32.強襲! アジト。
「……なるほどな。そりゃ、奴らが夕刻でも動いた筈だ」
「門を通る事無く衛兵達の眼を誤魔化す手段があるなら、あれだ派手に動いても問題無いって訳だぁね」
城塞都市という名の示す通り、元々は周囲を高い壁に覆われた”要塞”であり、”旧王都”でもある。日が沈む頃には、街の門は全て閉ざされ、外に出る事も、中に入る事も、一応は出来ない決まりになっている。
街で事件を起こし、兵達の眼をかい潜って逃げねばならなかった筈の奴らが、何故閉門間近の夕刻に事を起こしたのか? その答えがこれだったのだ。
鼻がひん曲がりそうになる悪臭に顔を顰めながらも、俺達は暗くじめじめした路を歩いていた。
城塞都市は、この国最古の街だ。
そんな”古都”……旧王都には最古というか、逆に今では完全に”失伝”してしまった、現在の技術では到底真似のできない高度な技術で整備された下水道網が細かく張り巡らされているのだ。それこそ、長きに渡ってこの都市で生活してきた”住人達”にすら、その全貌を把握できない程に。
「……やはり、こういう人工物のみで構成された所は、私の様な”森の人”には向いていませんね。今来た道の通りに戻れと言われましたら、無理です、としか言えません……」
「大丈夫だよ、アストリッド。ボクも絶対無理だから」
「アン。それは大丈夫とは言わない……」
一応念の為にと、大雑把に纏めた地図を手渡しておいたのだが、やはりアンには無理だった様だ。
これは彼女の悪癖の一つで、興味の湧いたモノに対する執着心と集中力には目を見張るものがあるのだが、逆に興味の無いモノに対してはトコトン興味を示さない。だから、半分俺も諦めていた仕方の無い所ではある。
だが、だからと言ってただ”仕方が無い”だけで済ませて良い話で無いのも事実だ。”地図”による現在位置と目標地点の把握は、冒険者にとって正に死活問題だと言っても良いレベルで必須の技能なのだから。
「アン。俺は今回の一件を”試験”だと、ちゃんと君に伝えた筈だよ? その為体では、この先困るな」
「ううっ、そうだった」
本当にこれが”試験”ならば、こんな所で注意なぞする訳も無い。ただ後で『不合格』の烙印を捺すだけでおしまいだ。
だが、今回の注意が、彼女への”気付き”になるのであれば、細かく説明して教え導く事が正解なのだと俺は思っている。俺は彼女達を”落第”させたい訳ではないのだから。
「……そういえばアン。確か、術者の足跡から地図を自動で作ってくれる魔法があるんじゃなかったっけ?」
「うん、あるね。地図作成って奴」
称号職の一つ”水先案内人”の前提魔法だ。やはりアンは、その魔法の存在を知っていた様だ。
実際は、冒険者たる者は魔法の力に頼らず、自身の脳内だけでそれが当たり前になるまで鍛えたものだが、そんな根性論なんぞ今更流行る訳も無い。楽ができるのなら、それに越した事は無いのだから。
「それが使えるなら、今からでも遅くはない。持っている地図と見比べれば、充分君の助けになる筈だよ」
「うん、ダーリンの言う通りだね。やっとく」
……今までと呼称がはっきりと変わったのは、この際無視しておこう。絶対に碌な目に遭わないからだ。
「今回は、あのお二人の”試験”を兼ねているのではなかったのですか、レグナード?」
嬉しそうにニコニコとしながら、アストリッドが俺の顔を見上げながら俺に問いかけてくる。本当にこの褐色の森の人は、解っててこういう意地悪な事を言うのだから、本当にたまったものではない。
「君は最初から気付いていたのだろう? 俺にその気が無いのを、さ」
「ええ、勿論♡」
魔法の灯りに照らされた紅玉の瞳は、ただ真っ直ぐに俺を写している様だった。
「……君は、俺を甘いと思うかい?」
「いいえ。とても貴方様らしいなと」
「……そうかなぁ?」
「ええ。そうですよ」
アストリッドに訊く時点で、散々自覚をしていると言っている様なものなのだが、ついやってしまう自分を情けなく思う。これこそがただの”甘え”であるというのに。
「コラー! そこ、ボクらを置いて勝手に二人の世界を作るんじゃないよー!」
「そうだそうだー! オレらも混ぜろー! 愛をよこせー!!」
少し先で、俺達を茶化す様に二人が喚いている。
……だから、これは”試験”だと言っているというのに、あの二人は……彼女達を見ていると、苦笑いと共に、何故だか妙に肩の力が抜けた良い心持ちになってしまった。
いかん、いかん。この先には命の遣り取りも有り得るというのに。緊張感を持たねば。
「仕方無い。行こうか、アストリッド」
「ええ。行きましょう、レグナード」
◇◆◇
「……どうやら、この先には罠の類いは無いみたいだ」
「魔法の罠、無し。ただし見張りの気配あり。数は2」
”敵”の潜伏先でもある目標地点のすぐ近くにまで到達した俺達は、魔法の灯りを最小限に絞り込み、アンの”使い魔”とシルヴィアを斥候に出した。
シルヴィアは元々、他の徒党で斥候役や、迷宮内の罠回避を一手に引き受けていた野伏だ。
黒猫の姿を模した”使い魔”とアンの感覚は常に同期している。こんな時、怪しまれずに魔法の罠やら見張りの有無を確認するのにも都合が良い。
今回の作戦において、二人の技能は正に”要”だとも言えるのだ。
「よし。じゃあ、見張り役の排除といこうか。アン、頼むよ」
「あいあい。眠れ、良い子よ……」
魔導士の前提技能でもある高速詠唱を、アンはあまり使わない。そもそもアンはまともに呪文の詠唱をしないのだ。
正確に言えば、彼女は正規の呪文を使わない。
何だか良く解らないが、彼女独自の文節を、魔法に結びつけている……らしい。それで望む魔術が行使できるのならば、それはそれで全然構わないのだが、何でアレで暴発や暴走せずにちゃんと発動しているのかは謎だ。だから、正直に言うと不安しか無い。
だが、コレには大きな利点もある。呪文から敵が使うであろう魔法が解らないというのは、魔法戦ではそれだけで優位になる。つまりは対抗呪を受け難いからだ。
「成功。やりぃ、褒めて褒めて☆」
「後でね。それじゃ突入」
見張りの排除にかかる時間と手際こそが、強襲を成功させる一つの鍵だ。敵に感づかれる事無くこれを成せば、その時点で8割方は成功した様なものだ。その後に油断をしなければ、の話ではあるのだが。
「……ぶぅ」
「はいはい、行くよー」
……アンの取り扱い方が、何となく解ってきた気がする。気合いだ。
音を立てずに扉を少しだけ開けて中の様子を探ると、強烈な酒の臭いと汗と皮脂の混じった饐えた臭いに、俺は思わず顔を背けそうになる。
(下水道の臭いとどちらが上かな……)
すでに鼻が馬鹿になってしまったのだと思っていたのだが、どうやらただ単に下水の臭いに慣れてしまっていただけの様だ。
後続の三人に室内に居る人数を知らせ、もう一度アンは独自の呪文による拡大睡眠術を唱える。
俺とシルヴィアは、アンの魔法が発動したと同時に室内に躍り込み、魔法を抵抗した人間の首を次々に刈った。
「ああ、ショック-。まさか4人も抵抗されるなんてさぁ」
中にいた人数は全部で9名。内4名にも魔法を抵抗されてしまっては、確かに魔導士として自信を失いかねない結果だと言えるのかも知れない。
だが、改めて考えてみて欲しい。
本職の魔法使いが不意打ち気味に放った魔法に約半数が抵抗したという事実は、それだけ彼らの技量が高かったという確かな証拠なのだ。
「……お酒が入っていてこれなのですから、実際彼らは相当な技量をお持ちだったのではないでしょうか?」
「そうだね。もし真正面から戦っていたら、例え勝てたとしても、こちらも無傷では済まなかっただろうね……」
隣の国の侯爵様は、俺に嫌がらせをする為だけに、どれだけの金を積んてみせたのだろうか?
そのことを考えるだけで、本当に頭が痛くなってきた。
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