14.敵の手際の悪さに乗じ最大の戦果を。煽るのは全て終わった後で。
「”対魔結界”」
対魔結界は、敵の攻撃魔法を一度だけ確実に打ち消す特殊防御魔法だ。
あちらには魔導士がいる。敵に囲まれているであろう現在、最大の脅威となるのは、不意に飛んでくる攻撃魔法だ。
一度でも攻撃魔法を喰らってしまえば、人は簡単に死ぬ。あちら側の初手を確実に潰すという意味では、これ以上の魔法は存在しないだろう。
御者を馬車の中に避難させ、俺達三人は敵の襲撃に備える為に散開したと同時に、夥しい数の矢が俺達目掛け飛んでくるのが見えた。
「愚かな……自滅なさい」
今や”風の上位精霊”の加護を得た俺達には、例え雨の様に矢が俺達の頭上に降り注いだのだとしても、何ら脅威になりはしない。
アストリッドの声と共に俺達目掛けて飛んできた無数の矢は、風を纏いながらくるりと反転し、今正に自身が通ってきた軌跡を倍以上の速度で綺麗になぞると、遠くから矢と同じ数の悲鳴が挙がった。
「これで敵の弓兵は、ほぼ無力化できたはずです」
よくよく考えればかなり物騒な内容なのだが、そんな恐ろしい言葉に全く似合わない涼やかな顔で、アストリッドは俺に微笑んだ。
「本当に頼もしいよ、君は。こうして君と一緒に肩を並べて戦える事を、俺は神様に感謝したいね」
おやっさんの言った通り、本当に彼女は優れた精霊使いだと思う。
もし仮に優秀な精霊使いを敵に回した場合、俺達がこうなるのだと、ありありと見せつけられたのだ。彼女が俺達【暁】の敵でない事を、心底神様に感謝したいね。マジで。
「あら? そこは神様ではなく、是非私に直接感謝していただきたいものですが。『ありがとう、愛してる♡』……って。そう言って下さると、私、もっともっと頑張れるのですけれど、レグナード?」
「……ごめんなぁ、実は俺ってシャイなんだよ。君へ愛の告白は、ちゃんと心の準備ができてからにするよ」
しかし、出逢ってまだ一週間と経っていない筈の彼女が、何故に俺にここまで懐いているのか……こちらには身に覚えが全く無いので、考えるだけで本当に恐い。一度、彼女とは腰を据えてじっくり話し合う必要があるのかも知れない。場合によっては、藪蛇でドツボにもなりかねないのだが。
「……ヘタレを誤魔化すにはホント良い言葉よね、それ?」
「うっせ。ほれ、来たぞ。突出し過ぎて囲まれんじゃねぇーぞ」
すでに不意打ちが失敗に終わったのだというのに、わざわざ姿を現してくるとは、何とも律儀で素人感丸出しの集団なのだろうか。
街道の前後を塞ぐ様に20名近くの男達が思い思いの武器を携えてワラワラと出てくるが、その行動も呆れる程に遅い。これじゃ、野盗の方がまだマシなんじゃなかろうか?
装備はばらばら。酷い奴は鎧すら着てないじゃないか! 俺達を囲う様にも動いてないし、多分連携も微妙だろうな……うん。どこをどう見ても、こいつらただの無頼漢だ。
だが、それでも数の暴力って奴は、やはり侮る事ができない。もし後ろから斬り付けられてしまえば、当然痛いだけじゃ済まないのだ。
「”全能力向上付与術”。ヴィオーラ。今日のお前の役目は、勿論解ってるよな?」
「当然っ! サクっと全員殺ってくるからっ!」
そう叫ぶや否や、ヴィオーラは槍を真正面に構えて、数の多い集団へと一直線に駆けた。
俺の付与魔術によって、彼女は文字通り”黒い閃光”となって、男達の集団を鋭く楔を打ち付けるが如く貫いた。
「違うわっ! 殺すなっつってんだよっ」
……あ、多分もう無理だ。初撃で3人が一気に突き殺され、強引に槍を振り抜いた余波で、更に2人が吹っ飛んでら……まぁ、全員生きていると逆に処理が面倒臭いだろうし、何人か辛うじて生きていてくれれば、それでもう良いか。
ヴィオーラも今までの鬱憤晴らしにもなるだろうし、好きにさせてやるとしよう。その後で、今日の事をじっくりダメ出ししてやるんだがな。けけけっ。
俺も魔剣を構えて、八つ当たり気味に戦う戦乙女とは反対側の集団へと駆けた。
◇◆◇
……この間ですらも、敵方の魔導士から魔法が飛んでこないのは流石におかしい気がする。
本来ならば、命の危険の伴うかなり逼迫した状況であったにも関わらず、仲間内で軽口を叩き合う余裕があったのも結局はこれのお陰だ。
そうこうしている内に、すでにマナ支配の天秤は完全に俺の方へと傾いている。それこそ、このまま指を拱いている様では、あちらさんは初級魔術の行使すらも危うくなってくるだろう。
マナの奪い合いをすれば、当然、あちらさんの魔導士の潜伏場所なんかとっくに割れている。あちらさんがこのまま何もしてこない様なら、賊達の方はヴィオーラの言う通り皆殺しでも構わないのかも知れない。
金さえ積めば何でもする様な無頼漢どもなんか、所詮蜥蜴の尻尾だ。どれだけ確保した所でまともに有益な情報なんか出て来ないだろうし、逆に敵方の魔導士さえ確保してしまえば、あちら側の事情がほぼ全て解る様な気もするし。
そもそも、人間が魔術を修める為には、莫大な金と、膨大な時間がかかる。
その果てに魔導士を名乗れる程に修練を積んだ者は、人々にとって尊敬の対象であり、自身が望めば質の高い生活を営む事だって決して夢ではない。金で雇われてまで人を襲う人間なんかに落ちぶれる様な事は、まず無い筈なのだ。まぁ、冒険者なんて”底辺”を選択する様な奴は、その中でも特に”例外”と言えるんだが。
であれば、あちらさんの魔導士の正体は恐らく……
賊達を全て斬り伏せ(俺は誰も殺してないぞ)、俺は捕捉した魔導士の方へと向かった。
「……よぉ、久しぶりだな、アン」
「ぐっ、うぅっ。や、野郎は、消えて……」
俺がその場所に辿り着いた時には、何故かアンは苦しそうに肩を震わせ、その場に蹲る様に頭を垂れていたのだ。
「おい、アン。お前、一体どうしたんだ?」
「ぐぅぅ、お前なんか、に……かんけ、い、ない。見逃してやる、から……今すぐ、きっ、消え、ろっ……」
喉の辺りに手を置き、苦しげに呻く彼女の表情は、頭まですっぽりと被ったフードのせいで全く読めない。
「……すでに勝負はついた。降参するのはお前の方だ」
「だ、ろうね。でも、それっ、は、む、無理な……相談っ、だ」
息も絶え絶えで、言葉を紡ぐのすら彼女はかなり無理をしている様に見える。一体彼女の身に何が起こっているというのだろうか?
……仕方が無い。”男嫌い”の娘には酷なんだろうが、このままでは埒が明かない。俺はアンに近付き、勢いよくフードを引っ剝がした。
「っ! み、見るっ、なっ!」
「……あンの馬鹿野郎……」
彼女の異変の正体を知り、俺は瞬間で上限を突き抜ける怒りで、目の前が真っ暗になりそうだった。
フードで隠れていたアンの顔には、赤黒く光る禍々しい幾何学模様が刻まれ、首には蛇を模った魔導具が取り付けられていたのだ。
二つとも俺が良く知る物だ。何せこの国では、そのどちらも違法なのだから。
「……”奴隷紋”に、”支配の首輪”かよ……いくら何でも念を入れすぎだろうが、糞がっ……」
今この場に居ない馬鹿野郎へ向けて、俺は無意識の内に、呪いの言葉を紡いでいた。
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