26.人の気持ちが解らない。心の機微が理解できない。そんな悲しい人間が俺だ。
「俺が元々回復術士だったってのは、前にも話したっけか? 駆け出しの頃の俺は、回復術と、下級の解毒術しか使えない、本当の意味での最底辺だったんだ……」
……いきなりヴィオーラに問いかけるとか、全然”独り言”じゃねぇじゃねーかっていうツッコミは、まぁ、この際無視しよう。
まず、俺の前職が回復術士だった。この前提があって、初めて俺の”独り言”が成立するからだ。
そんな使えない”回復術士”の俺を徒党面子として誘ってきたのが、一つ上の兄のアルベルトだった。
”冒険者”としての登録が認められる12歳になってすぐに、俺はアルベルトが率いる徒党【一番星】に回復術士として参加する様になった。
他に回復術を使いこなせる身近な称号職といえば僧侶だろうが、大体が神殿内に引き篭もり、信者からの”お気持ち”と言う名の金銭の授受によって安全な場所で治療をする事が当たり前で、態々”冒険者”として登録し、危険な野に下る者なぞ、ほぼ居ないのが現状だ。
戦と武器の神に仕える信徒は”修行”の為に野に下り戦いに身を置く事が半ば義務となっているので例外と言えるのだが、それでも信教の主流派とは呼べないので、当然その数は少ない。
一般的に、役割としての回復役は、どの徒党でも不足しがちの重要な枠であり、それこそ他の徒党からの引き抜き、取り合いが常だった。
そんな事情もあり、最低限の回復術しか使えない12になったばかりのガキの俺ですらも、冒険者達にとっては貴重で引く手数多だったのだ。
「今からあたしも覚えようと思えばイケるのかしら? 回復術って」
「使える様になるだけなら、そう難しいモンじゃない。だが、これで食っていこうと考えてンなら、後で地獄が待ってるぞ?」
回復術士の操る回復術とは、どれだけ自分が人体の構造を知り尽くしているか? それが回復効率の全てだ。
僧侶の使う回復術と同じ名称、同じ効果のせいで良く誤解されるのだが、僧侶の扱う回復術は、厭くまでも神の奇蹟の御業を体現しているだけに過ぎない。そこに術者本人の人体の知識は必要無い。いや、きっとあるに越した事は無いのだろうが、それより術者の神に対する信仰心と、自身の徳の方がよほど重要だ。
人の身体は”小さな宇宙”などと揶揄されるくらいに、未だ解明されていない箇所が多い。俺だって”走査”を使って初めて、ここの構造はこうなっていたのかと驚くなんて未だ普通にあるのだ。
「残念。楽はできないかー」
「そりゃあな。片手間でできる役割なんてな、きっと、どこにも無いのだろうさ。命に関わるんだからな」
そもそも徒党は、一蓮托生だ。誰かの怠慢、慢心による失態が、そのまま全滅の引き金にもなりかねないのだ。楽ができる役割なんてのは、どこにもないのだと言える。
自分のせいじゃない。他人の失敗のせいで危険な目に遭うなんて、そんなの絶対に嫌だから。
単独徒党で生きる冒険者は、必ずそう言う。人間関係だけじゃなく、何かしら他人のせいで手痛い思いをしてきた人間は、もう二度と人を信用できなくなる。かく言う俺もその口だ。
俺の場合は、信じていた仲間達に裏切られて……って奴だったがな。
物事を長く続けていれば、その内何らかの已むに已まれぬ事情によって、様々な問題が起こるのも必然だろう。
大怪我を負ったせいで、自身の限界を感じる者もいるだろう。冒険者なんてのは、常に身の危険と隣り合わせの底辺だ。恐怖を覚え、辞めたくなる者も当然出るだろうし、恋人に、家族に止められた……なんて話も当たり前に聞く。
こうして、何時しか結成当初の面子なんて誰も残らず全て入れ替わっていた……なんてのも、まぁ、普通に何処にでも転がっているつまらん話だ。
アルベルトの【一番星】も、そんな御多分に漏れず、何時しか俺と兄貴以外の全員が全て入れ替わっていた。
ぶっちゃけ簡単に言ってしまえば、入れ替わった面子達が全て、ドゥーム家の財産を狙った親戚筋の刺客と、その話に乗って俺達兄弟を売ったクズだったって話。
遠征中に俺達はそれと知らぬ間に効果の弱い毒を飲まされ続け、結果、アルベルトは死に、俺は辛うじて生き残った……って、ただそれだけのくだらん話だ。
復讐心に駆り立てられた俺は、裏切った奴らと刺客達を追い詰め殺す事につい躍起になってしまい、長兄クリストフを護る為にすぐ実家に戻って事情を知らせなかったせいで、結果、俺は長兄と父親をも見殺しにする形になってしまったのだ。
今尚こうして口にするだけも腹が立つし、人を信用すると碌な事にならないと、熟々述懐させられる嫌な思い出だ。
少しだけ人手が足りないと判ってはいても、俺は家人を新規で雇ってはいない。そもそも”他人”が信用できないからだ。馴染みの家政婦達には本当に申し訳無いと常々思っているのだが、こればかりは未だにどうしても踏ん切りが付かないでいる。
そうして、”他人”を信用できなくなった俺は、ただ傷を癒やすだけしか能の無い回復術士の”称号”を捨て、一人で何でもできる様に自身を徹底的に鍛え上げて現在に至った訳だ。
「じゃあ、なんであんたはあいつらを”家族”なんて言うのよ? おかしいじゃないっ! あいつらは、あんたを、【暁】を裏切ったのよ?!」
だからこそ、ヴィオーラのこの反応は予測済みだし、次に俺の言う台詞も、もう決まっていた。
「……君のお陰だよ、ヴィオーラ。君はあの時、俺から離れなかった。いや、離れてくれなかったから、俺も変わろう……そう思ったのさ」
少なくとも、1年と半年も一緒の窯の飯を食ってきた”仲間”の全員が裏切る現場に居合わせ、更には俺が容赦無く彼女達を斬り伏せてやったのを見ていた筈なのに。
しかも、ヴィオーラ。君を含む臨時面子の全員が裏切るのを、俺は最初から織り込み済みだったと暴露してやったというのに。
なのに君は、事も無げに、今まで通り、当たり前の様に【暁】にいるとそう言ってくれたから。
多分、それが切っ掛けだったと思う。
きっと心のどこかで期待していた、俺が信じても良い。そう思える人間が、近くに居てくれる事を。
我ながら余りにも現金過ぎる話じゃないかと、今更に呆れ返ってしまうのだが。
「そんな……でも、レグ。あたしは言ったよね? あいつらが入ってくるのなら、あたしは【暁】を抜けるって……」
そうだ。ヴィオーラが何故俺にそう言ったのか? それが今でも解らない。だけれど、きっと彼女にとって、そこには絶対に譲れないものがあるのだろう。
「そうだな。だが、”家族”のどちらかを切り捨てるなんて、俺にはできない。だからこれは独り言だ」
だから、今の俺の気持ちを言うしかない。
それでヴィオーラに愛想を尽かされるのであれば、それはもう致し方が無い。俺は優秀な”戦乙女”と、大切な”家族”を、同時に失う事になるのだろうが、そもそも彼女の気持ちに気付けなかった俺が全て悪いのだ。
「俺はね、ヴィオーラ。君に”我慢をしろ”なんて、そんな事は絶対に言えない。けれども、君がずっと俺の側に居てくれたら嬉しいなって、そう思っている。虫が良すぎる話だと思うけれどね」
「……そうだよ。勝手すぎるよ、レグ……」
両手でカフェオレボウルを転がす様に持ちながら、ヴィオーラは小さく呟く。
「……あたしは、ずっとあんたの強さに憧れていた。だから、何度断られても、何度素気なくされても、ずっと近くにいたい。何時か絶対にあんたの隣に立つんだって。ずっと、ずっとそう思って頑張ってきたのにっ! ……ようやく念願叶ったと思ったら、”裏切り者”達まで一緒に徒党に入るかもとか言われて、素直に喜べる訳無いじゃないかっ!」
ようやく聞けた彼女の本音は、全てが俺の予想外のものだった。
「あたしの苦労は、あたしの二年間は一体何だったの? ねぇ、何か言ってよ、レグ……」
「ヴィオーラ……」
彼女の碧く澄んだ瞳から零れ出でる大粒の涙に、俺はすぐに言葉をかける事ができなかった。
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