22.野郎どもと密室で。ああ、何て嫌な響きだ……
「閣下。わたくし共も暇ではないのです。そろそろ真実をお話いただけませんでしょうか?」
「だから何度も言っている。彼女達は”奴隷”じゃない。俺の”仲間”だと」
……ああ、畜生。時間の無駄だ。
「でしたらっ、何故っ、閣下のお仲間である筈の彼女達の顔にっ、”奴隷紋”がっ、刻まれているのですかっ!?」
「だから何度も言っているだろうがっ! 彼女達に再会した時にはすでに”奴隷紋”が刻まれていたのだとっ!」
頭の固いお役人なんかを相手にするだけ、本当に時間の無駄だ。こいつらの頭には”まず事件の犯人有りき”なのだ。”容疑者”ではなく”犯人”の俺が幾ら言い募った所で、何も意味が無い。
『私がやりました』
この一言だけを、この馬鹿共は求めているからだ。
激高して荒い息を吐きながらの、暫しの睨み合い。
ああ、糞。野郎なんかと見つめ合って何が楽しいってんだ。せめて尋問係を女性にしてくれれば、って……ああ、やっぱりいい。どう考えても碌な事にならないわ。
「……そもそも、俺は彼女達に刻まれた”呪い”を解く為、今朝方”大地母神”の神殿に行って”呪消去術”の儀式をやってもらったんだ。さて? 効果の無い紋様で、どうやって彼女達の自由を縛るんだ? 自由意思を持つ”奴隷”なんて、俺は聞いた事無いが? ほら。どうしてだ、言ってみろっ!」
”奴隷紋”に込められた、束縛の”制約”の呪いの魔力がすでに失われている以上、彼女達は自由であり、その時点ですでに奴隷身分ではなくなっているのだ。
つまりは、俺を拘束する為のそもそもの口実たる”前提条件”が、最初から成立していない訳だ。
「ぐっ……だが、実際にあの二人に”奴隷紋”が刻まれていたっ! だから、今も彼女達は”奴隷”だっ! 閣下、貴方が法を犯した”事実”こそが、正にそれしょうっ!?」
大声で喚けばこちらが引っ込むと思ってんのか、この馬鹿は急に席を立ち、会話を打ち切ろうとする。
はいはい。こちらが全然怯まずに、ぐうの音も言い返せない程に口で負けたからって、”茶番”を打ち切り不十分な状況証拠だけで無理矢理罪をひっ被せようって魂胆なんだろ?
こちらは治めるべき領地を持たぬ法衣貴族だが、それでもこの国の男爵位を持つ歴とした貴族だ。この程度の事で爵位を失う訳などないが、これだけでも”嫌がらせ”として充分過ぎる効果がある。何しろ、少なくともドゥーム男爵家の”名誉”は、今回の”醜聞”が広まれば、確実に失われてしまうのだから。
この際、確実に失われるだろう男爵家の”名誉”は、”信用”と置き換えても良いだろう。
で、考えられるのは一つ。俺と関わった人達の中で、特に”信用”を重視する者は誰か……?
「っけ、下らねぇ。お前さん達ゃ、誰から賄賂を貰ったんだ? どうせ、”秩序と契約の神”ン所のクソ司祭辺りだろ?」
……カマを掛けてみたら案の上って奴だった。この馬鹿ども、面白いくらいに反応しやがった。
何が”秩序”だ、馬鹿野郎が。あンのクソ司祭、思いっきり神の教えに反してやがるじゃねーか。ああ、阿呆らしい。
制度としては、とっくに廃れてしまっているが、それでも”無礼討ち”は、一応国に認められた貴族の”特権”の一つだ。こんなつまらん事になるんだったら、最初からあンにゃろ殺しときゃ良かったか?
行動が速かった所だけは褒めてやっても良いが、あのクソ司祭の底意地の悪さと頭の悪さに、俺は何だか急激に冷めてしまった。
……あの馬鹿野郎然り、クソ司祭然り。馬鹿に関わると、本当に禄な事がない。
「おい。今ならまだ不問にしてやる。だが、これ以上引っ張ると言うのなら、貴様ら、解っているだろうな?」
曲がりなりにも俺は”貴族”だ。当然、やろうと思えば、様々なズルだってできる。
クソ司祭と見習い、及び護衛の私兵共に怪我を負わせた件での訴えならば、大人しく罪を認めて……ああ。いや、やっぱり無理だ。あれは正当防衛だし。それでも、何かしらの勧告やら注意であれば(内心穏やかではいられないだろうが)粛々と受けてやった事だろう。
だが、今回の様な逆恨みの末の”冤罪”なぞ、誰が大人しく被るかってんだ、クソが。
当然、一緒になって俺をハメようとしたこいつらも”報復対象”として然るべきであろう。
「さて、貴様ら。今回得た端金が幾らなのかは知らないが、その程度で、どこまで己が人生を賭けるつもりだね? この”ドゥーム男爵”と戦り合う気概を、何処まで見せてくれるというのかね?」
男爵なんてのは、所詮、下から数えた方が遙かに早い”下級の貴族”に過ぎない。それでも、やろうと思えば衛兵の二、三人如き何時でも容易に潰せる権力を持っている。その程度の”常識”を理解していないというのであれば、すぐにでも解らせてやっても良いのだぞ?
……と、言外に込め、俺はもう一度、ケチな”小役人ども”に、慈悲深き言葉を投げかけてやった。
「俺は貴様らの不正の証拠を、絶対に掴んでやるぞ? その結果、職と、家族と、そして自らの命をも失って良いと言うのであれば、今すぐにでもやるが良いさ。”誠に遺憾ながら、我々はドゥーム男爵閣下が二名の奴隷を所持していたという確固たる証拠を持って身柄を拘束いたしました”……とな」
本当は、権力を笠に着たこんな汚いやり口は好きではない。
だが、あちらさんが先に不正を働いてきた以上、無理にこちらがルールを遵守する必要なんかも無いだろう。
「あ、あうぅ……」
「それと、俺と同行していた”仲間達”だがな。身内の俺が言うのも何だが、美しい女性ばかりだろ? まさかとは思うが、手前ぇら変な事なんかしてねぇだろうな? 少しでも汚い手で彼女達に触れていやがったら、その時点で問答無用だぞ?」
彼女達が大人しくヤられるタマじゃないのは充分に承知しているつもりだが、ここの衛兵は恥ずかしながらそういう”不正”を平然と行う馬鹿揃いだ。一応の確認と脅しをかけておくのは当然の”処置”だろう。
「ほれっ、返事はどうしたぁっ!?」
「「は、はいぃっ! 閣下の”無実”は、今証明されましたっ! ご面倒、ご足労をお掛けして、誠に申し訳ございませんでしたぁっ!!」」
ああクソ、本当に腹が立つ。
チョイとこちらが脅してやっただけで這いつくばって頭を下げるとか……こうもあっさりと態度を豹変させやがるとは、ね。だったら最初からやるんじゃねーよ、畜生が。
……城塞都市を治める”太守府”に一度陳情せねばなるまいか? 腐敗がここまで酷いとは俺も全く思っていなかった。
ああ。面倒臭い、もう良いや。つまらん事はさっさと忘れて今すぐ”家族達”を迎えに行くとしよう。
ヴィオーラ、アストリッド、レジーナ、クラウディア、アン、シルヴィア……何故だか解らないが、大事な”家族”……彼女達の顔を、俺は無性に見たくなってしまった。
さぁ、こんな胸糞過ぎる所から出て、早く家に帰ろう。”少し余所行きの高級生菓子”を土産にさ。
今日のお茶は、きっと美味い筈なのだから。
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