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第4回 食事会

 パンの値段をだんだん覚え始めた頃のある日の日曜日。

「来週の日曜日の午後って空いてますか?」

 突然店長の後藤からそんなことを訊ねられた。ちょうどお客さんもいない午後、それぞれがヒマしているときだった。

由良(ゆら)さんと話してたんですけど、1度みんなで食事でもどうかなって思って」

「いいですね!行きたいです」

 嬉しくてすぐに誘いに乗る私。だけど、武藤の返事はない。

(たける)君はどうですか?なにか予定が入ってたりしますか?」

「いえ。行きます」

 真意はどう思っているのかわからないが、とりあえず武藤も承諾した。別に武藤が来ようが来まいがどっちでもよかったが、後藤と話す機会があるかと思うと、自然に胸がはずむのを私は感じた。


            ◇


 日曜日の午後、後藤、由良、香織、武藤、私で向かったのは近所の鍋屋だった。そこは、全国的にも有名なお店で、秘伝の味噌と5段階の辛さでそれぞれのおいしさを出している。とてもおいしい店らしい。



「今日は僕のおごりなので好きなだけ頼んでください」

 後藤の言葉に、由良が遠慮なくジョッキビールを頼む。こういうところで遠慮しないで接することができるなんて、お互いに信頼している証拠だろう。少し羨ましかった。

 私もメニューを見て、ジュースを頼むことにした。香織もウーロン茶を頼み、武藤はカクテルを頼んだ。

「店長はお酒とか飲まないんですか?」

「あーダメダメ。店長って酒入るとすごいんだから」

 代わりに答えたのは由良だ。後藤が曖昧に笑いながら頷いているところから本人も認めるほどらしい。酒乱なのだろうか。



 注文した鍋が運ばれるまでの間、からあげやフライドポテトなどを食べ、すでにお酒の入った由良はテンションが高くなり始めてきた。たまたま隣に座っていた武藤がその被害を受け、マシンガントークの話し相手にされている。

 店長は私や香織に話しかけながら、自分で鶏肉を焼いて、みんなに配る。こんな気配りのできる女の人がいればいいと思う。そのうちに鍋が運ばれてきても率先して後藤はそれぞれの取り皿を用意した。

「雪乃さんの実家って三重ですよね?」

「はい」

 後藤から取り皿を受け取り、私は頷く。 

「いい所ですよね。僕も昔家族で温泉に連れてってもらったことがあるんですよ」

「伊勢とかには泊まるとこいっぱいありますね―――店長の出身はどこなんですか?」

「生まれは東京ですが、小中の途中までは兵庫に住んでいました。またこっちに戻ってきて、パン屋をすることにしたんです」

 あっさりと言うが、まだ若いのに自分の店が出せただけでもすごいことではないだろうか。聞くところによると、後藤の年齢は27歳。専門学校を出たのが20歳。修行(?)期間を入れてもその若さでここまで人気店になったのは本当にすごい。



「店長はパンがすごく好きだったんですねー」

 何気ない会話のつもりだったが、逆に後藤に困ったような顔をされた。

「いえ・・・嫌いじゃなかったんですけど、特別好きではありませんでした。朝もごはん派でしたし。でも、中学の知人の影響でパンを食べるようになって――好きになったのはそれからですね」

「へー、その人は店長がパン屋をやってることを知ってるんですか?」

「はい。よく来てくれました」

(来てくれました・・・?過去形?)

 少し気になったが、後藤が由良に捕まってしまったのでそれ以上追究することができなくなってしまった。


            ◇


 午後8時半。さすがに子供がいるので由良と香織は帰らなければならない。この時間にお開きになった。さすがに辺りは真っ暗だった。

「店長、ごちそうさまです」

 みんなから口々にそう言われ、恥ずかしそうに後藤は笑う。こういう照れ屋なところがかわいい。

 由良は家の人に迎えに来てもらうらしく、香織は車でそのまま帰る。武藤は自転車。私は歩いて帰ろうとしたのだが、

「送りますよ。危ないです」

 後藤にそう言われたとき、頭の中が真っ白になってしまった。歩いてすぐなのだからいいと言おうとしたのだが、「ジェントルマン!」とか言って由良がはしゃぐのでなにも言えなくなった。

(2人きりだよー!)



 ―――そうはしゃいでいたのは自分だけで、結局送ってくれている間、後藤が話すのはとりとめのない話題だった。それでも一緒にいられるだけで嬉しかった。

「・・・・・・土日は基本的に忙しいので、雪乃さんが入ってくれて本当に助かります」

「わ、私なんか全然役に立ってないんですよ!」

 その証拠に、要領が悪いと武藤に注意されたくらいだ。っていうか、普段めったに褒められないので、そう言われてしまうとなんだか照れる。

「由良さんも言ってました。接客ができる元気な女の子だって」

「いや・・・はは。元気しかとりえがないんで」



 ふと空を見上げると、真っ暗な空に星が見えてきた。目が慣れてくると、1つまた1つと星が増えていく。

 私が空を見ていることに気づいたのか、後藤も顔を上げて呟いた。

「あ――あれは」

「星座ですか?」

 オリオン座しかわからない私は興味津々に訊ねる。

「いえ・・・食ぱんの形に似てるなぁって」

「へ?」

 どの星のことを指しているのだろう。たぶんいくつかの星の形が食ぱんに見えたのだろうが、私にはさっぱりだった。てっきりナントカ座を見つけたのかと思ったが、パンに見えたなんていかにも後藤らしい発言だ。

(まぁいいか。今はまだ・・・・)



 先の見えない恋だったけれど、それでも私が好きになったのはパン屋の店長で、優しくて、照れ屋で、かわいい人なんだ。きっとしばらくこんな関係が進むのだろうが、それでも一緒にいたり、話せるだけで幸せだった。

 できればこの短い帰り道がもうちょっと長く続けばいい―――私は思った。

食事をした店は、私の地元にある店をモチーフにしました。


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