第37回 再会
結婚式も無事に終わり、神山がいなくなった今、武藤はいつ帰ってくるのだろうかと私が考え始めたときだ。シュークリームの生地にカスタードクリームを入れている由良がぽつりと呟いた。
「そういえば、もう猛君には会った?」
一瞬なにを言われているのかわからなかった。その言い方だと、もう帰ってきているように聞こえる。私がきょとんとしていると、由良も目をぱちくりとさせた。
「あれ?こないだ帰ってきたじゃん。たまたまゆきちゃんがバイトのない日に店に来たんだよ?」
「えっ!そうなんですか!?」
最近メールもしていないから、そんな話は聞いていない。唐突に知った真実に、私は混乱するばかりだった。
「武藤君ってここでまたバイトするんじゃないんですか?」
「どうなんだろうね・・・あのときは特にそういうこと言ってなかったけど」
私は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。そうだ、武藤がここに戻ってくるとは限らない。もう会えないんじゃないかと本気で心配し始めたとき、さらに追い討ちをかけるように後藤が呟いた。
「猛君のことですが、ここでのバイトも考えてくださるそうです。ただ、今は一緒に日本に帰ってきた女性に東京案内をするようで、それが終わってから考えるらしいです」
視界の隅で、由良が後藤を叩くのがわかった。
せめて帰ってきたと一言ぐらいメールがほしかった。しょせん私はその程度の女だとわかると、なんだか悲しくなってきた。それに、後藤が言っていた一緒に帰ってきた女性というのも気になる。もしかしたら、向こうで彼女ができたのかもしれない。
(いや・・・彼女じゃないかもしんないし・・・)
そう思うことにして、私は帰路につく。バイトでくたくたになった体を引きずりながら自転車をこいでいたが、なにを思ったのか武藤の家の前まで来てしまっていた。
(なんで!?)
会いたかったから・・・なんだと思うが、このまま私から会いに行くのはなんだかシャクだった。だから、くるりと自転車の向きを変えて、家まで帰っていった。
◇
しかし、帰ってきたとわかってから1週間がたち、さすがに気になって気になって仕方がなかったある日のことだ。
「え?バイトの電話?」
「そうなんです。募集はないかって問い合わせの電話があったんです」
バイト募集の紙を店内に貼っていなかったが、そういう電話は時々あるそうだ。私はしばらくきょとんとして聞いていたが、やがてはっとして後藤を見る。
「それでどうしたんですか!?」
「どうしましょうか」
どこか他人事のように後藤は言う。電話でどう対応したのか聞きたかったのだが、結局そのときはなにも教えてくれなかった。
翌日、30代前半の女性が面接に来た。
(武藤のバカー!!)
バイトする気があるのなら、さっさと電話するなり、店に来るなりしろよ・・・だんだん私はいらいらしてくるのを感じてきた。
後藤は新しくバイトさんを雇うのだろうか。もちろん誰かが入ってくれるのは嬉しいが、それでも考えてしまう。武藤が入ってくれたら――と。
「結局猛くんはここでバイトしてくれるんですかね」
由良が厨房で後藤にそう話しかけているのが聞こえた。私は思わず聞き耳を立てる。
「わかりません。一応お電話しましたが、留守電でしたので・・・」
(あのヤロー!!)
◇
気がつくと、私は武藤の家の前まで来ていた。なんだかとてもイライラする。勢いに任せてインターホンのボタンを押す。
(・・・・・・出ないし)
もう1度押すが、やっぱり出ない。しばらく待ったがやっぱり留守のようだから、仕方なく帰ることにした――――ら、
「あ・・・・」
いた。コートのポケットに手を突っ込んだ武藤が。今目の前に立っている。
まさかいきなり現れるとは思っていなかったので、思わず固まってしまった。後で思えばきっとすごくあほな顔をしていただろう。それくらい驚いたのだ。
「え・・・・っと、久しぶり」
「あっうん・・・久しぶり」
私は慌てて返事をする。久しぶりの会話でさすがに緊張してしまった。言いたいことがいっぱいあったはずなのに言葉にできなかった。
(どうしよう・・・まさか本当に会えるなんて思わなかった)
それにしても、1年ぶりに再会すると以前とは違う印象を受ける。背が高くなった。それに髪も伸びた。ずっとかっこよくなった。
私は心臓の高鳴りを抑えた。
「留学はどうだった?」
とりあえず当たり障りのない話をする。
「よかったよ。思ってた以上にすげー充実してた」
「そっか。よかったじゃん」
「うん。ってか、ここに来たんだからなんか用事あったんだよね?」
そう言われるとどう言えばいいのかわからない。改めて自分の出しゃばり具合が嫌になってしまった。ほんの少しだけ泣きたくなってきた。
目の前に立つ武藤はしばらくきょとんとしていたが、やがてなにかを思い出したらしく、「ちょっと待ってて」と家の中に入っていってしまった。次に出てきたときは、手に袋を抱えていた。
「はい、コレ」
「・・・?なに?」
私は袋を見つめる。
「アメリカのおみやげ。チョコだって」
「あ・・・ありがとう」
「ほんとは次にバイトに行くとき渡そうと思ってたんだけど、ちょうどいいから今渡しとく」
(次にバイト?)
その言い方に私はきょとんとした。そして、1つの可能性が頭の中に浮かんできた。
「もしかして・・・またパン屋でバイトするの?」
「なにそのすごい嫌そうな言い方」
「違うよ!そうしてくれたらすごく・・・嬉しいから」
言った瞬間とても恥ずかしくなってしまった。だけど、武藤は今までとは違う大人っぽい笑顔を浮かべて頷いた。どこか照れた様子も伺える。
ただただ嬉しかった。
次で最終回を予定しています。
ここまでありがとうございました。