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第9回 親子でパン教室

 7月に入るとすぐに、『親子でパン教室』というチラシが店に貼られるようになった。それは8月の最初の月曜日に、『ベーカリー ル・シエル』にて親子で参加できるパン教室が開かれるという内容のものだった。

 すでに何組かの親子の参加が決定しているらしく、店長の後藤はその準備をする日々を送っていた。



「店長、今回はどうしますか」

 厨房でパンの生地を()ねる由良が訊ねる。

「動物ぱんにしようかなって考えてます。やっぱり子供たちが作るので、いろいろな形にできたら楽しいでしょうし」

「わ、私も!参加してもいいですか!」

 厨房でトングを洗っていた私は立候補をする。なぜか由良と後藤の体が停止した。

「ゆきちゃんも参加するの?」

「あ、参加っていうか・・・・お手伝いで・・・」

「そういう意味か」

 でもパン作りする人としてもぜひ参加してみたいとは言えない。だからせめて手伝うことで役に立ちたい。

「もちろんです。お手伝いしてくださるととても助かります」


            ◇


 月日は流れ、8月の上旬、『親子でパン教室』が開かれた。参加者は親子5組。後藤と由良を中心に指導が行われ、私と武藤がその補佐に回る。

「では、今日は動物パンを作ります。レシピは配られましたか」

 ちょうど私がレシピを配り終えたところで、若い奥さんたちがレシピを見る。私も残ったレシピを武藤に渡して見る。基本的には簡単な作り方だが、子供たち自身で形を作れるところが親子で楽しめるようになっている。



「まず強力粉と牛乳を―――」

 後藤がレシピを読み、その横で実践していく由良。その過程で発酵をさせるが、ここでは機械を使うので、普通よりも早い時間で発酵を行うことができる。出来上がった生地を私たちが発酵機に入れ、生地が膨らむのを待つ。

 武藤はどこかに行ってしまったが、私はやることがなかったので、機械の前で待つことにした。すると、機械の表面のガラスに私ではない影が写った。振り返ると、参加している家族の1人の男の子がいた。

「もうすぐ生地できるよ」

「おれ、別にここ来たかったわけじゃないもん。ほんとは外で遊ぶ約束してたんだ」

 まるで言い訳のように彼は言う。ここへ来たくなかったのか、その表情はうかない。私が次の言葉を言おうとしたとき、少年はどこかへ立ち去ってしまった。入れ違いに来たのは後藤だった。

「そろそろですね」

「あ・・・はい。そうですね」

「――?どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです」

 少年のことが気になったが、今はなにも言わないほうがいいだろう。私は手伝いに専念することにした。



 やがて生地のガス抜きも終わり、いよいよ形作るときがきた。それぞれの親子は一様に楽しそうにどんな形にするのか考える。私がさっき見た少年は、お母さんと妹らしき女の子の3人で来ているようだ。しかし、彼はパン作りには参加していない。

「あの子、パン作らないんですかね」

 後藤に言うと、彼はすぐに理解したらしく頷いた。

「ここへ来たかったわけではないのかもしれませんね。さっきからずっとポケモンのカードを見ているようですし」

「ポケモン・・・?」

 もちろんアニメやゲームなどで人気のポケモンは知っている。っていうか、自分がその全盛期に生きた人間だ。ある程度の知識なら持っているつもりでいる。

(あの子はポケモンが好きなんだな)

 そう思ったとき、頭になにかがひらめいた。

「店長!さっき作った生地、少し余ってますよね?私作ってもいいですか!?」

「ええ、かまいませんけど」



「翔太、生地があるんだから、一緒にやろうよ」

「そんな女みたいなことやるかよ」

 ここまで来ると意地だろう。傍から見ていても、少年は(かたく)なにパン作りを否定していることがわかる。私は彼に近づいて、「よっ」と話しかけた。

「見て見て。こんなの作ってみたんだけど」

 私が差し出したのは、後藤がみんなの前で作っていたパンの生地だ。それをある形にしてみたのだが・・・・・・しばらく少年の反応はなかった。

「なにこれ?」

「見てわかるじゃん!ねぇみんなー!これがなんだかわかるー!?」

 同じくパン教室にいる子供たちに訊ねる。みんな動かしていた手を休めて顔を上げてくれた。でも、少年と同じようにやっぱりきょとんとした表情をされた。

(そんなに似てないかな・・・結構自信作なんだけど)

「ピチューだよ!ピチュー」

 答を言うと、子供たちは口々に「ええぇぇぇ」とか「似てない」とか言い始める。それほど不評らしい。本当はこれを少年に見せて、一緒にポケモンのパンを作ろうと言うつもりだったのだが、これじゃあ失敗だ。

「全然違うよ」

 少年にもばっさりと言われてしまい、私は引っ込みがつかなくなってしまった。

「お母さん、まだ生地ある?おれ作りたいんだけど」

 そう言って彼は土台に飛び乗る。

「おれならもっとうまく作れる!」



 焼きあがったパンは、どれもかわいらしくておいしそうだった。その中に形のいびつなタヌキのようなパンと、誰が見てもわかるピチューのパンがあった。一斉に並んだそれらのパンを見て、少年や他の子供たちが嬉しそうに笑うのを私は見た。


            ◇


「雪乃さん、今日はありがとうございました」

 パン教室終了後、後藤にそう言われた。一瞬なにを言われているのかわからなくてきょとんとしたが、すぐにさっきの出来事を思い出す。

「あれは・・・ほんとはもっと上手に作るつもりだったんですけど・・・・失敗でした。すみません、勝手なことして」

「いいえ、あの男の子に楽しんでパンを作ってもらえました。雪乃さんのおかげです」

 後藤の言葉に、私は恥ずかしくなって俯いた。

「パンって食べるだけじゃなくて、作るときも楽しみがあると思うんです。それを知らないのはもったいないなって思って・・・ほら、自分で作ったものって特別おいしいし―――って言ってることメチャクチャですね」

 一気に緊張して、顔が真っ赤になってしまった。それが恥ずかしくて私はダッシュで逃げる。



「ゆきちゃん、忘れ物!」

 帰ろうとした私に由良がなにかを渡す。それは、私の自信作のピチューのパンだ。生地を作ったのは私ではないが、それでも特別なものに感じられた。試しに一口かじってみると、パンのおいしさが口いっぱいに広がった。

上記に出ている「ポケモン」は実際のものとは違うものと思ってください。一応。

でもこれをイメージしたんですけど。

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