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20.暴力はいけません。確かにそうだね。でも、殴った方が早い事も時にはあるんだよ?



 「……話は解った。解ったが……いくら何でもやり過ぎだぜ、レグぅ」


 つるりと光る頭頂部をぺちゃぺちゃと掌で叩きながら、おやっさん(ギルドマスター)が呆れた様に溜息交じりで諭してきた。


 「いいや、俺達は被害者だ。謝罪と賠償を要求したいくらいだね!」


 そもそも、こちらは敬虔なる”秩序と契約の神(フェアトヌング)”の信徒としての礼節をちゃんと弁えて、呪消去術(リムーブ・カース)の儀式を(こいねが)ったというのに、話を全く聞かない頭でっかちのクソ司祭が一方的にこちらを断罪してきたのだからこうなっただけに過ぎない。どう考えても、俺達の方が被害者だ。


 「それに、俺達は手加減してやった。あいつらの使えるチャッチぃ回復術(ヒール)でも元通りになる程度に、な?」


 向かってきた奴ら全員、態々単純骨折で済ませてやったんだ。あのクソ司祭以外は、な。有り難いと思え、クソが。


 その代わり、あの……なんだっけ? 名前すらも思い出したくないクソ司祭だけは、手練れの回復術士(ヒーラー)でないと完治できないくらいに徹底的にぶちのめしてやったんだがな、けけけっ。


 「……てーかよ、レグぅ。あちらは謝罪どころか、お前さんを”破門”にするとさ。それで良いのか?」


 決して俺の方から折れる事は無い。それがおやっさんも解っているのだろう。窓から射す昼の陽光を反射させて、俺に目つぶし攻撃をしてきやがる。くそっ。この角度、絶対態とやってやがるな、このハゲ。


 「正直言うと、多少”商売”に影響は出るだろうがね。だが、その分の”経費”が今後必要無くなると思えば、さして気にもならないさ」


 そもそも、神殿への”心持ち”と言う名の寄進なぞ、信徒の信心の表れでしか無い。寄付額によって”御利益”の差が出る訳でも無ければ、何も出さないからと言って、不利益を被るなんて事も、当然ありはしないのだ。


 ただ、今後、俺にとって明確な”不利益”があるとすれば……


 「あのクソ司祭が、懲りずに有ること無いこと吹聴して回った場合かなぁ……?」


 ”秩序と契約の神”の教えは、商人にとって明確な指針に成り得るくらいに厳格だ。その司祭がもし俺の悪評をバラ撒けば、うん。ちょっとどころでは済まないくらいの損害を受ける事だろう。少なくとも、新たな商材確保の契約が難しくなるくらいには。


 あんにゃろ、結局最後まで聞く耳を持ちゃしなかったからなぁ。確実に恨まれている事だろう。それでも構わないと、徹底的に殴ってやったんだが。


 「あちらの神殿から正式に抗議が来たら、流石に俺も庇いきれないんだが……」


 冒険者ギルドは、基本中立の立場だ。


 所属する冒険者と、他の団体がいざこざを起こした場合、不介入の立場を取るのは通例ではあるけれど、相手は”宗教”となると、話が変わってくる。僧侶(プリースト)絡みの問題があるからだ。


 ”秩序と契約の神”の使徒が、態々冒険者として登録することは極めて稀だが、決して無い訳でもない。


 『あいつを罰さないのなら、お前の所からウチの信徒を全員引き上げるぞ』


 などと神殿から言われてしまったら、冒険者ギルドは折れるしかない。それだけ回復術を修めた人間は重要であり、貴重なのだ。


 「そん時は、俺を降格なり除名なりしてくれて全然構わんさ。ただ、ヴィオーラとアストリッドは、()()()()()()()()()()()()()に過ぎないのだから、そこはちゃんと考えてくれよ?」


 ”神殿と喧嘩をしたのは俺だけなのだ”と、ギルドに対し一応の釘を刺しておく。俺が何かしらの”処分”を受けるのはこの際仕方が無い。だが、徒党面子(パーティメンバー)にまで累が及ぶのだけは絶対に許さない。彼女達の技量ならば、今後絶対に冒険者として成功する筈なのだから。


 「……ちょっと見ない間に変わったな、レグぅ?」


 「そうかな?」


 「ああ。まさか、あンの頑なな単独冒険者(ソロプレイヤー)が、ここまで面子(メンバー)の事を考える様になるなんてなぁ……」


 皮脂でテカる頭皮を撫でながら、おやっさんはしみじみと述懐する様に言葉を紡いだ。うへぇ。俺ってば、そんなに頑なな態度を取っていたというのか……?


 「失礼します。彼女達をこちらにお連れしても?」


 「ああ、漸く目覚めたのか。頼むよ、ミリィ」


 結局、”秩序と契約の神”で大立ち回りした勢いをそのままに、俺達は”大地母神(エーナ=ムッダ)”の神殿に駆け込んで彼女達の呪いを解いて貰った。


 冷静になって考えてみれば、最初からこっちに行っていれば良かったのだ。


 大地母神の教えはただ一つ、”生きとし生けるもの全てを愛せ”。何も揉める要素が、この神様には無いのだから。


 「よぉ、お前ら。今回は、大変だったみたいだな」


 ”奴隷紋”に刻まれた呪い自体は、大地母神の祝福のお陰で完全に消え失せたらしい。


 だが、俺が懸念した通り、彼女達の端正で美しい顔の右半分には、禍々しくも悪しき幾何学紋様が消えない”傷痕”として残ってしまった。


 「……だから、ボクは死にたかった。でも、このお人好しのクソ野郎が、それを許してくれなかった……」


 俯いたまま、ぽそりと魔導士(ウォーロック)のアンが呟くと、隣の野伏(レンジャー)のシルヴィアは、泣きそうな顔でアンの背を撫でた。


 「今思えばさ、何でオレ達が、こんな目に遭わなきゃならなかったんだろうなって。今も生きているのは、うん。きっと、感謝しなきゃいけないんだろうけどさ、でも、こんなのが残っていたら、もうオレ達、太陽の下を歩けねぇじゃねぇか……」


 ”奴隷紋”は、基本右肩から二の腕にかけて刻まれるものだ。これは、奴隷身分から解放された場合を考慮しての処置だ。”紋”が消せないので、後に隠せる様に……と。それに”自身を買い取る”という事例も普通にあり得たのだとも聞く。まぁ、それは厭くまでも人間(ヒューマン)ならば。と後付けがあるのだが。


 だが、”亜人種”は反対にすぐに判別が付く場所……額、もしくは首筋から胸にかけて刻まれる。そもそもの扱いが”家畜”の”他の者の財産”を攫っても仕方が無いからだ。逆を言えば、それだけ”亜人種”に対する人間の苛烈な仕打ちが良く解る”現実”だろう。


 つまり、あの馬鹿野郎(ギリアム)にとって彼女達二人の扱いは、”仲間”ではなく、最初から”家畜”と同列だった。という事だ。


 しかも、態々一番目立つ顔の半面という、痛烈な嫌がらせも兼ねて、だ。


 彼女達の慟哭を目の当たりにしたミリィは、恐らく自身を重ねてしまったのだろう。口を抑えて、ただ絶句するしかなかった様だ。


 確かに俺は、彼女達に残酷な仕打ちをしてしまったのだろう。


 女性の顔に、決して消えない”呪い”を宿したまま、生きる道を押し付けてしまった形になるのだから。


 「……君達には、辛い選択になるかも知れない。だが、俺は、君達にずっと生きていて欲しい」


 あの時も今も、彼女達を殺すのは容易い。俺ならば、彼女達が苦痛を感じる隙も与えず殺す事なんぞ簡単だ。


 だが、彼女達は”被害者”だ。


 あのクソ野郎(ギリアム)と、俺のいざこざの。


 俺が、ずっとこの城塞都市で単独徒党(ソロパーティ)【暁】でいなければ、起こり得なかった”事件”であり、俺にも責任の一端はあるのだ。


 「”死にたい”だなんて、そんな悲しい事を言わないでくれ。君達の人生は、俺が責任を持つ。だから、生きていて欲しい」


 だから、これは俺の偽りの無い気持ちだ。


 「……クソ野郎……」


 「レグナード……あんたは……」


 この気持ちが二人にちゃんと伝わるのかは、全然解らないけれど。


 「……レグナード様……貴方は、そこまで……」


 ミリィが何故か異常にショックを受けている様な顔をしているのだけは、多少気になるが。この気持ちに、少しの嘘もないつもりだ。


 俺は瞳に力を込めて、彼女達の顔をじっと見つめた。この気持ちが伝わってくれる様に、と。


 「クソ野郎のくせに……」


 「うん。ありがとうな、レグナード」


 ……あれ?


 アンとシルヴィアの瞳が、何か……?


 妙に熱を帯びて、潤んでいる様……な?


 「……よぉ、レグぅ。こんな所で女口説いてンじゃねーぞ……」


 もしかして、また俺やっちゃいましたか?


 ハゲ(おやっさん)のどこか冷めた眼と、ミリィの悲しげな瞳が、無駄に動揺している俺を射貫いた。


誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。

評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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