持っているのだろう。例えば、”暗殺者”辺りとか……
まずまともな生活をしていれば、影技なんぞ身に付く訳が無い。そういう輩共という事なのだろう。俺が言うのも何だが。
現状、場は膠着の様相を呈しているが、それは厭くまでも”影”同士の戦力比が釣り合っているだけの結果でしかない。
まだあちらさんに”影”の遣い手がいたりしたら、恐らくそう長く保ちはしないだろう。
「不味ったな……」
俺自身がまだ病み上がりのせいか本調子に程遠い様で、”影”の動きまで精彩を欠いていやがる。
遠く忘れて久しかった”苦戦”という状況に、俺の口角は何故か釣り上がっていった。
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