13.左右どっちを見ても地獄。なら眼を瞑れば良いじゃない!
「ふあぁぁぁぁぁ……」
眠いっ!
ものすごく眠い。
「あらあら、大きな欠伸。ちゃんと寝ないとダメなんですよ、レグナード?」
「ああ、そうだな。君の言う通りだよ、アストリッド」
全部テメーのせいじゃねーか畜生!
……なんて、苦情を言える訳も無く。
てーか、それこそまともに女性の裸体なんか見た事の無い”魔法使い一歩前”には、美人さんとの混浴なんて、あまりにも刺激が強すぎた。更に言えば、これまでにあった衝撃的な数々の出来事が、肉体だけでなく精神にも多大な負荷をかけ続けてきたのだから、彼女との”裸のお付き合い”はまさにトドメにも等しかった訳で。
たぶん俺は、風呂場で気絶したんだろう。逆上せてから、今朝ベッドで目覚めるまでの一切の記憶が無いところが本当に怖い。
できれば断片でも記憶があれば、今後の糧になったんd……いやいやいや。今のは無かった事にしていだきたい。そこまで恥知らずになってはダメだ。うん、うん。
ベッドから跳ね起きた時、俺は寝間着をしっかりと着込んでいた。あの時刻だと俺以外の唯一の男手であるセバスは、とうに屋敷を辞して自宅に帰っている。
つまりは……うん、あの後の事を彼女に聞くのがスッゲ恐い。
恐いから、この際この話は置いとくとして……
なんてーか……今の無言状態が、凄く気不味い。
今日はドゥーム家の大事な商談の為に、城塞都市から出て隣の町へと馬車で向かっている。往復丸一日掛かるであろう日程の、その最中だ。
あの馬鹿野郎達を屋敷から追い出して徒党【暁】としての活動を休止したあの日から、実に半月近くもの時が経っている。
その間、ヴィオーラとアストリッドはずっと無収入(とは言っても、衣食住の全てをこちらが面倒見ているのだから問題無いのだろうが)になる為、ギルドに”指名依頼”を通して彼女達に”ドゥーム男爵”の護衛を任せてみる事にした。本来ならばこれは反則行為なんだけれどな。『自作自演だろ』と言われたら、まさにその通りなのだから。
とある冒険者が”発明”した板バネを仕込んだ馬車は革命だった。揺れが少なく、また尻へのダメージが以前よりもかなり軽減される様になったからだ。
その分値が張りはしたが、こうして睡眠不足の状態で馬車に搭乗ると、襲ってくる睡魔がヤバい。
徒党に関する様々ないざこざのせいで、”家業”の方が疎かになり過ぎた。そのお陰で、襲い来る睡魔と壮絶な死闘を繰り広げながらも、今日の商談に関する資料を頭に叩き込まねばならぬ状況に追いやられてしまっているのだ。
馬車の中には、護衛の為に槍を抱え、総黒鉄鋼製の手甲、脚鎧靴、胸鎧、鉢金と、完全フル装備のヴィオーラと、革鎧に革靴と軽装のアストリッドが俺の向かいに並んで座っている。
黒鉄鋼は頑丈で錆び難く、手入れがとても楽だ。費用対効果に優れ、中堅の冒険者ならば大体この製品に落ち着くだろう。
だが反面、鋼製品より遙かに重くなり、何より黒鉄鋼は攻撃魔法を良く通す。その為、速度はあるが体力に難のあるヴィオーラとは、かなり相性の悪い組み合わせとも言えなくもない。
だが、これ以上の装備となると、魔力を帯び、とても軽い聖銀か、付加魔法の馴染みにとても優れた蒼鉄製品になる。鋼鉄級の人間が購入するには、あまりにも高価過ぎるし、何より頭の悪い輩に『生意気だ』と忽ちに絡まれるだろう。
確か、あのクソ野郎は、総蒼鉄製のハーフプレートだったか……さらには”軽量化”の付加が付いているのにも関わらず、あの為体だったのだから本当に笑える。
話が逸れた。
どうせこの際だから、ヴィオーラの装備を一式整えてやるのも良いかも知れない。
諸々の問題を片付け、満足のいく徒党面子を集めることができたなら、いよいよこの大陸唯一にして最大の活火山<モス・レイア>へと挑むつもりなのだから。
アストリッドは「あと10年くらい全然大丈夫ですよ?」とは言ってくれたが、その言葉を馬鹿正直に真に受けた場合、確実に俺の体力はすっかり衰えて使い物にならなくなってしまっているだろう。
身体の”全盛期”はとうに過ぎ、下り坂に差し掛かっている自覚が俺の中ですでに在る以上、なるだけ早い内にあの山を踏破せねばならない。アストリッドには、もう返しきれない恩があるのだから。
「……てゆかさ、『商談の前に、資料を全て頭に入れておかなきゃならないから、できれば黙っていてくれると助かる』……あんた、出発前にあたし達にそう言ったわよね、レグ?」
「……はい、その通りです。すみません……」
そういや最近、女性から冷めた瞳を向けられる事が多くなった気がする……
お陰で少々性癖が歪んでしまいそうだ……なんて、もし口に出してしまったとしたら、果たしてどうなることやら。そんなの絶対に言わないけどな。
「じゃあ、ちゃんと資料読んでなさいな。ずっと黙って座っているのも疲れるのよ? ねぇ、わかる?」
「はい、申し訳ありません。ちゃんとします、ごめんなさい」
どうにも昨日のあの一件があってから、ヴィオーラの圧が凄い様な気がする。多分に俺が一方的に苦手意識を植え付けられた格好になっているからってのもあるのだろうが、この閉鎖された空間の居心地が悪過ぎる。
真正面には、槍を携えこちらをじろりと睨み付けてくるヴィオーラ。そこから少しだけ横に視線を向ければ、頬を染めながら微笑んでくるアストリッド。
……うん。心臓に、精神に……何より頭皮に悪すぎる。
現地に着いてくれ、なるだけ早く。
意識の淵から迫り来る睡魔と、彼女達の視線から受ける圧力と、”後回し”にしたが為に、今を余計に苦しむ羽目となった後悔とで、俺の頭はパンク寸前でありました。ほぼ自爆の自業自得なんだけれど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ああ、疲れた……」
「お疲れ様でした、レグナード」
座席に疲れた身体を投げ出す。セバスがいたら絶対に叱られるだろうが、もう無理。俺は寝るぞ。
商談も何とか満足のいく結果に終わった事で、今まで何とかギリギリの線を保ち続けていた俺の緊張の糸が、完全に切れた。
「”ご褒美”ありがとね♡ レグ」
「こないだの代わりと言っちゃあ何だが、それで勘弁してくれると俺としては助かる……」
この街にある老舗の銘菓”ちょっとだけ背伸びをしてみた高級焼き菓子”を、今回の彼女達への”ご褒美”にしてみた。紅茶との相性が抜群らしい。
往路での仏頂面は何処へ行ったのか? 等と小一時間程問い詰めたくなるくらいに、菓子箱を抱えたヴィオーラの笑顔は本当に眩しかった。
「帰ったらまずは皆でお茶にしましょうね。ああ、今から楽しみです♡」
「その前に夕飯だぞ、アストリッド……」
どうやら俺が変に”餌付け”してしまったせいか、甘味を前にすると少々落ち着きを無くすアストリッドの様子には苦笑いするしかないが、やっぱり俺は限界に達していたらしい。
「……ダメだ、限界。二人ともすまんが、少しだけ寝る。あとは……頼んだ……」
隣町近くの街道は整備が悪いのか多少中が跳ねるが、疲労困憊の今の俺には、そんなのでも揺り篭みたいなもんだ。何とか意識がある内に二人へ声をかけた後、俺の意識は沼の中へと堕ちていった……
◇◆◇
今まで冒険者として生き残る事ができたのは、この”感覚”を常に疑わず従ってきたお陰だと、俺は思う。
例え無意識下の状況であっても、この”空気”が肌に触れた瞬間に、直ぐ様覚醒できない様な奴は、その時点で二流以下だ。
身体の調子を確認する。未だ身体は鉛の様に重いが、頭はすでに切り替わっている。その感覚を拡げてみる。どうやら馬車は今停まっている様だ。休憩中だったらしい。
「……レグナード」
「ああ、解ってる」
俺を起こそうとでもしていたのか、眼を開けてみたらアストリッドの顔が思ったよりも近くにあってちょっとだけビビる。
「……えっ? えっ??」
急に俺達が臨戦態勢を取った事に未だ戸惑いを隠せない様子のヴィオーラに、俺は内心舌打ちをした。これも要訓練だな……このままじゃ野営もできない。まぁ、無事に帰る事ができれば、の話だが。
「……殺気くらい気付け、敵だ。近いぞ」
「レグナード、まだ御者の一人が戻ってきておりません」
ついさっきまで外の様子を警戒していたというアストリッドが言うには、御者の内の一人が用を足している間の小休止だったのだという。
周囲に魔力の腕を伸ばし、マナの様子を確認する。
……どうやら、すでにその大半が、あちら側の支配下に置かれている様だ。これだけで敵の様子が色々と見えてくる。
「……はぁ。考えたくないが、どうやら……」
「そうですね。恐らくは、その線かと」
多分だが、今も戻ってこないその御者は、敵とグルだった。
そして……
「敵の中に魔導士がいる。魔法が飛んでくるぞ。気を付けろ」
馬車の外装には、しっかりと鉄板が仕込んである。多少の攻撃ではビクともしない様に造られているが、魔法だけはダメだ。矢は防げたとしても、魔法でこんがりと焼かれるってのは正直つまらん。
「取りあえず、皆で生き残る事だけを考えよう。アストリッド、飛んでくる矢を逸らす事はできるかい? ”風の精霊”にその様な術があると聞いたんだが」
「お任せ下さい。私は”風の上位精霊”と契約しております。矢は全て相手に返して差し上げてみせましょう……」
「……それは頼もしいな。よし、ヴィオーラ。行くぞ」
「……はい!」
待ち伏せ攻撃を仕掛けておきながら、周囲に未だフリーのマナが存在する時点で、すでにあちらの魔導士の質の底は見えた。後は飛んでくる矢にさえきちんと対処できれば大して脅威にはならないだろう。
「魔法は俺が防ぐ。お前は、好きに暴れていいぞ」
「やったぁ! ちょっと鬱憤溜まってたのよねぇ」
新生【暁】のデビュー戦にしては少々地味過ぎるが、まぁまだ面子は俺含めて三人しかいないのだ。この規模の戦闘で充分だろう。
俺は直接あちら側の魔導士からより多くのマナを奪うべく、集中力の限りに魔力の腕を大きく拡げた。
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