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3.熱血指導なんてガラじゃない。スポ魂なんて時代じゃない。



 「ほら。右下、左中、右中」


 「うっ、くっ、きゃぁっ!」


 槍に見立てた棍を(しご)き、角度を変えては彼女へ向けて何度も突き入れる。


 「槍相手に盾で真正面から受け止めようとするなっ! これが実戦なら盾ごと貫かれて死ぬぞっ!」


 そもそも盾とは、相手の攻撃を効率良く受け流す為の”武器”だ。相手の攻撃に間に合わないからと、苦し紛れに正面からそれを受け止めてしまえば、仮に盾が打撃に耐えたとて、衝撃で腕がやられてしまうだろう。ましてや、槍の様に一点に力が集中する得物相手では、盾を貫きそのまま致命傷となる打撃が自身に届いてくる可能性が極めて高い。


 刃に逆らわない様に角度を付けて受け流したり、もしくは相手の攻撃に呼応して側面から叩き付けて払う様に扱うのが、盾の基本的な使用法だ。


 「腕の力だけでは絶対に敵の攻撃は止められんぞっ! 立ち止まるなっ! 常に足を使えっ! 敵の死角を、盲点を探せ!」


 装備と自身の持つ”重さ”を武器にする重戦士であるならば、両足に力を込め、大盾という、”装甲”を全面に押しだした構えこそが正解だろう。


 だが、彼女は重戦士の様な盾役(タンク)ではなく、攻撃役(アタッカー)である戦乙女(ヴァルキリー)なのだ。ただ足を止めてひたすらに敵の攻撃を捌いているだけでは、敵の数が減る訳も無い。


 攻撃役が守りに重点を置きすぎていてはダメだという典型例が、今、俺の攻撃を捌くのに必死になっているヴィオーラだ。


 極端な話になるが、味方に被害が出る前にさっさと敵を倒しきってしまえる攻撃力があれば、徒党(パーティ)に盾役を置く必要なぞ全く無い。


 安定した盾役が存在する徒党の生還率は、確かに高い。


 だが、如何に護りに特化した”安定した盾役”が徒党内に在るのだとしても、攻撃役がちゃんと役割(ロール)を全うできなければ、無為な時間稼ぎにしかならないのもまた事実だ。


 「徒党でお前に課せられた役割は何だ? ただ縮こまって敵の攻撃を躱す事か? 言ってみろ、お前の役割は何だっ?!」


 「あたしはっ……あたしは【暁】の、メインアタッカーだっ!」


 遂には俺の攻撃を捌き切れなくなった彼女は腹部に突きをモロに喰らい、蹲る様に胃液を吐きながらも俺の問いかけに叫びながら返してきた。


 「そうだ。お前はメインアタッカーだ。アタッカーならば、この時、敵に対しどう動けば良い? 考えろ。どう動けば、効率良く敵に打撃を与え殲滅できるかをっ!」


 長柄の武器は、ただ漫然と振り回すだけでも、攻撃範囲、威力共に考えれば解るだろうが相手にしてみれば、かなりの脅威だ。


 だが、こちらの動きが読まれ対処されてしまった場合はどうだろう?


 その場合、隙が生じやすい長柄の武器を持つ人間は、途端に与し易い()()へと評価が一変する。


 そうならぬ為には、時にはフェイントを混ぜる事も必要だろう。攻撃の速度に緩急を付けて間を外す事も有効だ。


 何処をどう攻める?


 どう闘えば良いか?


 ほぼ伯仲した技量を持つ者同士で争えば、その思考の”差”は、明確な違いとなって現れる。


 そもそも、幾ら名人の指導の下で鍛えられたとて、すぐに目に見えて成果が得られる訳でも無ければ、当然、簡単に技量なんかが上がる訳でもない。


 意識、姿勢の違いによるこの”差”は、いくら言葉を重ね説明したとしても、決して伝わりはしない。解ったつもりになっただけで、真に理解できていないからだ。


 この意識、姿勢は、本人の”気付き”によって体感する事で、漸く理解し身に修める事ができる。


 だから俺は、常に彼女へ問いかける。


 この場合、お前はどう動く? と。


 「もう一度最初からだ。メインアタッカーであるお前が敵を仕留める事ができなければ、戦いは何時までも続き、その間に味方は傷付き疲弊する。考えろ。敵の攻撃を抑えるには、敵を倒すにはどうすれば良いかを」


 「はいっ」


 呼吸を整える為、ヴィオーラは努める様に何度も何度も浅い呼吸を繰り返す。


 回復力と速度だけで言えば、彼女は充分に一線級。だが、問題も多々ある。


 持久力が少しばかり足りないせいで、乱戦、もしくは長時間に及ぶ戦闘に追い込まれた際、足が止まりがちになり、持ち味である速度が全く活かせなくなってしまう点。

 

 それと、”定石(セオリー)”通りの動きが矢鱈に目立ち、咄嗟の機転がまず望めないであろう頭の堅すぎる所だ。これは攻撃役を担う人間としては致命的かも知れない。下手をすると、敵に良い様に遊ばれてしまう怖れがあるからだ。敵の嘲りを正面から噛み砕ける程に突出した技量を持っていれば些事ではあるが、そんな芸当ができる”化け物”なぞ存在する訳も無い。その領域に至る前に、必ず命を落とすからだ。


 彼女の戦い方が”馬鹿正直”の一辺倒過ぎて、次の行動が手に取る様に読めてしまう。技で押し切れる魔獣相手ならばそれでも良いが、今のままでは凡そ対人戦なぞ任せられはしない。小鬼(ゴブリン)程度ならまだやりようはあるが、それなりの知能と耐久力を持つ豚人(オーク)相手で考えると、少々不安が出てくる。


 ”速さ”だけに着目すれば、前衛として充分過ぎる武器になっているだけに、そんな彼女の”歪な”仕上がりに不満を覚えてしまうのは、どうしても否めない。


 まぁ、それでも鋼鉄(スチール)級以下の枠内だけに言及すれば、それなりに高い水準に在るのは間違い無いのだが……そういう意味では、俺の要求するレベルが高過ぎるだけなのかも知れない。


 今の【暁】にとっての最大の仮想敵は、外道で屑(ギリアム)とその取り巻き。それと親馬鹿の侯爵様のお小遣いで雇われる無数の無頼漢(チンピラ)共だ。こちらより遙かに数が多いであろう対人戦を想定せねばならない以上、今のヴィオーラの技量では、些か荷が勝ちすぎる。


 こればかりは、彼女本人による”気付き”の問題なので、無理矢理にでも場数を踏ませるしかない。


 持久力に関して言えば、敷地内を重甲冑でも着せて延々走らせれてやるだけで良いので、これはすぐにでもやらせよう。単純だからこそ一番辛い修行になってしまうだろうが、そこはそれ。全て本人の自業自得でしかないので、諦めて貰うしか他は無い。


 ……等と偉そうに御託を延々並べてはみたものの、結局は全て俺のせいだとも言えるのだが。彼女をその時限り(スポット)の臨時面子だからと、こうして少し相対しただけでボロボロと出て来る彼女の”粗”をずっと見て見ぬ振りをし、一切の指導をしなかった俺が一番悪いのだ。


 だが、いざこうして”後輩”を教導してみて熟々(つくづく)解った。俺には全然向いてないわ……こういうの。


 「ああ、面倒だ。やっぱり……少しだけ、はやまったかなぁ……?」


 芝生に大の字となって寝転ぶ彼女の姿を横目にしながら、誰にも聞こえない様に俺は独りごちた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 しかし、一度でも言葉として口にした以上、知らぬ顔してまたそれを飲み込む訳にもいかない。


 ミリィの言葉通り、ギルドの動きは迅速だった。依頼を出したその週の内に、数名の候補者を紹介できると連絡があったのだ。


 「そんな訳で、ちょっとギルドに行ってくる……サボんなよ?」


 「……へぇい。いってらぁ……」


 フル装備の上から、幾つもの鉛の板が入った特製上着を着込んだヴィオーラは、恨めしそうな眼で俺を一瞥し、足を引き摺る様に庭の周りを走っていた。


 体力(スタミナ)の不足は、前衛職にとって致命的な欠陥だ。フル装備の状態で、それなりの時間を十全に動けない様では冒険者として失格だとすら言える。長時間の走り込みはお手軽であり、かつ最適な鍛錬法だろう。その効果が実感できる様になるまでは、本人にとって正に虚しき無間地獄となるのだが。


 今の状況に対し明らかに不満タラタラな様子が視て取れたが、彼女は何一つ文句を口に出しはしなかった。一応は自身の欠点を理解できているみたいで、これには俺も素直に感心させられた。


 思い返せば特訓を始めてからのこの一週間近く、俺は一度もヴィオーラを褒めていない。褒めて伸ばす……なんて、元々そんな性格ではないのだが、ひたすら鞭打つだけで飴を一切与えないのでは、流石に不憫で可哀想に思えてきた。ついでに帰りに何か土産でも買ってきてやるとしよう。



 ◇◆◇



 「……う~ん」


 何度も書類を見比べては唸る。


 忌憚なき意見を言ってしまえば、ギルドの紹介してきた冒険者達は、正に”ドングリの背比べ”だった。


 入れるなら誰でも良いし、気になる点を一つでも挙げてしまえば、誰も要らんとも言いたくなる。その程度。


 「……やはり、貴方のお眼鏡には適いませんでしたか、レグナード様?」


 「……いや、ミリィ。君は充分良くやってくれていると俺は思うよ。ただ、なぁ……」


 ギルドの紹介してくれた冒険者達は、徒党(パーティ)を組む上で必要な役割分担を過不足無くしっかりと網羅していたし、青銅、鉄級と皆一様に階級が低いのはこの際目を瞑るが、まずは徒党の体裁を整えるという、こちらの事情をちゃんと汲んでくれているミリィの心遣いに感心こそすれ、そこに不満は無い。


 「ただ……何でございましょうか?」


 ベテラン職員と呼ぶにはまだまだ経験も浅く年若い彼女は、俺の言葉の先を促す様にコテンと首を傾げた。


 「いやな……なんでさ、これ全員年若い女性なんだ?」


 「もしかして、お若い女性では、いけませんでしたか?」


 今度は逆の方向にコテンと頭を傾げて、ミリィは問う。


 「いや、別に熟女趣味とか、そういう訳じゃないんだが……」


 冒険者の間で魔力による自己身体強化が常識化した昨今、性別による能力値(ステータス)差はかなり無くなってきたと評しても過言では無い。


 それでも基本、盾役(タンク)とは、男性が担うべき役割(ロール)だ。装備と自身の持つ”重さ”がそのまま職の強さに直結する重戦士(ヘヴィ・ウォーリャ)を筆頭に、盾役はまず第一に”堅さ”と”重さ”の両立が求められる。である以上、”体重”という絶望的な性差を無視する訳にはいかないのだ。


 世間には”回避盾”などに分類される特殊な称号職も中にはあるが、それは戦闘中常に一発で状況がひっくりかえってしまう不利な博打をし続ける様なものだ。確実性に欠ける以上、そんな不安定要素を徒党内に入れる気は更々無い。


 「今回、女性ばかりのご紹介になってしまったのは、隣国の”メッサーナ平原”の開拓が順調に進んでいるからでございます。ギルドでも開拓者として移住をなさる方が、結構な数で出ておりまして……」


 ミリィの説明で納得した。冒険者なんて”根無し草”の最たる職業なのだから、仕方無いと言えば、仕方の無い話だ。


 「んじゃ、この書類は、徒党が解散してあぶれちまった奴らって訳だ?」


 言い方は悪いが、その感想しか俺は出て来なかった。


 「……実は、その……申し訳ありません……その中でも、比較的実力を持つ方々を厳選したつもり、なのですが……」


 ミリィは小さい身体を更に縮こませる様に、申し訳無さ気に頭を下げてきた。


 『四人の王(キング・フォー)』の二つ名を持つ、<歌手シンガー兼、剣舞踏士(ソード・ダンサー)(ワン)泰雄(タイシィオン)みたいに、助っ人業だけで食っていける様な特殊過ぎる冒険者なぞ、ほんの一握りだ。


 あぶれてしまった冒険者達でまた徒党を組めば良いのだろうが、中々そんなにすんなりといく訳もないのが悲しい現実だ。恐らくギルドでも徒党のやりくりが大変なのだろう。


 「いや、それならば別に構やしないさ。ただ、なぁ……」


 彼女達は”鍛え甲斐がある”……そう言ってしまえば、きっとその通りなのだろう。


 だが、果たしてそこにどれだけの”伸び代”があるのか……そう問われれば、素直に「解らん」としか言えない。言ってしまえば、余りにも分の悪い”青田買い”だ。


 最初から”弟子を取る”つもりであれば、この中から見繕うのも確かに良いのだろうが、改めて考えてみたら、近い内にあのクソガキ(ギリアム)と必ず揉める【暁】の現状では、この選択は絶対に悪手だ。何も知らない人達をつまらん諍いに巻き込んで、無駄な犠牲を出すだけだろう。


 「君に”贅沢”だ、”我が儘”だと言われてしまうのを承知で頼む。できればやっぱり、もう少し技量(うで)のある人材をお願いできないだろうか、ミリィ?」


 鋼鉄級が最低限。欲を言えば黒鋼以上が望ましい。


 その上の銀級にもなれば、贔屓にする支援者(パトロン)がいても何らおかしくはないから、まず一人あぶれる様な事はない。Sクラス……この国の基準で言えば、黄金より上の白金(プラチナ)級に中るキング・フォーみたいな奴が特殊過ぎるだけだ。


 「それなら、一人良い奴がいるぜ、レグ」


 「よぉ、おやっさん(マスター)


 どうやら俺達の様子を覗っていたらしいギルドマスターが声を掛けてきた。ずっと人を増やせの勧告を無視し単独(ソロ)を決め込んでいた徒党【暁】が面子を募集するのだから、マスターも無関心ではいられなかったのだろう。徒党の戦力拡充がそのまま経営に直結してくるのだから、解らなくも無い。


 「マスター、それって、もしかして……?」


 「ああ、そうだ。連れてきてくれミリィ」


 「ですがっ……はい……」


 マスターの指示に対し、ミリィの反応があまりにも露骨過ぎた。何か言いた気な雰囲気を出しつつも部屋から出て行った彼女の後ろ姿が、俺に最大級の警鐘を鳴らす。


 「……おやっさん。これ以上の厄介事はお断りだぞ? ただでさえ、ウチは今面倒臭い事になってンだから」


 「そう言うなよ、レグぅ。お前の望む以上の腕利きなのは保証してやっからよぉ」


 筋骨逞しき禿げ親父は、俺の隣にドカりと腰を降ろして馴れ馴れしく肩を組んでやがった。堪えきれぬ汗臭、加齢臭に辟易する。鼻を塞ぎたい。切実に。


 「俺ぁ嬉しいんだ。ようやくお前ぇが真っ当な”徒党”を組む気になってくれてよぉ。いくらお前さんが強くても、単独では”万が一”の事態が起こり易いからな。でもよ、お前さんが率いる徒党はこれから変わるんだ。なら俺が、お前さんの実力に見合う面子を紹介してやんなきゃな」


 「おやっさん……」


 おやっさんは、まだ未熟な回復術士(ヒーラー)だった駆け出し時代の俺を知る数少ない人物の一人だ。


 意地になって単独で活動を続けた俺が、どれだけおやっさん達に迷惑をかけたのか……それを思うだけで申し訳無さで胸が一杯になってしまう。


 「てな訳で、このギルド”最強の精霊使い(エレメンタラー)”を紹介してやっかんな? まだ正式認定じゃねぇが、銀級だ」


 精霊使いは”精霊”を文字通り()()()()使()()()()特殊な術系統を修めた者の相称だ。


 周囲のマナを集め、燃焼する事によって世の理をねじ曲げ術者の望む効果を発揮する魔術とは違い、術者の生命力(プラーナ)そのものを精霊に捧げ、術者の望む現象を精霊に”お願い”する。見た目は同じ炎であっても、そこに至るまでの過程が全然違うのだ。


 術者の支配する精霊によって使える属性が限定されてしまうが、精霊術は汎用性、威力共に魔術士(ソーサラー)達の操る同属性の魔術よりも上なのだと聞いた事がある。もしその噂が事実ならば、こちらとしては願っても無い話だ。


 軽いノックと共に、扉からミリィの後に着いて姿を現したのは美しい女性だった。


 褐色の肌とまるで神々の手による工芸品みたいな美しい銀の髪、吸い込まれてしまうかの様な、理性を湛えた紅い瞳。……学が無いせいで形容の語彙が少ない俺ではこれ以上、彼女の美しさを表現できないが、これだけは言っておく。俺は彼女の容姿に見惚れてしまい、思考が完全に停止した。


 「彼女の名はアストリッド。まぁ、見た通りの人間だ」


 だが、その後も俺の思考が停止したままになった原因は、決して彼女の美し過ぎる容姿のせい、だけではなかった。


 「アストリッドと申します。若き”英雄”よ、よしなに」


 「だ……ダーク、エルフ……?」


 彼女が、この国に本来存在してはいけない”亜人種”……ダークエルフだった事だ。



誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

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