29.つまらん意地なんか張り通しても、つまらん顛末を迎えるだけだ。
2022.12.16 少し文章を付け足しました
「……え? レグが……?」
お屋敷の人が態々あたし達に嘘を吐く訳が無い。そんな事は最初から分かっているというのに、何故かあたしは聞き返してしまった。
「ええ、そうなのですよ。ですので、ヴィオーラ様。今日は坊っ……いやいや、お館様は一日安静という事でよろしくお願いします」
はいはい、分かってますよー。家政婦さん達の”坊ちゃん”呼びは。レグってば、すっごく嫌そうな顔するものね。良く耐えたと彼女を褒めてあげたいくらいよ。
でも、そうかぁ……
これってばもしかしなくても、絶対にあたしのせいだろうな。
無駄に優しい彼の性格に付け込んで、無理矢理に深夜まで付き合わせてしまったあたしのせい。彼は押しに弱い。ちょっと強気にぐいぐい行けば、必ず応えてくれるから。ついついあたしは甘えてしまうのだ。
『ああ。ホント頼むから寝かせてくれ、ヴィオーラ……』
今思えば、あの時の彼の顔は、心底お疲れだった訳で。
それに全然気付けないだなんて、本当に徒党面子としての配慮が足りなかったのだと反省するしか他は無い。
昨夜は我を通し過ぎた。
あの時彼に吐いた配慮の無い手前勝手な言葉の数々を思い返す度に、途轍もない後悔と罪悪感に苛まれ、カーペット敷きの床を転げ回りたくなってしまう。穴があったら入りたいとは、正にこの事よね。
そりゃ、確かにこうやって彼に認められて、念願だった徒党【暁】の一員になれた事は素直に嬉しいに決まっているわ。
だから、だからこそ。
余計にあの女達が、あたしは許せない。
あのクソ馬鹿野郎の魔眼……”魅了”だっけ? にあっさりとかかる様な心の弱い奴ら如きが、あたしがずっと憬れてきた【暁】に入ろうだなんて。
まぁ、あたしもアレがそうなのだと知ったのは、アストリッドの話を聞いてから。
実際、あのゴミ野郎に話し掛けられる度に感じる、何だか凄く嫌な悪寒というか、ザラ付いた視線というか……妙な違和感があったのを、その話で漸く納得できたのだけれど。
あたしは、あたし自身がそうとは気付かない内に、己の身を守っていたのだと知って後で怖気に震えたものだ。
冒険者として未熟なのはお互い様だから強く言えないけれど、だからこそ、あの程度の精神支配の呪いをはね除けられない様な奴らが、彼の優しい性格に付け込んでさも当然の顔をしてその隣にいる事自体がホント許せない。
特にクソガキと貧乳女。あの二人よね。
あンにゃろ共め、チョーシコいてレグの事を”ダーリン”とか、”だんなさま”とか、馴れ馴れしく呼びやがって。あたしだって最近勇気を振り絞って漸くの”レグ”呼びだってのに。ああ、もうホンっトに腹が立つったら。
ああ、いけないいけない。こんなつまらない事であたしが癇癪を起こしちゃったから、レグが寝込んだのだというのに。
胃の底の辺りに蟠る様に留まるムカつきを忘れる様に大きく息を吐き、伸びをしながらしっかりと両足で立ち上がる。
あいつらの事は、なるだけ気にしないでおこう。
まずは、あたしが【暁】の面子なのだと、胸を張って言える様にならなければダメだ。
徒党主催に面向かって意見を言うのには、あたしの技量ではまだまだ早すぎる。
せめて、彼に「強くなったな」と褒めて貰える様にならなきゃ嘘だ。
だから、今日もちゃんと”日課”をやろう。
これ以上、彼を失望させたくないから。
◇◆◇
いつものフル装備に加え、荷袋を二つ抱える。
この荷袋二つ分で、大体一週間分の遠征に必要な糧食と着替えや資材に相当する。本来ならば、ここにさらに徒党面子の人数分の水が必要になる。そうなるともう総重量だけで言えば、あたし一人分よりも遙かに重くなるはずだ。
黒鉄鋼製の防具は、正直に言うとあたしには少し重過ぎるのだけれど、このランクの防具が資金的にも、冒険者ランクとしても用意できる最上級の品なのだから、当然背に腹は代えられない。
装備品をケチる様では、冒険者として低く見られ仕事を失いかねないからだ。
……まぁ、そうなる前に普通死ぬだけだとは思うけれどね。
盾を構え、突撃槍を扱く。調子は普通。良くも悪くも無い。
……よし。
荷物を背負ったまま、塀の内側を走る。
両足にかかる負荷にはまだ全然慣れないけれど、それでも最初の頃に比べればかなりマシになったのではないかなと思う。
あの頃は、そもそも足を前に出すだけで一苦労だったからねぇ……
なのに、二週間と少しでここまでになるのだから、今までのあたしは一体何をやっていたんだって話。
この間の戦闘では本当に思い通りに身体が動いたし、物凄く自分の身が軽く思えたのだから、特訓の効果は覿面だったのだろう。彼に放置気味にされていても、腐らずに続けて良かったと思うわ。
……普通に腹は立ったのだけれどね。ええ、本当に……
◇◆◇
装備の手入れを済ませて、汗を流して部屋に戻ろうとしていたら、レグの部屋から出てきたクラウディアとレジーナの姿を見かけた。
彼女達には、同情の余地が充分にある。
……それは解っている。
解っている筈なのに、どうしてもこの苛つきは抑えられない。
だから、なるだけ関わらない様にしておこう。
せめて、彼女達を受け入れられる気持ちが、少しでも胸の内に芽生えるまでは。
「……レグナードさんに、何かご恩返しができれば良いのですが……」
「そうだね。アタシも何か出来ることが無いかなぁって思っているんだけれど……」
彼女達の会話を聞いて、つい柱の陰に隠れてしまった。
「でも、今のアタシ達じゃ……」
「ええ。わたくし達は無力過ぎます……」
断片的に聞こえる会話は、自身の無力さを再確認するだけの彼女達の嘆きだった。
二人の嘆きも解らなくはない。彼女達は、裸同然で街を彷徨っていたのだから。
今の彼女達は、装備も無ければ、お金も無い。冒険者として活動する事ができないのだ。
彼に何かを返したくても、そもそも先立つものが無ければ、彼女達にはもう己が身一つだけでできる事しか手段が無いのだ。
「……そうか。あたしはあいつらと違うんだ」
そう。あたしは、彼女達とは違う。
お金もある。自身で持ち得る最高品質の武具が手元に揃っているのだから。
今のあたしなら、彼女達と違って彼の為にできる事がきっとあるはずよ!
「外に出よう。彼の好きな物を買ってこなきゃ!」
あの”少し余所行きの高級生菓子”とか、良いかも知れないわね。この前、彼は『俺は今、猛烈に甘いクリームが食べたい』とか呟いていたのだし……
昨晩のお詫びも兼ねて、彼と一緒にお茶をするとしましょうか。
ああ、そうだ。その時は、アストリッドやあいつらも呼んで。
少しはあたしから歩み寄ってみよう。考えてみたらさ、あたしの方から彼女達にまともに話し掛けた記憶がなかったものね。
……うん、そうしよう。
日が少し傾いた頃の城塞都市の人通りは、すでにまばらになりつつあった。
この時刻になればどちらかと言うと、今日の稼ぎを持って意気揚々と酒場へと向かっているのであろう冒険者達や、工房から出てきた職人らしき人達が目立つわね。
それでも、他人の眼があるのだと。そう、あたしは思っていた。
「……おっと、失敬。へへへ。何の備えもしてねぇとはなぁ」
そこに油断があったのは、全く否定しない。
「……え?」
まさか街中で堂々と仕掛けてくるなんて、あたしは全然思ってもいなかったのだから。
「警戒を怠り過ぎだ。テメー、冒険者失格だぜ」
鎧どころか、武器も持たず平服で街に出てきたあたしは本当に迂闊だった。
右の脇腹を深く斬られた。鎧を纏っていれば、こんなつまらない怪我なんかは負わなかっただろうに。
咄嗟に抑えた傷口からは大量の出血と共に内腑が零れそうになり、周囲から悲鳴や怒号が飛び交う。
「姉さん。悪いが、俺らにチョイと付き合ってくれよ?」
出血と痛みで霞む視界は、ゴロツキ共があたしを囲う様に立っている様子だけが、何とか知覚できた。
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