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第8回 母のメロンぱん


由良さんのお話です。



「ブログに載せたいので写真を撮ってもいいですか」

 時々お客さんからこう訊ねられることがある。店長の後藤には許可をしていいと言われているので大体オッケーをしていたが、今日のお客さんはちょっと違っていた。

「学校で毎月出す広報の新聞に載せたいので取材をしてもいいですか」

 セーラー服と学ランを来た中学生にそう訊ねられて、私は一瞬どうしようか戸惑った。そこで、厨房にいた後藤を呼んだ。

「広報ですか?」

「はい。学校近くのお勧めのお店として、このパン屋を紹介したいんです」

「ありがとうございます。こちらからもぜひお願いします」

 後藤の言葉に、彼らはぱぁっと顔を輝かせた。今日はもうほとんどパンが残っていなかったため、彼女たちは次の土曜日の朝にここに来ることになった。


            ◇


 そして、土曜日。私がバイトに来たときにはすでに中学生の子たちが5人来ていた。自分のエプロンをし、焼きあがっていくパンを写真に撮っていく。特に食ぱんには興味があるらしく、型から抜いたパンに大はしゃぎしていた。

「かわいいなぁ・・・私にもあんなときがあったな」

「いつの話だよ」

 思わずもれた言葉に鋭いツッコミが重なる。振り返ると、何気ない表情で鉄板を持つ武藤の姿があった。相変わらずの性格だ。



 しばらくして由良は厨房から出てきて、私や武藤の手伝いをしてくれるようになった。

「あれ?厨房のほうは大丈夫なんですか?」

「うん。店長がいつもより早く来てやってくれたみたい」

 どことなく表情が固く見えるのは気のせいだろうか。笑ってはいるものの、それは無理して作られたかのようだ。

「――由良さん?」

「よーし!今日も1日張り切っていこうかー!」

 いつもの元気じゃない。由良になにかあったんじゃないかと思い始めたが、取材に来ていた女の子に話しかけられたのでそれ以上考えることができなかった。

「あの・・・このメロンぱんって店長さんが作ってるんですか?」

「ううん。メロンぱんはたいていあのお姉さんが作ってるよ」

 私はそう言って店内を掃除している由良を示した。ツインテールにした女の子は手に持ったメロンぱんを嬉しそうに見てぺこりとお礼をした。

(メロンぱんがどうかしたのかな・・・?)



 その後、開店時間の少し前、後藤によって好きなパンを1つ選んでいいと言われた中学生たちはわーいと喜んでパンを選んでいく。さっき私に話しかけてきた女の子がなにを選ぶのか見ていたら、予想通りメロンぱんを選んだ。

「メロンぱん私も好きなの。おいしいよね」

 私が訊ねると、少女は嬉しそうに頷いた。

「すっごくおいしい!」

 本当に幸せそうに彼女は笑った。


            ◇


 それから2週間後の土曜日、ツインテールの女の子が1人で店にやって来た。

「いらっしゃいませー。あ!このあいだの!」

「こないだはありがとうございました。新聞ができたので報告に来ました」

 少女はバッグの中にしまってある1枚の紙を取り出した。私と由良と武藤と後藤の4人でそれを広げてみる。

「うわぁぁ・・・すごいですね」

 まず後藤が感心した。その出来ばえは単なる中学生の新聞ではなかった。取材したことをわかりやすく丁寧な字でまとめてあり、白黒印刷であるのに、写真写りが悪くならないように工夫されている。絵で書かれた食パンやメロンぱんは本当においしそうだ。

「こんなカンジで月曜日に配ろうかなって思ってるんです」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「えへへー・・・」

 少女は照れくさそうに笑い、頬が赤くなったのをごまかすかのようにトレーを手に取った。

「今日はパンを買いに来たんです!あれっ―――」

 飛び上がるようにステップしていた少女の動きが止まった。

「どうかしましたか?」

「今日はメロンぱんないんですか」

「あ――それでしたら」

 後藤が言いかけたとき、いつのまにか厨房の奥に行っていた由良が出てきた。手にはトレーがあり、その上には焼きたてのメロンぱんが載せられている。黄色い生地が見ているだけでおいしそうだった。

「はい、焼きたてのメロンぱん」

「わぁ!ありがとう、お姉さん!」

 まるで大事なものであるかのようにメロンぱんを手に取る。まだ焼きたてであるから潰れやすいことに気づいたのか、トングを使いにくそうに持っている。それを優しくフォローしている由良がまるで親子のようで―――



「メロンぱん好きなんだね」

 レジにて私が訊ねると、少女は照れくさそうに頷いた。

「本当のお母さんの味なの。ここのメロンぱんって」

 そのとき、あることに気づいて私は壁際に立っていた由良を見る。彼女は少し笑って口元で人差し指を立てた。その笑顔は悲しそうで、寂しそうで、不覚にも私は目頭が熱くなるのを感じた。

「・・・・・そうなんだ」

 そう言うことしかできなかった。次に、少女は由良のほうを向いた。

「だからまた買いに来てもいいですか」

 由良は静かに笑った。さっきのような笑い方ではなく、母が子に見せる優しい笑顔で、

「もちろん」


            ◇


「結婚して子供産んでからはホテルで働いてたの。でも、結局両方維持することができなくて、夫から離婚を言われたわ。親権も向こうになっちゃって・・・・あの子はまだ小さかったから、たぶん私の顔なんて覚えてないでしょうね」

 バイト終了後、着替えの部屋で由良はアイスコーヒーを飲みながら呟く。私は黙ってそれを聞いていた。

「でも昔作ったメロンぱんを覚えてくれてて嬉しかったな・・・」

 由良は自分が本当の親であると言わなかった。これからもずっと言うつもりはないのだろう。



 世の中のみんなが幸せだったらいいのに。そうしたら、由良がこんなに悲しい顔で笑うこともないのに・・・・・・

別れた旦那には現在新しい奥さんがいます。

それなりに幸せにやっている、という裏設定があったりします。

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