27.熱にうなされると必ず言われる「…知恵熱?」よし、表出ろ。
すみません、体調不良でずっと寝てました。
更新再開します。
「……ああ、しぬ……」
あの後、結局俺はヴィオーラに何も言葉を返す事が出来なかった。
恐らく彼女が待ち望んでいるであろう重要な言葉が、俺には全然思い浮かばなかった以上、あの時きっと何を口にしたとしても墓穴を掘る結果になっていただけだとは思う。
しかし、そんなのはただの言い訳に過ぎないのも承知している。
所詮、俺は人の心が解らない薄情者なのだ。
……だからなのか、ひょっとしなくても、これは天罰なのかも知れない。
朝食の時間になっても絶対に起きてやるものかと思っていたら、今朝になって日頃の溜まった疲れが祟ってか、俺は高熱を出して本当に起き上がれなくなっていた。
「……坊ちゃん、本日は大人しく、ご静養なさってくださいましね?」
「……だから”坊ちゃん”はやめろと何度も言っているだろう、ナタリー」
「はいはい。申し訳ありませんねぇ、坊ちゃん。あとでいつものをお持ちしますので、ごゆっくりなさっててくださいよ」
「ったく……」
向こうは、俺が物心付く前からの歴戦の家政婦だ。
彼女は、それこそ俺のおしめを変えたり、寝小便の始末までやってくれていた、正に母親代わりだったと言っても差し支え無い程の長い付き合いである。当然、頭が上がる訳も勝てる訳もない。
それで30間近の主人を捕まえて、未だに『坊ちゃん』呼びをしてくるのだから、彼女の中の俺は、いつまで経っても子供のままなのだろう。
まぁ、ナタリー同様、馴染みの家政婦の大半が未だに俺を”坊ちゃん”扱いしてくるのだから、余計に始末が悪い。一時期、勝手に屋敷に転がり込んできてそのまま居着きやがったあの馬鹿野郎達にも、このネタで散々コケにされてきたからな……あ、ダメだ。思い出しただけでムカッ腹立ってきた。
家宰のセバスくらいなもんだ。空気をしっかり読んで俺の事をちゃんと”お館様”と呼称してくれるのは。
……いや、ないな。その割に何かあると説教が長いのは、やはり俺の事を子供扱いしているからだろうしなぁ。
瞼を開けると、目の前の景色がグルグルと回り、酩酊感にも似た妙な気持ち悪さがある。自分は全く動いていないというのに、何者かに頭を強引に掴まれて振り回されている感覚まで覚える程だ。
枕に頭を埋めて、何とか不快を伴う奇妙な浮遊感をやり過ごそうと、何度も何度も深呼吸をしてみるがやっぱり何の意味も無い様で、上下左右と不規則に回る視界は、不意に瞼を開く事も許さない。
朦朧とした頭では、他に方法が思い付かないのだから仕方が無い。
回復術士の最上位技能の中に”不病術”という身体の不調一切を取り払う術があるのだが、何で俺はそれを習得する前に回復術士を辞めてしまったのだろうと、今更ながら後悔するハメになるとは思ってもみなかった。
……多分、それを習得できた頃には、確実に俺の寿命の先は見えているだろうけれど。やはり最高位技能の名は伊達じゃない。これ一本だけでずっと食っていけるって話だしなぁ……
まぁ、今現在そんな便利な魔術は手元に無いので、こうして床に伏せって唸っている訳だが。
……しかし、喉が渇く。
何故だか水分だけはするすると喉を通ってくれているので熱さえ下がれば何とかなるとは思うのだが、少しでも頭を持ち上げると途端に視界が回ってしまうので介助がいなければ、それこそ水すらも飲めぬのだけが問題だ。
こうなっては、先程ナタリーが言っていたいつものだけが楽しみだ。こんな時にだけ出してくれる特別な飲み物で”森の人の雫”なんてやたら大層な名前をしているが、林檎とはちみつがたっぷり入っただけの何の変哲も無いただのグリューワインだ。子供の頃は、風邪を引いた時だけの密かな楽しみだったな。
……今の体調を考えると、全然飲める気がしないのだけれど。
しかし、本当に喉が渇いた。
水差しとコップがベッド脇に置かれてはいるが、頭を上げる事すら今の俺には非常に困難。当然、呼び鈴すら今は手にとるのも無理だ。
「……うん。詰んだな、俺」
ナタリーが来るまで我慢するしかあるまい……何時来るか分からんけど。
渇きを癒やすのを諦め、枕に頭を一層深く沈める。
アンとシルヴィアは、もう大丈夫だと見て良いのかも知れない。
あのゴミ野郎に喰らった”魅了”の後遺症もどうやらレジーナやクラウディアよりか薄い様にもみえる。まぁ、”奴隷紋”なんて呪いをかけられた衝撃の方が、今はまだ強いのだろうが。
二人の顔に刻まれた忌々しくも呪われし”紋様”は完全に消し去った。これからも彼女達は、太陽の下を堂々と歩いて行けるだろう。
後は、レジーナとクラウディアがあのクズ野郎の”魅了”の記憶からの心の疵を克服できるかだが……こればかりは、俺が彼女達にしてやれる事なんか何も無い。ただ見守るしかできないというのは本当に歯痒く、自身の無力感に苛まれるのだが、悲しいかなこれが現実だ。
さて。一つ一つ問題を解決した端から、新たな問題が浮上してくる。
今のままならば、ヴィオーラは近い内にこの屋敷から出て行ってしまうだろう。
俺の目から見たら、そりゃ色々と足りないし、今後に備えておきたい課題が山積みではあるのだが、それでも彼女が優秀な”戦乙女”である事は間違い無い。今彼女に抜けられてしまうと、【暁】の戦力が著しく落ちてしまうのは避けられないだろう。
……いや、惜しいと感じるのは、それだけじゃないな。
戦闘時、彼女がどう動くか?
どうフォローすべきか?
その一つ一つが俺の頭の中にはしっかりと入っている。
俺は、彼女と思った通りの連携ができた時に味わった、あの爽快感と一体感が忘れられないのだ。
……ヴィオーラを失いたくない。
彼女の背中を守るのは俺だ。
今更になって気付くなんてのは、何とも間抜けな話だ。
まぁ、これが高熱から来る弱気による一種の”気の迷い”だという可能性も、無きにしも在らずなのだが……いや、そうであって欲しいものだ。
扉を控えめに叩く音が聞こえた気がしたので声をかけてみると、そこから銀髪の”褐色の森の人”のアストリッドが遠慮勝ちに顔を覗かせた。
◇◆◇
喉が渇いたから水が飲みたいんだと彼女にお願いをしてみたら、案の上いそいそと嬉しそうに口移しをしようとしてきたので、彼女の額に一発強烈な奴をかましてやった。
体力の無い時に、著しく体力を消耗する様なツッコミさせんじゃねーよ……ったくもう。
「……吐き出さなかった事だけは褒めてあげよう」
「もう。意外と照れ屋さんなのですね、レグナードは」
違うからな。と、力無くだけれど一応の反論だけはしておいた。やばい。今ので一気に体力が削れた気がする。
「申し訳ありません。まだ私の技量では、貴方様を癒やす事ができないのです」
アストリッドの住んでいた”集落”の長ならば、”生命の精霊”の力で、あらゆる病気を癒やす事ができたのだそうだ。それこそ、蘇生すらも可能なのだと。
「そういえば、まだ貴方にはお話しておりませんでしたね、レグナード。私が何故、”炎の上級精霊”と”地の上級精霊”との契約を求めているのかを……」
彼女は手酌でコップに水を注ぎ、それを一気に飲み干した。
……俺、まだ水貰ってないんだけれど? なんてツッコミは、この際やめておこう。こんなので話の腰を折っても仕方無いし。
「私の最終的な目標は、”生命の精霊”との契約を結ぶ事です。先程も言いました”生命の精霊”ですが、彼の精霊と契約する資格を得る為には、先に火、風、水、地、闇、光”全ての事象”の上位精霊と契約を結ぶ必要があるのです」
コップへ向ける俺の視線に気付いたのか、アストリッドが慌ててもう一度水を注ぎ、俺の身体を支える様に起こして水を飲ませてくれた。
「……今の”集落”の長は、私の祖母です。私は、彼女の存命中に、その”跡目”を継がねばなりません」
ですから、少なくともあと150年くらいは大丈夫だと思うのですが。
と、彼女は先程までの真面目で真剣だった表情が一変して。力が抜けた様な柔らかな笑顔で言った。
「残すのは、後、火と地、そして闇ですね。ですから、私は全然急いではいないのですよ」
もう一杯の水をもらい、俺はまた柔らかい枕に頭を沈める。
「君の目から見た俺って、そんなに焦っている様に見えているのかい?」
「そうですね。今すぐにでもと徒党の完成を急いでいる様には」
俺の髪を撫で付ける様に、彼女の細い褐色の指が優しく触れてくる。子供扱いされている様でなんだかちょっとだけムっとするが、だからと言ってこの手を払いのけてしまうのを躊躇ってしまうのは何故なのだろう?
「私、ヴィオーラの事大好きですよ? 私達”森の人”には無い、あの直向きさには凄く好感が持てます」
肌の色こそ違いはあるが、基本的に”森の人”は基本的にどちらも同じ”種”だ。
人間よりも遙かに長い寿命、時間感覚を持つが故に、その”生態”は時に怠惰にも映るという。
「ですから、レグナード。私は、貴方があの娘を絶対に手放さない様にとお願いに来たのです」
髪を梳く優しいしなやか手は、額、頬を通り、やがて俺の唇へと到達する。
「お願いします、レグナード。彼女は、絶対に貴方の【暁】に必要な女性です。そして、彼女も【暁】にいる事を本当は望んでいるのですから。決して、決して見放してはなりません」
何時になく真剣な深紅に染まる眼差しを、俺はただ無言で見つめ返すだけだった。
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。




