奇跡を信じて
ある日の夜、家に電話が入った。
隣町に住むうちのおばあちゃんが、階段からこけて骨折してしまったというショックなニュースが入ってきた。
おばあちゃんは、そのまま救急車に運ばれて、入院を余儀なくされた。
なので、あたしとお母さんは、明日、お店を休んでお見舞いに行くことになった。
やはり、病院というのは、気がめいるな。
こんなに広いところで、ひとりぼっちじゃ、おばあちゃんも寂しいにちがいない。
と、思ったけど、病室には他の患者の人もいて、おばあちゃんはすごく楽しそうだった。
好きな相撲の話や病院でだされる料理がまずいとか、すごく話が盛り上げっている。
「おばあちゃんは、元気やから心配せんでええよ」
にっこり笑うおばあちゃんをみて、あたしもお母さんも安心した。
やっぱり、気の合う友達って人生で必要だよな。
あたしは、クマおじさんやあゆみを思い返した。
「あたし、飲み物を買ってくる」
自動販売機をきょろきょろ探しながら、歩いていると、急に病室から飛び出してきた人とぶつかってしまった。
「あ、すみません。あっ」
思わず、声がひっくり返った。
河野先輩だった。
何でこんなところに?
あれ、先輩、泣いてる?
「見るなっ」
河野先輩は、そのまま走っていった。
何? どういうこと?
先輩が出てきた病室から、少し年配の女性が出てきた。
「困った子ね……」
深く、ため息をついて、肩を落とした。
「ごめんなさいね、今、あなたにぶつかちゃったわね」
「いえ、あたしは、全然。びっくりはしたけど……」
「あなた、中学生?」
女性は、ニコらかに話しかけてくる。
すごく、上品な感じだ。
「はい、○○中学の西野と言います」
「あら、○○中学ってことは、あの子のことも知ってるわよね。一応芸能人だものね」
「ええ、もちろん」
それどころか、その芸能人にすごく嫌われているんですが……。
「初めまして、わたし、あの子の母で、河野すみれと申します」
母? 河野先輩のお母さん?
あたしは、再びびっくりした。
「は、初めまして」
意外だった。
てっきり、もっと若いお母さんだと思ってたから。
「あなたもご家族のお見舞いに来ているの?」
「そ、そうなんです、うちのおばあちゃんが、骨折しちゃって……」
まだ、びっくりしていて、上手く話せない。
「あら、それは大変ね。きっと、すぐに良くなるわ」
すみれさんは、しだいに表情が暗くなった。
「それに比べてうちは夫がね……」
すみれさんは、大きく溜息をついた。
夫てことは、河野先輩のお父さん?
なんだか、これ以上、はいりこんではいけない気がするけど。
「少し、あっちで話さない?」
「は、はい」
あたしは、気になっていた。
河野先輩がどうして泣いていたのか。
優しかった河野先輩の態度が急に態度が変わってしまったこととなにか関係があるのかもしれないと。
そして、うちのケーキ屋を悪魔のケーキ屋と掲示板に張り付けた犯人にたどりつけるかもしれない。
河野先輩のお父さんは、病気ではなかったけれど……。
「記憶喪失?」
そんなものは、実際は映画やドラマでしか起きないと思っていた。
「そう、買い物に行く途中で、車と接触してしまって、幸い命に別状はなかったけれど、頭を強く打ってしまって、その影響で、わたしやゆうきのことだけが分からなくなってしまったの。自分がラーメン屋を経営していたことは覚えてるんだけど……」
この時は、やっと河野先輩が泣いていた理由が分かった。
芸能活動を休止したのも分かる。
「面会に来ては昔の話をしてるんだけど、まったく思い出さなくて、もうどうしたらいいのか」
すみれさんは、目をつぶって黙ってしまった。
「最近は、ゆうきも、お父さんに会うことが怖くなって、さっきみたいに病室に入ることもできなくなったの」
「どうして、そんな……」
「あんたのせいだよ」
「え?」
河野先輩が、すぐ後ろに立っていた。
「うちの父さんは、あんたの店のケーキを買いに行く途中で、事故に遭ったんだ。あんたの店さえなければ、こんなことにはならなかったんだよ」
「ゆうきっ」
すみれさんが、大声を出すと、河野先輩は走り去ってしまった。
そうだったんだ。
あたしは、河野先輩の態度が急変した理由が分かった。
「そう、あなたのお母さんのお店だったのね。すごく美味しいケーキがあるって、ゆうきが何度も買って来てくれていたの」
すみれさんは、一瞬驚きの表情を出したが、すぐに笑顔を取り戻し、話を続けてくれた。
「それで、私たち夫婦、そろってあのお店の大ファンになっちゃったの」
すみれさんは、ずっと笑顔のままだ。
「ゆうきのいったことは、気にしないで。あなたはなにも悪くないんだから」
あたしは、すみれさんの言葉に正直、ほっとした。
「ただ……」
すみれさんの表情は曇った。
彼女はバッグから、1通の手紙を取り出して、あたしにそっと差し出した。
この手紙、香水?のような甘い香りがする。
「これは、ゆうきには黙っておいて」
「あたしたち夫婦は、ラーメン屋を経営していて、生計を立てて暮らしていたんだけど、うちに何通か手紙が送られてきて……。中を読んでみて」
(ラーメンアイドルは格好悪い)
(アイドルにラーメンはいらない)
(ラーメン屋なんて、つぶれてしまえ)
「ひどい。なによこれ。だれが、こんなものを?」
「差出人が書かれていないの」
すみれさんは、力なく答えた。
「主人は、これを見て、自分がラーメン屋であることが、ゆうきの邪魔になっていないか、心配するようになったの。あたしは、こんなイタズラ気にしなくてもいいって、言い続けていたんだけど、ずっと悩み続けて……」
すみれさんの表情は、どんどん曇って行く。
「ひょっとして、事故に遭ったときも、このことを考えていて車と接触してしまったんじゃないかと思うの」
「ひどい、絶対に許せない。」
あたしは、全身が、熱くなっている。
「ごめんなさい。こんなこと、あなたには全く関係ないのに。すっかり、話し込んじゃったわね。良かったら、また、話し相手になってくれないかしら?」
「ええ、もちろんです」
あたしも、おばあちゃんの病室に戻る途中、病室の前で立ち止まっている河野先輩を見つけた。
きっと、まだお父さんと話すのが怖いんだ。
立ってるのが、やっとという感じだ。
さっきまで、あんなに偉そうに、あたしに怒鳴ってきたくせに。
すみれさんの表情は曇った。
彼女はバッグから、1通の手紙を取り出して、あたしにそっと差し出した。
この手紙、香水?のような甘い香りがする。
「これは、ゆうきには黙っておいて」
「あたしたち夫婦は、ラーメン屋を経営していて、生計を立てて暮らしていたんだけど、うちに何通か手紙が送られてきて……。中を読んでみて」
(ラーメンアイドルは格好悪い)
(アイドルにラーメンはいらない)
(ラーメン屋なんて、つぶれてしまえ)
「ひどい。なによこれ。だれが、こんなものを?」
「差出人が書かれていないの」
すみれさんは、力なく答えた。
「主人は、これを見て、自分がラーメン屋であることが、ゆうきの邪魔になっていないか、心配するようになったの。あたしは、こんなイタズラ気にしなくてもいいって、言い続けていたんだけど、ずっと悩み続けて……」
すみれさんの表情は、どんどん曇って行く。
「ひょっとして、事故に遭ったときも、このことを考えていて車と接触してしまったんじゃないかと思うの」
「ひどい、絶対に許せない。」
あたしは、全身が、熱くなっている。
「ごめんなさい。こんなこと、あなたには全く関係ないのに。すっかり、話し込んじゃったわね。良かったら、また、話し相手になってくれないかしら?」
「ええ、もちろんです」
あたしも、おばあちゃんの病室に戻る途中、病室の前で立ち止まっている河野先輩を見つけた。
きっと、まだお父さんと話すのが怖いんだ。
立ってるのが、やっとという感じだ。
さっきまで、あんなに偉そうに、あたしに怒鳴ってきたくせに。
お父さんのことは、気の毒とは思うけど、このままじゃなにも変わらないじゃない。
このまま、逃げているだけじゃ、なにも変わるわけがない。
この時、あたしは、はっと気がついた。
(今のあたしと一緒だ)
あたしは、河野先輩と自分が同じ状況にいることに気が付いた。
学校や友達から逃げている自分と先輩が似ていることに。
あたしも先輩もこのままじゃ、だめだ。
言わなくちゃ、だめだ。
「よわむしっ」
あたしは、もう我慢できない。
「今、なんて言った?」
よく、聞こえなかった河野先輩にもう一度、はっきり伝えた。
「よわむし、よわむし、よわむし」
「⁈⁈⁈」
先輩は、怒るとおもいきや、口を開けてポカーンとしている。
人気絶頂のアイドルが、こんな冴えない女子に弱虫と叫ばれるなんて、ショックで言葉にならなかったようだ。
「いつまで、そんな所にいるのよ。じっとしてるだけじゃ、なにも変わるわけがない」
強気に言った割には、先輩に対する緊張なのか、あたしの唇はふるえている。
だけど、もう、ほっとけない。
「先輩ができないなら、あたしが、お父さんの記憶を取り戻してみせます」
ここで、ようやく先輩の表情がいつも通りに戻った。
「はっ、笑わせんなよ。おまえなんかに、何が出来るっていうんだよ」
そして鼻で笑われてしまった。
でも、もうこっちも逃げてなんかいられない。
「もし、お父さんの記憶を取り戻せたら、あの掲示板に書かれていたことが、デマだと言うことをちゃんとみんなの前で説明して欲しいんです。先輩が言ってくれたらきっと分かってくれるはずだから」
「勝手に決めるなよ。今は、それどころじゃないんだよ。おまえのケーキ屋がつぶれようが、どうなろうが知ったことか」
つぶれようが?
あたしは、カチンと来て、河野先輩をにらみつけた。
「あたしにとって、お店は宝なの。人生をかけて守りたいお母さんとあたしの宝物なの。それを守るためならなんだってやるわ」
河野先輩は、何か言いたげだったが、そのまま黙り込んでしまった。
「だから、河野先輩、約束してくれますか?」
「……分かった」
河野先輩は、ため息のように小さく答えた。
「じゃあ、明日、また来ます」
「て、おい、今日は、なにもしないのかよ」
ガクッと、肩から崩れるように突っ込んできた。
「まずは、帰っていい作戦を考えないと」
あたしは、せっせと帰って行った。
「せいぜい、頑張れよ」
先輩の声が耳に残る。
家に帰りつくと、机のイスに座り込む。
さあ、どうしよう?
あんな偉そうなことを言っておいて……。
よし、まずは、おじさんと仲良くなろう。
ますは、そこからだ。
それで、おじさんとの話の中で、ヒントを見つけていこう。
それに、うちの大ファンだっていうなら、もしかしてうちのケーキを食べたら記憶も思い出すかもしれない。