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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第二章 
8/63

人生が二度あれば

私が清彦さんを守る、そう藍子は宣言したが、藍子と清彦の関係はクラスメート以上には発展しなかった。週に二度の語学クラスで顔を合わせ、立ち話をしたり、時にライブに誘って貰えるだけで十分だった。清彦さんと恋人になりたい、そんな事を口にしたら友達ですらいられなくなる。私の思いは一生届かない、でもこれで良いんだと自分に言い聞かせた。


藍子は大学二年生になった。成人となった藍子達は大手を振って飲酒が出来るようになる。そして合気道は二段へと昇段した。

年末、道場近くで藍子達は忘年会をした。藍子はジントニックばかりを飲んでいる。師範の天水は日本酒で頬を赤らめ、

「最近の若い人は夢がないからなぁ」

と説教口調だ。

「夢ですか・・・・。」

藍子は気の無い返事をして天水の猪口に酒を満たす。女の夢なんて子どもが出来たらそれでおしまいだ。子連れの女に出来る仕事なんて限られる。それに、いつも祖父の顔色ばかりを伺う両親の姿を見ていたら、夢なんて見るだけ無駄だと思うのだ。


  家業のアルミ建具製造会社は敬三が起こした事業だった。主に玄関の枠を作業場で組み立てている。敬三は七十歳になったのを汐に家業を息子の幸司、つまり藍子の父親に承継させた。しかし自宅敷地内にある会社には未だに顔を出し実権を握り続けている。勿論百々子のピアノも敬三の意向だ。藍子も高校生までピアノ教室に通っていたが合気道での怪我を理由にレッスンを休み続けていたら、教師の方から辞めてもいいのよと言ってくれた。藍子に異存は無くその場でピアノを辞めた。楓に至ってはピアノ教室すら不登校である。


「僕はね、自分の夢は全て叶えて来たぞ」

天水は誇らしげに言う。

「薬剤師の資格も取ったし、合気道の師範にもなった」

「前々から不思議だったんですけれど、先生は薬剤師なのに何でIT企業勤務なんですか?」

同じくアルコールで顔を赤くした大悟が尋ねる。

「ふむ、良い質問だ。それはね、薬剤師ならば歳を取っても出来るだろう?IT企業には若い時しか入社できないし、若い時しか習得できない技術や知識もある。だから今の会社に入社したんだ。意外と薬剤師の有資格者が役所や一般企業に勤務する事は珍しくないんだよ」

天水は大悟に酒を汲んだ。そして話を続ける。

「とは言えね、やっぱり僕の天命は医学や薬学を極める事だと思っているんだ。でもコンピューター技術の革新にもずっと関わっていきたいし、この道場から師範を輩出したいと思っている。僕はもうすぐ四十になるんだけどね、夢が膨らむばかりだ」

天水は猪口を開けた。そしていつもの口癖を言う。

「人生が二度あればいいのにな」

そんな天水の理想論を妻の美紀は静かに聞いている。天水が好きな事をしているのは美紀の支え故だと門下生は皆思っている。まさに夫唱婦随。こんな夫婦になりたいと藍子は思う。そして藍子の夫となる男性は清彦以外考えられない。と言う事は私の夢は清彦さんと家庭を持つ事か。しかしお付き合いもしていないのに、結婚など気が早すぎやしないだろうか。藍子がそんな事を考えていると、天水は空いている猪口を藍子に寄越し、そこに日本酒を満たした。藍子は猪口を口に運んだ。

「それはそうと鵜飼さん、土曜日はいやにめかし込んで道場からすっ飛んでいくけれど、何処に行っているの?」

天水の問いに藍子は日本酒を噴き出しそうになる。

「いえ、あの、高円寺に。応援しているブルーズバンドがあって・・・・・」

藍子はしどろもどろだ。天水はからかうように

「女性の場合、好きな人と結婚して子どもを持つというのも大切な夢だぞ」

「そんな、結婚なんてまだまだ先で・・・・」

藍子は頬が熱くなり、両手で顔を覆ってしまう。

「若いんだから、何でもチャレンジだよ。恋愛でも勉強でも。ガムシャラに夢を追えるのは今しかないからね」

天水は弟子全員に言い聞かせた。

静かにワインを飲んでいた紗羅が呂律の回らぬ口で、

「私の夢はぁ、・・・・・what should I say(なんて言ったら良いのか)」

自分の夢とやらを英語で捲し立てた。天水は紗羅に合わせて英語で受け答えをしている。幼少期を海外で過ごした紗羅にとって、自分の気持ちを表現するのは英語が最も適切だという事か。嫌味な女だ。藍子は横目で紗羅を見た。

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