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夕焼け色のハッピーエンド  作者: ドラ太郎
2/7

あたしでもできること

次の朝、あたしはいつもより、早く目が覚めた。


お母さんに、今日から学校に行かないことを告げなければいけない。

これは、あたしにとって大事なことなんだ。

お母さんのお店を守るため、友達を守るため、そして自分自身の為。

普通の親なら、甘えるなって怒鳴り散らすか、なにがあったのか学校に押しかけていくかもしれない。

もしかしたら、情けないあたしをみて泣き出すかもしれない。

でも、もう言うしかない。

 あたしは、1階のお店へ向かい、開店準備をしているお母さんに近づいた。

「あら、おはよう。どうしたの? こんなに早く」

「あ、あのね、お母さん、あたし、実は……」

やばい。声が震えてる。

それでも、精一杯、勇気を絞り出す。

「あたし、学校に行かないことにしたの」

ついに言ってしまった。

地面を見つめたままで、お母さんの顔を見ることが出来ない。

あたしはそのまま固まってしまった。

すると、

「分かった」

お母さんからすんなり許可を得て、あたしはひょうしぬけした。

「もうっ、急に、朝早くくるからお母さんびっくりしちゃった」

お母さんは、一瞬止まった手を再び動かし、開店準備を続けた。

「お母さん、怒らないの?」

「別に。ともこは今までどんな時でもちゃんと休まず学校に行ってたんだよ。そのともこが学校に行かないなんてよほどのことがあったんでしょ?」

お母さんは、優しく微笑みかけてくる。

やばい、泣きそうだ。

「なにがあったか知らないけど、学校に行けるようになるまで、家にいればいいよ」

「……うん、うん」

「ただし、問題が解決したらちゃんと学校にも行くこと。これが約束。いいね?」

「もちろん。ありがとう。お母さん」

お母さんって、やっぱりすごい。

娘のあたしのことなんて、なんでもお見通しだ。

お母さんは、ふふっと笑って、あたしの肩に手を置いて、

「じゃあ、今日から、一緒にがんばろうね」

「へ?」

がんばる?

「当たり前でしょ? 何もせずに美味しいご飯がたべられるなんて、思っちゃダメ」

お母さんは、お店で使うピンク色のエプロンを取り出して、あたしに渡した。

「今日から、お店を手伝ってもらいます」

「え~っ?」

この展開は、読めなかった。

「あたし、中学生1年生だよ? まだ子供だよ? 子供を働かせるの?」

「何言ってんのよ。子供が親のお店を手伝って何が悪いの。さあ、早く、お店の看板、外に出して来て」

その日から、あたしはあっけなく、お母さんのケーキ屋を手伝わされることになった。

 まさか、こうなるとは……。

でも、よく考えるとこれは、チャンスかもしれないことに気付いた。

河野先輩が、うちのケーキ屋を憎んでいるなら、向こうから文句を言いに接近してくるかもしれない。

こうして、お店に出ている方が、チャンスを逃さずに済むし、なによりお母さんの役に立てるし、一石二鳥だ。

なんだかちょっと、ワクワクしてきた。

今までは、お母さんが、ケーキを焼接客を任されることになった。

これで少しでも、お母さんの役に立てればいいけど。

 一通りレジの操作、掃除の仕方、ケーキの種類と配列の仕方を教わり、あとは待機のみ。

開店して、10分後、初めてのお客さんがやってきた。

ドキドキドキする。

「い、いらっしゃいませ」くのも、接客もすべてやってきたけれど、あたしは、


やばい、声が裏返った。

「あら、こんにちは」

近所に住む、顔なじみのあるおばさんがやってきた。

町で見かけたら、必ず声をかけてくれる優しいおばさんにあたしは、少しだけホッとした。

「ともこちゃん。お店のお手伝いをしてるの?」

「はい、ちょっと、いろいろあって、学校にいけなくなってしまって……」

つい、本当のことを言ってしまった。

学校もいかない変な子だと思われたかもしれない。

それとも、イジメにあった可哀そうな子どもと思われたかも。

あたしは、おばさんの顔を見れずにうつむいてしまった。

「えらいわねー。その年で、お店のお手伝いができるなんて」

おばさんは、ニコッと笑って、誉めてくれた。

「今日は、家にお客様が来るから、その時にお出しするケーキを買いに来たんだけど、思い切って、おばちゃんの分も買って帰ろうかしら、あと旦那の分も」

「あ、ありがとうございます」

「ダイエットしてるけど、なんだか我慢できなくなっちゃった。あ~あ、今までの苦労が水の泡になちゃうわね」

あたしは、ハッと思いついた。

「それでしたら、こちらのケーキはどうですか?」

お母さんが、新作で作ったケーキを思い出した。

「生クリームは使っていませんが、新鮮な卵をたっぷり使ったシフォンケーキでございます」

「シフォンケーキ?」

「はい、すごくシンプルですが、毎朝、取れたての卵だけで作っているので、すごく、ふわふわで、だけど、甘さも控えめなので、ダイエット中のお客様や男性にもお勧めなんですよ」

あたしも食べたことがあるけど、これは本当に美味しかった。

自信を持って、勧めることが出来た。

「これっ、買うわ。いや、買います」

おばちゃんは、少し興奮気味にケーキを指差して、3つも買ってくれた。

「じゃあね、ありがとう」

嬉しそうに、お店を出て行った。

おばちゃんの背中を見て、なんだか、すごく胸がいっぱいになった。

「はじめてにしては上出来かな」

お母さんが、裏方から、ケーキを持ってやってきた。

「すごい緊張した。でも……、」

「でも?」

「ちょっと楽しいかも」

「ふふ、そうでしょ? なんなら、学校行くようになってもお店手伝ってくれてもいいのよ?」

「ん、考えとく」

やっぱり、このお店は、あたしたちの宝ものだ。

(ケーキ屋・ひまわりは悪魔のケーキ屋)

学校のあの掲示板が頭によぎった。

絶対に犯人を許せない。

このお店は、あたしが守る。

 とはいっても、こうしてお店に出て、お客さんの相手をして、不審な奴がこないか、または河野先輩がくるまで待つしかないのかな。

 そんなことを考えている間にも、お客さんは次から次へとお店にやってくる。

実は、うちのお店には、お客さんがお店でも食べられるように、外にテラス席を設けてある。

今は、気候的にも丁度良く、今日もたくさんのお客さんが、テラス席でケーキの味を楽しんでくれる。

あたしが、学校に行っている間、こんなにもうちにお客さんが来ていたんだ。

お母さん、一人で頑張ってたんだ。

決めた。

 今回の事件が、解決した後も、あたしはお店を手伝う。

お母さんを少しでも、楽をさせてあげたい。

 ふと気が付くと、時計は4時を回っていた。

「ともこ、お疲れ様。そろそろお店しめようか?」

お母さんが、裏方から出てきた。

もうお店を閉める時間だ。

「看板、中に入れてくれる?」

「分かった」

その時だった。

ドアのチャイムが鳴った。

「あ、すみません。もう、閉店の時間で……」

「ともこっ」

聞き覚えのある声。

あゆみだった。

「へへ、来ちゃった」

あ、上手く言葉が出ない。

もう、来てくれないと、もう友達と思われていないことも覚悟していたから。

「お店、手伝ってるんだ?」

ともこは、嬉しそうに店内とエプロン姿のあたしを見ている。

「まあね、学校にも行けないし、せめてお店の手伝いをしようと思って。でも、すごく楽しい」

「そっか、良かった。良かった」

ともこは、感心しているようだ。

「ところで、お店に河野先輩来たの?」

「ううん、まだ。ていうか、本当に来るかもわからないし、学校でもなにか話は聞かない?」

あゆみは、首を力なく横に振る。

「どこで何してるんだろうね」

あゆみは、どことなくイライラしているみたいだ。

「ともこ、まだ、学校に戻って来れそうにない?」

ドキッとした。

「まだ、無理だよ。あの掲示板の犯人も見つかってないし、河野先輩の誤解も解かないと、今戻っても……」

クラスメイトどころか、学校中の生徒が、あたしのことを悪魔の子と呼んでいた。

そんなところに、戻るなんて絶対いやだ。

怖くて、苦しく、こんなに辛い思いをするくらいならいっそ……。

「あんな、学校、なくなっちゃえばいいのに」

あたしが、言おうとしたことをともこがさきに言った。

「ともこをこんなに苦しめる所なんてこの世からなくなっちゃえばいいんだ」

「だめよ。そんなこといっちゃ」

だけど、うれしくて言葉がつまる。

「じゃあ、あたし、帰るね、また来るからね」

「あ、うん」

あゆみが、帰る際に、

「ともこ、これ」

お母さんから、ケーキ二皿とオレンジジュース2つを乗せたトレイを渡された。

「せっかく、来てくれたんだからさ」

そのケーキは、あたしは初めて接客したシフォンケーキだ。

「ありがとう。お母さん」

手にグッと力が入る。

「まって、あゆみ」

あたしは、急いであゆみを引き留めた。

「これ、うちのお勧めのケーキ。外のテラスで食べよう」

「え、おいしそうっ」

あゆみは、ぱっと笑顔になった。

「あ、でも、あたし今、お金持ってなくて……」

すぐ、しょんぼりした顔になった。

「いいから、いいから。おごってあげる」

「本当? 本当に 本当? じゃあ、遠慮なく」

また、ぱっと、笑顔になった。

単純だな。

でも、この感じ。

やっぱり、あゆみがいるとなごむな。

あたしたちは、店先のテラス席で、お母さん特製のケーキを一緒に味わった。

 辺りは、すっかり夕方になっている。

今まで、こんな時間に、こんなところに座るなんてこと、無かったけど。

秋風が、ふわっと流れてくる。

周りの建物や道路は、全部夕焼け色に染まっている。

やっぱり、夕焼けは、あたしに力を与えてくれる。

胸の中が、暖かくなり、あたしはフォークをお皿に置いた。

「ともこ、どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

あたしは、ひそかに決意した。

(もっと、強くならなきゃ)

 あたしは、次の日も、その次の日も、お店を積極的に手伝った。

ある日、あたしの接客を誉めてくれたお客さんがわざわざここを紹介してくれて、新しいお客さんが、来てくれることもあった。

本当に嬉しかった。

とにかく、お店の評判を上げることだけを考えて、がむしゃらにがんばった。

実は、つい最近、お母さんがポロリと口にした言葉がある。

「なんか最近、若い女の子たちのお客さんが少なくなってない? 気のせいかしら?」

確かに、以前は、部活帰りの女の子たちが、よくうちのケーキに買いにきていた。

だけど、最近は、そんな女の子たちの姿を夕方に見かけなくなってしまった。

 もしかしたら、あの掲示板のせいで、お店の悪いうわさが流れているのかもしれない。

だから、そんなデマを吹き飛ばすように、ただひたすらお店の評価を上げたかった。

 このお店の評判が上がれば、あの掲示板の犯人も面白くないはず。

これが、あたしなりのお店の守り方だ。

 お店の手伝いを始めて、もう2週間が過ぎた。

最初に比べると、自分でいうのもなんだけど、だいぶ仕事が出来るようになってきた。

 お客さんも少しずつあたしの顔を覚えはじめて、買い出しの途中でばったりあった時にも気さくに声をかけてくれることもあった。

知り合いが、できるのはすごくうれしいことだ。

 だけど、同性代の女の子たちが、楽しそうに並んで歩く姿を見ると、胸が少し痛んでしまう。

学校を逃げてきたあたしには、そんな資格ないのに。

 そういえば、あゆみも一緒にケーキを食べた日以来、お店に来ていない。

どうしたんだろう。

 それから、数日が経ったある日。

「おつかれ、ともこ」

あゆみが、やっとお店に来た。

新作のケーキも味見してほしかったし、今回は、あたしがお母さんに習って、作り上げた渾身のケーキだった。

だから、どうしてもあゆみに食べて欲しかった。

「ねえ、良かったら、またケーキ食べて行ってよ」

あたしのテンションはものすごく上がっている。

「あ、ごめん。今日、約束があるから、すぐ帰らなきゃ」

「約束?」

すぐ帰ることが分かって、上がっていたテンションは、急降下で下がっていく。

「あたし、放送部に入ったんだ。それで今日、同じ部活の子が歓迎会をやってくれるんだって」

「あ、そう……なんだ。放送部に? あゆみが?」

一体どういうこと?

学校から帰るのが遅くなるから、部活には絶対に入らないって言っていたのに。

あゆみは、どこか照れ臭そうにしながら話を続ける。

「あたし、最近、なりたいものが見つかったんだ」

「なりたいもの?」

あゆみは、もじもじしながら答えた。

「ニュースキャスター」

「ニュースキャスター? あゆみが?」

意外だった。

あまり、人前で話をすることが好きじゃないと以前、言っていたあゆみが?

「ずっとカッコいいなって思ってたんだ。あらゆるニュースを的確に冷静に伝えて、人々の暮らしの手伝いをする。絶対になりたいと思った」

あゆみのきらきらした目を見ると、なにか、心の中がもやもやしてくる。

「昼休みに、学校内や地域で起きたニュースを読み上げることにもなったから、これから練習しないとね。ほら、さっきも先輩から特ダネの写真がスマホに送られてきたんだ」

あゆみは、うれしそうにスマホの画像を見せつけてきた。

「そっか、大変そうだけど、がんばってね」

「うん。ともこもケーキ屋さん、がんばってね。またくるから」

 あゆみはあたしが、学校に行っていない間も友達の輪を広げて、どんどん先に進んでいる。

彼女は、すごく優しいし、人を和ませることに関しては、ぴか一だから、先輩たちにも可愛がってもらえると思う。

 部活を通して、友達も今よりもっとたくさんできると思う。

だから、あゆみにとってのあたしは、大勢の中の友達の一人になってしまうんだろうな。

 あたしは、ぼんやりと、外を眺めている。

「ともこ、ごめん。お店の看板、入れといてくれる?」 

お母さんが、閉店準備を促してくる。

 あたしは、外に出て、看板を入れる途中、雨が、ぽつんとぽつんと降り始めた。

今日は、朝からずっと曇り空だったが、ようやく降り始めた。

お母さんと一緒に、テラス席のテーブルとイスも急いでお店の中に入れ込んだ。

雨は、勢いを増して、どんどん強くなっていく。

「お~、すごい雨だね へ~ すごい。すごい」

お母さん? ちょっとうきうきしてませんか?

あたしたちは真っ白のタオルで、頭をふきながら外を見ている。

バケツをそのままひっくり返したような勢いのある雨。

だけど、不思議なことに、この雨音を聞いていると心が落ち着いてくる。

この雨が、あたしの心の中の嫌な思い出も、不安な気持ちもすべて洗い流してくれそうな気がした。

「恵みの雨だよね。この辺の道路の汚れも全部、洗い流してきれいにしてくれるよ。きっと」

「……あたしもそう思う」

あたしにとっても、恵みの雨だ。

私の乾いた栄養不足の心もだいぶ、うるおった気がする。

 学校に行けなくなって、友達にも嫉妬していたあたしの心はとにかく、乾燥していたと思う。

「風邪をひいたら大変だから、早く、着替えてきなさい」

「うん、ありがとう。お母さんもね」

着替え終わった後、すぐに夕食の時間になった。

今日は、久しぶりの鍋。

(ちゃんこなべ)だった。

「わ~、嬉しい」

「最近、寒くなって来たからね。だんだん、冬が近づいてきたね」

はあ~、幸せだな。

体中が、ぽかぽかしてくる。

「お母さんっ」

「ん?」

「今度、あたしにもこの鍋の作り方、教えて」

「いいけど。どうしたの、急に。まさか、好きな人にご馳走してあげたいとか?」

お母さんは、ニヤニヤしながら聞いてくる。

「そんなんじゃないよ」

あたしは、全力で否定した。

ただ、お母さんみたいに料理ができたら、かっこいいし、自分が料理が出来たら、お母さんだって、楽をさせてあげられるかもしれないから。



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