16.苦しい時の神頼み。勿論、苦しくない時は神様なんか知らねぇよ?
「お赦し下さいませ、旦那様っ」
俺達をあの馬鹿野郎に売った男が、今更になって涙を流しながら這いつくばる様に地面に額を擦りつけて赦しを請うて来るが、俺達は何の感銘を受ける事も無く、ただ冷ややかに見下ろしていた。
せめて、自分から俺達の前に出てきて頭を下げて来ていたら、いくらかマシだったかも知れないが……辛うじて生き残った弓兵共々ふん縛られてのこの状況では、情状酌量の余地も無いだろう。
「貴様の事情なぞ知らんし、聞く耳も端から無い。無論、赦すつもりなんかも更々無い。貴様は、大人しくここで死ね」
街道周辺の治安、安全保障とは、即ち国の経済にとっての命脈だ。
街道を行き来する人々の生命や財産を脅かす野盗、山賊の類いは、その場でいくら殺しても罪に問われる事は無い。それどころか奨励されて、報奨金すら出る場合もあるほどだ。
主人をその様な盗人共に売る様な不埒な輩は、当然、そいつら野盗、山賊と同様の扱いとなる。
この場合、法律上その場で殺しても赦されるし、官憲に身柄を突き出せば、合法的に犯罪奴隷として売却益を要求する権利も有する。つまりは、この男の生殺与奪の全権を、今俺達は握った様なものなのだ。
少なくとも俺は、自分の様な道楽貴族に仕えてくれる家人の皆を蔑ろにしているつもりはないし、また充分な俸禄を与えているつもりだ。
それでも足りないと言うのであれば、その旨を俺に直接交渉するなり、セバスを通して話をするなりしてくれればこちらも少しは考えもできたのだろうが、まさかその労力を惜しんで主人を金で売る様な方法を取る不届きな輩とは、今更話をするのも無駄だろう。
それでも、こいつは10年近くも、我がドゥーム家に仕えてくれていたんだがなぁ……
ああ、そうだ。そういえばこの前、息子に魔法の素質が見つかったんだと喜んでいたっけ。
魔術を学ぶには、本人の資質は勿論、莫大な金が要る。
……つまりは、そういう事だ……
「旦那様、後生です。私が間違っておりました。お赦し下さい、お赦し下さい……」
同じ言葉を壊れた魔導具の如く繰り返すだけの男の後頭部を見下ろし、俺は強い口調で、最後の言葉を投げかけた。
「お前は今日、賊の襲撃に遭った俺を庇い死んだ……そういう事にしておいてやる。潔く自身の罪を認めて死ね。その代わり、貴様の家族は、我がドゥーム家の名において、最後まで面倒を見る事を約束してやろう」
信賞必罰。
貴族たる者、人の上に立つ者ならば、常に心構えておかねばならない”義務”だ。であれば、こいつにどの様な深い事情があろうとも、俺が採れる選択は一つしかない。セバスに言わせれば、これでもまだ充分過ぎる程に”お甘い”決定なんだろうが。
「うう、すまん……父ちゃんが…悪かっ……」
無言で魔剣を振り下ろし、元家人の男を、俺は斬り捨てた。
贖罪であろうが、感謝であろうが。”裏切り者”の言葉なんか、俺は要らない。
そもそも、今更後悔して必死に命乞いをするくらいならば、最初からやらなければ良かったのだ。
後ろで震えるこいつの元同僚に、俺は出立の準備を促す。
賊の生き残りは、魔導士のアンと、野伏のシルヴィア。馬車を襲撃してきた無頼漢共と弓兵含む7人。死体は辺りをざっと確認しただけで27人ってところか。まさか一度に40名近くの人間をかき集めて来るとは思ってもみなかった。
さて。ここで問題になるのは、生き残った賊共の処遇だ。
賊の襲撃に遭ったのは、俺達の住む城塞都市との丁度中間点辺り。馬車の定員は、御者台分を含めて6名。どう考えても足りない。
かと言って、徒歩のこいつらの足に併せて移動なんかしていては、城塞都市に到着するのは空が明るくなる頃だろうか? ちょっと考えたくないな。
「ほら。やっぱり、全員殺してた方が良かったじゃないの。何で貴方の所は全員生きてんのよ、レグ? ちゃんとしっかり殺りなさいな」
「ナチュラルにそんな言葉が出てくるお前ぇがこえーよ!」
まぁ、確かにちょっとだけ後悔しているのは内緒だが、それでも、あのクソ野郎の犯した罪の証人は必要なのだ。
それなりに数を揃えてやれば、如何に隣の国の侯爵様とて、自慢の息子を庇い立てし難くなる。恨むなら、お前ン所の馬鹿息子が馬鹿を犯した国が自国でなかった事を恨むが良いさ。
「仕方が無い。かなりの無茶だが、こうするしか無いかぁ……」
◇◆◇
「ひぃっ。恐い、重い、寒いぃぃぃ……」
「く、苦しっ。俺の上の奴、少し横に動いて……重いんだよ、てめぇ」
「…………(白目を剥いて微動だにしない)」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……だから、降ろしてぇぇぇぇ」
「テメ、こら、暴れンなっ! 落ちる、だろうがぁっ」
「揺れっ、揺れっ。こえぇぇぇぇ」
「いっそ殺せ。殺してくれぇぇ………」
「うるせぇぞゴラァ。殺されたくなかったら、ちったぁ黙ってろっ!」
徒歩に付き合うのも馬鹿らしかったので、生き残った賊共を一纏めに縛って馬車の屋根の上に強引に載せてやった。暴れたら落ちてしまうかも知れないが、そうなったらそうなったで、俺はもう知らん。そのまま獣の餌になれば良い。ただでさえ積載重量制限をオーバーし過ぎていて馬車の寿命がマッハなのに、そこまで気にしてなんかいられないってのが本音だ。
御者台の上で俺は溜息を吐き、代わり映えの無い街道の風景を眺め続ける。
俺の深層睡眠術の効果時間は約半日。少なくともその間は、彼女達にの顔に刻み込まれた”奴隷紋”の呪いによる激痛みは無い筈だ。
アンに取り付けられた魔導具、”支配の首輪”という名の忌々しい毒蛇は、俺のこの手で処分した。
問題は、”奴隷紋”の方だ。
それの効果自体は、”外法”による呪いの一つなので、高位の光魔法”呪消去術”で解呪が可能だ。幸い、城塞都市は各宗派に高位の司祭クラスが常駐している。金さえ積めば、きっとどの神殿も喜んで解いてくれる事だろう。
何が問題になるのかというと、”奴隷紋”の呪い自体は完璧に解けたとしても、彼女達の美しく端正な顔に刻まれてしまった禍々しき”紋”そのものは、以降も彼女達の顔に残るという点だ。
元奴隷という、押し付けられた謂われ無き十字架を、彼女達は生涯背負っていかねばならないのだ。
……なんて、理不尽。
自身に一切何の咎も無く、知らぬ間に押し付けられた”烙印”が、以降の人生をも蝕むなんて、そんな事が赦されて良い筈が無い。
俺の回復術で復元できる可能性に賭けてみるのも、ひょっとしたらアリかも知れないが、その為には、一度、女性の顔面の半分を削り取らねばならない。
果たして、俺はそれを出来得るのか?
彼女達が、それを許してくれるのか?
……正直、自信が無い。
俺の前職は回復術士だ。回復術に自信が無い訳ではない。
ただ、あの”外法”は、身体の内部、そのどこにまで刻まれているのか?
魂に作用すると聞いたあの”呪い”は、解呪した後に、果たしてどれだけ肉体に影響を及ぼしているのか?
それが解らない以上は、女性の顔を安易に傷付けるなんて、できる訳が無い。
回復術士を名乗る上で前提となる走査という技能は、肉体の組織をそれこそ細胞レベルで具に観察できるが、”魔力”やそれに類する物については、何一つ判らないという大きすぎる欠点もある。
斬り付けると同時に自然治癒妨害の呪いを付与できる剣で傷つけられた者がいて、その呪いに回復術士が気付かないまま、何をしても塞がらない傷に対し延々回復術をかけ続けた……なんて事態も過去に何度かあったと聞く。
呪消去術だけで全て消える呪いであれば良いのだが、そこは実際にやってみなきゃ解らん。何せあの紋様は、過去この国にあった筈の”奴隷紋”の書式とは、何もかもが一致しないからだ。
確証の一切無い”手術”を、果たして俺はやりきる事ができるのだろうか? 彼女達はそれを受け入れてくれるのだろうか?
「……なんで、急にこんな……人の人生を背負わにゃならん選択ばかりが、俺に……」
自分一人の一生の面倒を見るだけでも沢山だというのに、急に徒党面子であったり、元仲間の娘達であったり、裏切った家人の家族であったり……たった半月の間に10名近い”人生”が、いきなり俺の両肩に乗っかってきたのだ。
「ああ、何故だろうか。急に、旅に出たくなってきたなぁ。何もかも捨てて……」
……だから、今、この時だけは。
弱音を吐く事を、どうか、お許し下さい。
元来、俺は無神論者だった筈なんだけど、今日は何回神に感謝したり祈ったりしたんだろうなぁ……?
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