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第3回 同級生


今回は、パン屋ではなく、主人公の通う大学が舞台です。



 パン屋でバイトを始めて1週間がたった。

 基本的に土日しか働いていないので、2日間しか働いていないが、平日の今日も朝から私はパン屋に向かっていた。

「こんにちはー!」

「あ、雪乃ちゃん。こんにちは」

 平日、レジに立つのはパートのお姉さんの香織さん。子供が保育園に行っている間がヒマなのでここで働くことにしたらしい。たまたま1限のない日にパン屋に行ったときに、私は彼女と知り合った。

「今日は2限からなの?」

「はい。だからお昼を買いに・・・」

 そう言ってトレーを手に取り、今まで食べたことのないパンを取っていく。あんぱん、カレーパン、ソーセージのはさんであるパン、サンドウィッチ・・・・・・まだまだ数え切れないほど種類がある。



 珍しく店内には私の他に誰もいない。だからなのか、厨房から店長が出てきた。

「雪乃さん、こんにちは」

「こんにちはー!今日もお昼買わせてください」

「もちろんです。今は忙しくないので、ゆっくり選んでください」

 お言葉に甘えて私はゆっくりと選ぶことにする。まだ覚えきらないパンの値段と配置を覚えるためだ。

「えっと・・・黒糖あんぱんと黒糖クリームぱんが110円で・・・・くるみぱんが―――!?」

 気がつくとすぐそばに後藤が立っていた。目が合うと、ほがらかに彼は笑った。

「雪乃さんは偉いですね」

「えっ偉い・・・?なにが、ですか?」

「パンの値段を覚えるためにここに来たんじゃないんですか」

 いつのまにか声に出してパンの値段を呟いていたことに気づき、私は頬を赤らめる。昔からひとり言が多いと言われてきたが、それを後藤に見られたなんて恥ずかしい。

「あ・・・・値段と味を覚えられたらいいなって思って・・・」

 言い訳のようにもごもごと言うと、嬉しそうに後藤は笑った。

(うわ!極上の笑顔・・・!)

 たったそれだけのことで私も嬉しくなってしまった。自分の顔が赤くなっていくのを後藤に見られないように俯き、私は急いでレジに向かった。


            ◇


 今日は2限の授業から始まる。大学の授業が始まったばかりでまだ受けたことのない必修の英会話の授業だった。

 私の通う英文科では、週に数回、外国人講師による授業が行われる。それぞれ学籍番号順にクラス分けがされていて、割と見知った顔ぶれが集まるようになっていた。今はまだ始まったばかりなので、お互いの顔も名前もわからないだろうが。



「雪乃、今日お昼買った?」

「うん、買ったよ。バイト先のパン」

「私今日弁当なんだ。3限の教室で食べよっか」

 友人の菜月とそんな会話を繰り返していく内、ふと誰かの視線を感じた。不審に思って今日室内を見渡すと、

「―――!」

 見知ったとある人物を見たような気がしたが、ちょうど外国人講師が元気よく教室に入ってきたのでそれ以上その人物を見ることができなかった。っていうか、目の錯覚だろう。こんなことってありえないから・・・・・・



 しかし、目の錯覚ではなかった。

 授業で配られた『自己紹介カード』を使ってクラスのみんなに挨拶をしよう――とかいうことになって、それぞれが席を移動することになった。当然、さっき見た人物が目に入る。

(錯覚じゃなかった・・・・・・なんでここに武藤君がいるの・・・)

 しかも、営業スマイルばりばりで猫をかぶっている。ちょうど女子と喋っている最中で、なまじ顔がいいだけに、女子のほうは嬉しそうにはしゃいでいる。彼女に武藤の裏の顔を見せてやりたい。

 そう思っていると、唐突に武藤がこっちを向いた。まるで私の心の声が聞こえたかのようだ。しかも、なぜかこっちに来る。

(げっ・・・なんで来んの)

 慌ててなにか言おうか頭の中で考えたが、偶然武藤が別の女子に話しかけられたので、こっちまで来ることはなかった。


            ◇


「まさか同じ大学だとは思わなかった」

 3限が行われる教室に向かう途中、トイレに行った菜月を待つため、私はその近くの自動販売機の前でぼーっと突っ立っていた矢先の出来事だ。飲み物を買いに来た武藤が近くに立っていた。

「武藤君って裏表あるよね」

「いっつもへらへらしてんのなんて疲れるだろ。たまには発散しないと」

 だからって私の前で発散されても困るのだが。

「それ・・・パン屋の?」

 私の持つお昼ごはんの袋を見て武藤が呟く。

「うん。値段とか味とか覚えようと思って買ったんだ。いつまでも要領悪いなんて思われたくないから」

「ふーん。まぁ頑張れ」

 それっきり武藤は黙り込んでしまう。そして、飲み物を買ってさっさとその場を立ち去ってしまった。相変わらずの態度だが、これが発散中の武藤という男なのだろう。むしろ弱みを握っているようで面白いとまで感じてしまった。



 それからすぐに菜月が戻ってきたが、

「雪乃、武藤君と知り合いだったの?」

 そんなことを聞かれて少し驚いた。まさか菜月から武藤という言葉が出てくるとは思わなかった。

「知り合いっていうか・・・バイト先が同じで」

「いいなぁ。武藤君ってかっこいいし、かわいいし、優しそうだって人気あるんだよ?」

 そう思っている人たちにぜひ彼に裏の顔を見てほしかった。

 本当にかっこよくて、かわいくて、優しい人なら私は知ってる。教えるつもりはまったくないけれど・・・・・・

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