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夕焼け色のハッピーエンド  作者: ドラ太郎
1/7

どうしてこんなことに?

「よし、そろそろ、帰ろうかな?」

辺りを見わたすと、夕日の光が公園の芝生を赤く染めていく。

あたしは、サッカーボールを拾い上げベンチに座り込んだ。

持ってきたタオルで、顔の汗を拭き上げ、残りのスポーツドリンクを一気に飲み干す。

 あたしの唯一の趣味で、最大のストレス発散方法でもあるサッカーボールの壁当て。

中学1年にもなって、しかも女子でこんなことする奴なんて今時いないだろうな。

 だけど、クラスの女の子たちみたいに、おしゃれに興味ないし、アイドルにも興味がない。

……あたし、男の子になりたかったな。

 そうすれば、絶対サッカー部に入って、練習しまくってたくさんの試合に出てやるのに。

大好きな少年漫画の話だって、クラスの男子に交じって、夢中でおしゃべりするのに……。

あ~あ、女の子って、つまんない。

あたしは、深く溜息をついて、そのまま立ち上がった。

 さっきまで、汗でぬれていた髪もすっかり乾いている。

やっぱり、ショートヘアーにして正解だった。

お母さんは、男の子みたいだと何度も残念そうに言っていたけど、 あたしはこれがいい。

 風が、ふわっと吹きぬける。

9月も後半に入って、一気に過ごしやすくなった。

 上を見上げると、夕焼け色の空が広がっていた。

きれいであたたかい、あたしの大好きな色。

夕日には、人を元気にする不思議な力があると思う。

明日からまたがんばらなくちゃ。

すっかり元気を取り戻したあたしは、夕日が消える前に速足で家に向かった。

次の日、いつもの通学路で激しい音が鳴り響く。

大規模な道路工事が行われ、ヘルメットをかぶったおじさんたちがうろうろしている。

そのため道が一時封鎖され、学校まで大きく遠回りをしなくちゃいけない。

音はうるさいし、工事のおじさんたちも、泥だらけでなんだか不潔で……。

道路工事なんて、大嫌い。

ぶつぶつ文句を言いながら速足で、学校に向かった。

やっと、たどりついた校門付近から、ある人物の名前があちこちから聞こえてきた。

「河野先輩が今日、来るんだって⁈」

同級生の女の子たちや、先輩たちもキャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいる。

河野先輩……、本名、河野ゆうき。

 雑誌やTVのCMに引っ張りだこで、今のりに乗っている中学生3年生の男子アイドル。

 すごくイケメンだけど、昔野球をやっていたということで、適度にしまった体つきと右目下のほくろが特徴的で、他のアイドルとは一線をかく存在だ。

あたしは、基本的にアイドルには興味がなく、恋愛感情もまったくない。

だから、彼がどんなに売れても、あたしには全く関係がないと思っていた。

だけど、のちに彼は、親子で二人暮らしのあたしたち一家を救ってくれる救世主となった。

 教室に入ると、ひときわでかい声で騒いでいる女子がいる。

前田かおりだ。

前田さんは、クラスの女子の中でもリーダー的存在の女の子だった。

非常に体格が良く、バレーボールの授業でも、彼女のサーブを受けとめられる人はいない。

さらに力もあるので、男子とケンカをした際も、互角以上の戦いを見せつけた。

だから、誰も彼女に逆らおうとしないし、彼女の意見も誰も否定するひとはいなくなった。

例え、彼女の夢が、自分自身がアイドルになりたいということも。

何度もオーディションに応募しては、落選を繰り返しているようだけど。

「ねえ、どうしたら、先輩と仲良くできるかな?」

前田さんの顔はすでに恋する乙女の顔だった。

「えー、まずは、挨拶が基本でしょ?」

 やっぱりどんな女の子もアイドルには弱いな。

「おはよう、ともこ」

あたしの一番の友達で、おさなじみのあゆみが後ろの席からやってきた。

「朝から、すごいよね。」

あゆみは皆と違って、河野先輩にあまり興味がないらしく、冷静にみんなを観察している。

「でも、河野先輩ってさ、彼女がいるんだよね? 確か、小川先輩っていうきれいな人」

絶対に言ってはいけない言葉をあゆみはぽろっと言ってしまった。

あたしは、急いであゆみの口を手で覆ったが、もうおそかった。

 さっきまで、キャッッキャッしていた女の子たちは、シーンとなった。

「そんなのただのうわさに決まってんでしょ?」

前田さんが、するどい目つきであゆみにズカズカと歩み寄ってきた。

 腕を組んでにらみつけるかおりに、あゆみはただ固まるしかなかった。

「あ、ご、ごめん」

あゆみが謝っても、怒りで一杯の前田さんの頭には入ってこないらしい。

「適当なこと言ってんじゃないわよ。あんた、先輩から直接聞いたの?

証拠はあるの? え? どうなのよっ」

前田さんの鼻息がどんどん荒くなっていく。

あたしは、すぐに二人の間に入り込んで、あゆみを助けに入った。

「待って。この子、すぐにうわさ話を信じちゃうから、許してあげて」

「ふんっ。まあ、いいわ。今度、適当なこといったらただじゃおかないよ」

前田さんは、のしのしと自分の席に戻っていった。

「もう、ちゃんと空気読まなきゃ。」

「ごめん。ごめん。助かった。今度、またケーキを買いに行くから許して」

あゆみは手を合わせて、謝ってきた。

「んー、じゃあ、許してあげる」

それを言われたら許すしかない。

それに、あゆみだって、河野先輩と同様、うちを救ってくれた救世主なんだから。

実はあたしの家は、ケーキ屋・ひまわりというお店を経営している。

家の一階をケーキ屋に改装して、お母さんの手作りケーキやお菓子を販売している。

 三年前に、お父さんが亡くなり、一家を養うためにお母さんが始めたケーキ屋さんだった。

 当初は、なかなかお客さんも来てくれなくて、ケーキも思ったより売れなかった。

せっかく改装したのに、あたしもお母さんも、将来が不安になり、しまいには店を閉めようと思い始めたところに、河野先輩がやってきた。

 丁度、あたしが、学校から家に帰る時、すでに河野先輩は店でケーキを選んでいた。

サングラスをしていて、最初はだれか分からなかったけど、すぐに河野先輩だと分かった。

 もともと、河野先輩がスイーツ好きなのは、学校でもうわさにはなっていた。

全国の有名スイーツを取り寄せるほど、甘いものに目がないらしい。

だけど、まさかうちに来るなんて想像もしていなかった。 

「あれ? この子、このお店の子?」

河野先輩もあたしに気が付いて、お母さんに質問する。

「そうなんです。あたしの一人娘のともこです。仲良くしてやってください」

ちょっと、お母さん? よけいなことを。

「はじめまして、河野ゆうきと言います。一応、芸能人でモデルやってます」

そんなこと知ってるよ。と思いながら、できるだけ冷静さを保ちながら自己紹介を始めた。

「あ、あたしは、○○中学の1年生の西野ともこと言います」

「○○中学? 俺と一緒じゃん。あんまり学校に行けてないけど、よろしくね」

河野先輩は、そのまま近くに止めてあった大きなワゴンの車に乗り込み、去って行った。

もともとは、うちのケーキが目当てではなく、駅前にできた大きなケーキ屋さんに行くはずだったらしい。

だけど、そのお店がたまたま定休日で、どこかほかにお勧めのケーキ屋さんをたまたま通りかかった女の子に聞いたところ、うちのケーキ屋を紹介してくれたとのこと。

その女の子こそ、あゆみだった。

このことが、きっかけで先輩は、その日から何度もうちに足を運んでくれるようになった。

 地元の友達や、芸能界の友達にも美味しいケーキ屋さんがあると紹介してくれたらしく、何度もTVや雑誌で取り上げられたこともある。

そのおかげで、お店の売り上げは、爆発的にあがった。

だからこそ、今のあたしたちの生活が成り立っている。

 だから、あゆみも河野先輩も、あたしとお母さん二人にとっての救世主になった。

本当に感謝の気持ちしかない。

 昼休みになり、あゆみと売店へパンを買いに行く途中、ひとだかりが出来ていた。

河野先輩とそのまわりを取り巻く女の子たち。

その中には、前田さんの姿もあった。

「河野先輩、良かったらお弁当作って来たので、召し上がってください」

さっきとは、完全に別人の乙女姿の前田さんがそこにいた。

「ちょっと、なに割り込んでるのよ、1年のくせに」

先輩たちは、抜け駆けしようとする前田さんを抑え込もうとするも、

「うるさいわね、文句あんの?」

「くっ……」

ひときわ体格のいい前田さんに、3年生のきゃしゃな先輩たちでは、太刀打ちできない。

そんな女同士の争いを目の前にしても河野先輩はまったく動じない。

「みんな、気持ちだけもらっておくよ。おれ、今日は、パンが食べたいからさ」

爽やかな笑顔で、丁寧に断っている。

「せっかく、作ってくれたのに、ごめんね」

前田さんは、顔が真っ赤になった。

そんな光景を見ていて、芸能人は、大変だなとつくづく思う。

どこに行くにも、すぐに囲まれて、それににこにこしていないとだめだし。

あたしだったら、すぐに疲れて、倒れちゃうかもしれない。

 あたしたちが、ぽけーっと突っ立たまま見ていると、河野先輩と目が合った。

「お、西野さん。 おはよう」

「い?」

まさか、学校内であいさつされるとは思いもしなかったため、口がこもってしまった。

「ちょっと、今、ともこに言ったの?」

あゆみも、びっくりしている。

「ちょっと、だれよ、あれ?」

周りの女の子たちも、いっせいにあたしをにらみつける。

もちろん、前田さんも。

やばい……。

「河野先輩、あの子のこと、知ってるんですか?」

前田さんは、動揺を隠せないでいる。

あたしを露骨に指をさして聞いている。

「うん、あの子の家、ケーキ屋さんなんだけど、すっごく美味しいんだ」

「そ、それだけ?」

「うん? そうだけど、どうしたの?」

河野先輩は、キョトンとしている。

「い、いえ。なんでもないです」

前田さんはホッとしたように、深く溜息をついた。

そして、あたしも。

変に仲がいいように言われたら、あとで前田さんに何を言われるか。

いや、前田さんだけじゃない、どれだけの女の子たちを敵に回すのか、想像も出来ない。

 あたしは、できるだけ平和に、学校生活を送りたいんだ。

すると突然、ふわりと軽やかな風と甘い香りがあたしたちみんなを優しく包み込んだ。

「あら。そんなに美味しいケーキ屋さんがあるなら、あたしもいこうかしら?」

みんながふりむくと、女性が立っている。

長い髪がさらりと風にゆれ、透き通るような白い肌、すっきりと通った鼻筋。

そして、澄んだ色をした大きくてきれいな目。

小川光子先輩だった。

 実は、あたしの中学には、河野先輩の他にも芸能人がいる。

それが、この人、小川光子だった。

芸能界には、河野先輩よりも前から入っているらしく、ドラマや雑誌にも出ている。

そして、この人こそ、河野先輩の彼女だとうわさされている張本人だった。

彼女がいるだけで、その場が華やかに明るくなった。

前田さんや、他の女の子たちの存在が一気に薄れていくようだった。

それに、すごく甘いいい香りがする。

うわさによると、大の香水好きで、世界中の有名ブランドからお取り寄せているらしい。

みんな、できるだけ、小川先輩を見ないように、うつむいている。

「あら? あなた男の子かと思ったわ」

小川先輩は、あたしを見て、くすっと笑った。

なに? あたし、今、笑われた?

「髪も短すぎるし、もうちょっと、女性らしくしたらどう?」

小川先輩は、右手で口を隠しながら上品にあたしのことを笑っている。

「あなた達も、そう思わない?」

他の女の子たちもつられるように笑い始めた。

「そ、そうなんですよ、この人、おしゃれにも興味がないみたいだし、あたしも本当は男子なんじゃないかなって思ってたんですよ」

前田さんも、ここぞとばかりに会話に入り込んで河野先輩に話しかけている。

あたしは、固まって動けないでいる。

こんな失礼なことってある?

なにか言い返さなきゃ。

でも、こんなきれいな人にあたしなんかになにが言えるの?

その時だった。

「失礼なこと言うなよっ」

河野先輩が、固まってなにも言えないでいるあたしに背を向け、全員に怒鳴り込んだ。

「か、河野先輩?」

前田さんは、顔面蒼白でくちびるが震えている。

「そうよ、人を笑いものにして、自分だけ気に入れられようとするなんて最低だよ」

あゆみも、河野先輩に並んで小川先輩や前田さんに感情をむき出しにして訴えた。

 こんなあゆみを見たのは、初めてだ。

さっきの教室の時とは逆だ。

「なによ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。バカみたい」

小川先輩は、わびれる様子もなく、すみやかに去って行った。

二人が、付き合っているという噂は、やっぱりウソだったのか。

いや、そんなことはどうでもいい。

河野先輩もあゆみも、やっぱりあたしの救世主だった。

胸がスッとした。

 丁度、校内のチャイムが鳴り響いた。

「みんな、チャイムが鳴ったから教室に戻ろう。ごめんね、怒鳴ったりして」

河野先輩は、ニコッと笑ってその場にいた女の子たちに教室に戻るようにうながした。

河野先輩の笑顔に前田さんも他の女の子たちも、また顔が真っ赤になった。

みんな学校の先生より素直に従い、それぞれの教室に戻って行った。

「今度、またなにか言われたら、言って。今度はもっときびしく言ってやるからさ」

「あ、ありがとうございます」

この人は見た目だけじゃなく、中身も格好いいな。

「あ、それから、新しいケーキが出来たら教えてね」

「はいっ」

河野先輩、そして、あたしたちもそれぞれ自分の教室に戻って行った。

 それにしても、小川先輩って、いやな奴だったな。

初対面の人の顔を見て笑うなんて。

でも、彼女も芸能人だから、もう会うことはめったにないとあたしは勝手に安心していた。

だけど、クラスの子が、話していたのが聞こえてきたんだけど……。

小川先輩は、CMの撮影が終わったばかりで、しばらく、スケジュールが空いているらしい。

だからその間は、できるだけ学校に来るつもりとのこと。

 神様、どうか、平和な毎日が過ごせますように。

あたしの願いはただそれだけでいい。

あとは何もいらない。

 だけど、その願いは一瞬にして、こなごなに壊されることになった。

それから1週間ほどたったある日、新聞を見ているお母さんが、急に声を張り上げた。

「ちょ、ちょと、ともこ、この子、最近よくうちでケーキを買ってくれている子よね」

新聞には、スクープとして大きく張り出されている。

(~全国で大人気~中学生アイドル・河野ゆうきが芸能界活動休止 一体何が?)

うそでしょ?

あんなに、人気絶頂な時に活動休止だなんて。

来年公開の映画の主役にも抜擢されているって、クラスの女の子たちが騒いでいたのに。

 あたしは、急いで学校に登校した。

学校なら、もっと詳しい情報がわかるかもしれない。

早く、学校へ。

だけど、こんな時に限って、まだ道路が工事中だった。

もう、急いでるのに。

 作業着を着たおじさんが、イライラしているあたしに気が付いた。

「あ、ごめんね。今、ここ通れないから、って、あれ?」

おじさんなんて、無視。

ひたすら無視。

通れないから、遠回りしてっていうんでしょ? 分かってるよ。

 やっと学校が見えてきた。

校門をくぐると、学校の総合掲示板に人だかりがまた出来ていた。

「ウソでしょー?」

「こわーい」

人だまりから、悲鳴にも似た声が、次々と放たれていく。

なに、なにが書かれてるの?

あゆみが、前にいて掲示板をじっと、見つめていた。

「あゆみ? なにをそんなに真剣に見てるの?」

あたしがのんきに声をかけるも、

「ともこ、ダメよ」

「え?」

「見ちゃダメっ。はやくここから離れてっ」

そんなこと言われたって、どうして?

もう、見える距離まで来ちゃったよ。

その瞬間、あたしは、全身が凍り付いた。

(ケーキ屋・ひまわりは悪魔のケーキ屋)

なにこれ?

(ケーキの売り上げを伸ばすために私たちのアイドル、河野先輩をだまして利用した)

一体なんのこと?

(裏切られた河野先輩は、芸能活動をする力も、人を信じることもできなくなってしまった)

そんな……。

「ほら、あの子だろ?」

掲示板には、名前が書かれたあたし自身の写真が大きく張られている。

まるで、指名手配犯のように。

だから、その場にいた人たちもみんな、あたしを指さしてささやき始める。

(アイツのせいで……)

怒っているのは、もちろん熱狂的な河野先輩のファンの女の子たちだ。

「いこ、ともこっ 早く」

あゆみが、あたしの手を引っ張りあげて、人だかりから脱出させてくれた。

 あたしたちは、玄関を通り、階段付近まで走って行った。

「はあ、はあ、ここまで来ればだいじょうぶでしょ」

息が切れてくるしい。

「誰が、あんなイタズラを……。許せない。ねえ、ともこ」

あゆみは、怒りで震えている。

だけど、あたしは、まだ実感がわかない。

まるで、夢をみているような感覚。

だって、自分を助けてくれた先輩を裏切って、芸能活動休止に追い込んだ犯人に仕立て上げられるなんて。

 そのうえ、お母さんの大切なお店までもが、あ、悪魔のケーキ屋だなんて呼ばれて……。

あたしが、なにをしたっていうの?

あの掲示板、河野先輩も見たの?

「とにかく、教室に行こう。遅刻しちゃう」

「う、うん」

その時だ。

 上の方から、だれかが一歩一歩と、ゆっくり階段を降りてくる。

太陽の光が反射して顔がよく見えないけど。

河野先輩だった。

ちょうど、良かった。

みんなの誤解を解くには、河野先輩からみんなに説明してもらうしかない。

もう、それしか、方法はない。

「か、河野先輩、おはようございます。あの掲示板見ましたか?」

ところが河野先輩は、まぶた一つ動かさず、無言ですれ違った。

「え、ちょ、ちょっと待ってください。あの、」

「るさい……」

「え?」

「うるさいって、言ってんだよ」

彼の怒鳴り声で、全身の血が引いたのが自分でもよく分かった。

昨日、みんなから笑われたあたしをかばってくれたのに。

なんで、今度は、あたしに怒鳴り込むの?

あたしは初めて、男の人が怖いと思った。

体が芯から震えてくる。

「ちょっと、待ってよ。なによ。その態度」

あゆみ?

「こっちは、あなたのことで、イタズラされて困ってるんだから。話ぐらい聞いてくれてもいいでしょ?」

あたしが、言いたいことを代わりに言ってくれている。

だけど、河野先輩は、一言、喋っただけだった。

「おれにかまうな」

それ以上、もうあたしたちは、なにも言えなかった。

 教室に入ると、さっきまでざわついていたクラス中が、シーンとなった。

やっぱり、みんな掲示板を見たんだ。

と言うことは……。

「ちょっと、西野さん?」

やっぱり。

前田さんが、一目散に、あたしの席にやってきた。

「あんた、卑怯ね。河野先輩を利用して、自分ちのケーキを宣伝しようとするなんてさ」

前田さんは、怒りで体が震えているようだ。

今にも、あたしに飛びかかってきそうだ。

それでも、こっちだって引くわけにはいかない。

「あたし、そんなことしてない」

目をそらすなあたし。

すきを見せるなあたし。

「確かに、河野先輩は、家のケーキを何度も買いにきてくれているし、家のケーキが美味しいと周りの人に紹介してくれているのは知ってる」

あたしは、ゆっくり、説明していく。

「実際に、そのおかげでうちのお店もなんとかやっていけてるしね」

前田さんや、すぐそばであゆみも聞いている。

「だけど、あたしは、一度もそんなことを無理やりお願いしたことはないし、それは、本当に家のケーキが好きだからこその行動だと思ってた」

「じゃあ、あの掲示板は何なの?」

「あたしが聞きたい。 あたしは、河野先輩には感謝の気持ちしかない。だけどもし、あたしが先輩を無意識に傷つけていたなら、どんな謝罪でもする。だから、あたしを信じて」

あたしは、最後まで、前田さんから目をそらさず話し切った。

「そう、分かったわ」

前田さんは、驚くほどあっさり自分の席に戻って行った。

「よかったね、分かってくれて」

あゆみも、ほっとしたようだ。

ああ、まだ、心臓がバクバク鳴ってる。

怖かった。

次は、体育の時間だった。

だけど地獄は、ここから始まった。

「はい、じゃあ、今日は、バレーをするので、試合をする前の練習として、サーブする人とそれを受け取る人で分けていきます」

先生が、名前を一人ずつ呼んでいき、私は受ける側になった。

前田さんや前田さんを慕う女の子たちは、みんなサーブをする人になった。

そして、あゆみも。

「はい、では、はじめっ」

先生の合図でいっせいに、ボールが打たれた。

「え? ちょっとっ」

たくさんのボールがあたしにめがけて飛んできた。

ドカッ、ドカッ、ドカッ。

足やお腹に、直撃した。

え、なんで、みんなあたしに?

「ちょ、ちょっとまって」

痛みで体がぐらつく中、前田さんが大きく飛び上がり、勢いよくボールを打ち込んできた。

「ともこっ」

あゆみの叫ぶ声と共に、顔面に強い衝撃をうけ、そのまま気を失った。

あたしは、保健室で目が覚めた。

「ともこ」

あゆみが、すぐそばで目をはらして座っている。

「だいじょうぶ?」

「うん。たぶん」

まだ、顔がズキズキしている。

前田さんのサーブを顔面で受け止めたらしい。

「やっぱりね」

あたしは、天井を見ながら深く溜息をついた。

「あの前田さんが、あんなにあっさり納得するなんておかしいと思ったんだ」

「だからって、こんなことする? ちょっと、おかしいよ」

あゆみは、急に立ち上がった。

「今から、前田さんに言ってきてやる。ともこに謝れって言ってきてやる」

「あゆみ……」

いつもは、ぼんやりして、頼りないあたしの親友。

昨日も、小川先輩やみんなにからかわれた時も、あたしを助けてくれた。

こんなに、強かったんだ。

でも、だからって、今から前田さんの所に行っても、敵うはずがない。

肝心の河野先輩があの状態じゃ、ちゃんと話もできないし、みんなの誤解も解けない。

それどころか、このままあたしと仲良くしていたら、あゆみまで標的にされてしまう。

そんなの絶対にいや。

もう、これしかない。

「あゆみ」

「ん?」

「もう、あたしに近づかないで」

言ってしまった。

だけど、もう後に引けない。

「え、ど、どうして? なんでそんなこと言うの?」

あゆみは、動揺している。

「あたしと一緒に居たら、あゆみまで標的にされちゃうから。分かって」

「そんなの関係ないよ。急にどうしちゃったの?」

「あの掲示板でウソを巻き散らかした犯人を捕まえる。そして、河野先輩のあの態度。きっと、なにかあったんだ。こうなったのも、もともと、うちのケーキが原因なんだから、ともこまで巻き込むわけにはいかない」

あたしの意見に、ともこはすぐに反論した。

「勝手にそんなこと決めないでよ。あたしだって、力になれる。」

ともこは、少し怒っているようだ。

「あたし、明日から学校に行かないことに決めたの」

あたしの突然の発言に、ともこはの表情が固まった。

「学校にいかない? うそでしょ。授業は? テストはどうするの?」

当然の質問をぶつけてきた。

「このままじゃ、あたしとお母さんの大切なケーキ屋だってつぶされかねない。学校なんて行ってる場合じゃないの」

そうだ。あんな訳の分からないウソで、家の大切なお店がつぶされるなんてとんでもない。

「河野先輩、休学届を出したってクラスの女の子たちが言ってたの。学校に居たって、先輩と話をできるチャンスなんてないの」

あたしは、河野先輩に頭がきている。

さっきのあの態度。

なにが、気に入らないか知らないけど、言いたいことがあるならはっきり言えばいい。

そして、休学届。

そっちが、姿を消すなら、こっちから捕まえてやる。

本当に、うちのケーキ屋さんに恨みがあるなら、必ず向こうから接近してくるはず。

「じゃあ、親には? お母さんにはなんていうの?」

一番、聞かれたくないことを聞かれた。

「どうにかするわよ。さあ、早く行って」

「ともこ……」

「早くいって」

「分かった。勝手にすればいいじゃん」

あゆみは、さっさと保健室を出ていった。

あゆみならきっと、分かってくれる。

しばらくして、あたしもホームルームの時間に間に合うように教室に戻って行った。

「悪魔の子がきた」

教室のあちこちで、そんなセリフが聞こえてくる。

前田さん達が弱っているあたしを見て爆笑し、必死にこらえている。

「だっさーい」

となりの席のあゆみは、なにもいわないで無表情のままだ。

「髪の毛」

彼女は表情を変えず、前を見たままつぶやいた。

ここであたしは、ようやく自分の後ろ髪が、飛び跳ねていることに気が付いた。

さっきまで、保健室で寝ていたからだ。

あわてて寝癖を手ぐしで直し、小声でお礼を言ったけれど、彼女は無表情のままだった。

ホームルームが終わると、

「あ、一緒に帰ろう?」

いつもなら、あゆみがあたしに行ってくれるセリフを他の女の子に言っている。

自分で近づかないでと言っておいて、急に胸が苦しくなる。

本当にこれでよかったのかな、いや、これでいいんだ。

これで、あゆみがいじめられることもなくなる。

犯人を見つけたら、みんなの誤解が解けたら、もう一度あゆみと仲良くなれるはず。

ふと、気が付くと、教室にはあたしだけになっていた。

放課後の教室に一人でいるなんて初めてかもしれない。

一人でいることが急に怖くなって、あたしは、すぐに帰る準備を始める。

「あれ?」

かばんの中になにか入っていることに気が付いた。

赤いひもで結ばれた小さな袋が入っていた。

中には、白いカードが入っていて、

(ハッピーバースデー・誕生日おめでとう・ずっと友だち)

犬の絵が描かれたかわいい鏡が入っていた。

あたしは、鏡に映った自分の情けない顔を見て、涙があふれてきた。

あたしは、最低だ。

あたしは、ただここから、いじめから逃げ出したいだけだった。

ともだちを守るとかお店を守るとか、口先だけ。

本当は自分が傷つけられるのが怖かっただけ。

だけど、やっぱりこのままじゃいけない。

お母さんのケーキ屋もともだちとの学校生活も、このまま終わらせるわけにはいかない。

そのためにも徹底的に河野先輩と話し合って、絶対に犯人を捜して、誤解を解いてやる。


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