第6回 優しい笑顔
「・・・・・・風邪ですか?」
「うん、そうみたい。さっき連絡があってね、気持ち悪くて今日は休むって」
不器用さを直したいと思った翌日、バイト仲間の武藤が風邪で休むらしい・・・昨日体調の悪い素振りを全く見せなかったので、最初は信じられなかった。
「私も手が空いたら外を手伝うようにするけど・・・大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です――」
たぶん、とは言えない。大丈夫じゃなくてもやらなくちゃならない。
それにしても1人は本当に大変だった。
予約の準備を間違いなく行わなければならないし、責任も重大だ。昨日のミスから絶対に間違えないようにしようと心がけたからなのか、いつもよりも長い時間がかかってしまった。
パンの下準備。円筒のパンをスライスし、その上にマヨネーズとコショウで和えたオニオンを載せる。さらにチーズを載せてオーブンで焼く。ただ、オニオンが載せづらいのでとてもやりにくい。
(もう――早くしなきゃなのに・・・)
そのとき、なにかを掃く音が聞こえた。思わず目をやると、いつのまにか厨房から後藤が出ていて店内を掃除しているのがわかった。
「てっ店長!?」
「手が空いたので手伝います」
後藤にまで迷惑をかけてしまった。思わずしゅんとなると、後藤がこっちに歩み寄ってきてなぜかぽんぽんと頭をなでてきた。予想外の行動に、私の思考回路が一瞬停止した。
「1人でやろうとしないでください」
その言葉と、後藤の優しい微笑みに、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。すると、今までいろいろなところに力が入っていたんだと気づく。要領よくやろうとはりきりすぎていたようだ。
「もっと頼ってくれていいんですよ」
「―――はい」
現金な話だが、後藤の言葉で少し気が楽になったようだ。おかげで細心の注意をはらいながらもミスなくスムーズに行動できるようになった。開店時間になると、由良が手伝ってくれて、いつもどおりに午前中を終えることができた。
「すみません。乳製品の入ってないパンとかってありますか?」
比較的すいてきて、1人でレジに立っていたときだった。保育園くらいの男の子を連れた若い女性にそう訊ねられた。
「え、あ・・・少々お待ちください」
そういうことがわからなかったので、厨房にいる由良を呼びに行く。ちなみに、値札に使われている製品が書かれているのだが、それでもわかりづらいだろう―――そう、一覧表のようなものがあれば・・・・・・
(一覧表―――!いいかも!)
由良が口で説明しているところから、まだそれは存在していないのだろう。アレルギーを持つ人のために一覧表にすることはいいことのように思えた。
由良と話し終えた若い女性は子供と相談し、いくつかのパンをトレーに載せてレジに来た。その中には乳製品の入っていないハード系のパンが含まれている。その内の1つ――ベーコンエピを指差して、男の子がきらきらとした表情でこっちを見た。
「これ!おれ手で持ってく!」
私はすぐに袋に入れてエピを彼に渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!すげー形!」
「エピは『麦の穂』っていう意味なんだよ。形が麦みたいでしょ?」
「おー・・・麦ー?」
まだわからないかもしれないが、自分のパンだと喜んでいる姿がかわいい。ベーコンエピはその意味の通り麦のような形をしていて、1つ1つの穂にベーコンが入っている固いパンだ。ハード系なので乳製品が入っていない。
この男の子の笑顔を見て、ますます作りたいと思うようになった。
店長の後藤に一覧表のことを相談すると、すんなりと受け入れてくれた。
「いい考えですね。一覧表にしたらお客様にとっても見やすいと思います」
「はい!!早速作ってみます」
バイト終了後、私は紙とペンを用意して一覧表を作り始めた。季節によって出るパンは異なるが、基本的なパンだけでも書いておくだけで違うような気がする。手の空いた由良に手伝ってもらい、アレルギー成分の書かれた一覧表を完成させた。
「できたー!」
「やったじゃーん!じゃ、これを店頭に貼ろうか」
「はい」
簡単だが、貼られた一覧表の出来ばえに私は満足した。
◇
「雪乃さん、お疲れ様です」
帰ろうとした矢先、着替えの部屋で後藤に呼び止められた。私の心臓は急に速くなる。
「・・・お先に失礼します!」
「あの、今日はありがとうございました。忙しい思いをさせましたよね・・・それに一覧表、とてもいいアイデアだと思います」
「いえ、私なんか・・・・由良さんや店長が手伝ってくれたから今日を乗り越えられたんですよ」
それに、店長から温かい言葉をもらえた。それだけで肩の力を抜くことができた。
「私1人じゃとてもできないことです。焦ってなにかするよりも、自分にできることが他にあるんじゃないかって思いました」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。思わず俯いたが、後藤の反応がないのでおそるおそる見上げてみる。すると――
(わっ・・・・・・)
そのときの後藤の優しい微笑みは今でも忘れない。まるで自分のことのように嬉しそうに、幸せそうに彼は微笑んでいた。
「はい」
後藤の言葉はそれだけだったが、その笑顔だけで十分だった。
私はまだまだだけど、今自分にできることを精一杯やろう。あの笑顔に応えられるように――――・・・・・・
毎度変なところで段落がありますが、あまり気にしないでください。
話は変わりますが、ベーコンエピは私の好きなパンの1つです。みなさんもぜひ食べてみてください。