2.どうしても甘い物が欲しい時に摂る『甘さひかえめ』は、何か違う気がする。
2022.12.16 ヴィオーラとの会話シーンに少し文章付け足しました。
「そうですか。貴方の懸念した通りになってしまいましたか……」
「ああ。お前達の言う事を聞かなくて、ホント正解だったよ……」
早朝のギルドにて。張り出された依頼表に群がる冒険者達を尻目に、昨夜自身の身に降りかかってきた下らない事の顛末を、受付孃のミリィに俺は包み隠さず全て語った。
あそこの人混みの中で必死にもみくちゃになっている彼らも生活が掛かっている以上、少しでも”割の良い”依頼を狙うのは、至極当たり前の事だ。
だが、あれで無理をして、無意味に大きな怪我を負ってしまうというのもきっと、つまらん話だろう。
それが頭で解ってはいても、どうしても急いてしまうのは仕方が無い。見習いの銅、そこから少しだけ毛が生えた程度の青銅に、その上の鉄である彼らは、冒険者ギルドで大多数を占めるいわば”底辺”階級なのだから。
数が多ければ、当然競争は激化する。数少ない美味い”仕事”を、多数が争い奪い合う。
これは、自身の生き残りを賭けた”試練”なのだ。
……なんて、俺もあんな辛い下積みの時代があったんだよなぁと、過去を振り返り少しだけ遠い目をしてみる。
青銅でいた頃の当時の俺は、魔力だけは無駄にある本当に為様の無い、ただの下級回復術士だった。
とある出来事が切っ掛けとなって、やむを得ず前衛に移行する羽目になったのだが、どうやらこちらの方が遙かに自分に向いていたのだろう。気が付けば、俺はこうなっていた。
そんな今でも、その”とある出来事”が、たまに夢に出て来ては俺を苛むのだ。
次々に血の海へと沈む仲間達の姿を。敬愛する兄を失った、あの時の無力感を。俺一人だけ生き残ってしまった屈辱と、後悔の日々を……
「……レグナード様、どうかなさいましたか?」
ミリィの声で我に返る。
そうだ、今は今だ。あれは、もう終わった事なのだから。
「ああ、すまないミリィ。少し物思いに耽ってしまった様だ……」
勝手にクエストに着いてきては、後ろをチョロチョロとするアイツらは本当に迷惑だったが、それで知らぬ間に怪我でもされ訴えられては後々面倒だからと、臨時面子扱いで登録してやったのだが、絶対にそこには何か裏があるだろうと睨んでいた俺は、何度もギルドから要請されても頑として奴らをその時だけ扱いの臨時面子に留め、その都度登録手続きを続けた。
一度正規で登記してしまうと、徒党から除名を行う際にも、相手側の確認が一々必要になり、処理に時間がかかり面倒になるからだ。例えそれが何らかの過失による懲戒処分であったのだとしても。
当たり前の話だが、過去に一度でも人を瞞そうとした人間なんざ、これっぽっちも信用できる訳が無い。本音を言えば、そんな奴に例え一瞬であっても背を向けるのですら、俺は嫌だ。
確認の取れない”疑惑”段階で評価が留まっている……そんな奴が望まずとも徒党内に存在した以上、”もしも”に対し備えをするのは、身の安全を担保する上で当然の話なのだ。
「レグナード様、誠に申し訳ございませんでした。まさか、ギリアム様が例の【北極星】お家騒動の主犯格だった事実を、私共は全く把握しておりませんでしたので……」
俺の胸にも届かない背の低い彼女が、深々と頭を下げる。
当世”最強”との呼び声も高き徒党【北極星】と、それを率いる剣舞踏士<竜殺し>グランツの名声は、隣の国の城塞都市にまで轟いている。
そして、5年前に起こった徒党の内輪もめと、その顛末も。当然高き名声と共に醜聞として、遠きこの国にもしっかりと届いていたのだ。
だが、その実行犯がまさかこの街に流れ着いていたとは、流石にギルドも把握していなかった様だが。
調べてみればあの馬鹿野郎は、その国のとある侯爵家の三男坊なのだという。ならば、侯爵の権力によってギルド内での”洗浄”がすでに成されていても何ら不思議ではない。流石に国内では完全にとはいかなくとも、情報の伝達に時間が掛かる隣の国ならば経歴の洗浄工作は充分に利いてくる。
だからこそ、あのゴミ野郎は何の屈託も無く、この国のギルド内を悠々と闊歩していたのだろうから。
「徒党臨時雇いだったそいつら全員、当然クビで。もう二度と組む気なんざ更々無いから、除名じゃなく抹消扱いで頼む。後、面倒臭いしこちらから奴らを起訴する気は一切無いので、そのつもりでいてくれ。だが、こちらに要らぬ手出しをして来る様なら容赦しないので、もしもの場合はその辺の事情を汲んでくれると助かる。ああ、そうそう。奴らの私物に関しては、ギルド立ち会いの元、一時倉庫預かりでお願いしたいのだが……」
態々馬鹿共相手に気を向けるなんざ、人生の冒涜であり時間の無駄だ。さっさと全て片付けてしまうに限る。
そんな訳で、俺は次々とミリィへ投げた。
「えっ、は、はいっ。畏まり、ました……」
俺の言葉を具にメモに取り、ミリィは何度も頷く。
ここで何らかの不測の事態があれば、それは全てギルドの評価へと繋がる。ミリィは真剣に俺の意向を受け入れてくれた様だ。
「それと、鋼鉄級の戦乙女ヴィオーラな? 彼女を正規面子で登録しといてくれ。今後【暁】は、面子を広く募集する予定だ」
「……え? レグナード様、それは誠でございますか?」
「そのつもりさ。もうあんな馬鹿野郎共の都合に振り回されたくはないからな」
面子の選定を自身の眼で見極めてみたとしても、アレと同じ結末になるのであれば、その時はもう人の本性を見抜く眼を持たなかった俺自身の責任だ。その結果に充分諦めもつくだろう。
徒党に迎えるべき”家族達”を危機に晒す事の無い様、しっかりと見極めていかねばならない。これはその決意と覚悟の証だ。
……以前の俺ならば、他人を二度と信用するものかとヴィオーラすらも追い出し、絶対に単独活動を続けた筈だろう。何故今頃になってこんな決断をしたのか、正直自分でも首を捻る。だが、だからと言ってこの事を言の葉に乗せたのに、後悔の念が全然湧いてこないのだから、本当に不思議だ。
「……あ、ありがとうございます……私の責任とギルドの名誉を賭けて、全力でレグナード様のご意向に、お力添えさせていただきます」
感極まった様に声を詰まらせながら、ミリィは俺に頭を下げてきた。
単独徒党は、冒険者ギルドでも少数ながら存在する。人は群れれば、それだけで派閥が出来上がる。一度でも集団内に形成されてしまった派閥は、大なり小なり必ず軋轢を生む。それに疲れ、嫌気がさした冒険者がやがて単独で活動を始めるのを、一体誰が責める事ができようか。
だが、やはり単独での活動は、複数人で徒党を組むより遙かに危険度は高い。たった一度のミスが、そのまま命取りに直結してしまうからだ。
だからこそ、ギルドはなるだけ複数人で徒党を組む事を奨励するのは当然の話だろう。
この手の話に対し、嫌だ、迷惑だ、面倒だと俺は散々ごねてきたので、本当に今更だよなと、彼女への申し訳無さでいっぱいになってしまう。
「すまない。迷惑をかけるが、ひとつよろしく頼む」
「……はいっ。承りましたっ」
俺の胸の奥に燻る昏い罪悪感を、溢れんばかりに輝く彼女の真っ直ぐな笑顔が浄化してくれた様な……そんな気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お館様。屋敷内全ての鍵の交換、終わりましてございます」
「お疲れさん。念の為になるが、門の魔導鍵の暗号文の方も変更しといてくれ。未熟ながら、あちらには魔導士がいる。少しでも時間稼ぎになればそれで良いから」
「畏まりてございます」
ようやく無駄飯喰らいの居候共を屋敷から追い出せたというのに、そのせいで無駄に金が掛かるってなぁ、何か理不尽で凄く腹が立つ。奴らが密かに屋敷のスペアキーを作っているだろう事は想像に難くない。対策をするのは当然の事だ。
まぁ、邸内には元黄金級の家宰セバスと、元黒鋼級以上の家政婦達数名が常駐しているのだから、例え侵入者があったとしても、まず大丈夫だとは思うが。しかし、少なくとも侵入者への備えは、し過ぎて困るという事は絶対に無い。
「ってな訳だ。お前も後で鍵を受け取っておけ」
「……ホント、こういう時行動が早いわよね、レグってば」
匙山盛り目一杯の砂糖を、紅茶の入ったカップに何度も入れながらも、ヴィオーラは呆れた様に俺に言葉を投げかけてくる。
「どうにも性格のせいか、少しでも後手に回るのが嫌なんだよ、俺は」
「そうは言うけどさ、だったらなんであいつらを家に入れちゃったの、レグ?」
……そんなの俺だって嫌だったよ。気が付いた時にはすでに居候されてたんだ。誰だよ、最初にあいつら家に入れたの。
でも、俺の後ろをチョロチョロしてるだけじゃ当然報酬なんて発生するわけも無い。そうこうしてる内にあいつら全員が金が無いって泣きついてきやがったから、つい……あれ? 結局俺が悪いんじゃん……馬鹿過ぎね?
ああ、俺ってば昔からそうだ。常に冷静ぶってはいても、最後の最後で必ず情に絆されては失敗する。結局今回の一件も、身から出た錆じゃねぇか……
「……はぁ。あなたってば、難儀な性格してるわよねホントに」
何も答えられない俺の顔をじっと見つめ、深く溜息を付きながらヴィオーラはティースプーンに山盛りいっぱいの砂糖をトドメとばかりにカップへぶち込んだ。
もはや紅茶の香りがするだけの砂糖の塊を舐める様に啜っているヴィオーラの姿を見たせいで、その激烈な甘さを嫌が応にも想像させられ、思わず俺は口を窄めて煩悶してしまった。
……後で珈琲を煎れよう。それも、思いっきり濃い奴を。
「あの馬鹿の糞捻れ曲がった性格ならば、確実に俺を恨んでいる筈だ。頼むから、単独で屋敷の外に出ないでくれよ?」
”嫌がらせ”は、直接本人を攻撃するよりも、周囲の人間、もしくはその持ち物に対して行う方が遙かに有効だ。特に”相手の心を折る”事が主目的であるならば、むしろ最適解だとすら言える。
そんな俺に”嫌がらせ”を仕掛ける場合、真っ先にその”標的”となるのは、ドゥーム家に遣える家人か、もしくはただ一人徒党面子として残ったヴィオーラだろう。
我が家人達ならば、ヴィオーラよりも上の階級の黒鋼級以上の人間だけで揃えているので、一人にさえさせなければ早々不覚を取る事は無い筈だ。
問題は、あいつらよりもヴィオーラの方が技量が上だとはいえ、一度に多人数の相手をして凌げきる程に戦力差がある訳でもない点だ。何かがあっては遅すぎる。お陰で歯痒い状況のまま、徒に時間だけが過ぎるだろう事は容易に想像がつく。
「……ごめんなさい。貴方には迷惑をかけてしまうわね」
「気にすんな。お前はもう【暁】の正規面子なんだ。俺がお前に関して責を負うのは、当然の事さ」
ならば、多人数に囲まれてもせめて逃げ切れる位には、こいつを徹底的に鍛え上げてやるしか他に手は無いのだろう。
あちらの侯爵様が持つ絶大な権力であっても、ここが本国ではない以上、地位を背景にした影響力でゴリ押しできる訳も無い。そういう意味では直接こちらに仕掛けてはこれないだろうが、だからこそ醜聞を気にせず無頼漢共を幾らでも雇って嗾けてくる可能性は極めて高い。その程度、侯爵様の資金力ならば造作も無いのだから。
無能のクズ野郎は、絶対直接俺に真っ向勝負なんか挑んでこない筈だ。だからこそ厄介ではあるが、その分一度でも尻尾を捕まえてさえしまえば、後は簡単に解決できてしまう様な気がしないでもない。
一番望ましいのは、金輪際あいつらが二度と俺達に絡んで来る事無く、平和裏に自分達だけの徒党を組み生活してくれれば……なんだが、あの馬鹿の性格上、まずそんな優しくも穏やかな未来図はあり得ない。
螺旋階段よりも捻れ曲がった上に、無駄に肥大したクソ過ぎる自尊心を持ったあの馬鹿野郎の事だ。絶対に嫌がらせ程度では済まない復讐をしてくるだろう嫌な確信が俺の中にはある。
幸い、俺は治める領地の無い法衣男爵位を持つドゥーム家の当主を兼ねているので、他の冒険者とは違って依頼を受けず屋敷の中で一生引き篭もっていても生活には何ら支障は無い。家の事業も安定しているしな。
だが、ミリィを通しギルドに依頼した面子選定の件もあるし、相手の出方を待つしかないこの無為な期間をヴィオーラの鍛錬と、徒党【暁】の戦力拡充に充てるのも、きっと悪く無い選択だと思う。
「そういや、昨夜俺に言ったよな、ヴィオーラ? ビシバシ鍛えてくれってさ」
「う、うん? な、なによ、レグってば。いきなり怖い顔してさぁ……」
「今からいっちょ揉んでやる。庭に出ろ」
多少使えるとはいえ、俺に言わせれば、まだまだ彼女は尻に青痣を残した餓鬼ンちょと大して変わらん。徒党面子としての要求は、俺との連携ができて最低限だ。
取りあえず今日の所しごきはせず、槍の腕前を再確認するだけに留めておくつもりだ。あまりに酷かったら、その限りではないけれど。
そういや、俺が槍を持つなんて、何時以来ぶりの事だろうか? 幼い頃は、剣、槍、弓、馬を”貴族の嗜み”として修めていて当然だと親父殿の指導の下、嫌々やらされたもんだ。
そんな昔囓った程度なのに、槍が本職である筈の彼女相手に負ける気が全然しないのも不思議な話だ。
「うえぇ。待って。ちょっと待って。せめてこの紅茶を飲み干してしまうまでは、出来れば待っていて欲しいのだけれど?」
「そんな砂糖の塊なんざ、”飲む”とは言わねぇ。それはもう”食う”ってンだ……」
絶対に身体に良い筈は無かろう、その”物体”を躊躇無く口にする彼女の姿を見て、胃から急激に酸っぱいモノが込み上げてくる嫌な錯覚に、俺は襲われた。
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