1.馬鹿は懲りるという概念を持たないが故に馬鹿なのだ。
過去の短編と同じ世界のお話です。
詳しくは『ソロ冒険者達の悲哀シリーズ』をご参照下さい。
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「……つまりはアレだ」
どうしようもない怒りでも、限界を超えると逆に冷静になれるんだな。
多分に含まれた皮肉と、アホらしさすらをも感じる自身をとりまく現状に、頭痛と目眩を覚えながらも、その原因となった人間相手にまだ無為に会話を試みようとしている自分の甘さが嫌になってくる。
「俺がこの徒党に要らない人材だってか?」
「何度も言わせるな。貴様はこの俺、ギリアムが率いる【暁】には要らぬ人材だ」
そう嘯き俺の目の前で踏ん反り返るこの馬鹿野郎の態度に、頭痛なのか、はたまた怒りなのか……こめかみがピクピクと痙攣している様子が嫌という程に自覚できた。
ここで怒りにまかせて怒鳴り散らす事は容易い。だが、それではこの馬鹿野郎の安い挑発に乗ったも同然だ。大きく息を吸って、盛大に吐く。
「……確かに俺は、戦乙女のヴィオーラより腕力は無いし、重戦士のレジーナより防御力は劣るだろう。野伏のシルヴィアより命中精度の面だけで言えば、恐らく一歩届かないだろうし、僧侶のクラウディアよりも回復魔法の効果範囲は狭い。魔導士のアンと比べれば詠唱完了までに必要な時間が、より多くかかってしまうのも確かだ」
「そら、ようやく認めおったか。貴様は、このパーティでは全てが中途半端。半端者なぞ、我が【暁】には不要だ」
奴の言を認めた様な言葉を出した事で、馬鹿野郎は調子付く。仰け反る様に顎を突き出し馬鹿笑いを始め、他の面子もそれに追従する様に笑い声を上げる。
「そうそう。貴方みたいな陰気な人は、この徒党には必要ありません」
「ギリアム様の配下に、あんたは釣り合ってない。今すぐ消えて」
「えぇっと……ごめんなさい。皆さんそう仰っていますので……」
「野郎なんか要らない」
重戦士、野伏、僧侶、魔導士が勝ち誇った様に、馬鹿野郎の言葉のそれに続く。
ああ、元々こいつら馬鹿野郎の腰巾着だったからこうなるのも仕方無し。毎晩、夜中に盛った野良猫の如く大きな嬌声を上げやがるから、本当にウザかったし。
だが、全てをこなせるとはいえ、そもそも俺は分類上で言えば軽戦士に中る前衛職だ。
軽戦士の役目は、メイン・サブどちらかのアタッカーであり、近接の主力である戦乙女と、盾役である重戦士が在籍するこの徒党であれば、牽制を兼ねたサブアタッカーがその主な役割になるであろう。
近接だけではなく、弓による中距離攻撃も、更には本職の魔術詠唱職と同等以上の能力をも要求してきている時点でおかしい事に誰も気付いていない所が本当に恐ろしい。
だが、言い換えればそれだけだ。
俺の攻撃力は戦乙女よりも高いし、鈍重な重戦士とは違い防御力に頼る必要なぞ無い高い回避能力がある。野伏より確かに命中精度は幾分劣るが、有効射程距離は俺の方が遙かに遠いし、威力も上だ。更には効果範囲が僧侶より多少狭くはなってしまうが、回復力と復元速度は俺の方が上だし、高速詠唱を備えていない分、詠唱の時間がかかりはするが、魔導士よりも攻撃魔術の威力、影響範囲共に俺の方が強大だ。
その事実を、この馬鹿野郎は理解しているのか、解っていないのか……そんな事は今更どうでも良いか。
「……ならばギリアム、一つ問おうか。俺は遠・中・近全ての距離において攻撃手段を持っているし、回復、強化付与、弱体付与、更には全属性の攻撃魔術のその全てを操れる。称号職独自の影技をも習得しているのだが、それに対しお前はどうなんだ? 戦闘でも、それ以外でも何もできない癖に、ただ隊列の影に隠れ、喚き散らすだけのお前は? 半端どころか、無能のお前は?」
この馬鹿野郎が荷物持ち、もしくは水先案内人を担っているならば、まだそれでも良いだろう。徒党は人の集まりだ。それぞれが自身に課せられた役割を全うしてこその集団なのだから。
だが、こいつは何もしないし、何もできない。
ただ後ろで喧しく声を張り上げるだけなのだ。
そんな”無駄飯喰らい”が偉そうにパーティリーダーぶっていやがるんだから、本当に笑えない。
「ここまで言えば俺とお前、どちらが不要なのか馬鹿でも解ると思うが、如何?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
俺の言葉で傷付いたのか、馬鹿野郎が顔を真っ赤にして震えている。
自尊心と嫉妬心だけは人一倍。その癖、自身を高める努力は一切しない糞野郎なんぞ相手にするだけ時間の無駄だ。だが、今回だけは徹底的に言わねばならない。これは俺の尊厳と財産にも関わってくる話なのだから。
それに……
「まぁ、そんな今更な事言っても仕方無いか。だが、これだけは言わせて貰おう……」
常飲するには少しだけ高価な赤葡萄酒を一気に煽り一息吐く。そして馬鹿野郎と、その取り巻き共に向けて、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そもそも【暁】とは、この俺、レグナード・ドゥーム単独の徒党だ。お前ら勝手に後ろを付いてきただけの癖しやがって、なぁに人様の徒党を乗っ取ろうとしてやがってんだ糞が!」
「ひぃっ……」
この街一番と評判の徒党【暁】は、近接・中、遠距離全対応のオールラウンダー魔影舞闘士のこの俺、レグナードが一人で立ち上げ育て上げてきた徒党だ。
立ち上げから名声を得た現在に至るまで、俺は一度たりとも徒党面子の募集をした覚えは無い。
それなのに、何故か目の前で顔を真っ赤にし震える馬鹿と、戦乙女、重戦士、野伏、僧侶に魔導士が勝手に転がり込んできて、さも徒党面子の様に振る舞ってきただけに過ぎない。
まぁ、屑野郎以外はそれなりの能力を持っていたので、多少の不満はあれど、今まで黙ってやっていたのだが、いきなり的外れな戦力外通告をしてきた挙げ句、徒党を乗っ取られては、こちらもたまったものではない。
「……で? そもそもこの家は、俺個人の財産だ。お前らはそれを解って言ってるんだろうな?」
人様の家に勝手に上がり込んで、なし崩し的に徒党の本拠地にされてしまってはいたが、そもそもこの家は、俺が幼少の頃より暮らしてきたドゥーム男爵家の屋敷だ。
こいつらが俺の元から離れ、別の徒党になってくれるというのなら、それはそれで全然構わない。
むしろ足手纏いがいなくなってくれて清々する。
まぁ、多人数での行動に慣れてしまったが為に、今後は多少の苦労はあるだろうが、それでも報酬は丸々全部自分の懐に入る。メリットしかない。
「ふ……ふふ、ふ、巫山戯るなっ! この屋敷は【暁】の本拠地として登記済みだ。ならばそのリーダーであるこの我、ギリアムの財産であろうがっ!!」
ああ。この馬鹿野郎、ついに本音を吐いたか。
こいつは【暁】の名声と、その財産全てを狙ってたって訳だ。
周囲を石組みの防壁で囲われたこの城塞都市の中で、屋敷を構える為にはそれに見合った財産だけではなく、それなりの名声と地位が必要だ。
幸運にも俺の実家でもあるドゥーム家は、その両方を兼ね備えていたので屋敷を構える事ができたが、所詮ただの冒険者風情では、それが適う筈も無い。ましてや、周囲をそれなりの容姿を持っただけの女冒険者で固めた、隣の国の貴族の三男坊程度の無能では、絶対に不可能だ。
「その登記は最初から無効だ。何故ならば、そもそも【暁】とは俺個人の徒党であり、最初から俺の名前しか登録されておらぬ。所詮お前らは臨時の面子でしかないのだ」
勝手に金魚の糞の如く後ろを付いてくるのを、俺はただ黙って見ていた訳ではない。
依頼中に背後を襲われる可能性(黙ってやられるつもりは無いが)を考慮し、俺は念の為ギルドに遺言書を残している。
『この俺、レグナードが依頼中に死亡した時点で、徒党【暁】は解散とする。尚、俺の装備、及び財産はドゥーム男爵家の親戚筋を当たり、相続せし者無き場合に限り、屋敷とそれに付随する財貨全てをギルドに寄進する』と。
これでこの馬鹿共には、何があっても小銅貨の一枚も渡る事は無い。こんな馬鹿共如きに俺が殺られる可能性は無いと必ずしも言えないが、それでもこいつらの程度の技量では、油断していても恐らくはまず無いだろう。
だが、もし万が一、俺がこいつらの手によって殺されてしまったとしても、後でギルドに戻り俺の遺言書を読み歯噛みする様子で、こいつらが現地で何をしでかしたかを周囲に解らせられる。まぁ、つまりは罠だ。
「そんな訳はないっ! 一年以上徒党に在籍していれば、自動的に正式な面子になる筈だ!!」
ああ、だから今日になって行動に移した訳か。この馬鹿野郎のあまりの馬鹿さ加減に、呆れ果てるしかない。
「そんなことだろうと思った。確かにギルドの規約には”一年以上徒党に在籍し続けている者は……”ってな条文がある。だから俺はクエスト完了時に毎回お前らの除名処理をしていたのさ。そうすればこの条文は適用されないからな。まぁ、面倒だから普通誰もやらないんだが」
面子の登録は徒党主の義務だ。当然、面子に対し正当な報酬を満額で支払わねばならないし、万が一の保障もせねばならない。登記さえしていれば、クエストの成否に拘わらず、面子それぞれにギルド階位昇級の査定も行って貰える。冒険者にとっては死活問題なのだ。
普通に考えれば、臨時に面子を雇うなんてのは、頭数が足りない場合の、”その時だけ”の助っ人以外では、”試用期間”である場合が殆どだ。だが、元々俺の元に集まってきた経緯が臭すぎたのだから、端からこいつらを正式面子に迎えるつもりなんか、俺にある訳がない。だから面倒であっても、いつでも切れる様にこうして用意してきただけに過ぎない。
昔馴染みの奴からはよく忠告されたもんだ。度を越えた用心は、無為に人を傷付けるぞ、と。
だが、今回はそれが功を奏した。
まぁ、馬鹿野郎が、隣の国で最強の剣舞踏士であり、<竜殺し>の二つ名を持つグランツが率いる徒党【北極星】でやらかした”前科”を俺は知っていたのだから、当然の備えではあったのだけれど。
「無駄な一年半、本当にご苦労さん。さて。じゃあ、お互いわかり合えた所で、さっさと出て行け。お前らの私物は後でギルドに纏めて送ってやる。疾く失せよ」
そもそも、今夜のこいつらの行動は最初から最後まであまりにも胡散臭すぎたのだ。
屋敷内で食卓を囲っているのに、酒を一滴も呑まず、何故かオフである筈なのに、まるで今から戦場へと向かう様に、得物を脇に携えフル装備でいたのだから。
一気に膨れ上がった殺気に反応し、俺はすぐさま動いた。
フォークをシルヴィアに投げつける。それは狙いから寸分違わず奴の肩の根元へと深々と突き刺さり、利き腕の腱を断った。
それと同時にナイフへありったけの暗黒闘気を通し、今正に剣を抜こうとするレジーナの右手首を寸前で斬り落とす。如何にぶ厚い装甲に覆われた重甲冑であれ、継ぎ目に刃を通せば斬り落とす事なぞ容易い。
スープの入った皿をクラウディアの顔面に投げ、鼻をへし折る。女だろうが、俺に敵対した時点で容赦なんか一切しない。
素早く跳躍し、テーブルの向こうに座るアンの横に立ち、奴の両の眼球へ指先を這わせた。このまま詠唱を続けるならば突き入れる。その警告を込めて。
ここまで来て漸く自身の置かれた状況を理解し、慌てて席を立ち剣を抜いた馬鹿野郎の右腕の肘関節から先を、俺は躊躇無く斬り落とした。
食卓に複数の絶叫が木霊する。
俺とこいつらの間には、単純にこれだけの技量差がある。だからこそ、端からこいつらなんぞ戦力として見れる訳が無かったのだ。
「今なら命までは獲らぬ。屋敷からすぐに出て行け。セバスっ! お客様方がお帰りだ」
家宰を呼び、”元臨時面子”達を、屋敷から追い出す。技量が低いとはいえ、一応は僧侶が面子にいるんだ。俺が斬り落とした部位もすぐにくっつくだろう。
まぁ、少なくとも馬鹿野郎とレジーナの右手はもう二度と使い物にならんだろうが。わざと関節部から切断してやったのはその為だ。複雑に入り組んだ腱を再建する技術を求めるのには、クラウディアでは些か酷な話だろう。
所詮色欲に溺れ、日々の鍛錬を忘れた奴なんか、糞の役にも立たんのだから。
「……で。お前はどうする、ヴィオーラ?」
今まで終始我関せずと一人無言で厚切り肉と格闘していた戦乙女を、俺はじろりと睨みつけた。
あの馬鹿野郎の言葉に迎合しなかったし、彼女だけ装備を纏わず平服でいたので見逃してやったが、こいつも俺に言わせればアイツらより多少はマシであっても、正直言って足手纏いだ。一緒に居なくなってくれた方が動き易くなってありがたい。
「え? 何言ってるのレグ? あたしはあの馬鹿達が来る前からここの面子じゃないの」
「あ、あぁ。確かにそうだが……」
言われてみれば馬鹿野郎と、そのとりまき達よりもヴィオーラは半年ばかり前から俺の後ろをチョロチョロしてたのは事実だ。まさかこのゴタゴタに全く動じないとは思ってもみなかったが。
「でしょ? そりゃ、あたしはアンタより弱いわ。でも、それでもアンタの背中を護る位はできるつもり」
赤葡萄酒のボトルを傾け、デカいジョッキに手酌しながらヴィオーラは不貞不貞しくも自身満々にそう宣う。
正直それを真っ向から否定したい所ではあるのだが、態々水を指すのも悪い気がしたので黙っておく。
戦乙女は、狙撃手並に珍しい上級称号職で、槍と盾、または両手剣を携え、光属性の回復・攻撃・支援魔術をも巧みに操る攻撃型万能前衛だ。
こんな偏屈な単独思考を持つ冒険者の後ろを態々着いて回る必要なんか全く無い、望めば引く手数多の花形的前衛職でもある。
「それに、アンタに着いていけば、あたしはもっと強くなれる。【暁】にいれば、嫌でも強い魔物と戦えるんだし」
「ああ。それに関しては保証する。この街で討伐の依頼は、まず俺に指名が来るからな。だが、今まで通り、討伐は俺単独でやるぞ?」
馬鹿野郎とそのとりまき共はギルドランクで言えば、精々下から二番目の鉄か、三番目の鋼鉄級だ。それより三階級上にある黄金級の俺が請け負う仕事に付いてこれる訳なんか無い。
そろそろ昇級試験の資格を得るであろう彼女も、未だ鋼鉄級なのだから当然討伐依頼に連れてなんかいけない。危ないからな。
ギルドランクがそのまま強さとイコールという訳ではないが(あの馬鹿野郎はどう考えても欄外……見習いの銅だが、何故か鋼鉄級だし)、世間一般で言えば一応の客観的目安になるのも、また事実だ。
色々と足りない部分や欠点が無くはないのだが、彼女はすでに鋼鉄以上の技量を持ってるであろう事は疑うべくもない。焦らずとも近い将来、銀級までには到達できる筈だ。今から無駄な危険を冒すべきではない。
「だよねぇ……ああ、早く次の昇級試験の案内が来ないかなぁ……」
いくらナイフをギコギコと前後させても全然切れない肉に業を煮やしてか、忌々しげにフォークを突き刺し、ヴィオーラはそのまま齧り付いた。
「焦る必要はない。お前ならすぐにでも昇級できるだろうさ」
……だから、他の徒党へ行ってもう少し経験を積め。そう続けるつもりだった。
「そっかー……うん、アンタがそう保証してくれるなら、あたしこれからも頑張るかんねっ。ね? ね? じゃあ、明日からビシバシ鍛えてよ。二人で【暁】の名声をもっと高められる様に……ね?」
「はぁ……こうなっては致し方なし、か」
結局、なし崩しでなぁなぁのままの”臨時面子”相手に溜息を漏らし、渋々俺は首肯した。
またあの馬鹿野郎みたいな下心ありありの無能に延々後ろを付き纏われる位ならば、多少才能の芽があって信用のできる若者を数名、徒党の面子に迎え入れてしまう方が健全なのかも知れない。
「ま。成るように成るだろうさ」
確実に俺の事を逆恨みしているであろう馬鹿野郎と、その取り巻き共の対策も早急に考えねばならないだろうし、とうぶんは忙しい日々になるだろう。
グラスに注ぐ面倒を省いて赤葡萄酒のボトルに直接口を付け喉を潤し、新しく用意させたナイフとフォークを持って、食べ頃からすっかり冷めてしまい残念になった厚切り肉へと俺は意識を向けた。
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