21.女難の相が出ているって? 今まで誰にも相手にされなかったってのに……
あああああ。やっちまったぁ……
馬車の中で内心頭を抱えて悶絶するが、なるだけ表情に出さない様、気を付ける。もうこれ以上、ドツボにハマりたくないからな……
俺の左右に位置取り、何故かぴったりと身体を擦り寄せてくるアンとシルヴィアが。
その対面を、仏頂面が完全に板に付いたヴィオーラと、貼り付けた様な笑顔とは裏腹に瞳が全く笑っていないアストリッドが座し、鋭い視線を俺に容赦無く突き刺してくる。ギルドを辞してから終始ずっと無言なのが本当に恐い。ってーか、このままだと俺、ハゲるよね? 絶対。
……二人の視線の”圧”が辛い。俺は思わず彼女達から目を逸らす。
正面なんか見てらんない。本当に胃に穴が開きそうだ。そういや、”本と知識の神”の神殿に出入りしている知り合いが、酒の席で言ってたな。人の胃なんてのは、ちょっとストレスを与えてやれば、10秒とかからず簡単に穴が開くって。
って事は、この状況が続くと、俺の胃、無くなっちまいそうだぜ? わりと冗談抜きで。
「……アン、シルヴィア?」
「なに? クソ野郎」
「どうかしたか、レグナード?」
「……君らさ、少しばかり近過ぎやしないか? 少し間を開けてくれると、俺としてはありがたいんだが?」
「……無理。馬車が狭すぎる」
「だなぁ。そもそも馬車が狭いのが悪い。オレ達は悪く無い」
ヴィオーラもアストリッドも、今は鎧を着込んでいるので、どうしても座席のスペースが余分に要る。更にヴィオーラには盾と突撃槍もある。
全員が馬車に座るためには、どう考えてもこの配置しかあり得なかった。だからこそ、当初、皆も黙って座っていたのだというのに。
口調ほど不機嫌ではないらしいアンが俺の腕に頬を擦り寄せ、シルヴィアは俺の腕を抱きかかえ撓垂れかかってくると、車内の中の温度は更に下がった様な気がした。
……あれ? 妙に寒い、よ?
「へっ……へえぇぇ。そんなに狭いんだったら、あんた達のどっちかが御者台に座ったらどうなのさ? 屋根も無いし、広々としてるし。何よりレグがすごく窮屈そうにしてるじゃない、可哀想だとは思わないの?」
俺を気遣う様な言葉とは裏腹に、ヴィオーラの表情は、豚人も斯くやと言いたくなるレベルで、危険な香りを錯覚してしまいそうなくらいにあまりにも獰猛だった。突撃槍を握る彼女の手が微妙に震えているのも、見る者の恐怖心をより一層煽ってくる一因とも言える。
「や。てゆか、ヴィオーラ。何であんたがボクらに指図してくるのさ?」
アンはヴィオーラに見せつける様に、俺の腕にしがみついて頬ずりをする。ああ、何だこの背筋を駆け巡るぞくりとした妙な甘い感覚は?
「そうだそうだ。レグナードはオレ達と一緒の方が良いんだもんなー?」
ぎゅっと抱きかかえられた腕が、シルヴィアの決して豊かではない筈の胸の谷間へと丁度すっぽりハマり込む。今までの人生で一度も味わった事の無い甘美な肉の柔らかさに、一瞬俺の思考と鼓動が停まった。
「むっきぃー! ちょっ、あんた達、さっさと離れなさい、よっ!」
突撃槍を馬車の床に打ち付けて、座席から勢いよく立ち上がるとヴィオーラは大きく咆えた。
「ちょっ、ちょっと待てっ! ヴィオーラ。アンとシルヴィアの”紋”の事も考えてやれ。だったら、俺が御者台に行くよ」
そもそも最初からこうしていれば良かったんだ。
シルヴィアはまぁ、仕方が無いのかも知れないが、まさか”男嫌い”のアンまでもがここまで態度を一変させてしまうなんて、流石に思ってもみなかった。
俺がこう言うと、全員が全員、揃って不満そうに唇を尖らせてきた。どうしろってんだ、畜生。
……これが一過性のものである事を、俺は切に願いたい。
徒党内の揉め事なんてのは、大概金銭絡みか男女間のいざこざだと相場は決まっている。
当徒党の【暁】も、そんな御多分に漏れずの何とも情けない理由で崩壊させてしまっては、それこそ世間様の良い笑い種だろう。
「……再出発、したいんだが、なぁ……」
ああクソ、面倒臭ぇ。いっそのこと、徒党面子を野郎共だけで統一してやろうか? あいつらは女性だけで別の徒党を組ませてさ。そうすりゃ、こんな煩わしい思いをしなくて済む筈なのだから。
そんな強引で汗臭過ぎる考えが、一瞬だけ俺の脳裏を過ぎった。
◇◆◇
何故だか無性に甘い物が欲しくなってしまったので、寄り道をして、例の”少し余所行きの高級生菓子”を買ってから帰る事にした。
屋敷に着く頃には、午後の茶に丁度良い時刻になるだろう。
帰ったらもう何もしたくないのが本音だが、流石にこの状況のまま放置していられるなんて、そこまで俺の神経は図太くも丈夫でもない。茶を飲んで、美味しいお菓子を食べて。そうやって皆の親睦が図れるというのであれば、何も言う事は無いのだろうし。
例えそれが適わなくとも、俺は今、猛烈に甘いクリームが食べたい。
……どうやら、俺は相当疲れているらしい。今、どうしようも無く脳が糖分を欲しているのだ。
「ありがとうございましたー!」
屋敷で働く家政婦達の分も含めると、かなりの人数になるから仕方の無い話だが、態々お店の者が何人も馬車まで菓子箱を運んでくれて、非常に申し訳無い気持ちになってしまった。
普段、飛び入りの客が20人前近くも生菓子を買っていく事なんて、まず無いのだろう。皆、凄く良い笑顔で見送ってくれたよ。
そりゃね、これで、アストリッドとヴィオーラの機嫌が少しでも良くなれば良いカナー? なんて、そんな下心が全く無かったなんて、そりゃ言わないさ。
でも、そのつもりでお店から出ようとした所で、まさかこうなるなんて、一体誰が予見できるかって、なぁ?
「ドゥーム男爵閣下ですね? 無駄な抵抗は、御身のお立場をただ悪くするだけです。我々はお勧めいたしません。大人しく縛についていただきたい」
白く染めた革鎧の下に鎖帷子を着込んだ男達……城塞都市を守る筈の衛兵隊が、何故か俺の馬車を囲んでいたのだ。
「……確認しましたっ! 馬車に”奴隷”がいます。二名です」
「”通報”の通りですか……では、男爵閣下。無論、ご同行、願えますよね?」
……なんでこう、”秩序と契約の神”のあンのクソ司祭の時といい、この衛兵共といい……人の話も一切訊かず、有無を言わさずにこちらに敵対してくるのかね?
ああ、ホント面倒臭ぇ。今日は……てーか、ここン所ずっと厄日だ。
「……レグナード?」
ああ、アストリッド。すまないが、もう暫く”光の精霊”の”偽装”を続けていてくれ。本当に申し訳無いのだが。君がそんな魔法に頼らずとも、街を気軽に出歩ける様になると良いのだが。
「解った。ただし、俺の”家族”に手荒な真似だけはしないでいてくれよ? もし何かやりやがったら、手前ぇら鏖殺だからな?」
衛兵の中には、自身の立場を利用して不埒を働く輩も多数居ると聞く。
もし彼女達の身に何かしらの危機が迫るというのならば、俺は絶対に我慢なんかしない。力の限り暴れてやる。
俺の”戦力”を充分に理解しているのか、衛兵達が縄を幾重にも幾重にも慎重に縛ってくる様子を、俺はどこか冷めた眼で見ていた。
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