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第26回 お花見

 4月。桜が舞う季節になった。

 パン屋では季節限定のパンとして、さくらあんぱんと苺大福が並んだ。後藤(いわ)く、「大福は苺がなくなり次第終了しますが、さくらあんはしばらく出すつもりでいるので、よろしくお願いします」だそうだ。季節もののパンは人気が高く、すぐに売れてしまった。

 そんなある日のことだ。

「お花見したいなぁ」

 由良の一言でみんな自分が花見をしていないことに気づいた、私も考えてみれば、バイトのない日はだいたい寝て過ごしたり、ショッピングに出かけたりと花を()でることをしたことがなかった。

「私もしたいです」

 便乗すると、ちょうど厨房でたくわん状のクッキー生地を包丁で均等に切っている後藤がくるりと振り返った。

「じゃあ行きますか」



 そんなノリで決まったお花見。店が終了した午後6時から、近所の公園で夜桜を見物することになった。桜吹雪の中、木々に(とも)るちょうちんが綺麗で、風情があった。

「綺麗ですね」

「ほんと・・・パン屋やってると、どうしても下ばっか向いちゃうからね」

 由良と後藤が笑い合う。そのとき、先を歩いていた神山が振り返った。

「店長、ここにしよう」

「そうですね。いい場所が空いてました」

「・・・場所?」

 私だけがきょとんとしていると、唐突に後藤が懐から青いレジャーシートを取り出す。驚いているのは私だけだった。みんな当たり前のようにシートに座り込む。

「雪乃さん?どうかしました?」

「いえ・・・店長、シートなんて持ってたんですか?」

「やっぱりお花見といったら、こうでなくちゃと思いまして」



 私たちの他にも何組か夜桜見物の人がいるようだ。時々宴会のような歌声や笑い声が聞こえてきた。

 今回は、突然のお花見ということで、食べ物や飲み物の準備をなにもしてこなかった。仕方がないので、私たちは近くのコンビニで好きなものを買い、それを食べて宴会にすることにした。もちろん由良は缶ビールを買ったので、すぐに酔いがまわり真っ赤な顔をしていた。

 こうやってみんなでごはんを食べていると、1年前の食事会を思い出す。

「1年前も由良さんは酔ってましたね」

「酔ってないよー」

 本人は(かたく)なに否定する。ふと、私は思った。

(店長って飲ませるとどうなるんだろ)

 去年はまだ酔っていなかった由良にとめられたが、後藤に飲ますなら今がチャンスかもしれない。

「店長はお酒飲まないんですか?」

「僕はちょっと・・・遠慮しますね。弱いんです」

「意外です。飲んでも顔に出ないタイプだと思ってました」

 私の言葉に後藤は曖昧(あいまい)に笑いながら、手近にあった紙コップを手に取り、ごくりと飲む。一口で終わるのかと思っていたら、ごくごくと一気飲みをしていく。まるでお酒を飲んでいるかのような――

(お酒じゃん!)

 後藤が手に持っているのは、さっきまで由良が飲んでいた紙コップだ。自分のと間違えて飲んでしまったらしい。紙コップを飲み干すと、後藤が俯いてコップを強く握りしめている。

「あのー・・・店長?」

 様子がおかしいので訊ねると、いきなり―――



「――!!?店長!?」

 いきなりその場でばたんと倒れてしまったのだ。すでに真っ赤な顔をしている。

「極端に弱いのよね。店長って」

 紙コップ1杯で酔う人なんて初めて見た。私が目を丸くしていると、由良がはーっと盛大なため息をついた。

「しかもなにが大変かって言うと、店長が酔って寝たらなかなか起きないことなの。前回は翌日の昼頃にようやく出勤してきたんだから」

「そんなに寝てたんですか?」

「何度叩いてもばたんきゅー」



 私はまじまじと後藤の顔を見てみた。その表情は安らかに眠る子供のようだが、真っ赤な顔色が酔っていることを思い出させる。好きだっただけあって、やっぱりどきどきしてしまう。

「ゆきちゃん、寝込みは襲っちゃだめだよ」

 由良の言葉に、私は飲んでいたウーロン茶を吐き出してしまうかと思った。

「しませんよ!そんなこと!」

「最近流行(はや)りの肉食系女子ならやりそうだよねー」

「私は違います!だって店長には・・・・・いるんです。大切な人が」

「え!そうなの?」

 初耳らしく、由良が目をぱちくりとさせる。ちなみに、さっきまで酔っていたらしいが、いつのまにかシラフに戻っているらしい。

「し、知らんかった・・・ごめんね、ゆきちゃん」

「いっいえ!もう今はなんとも思ってないんです!」

 私は恥ずかしくなってぶんぶんと顔を振る。これは本当の話だ。由良に余計な心配をさせてしまったことを申し訳なく思ってしまった。



 ふと、三色だんごを食べている神山が目に入った。

「神山君はぶっちゃけた話、彼女とかいるの?」

 ぶっちゃけすぎたかもしれない。神山は無表情でもぐもぐだんごを食べていたが、ごくんと飲みこむと口を開いた。

「彼女はいないけど、好きな人はいるね」

「おおー」

「でも絶対に叶わない」

 一瞬場の空気がとまったが、すぐに由良が明るく言った。

「そんなのわかんないじゃん。告ってみたら、案外うまくいったりするかも――」

 私もそれに同感して頷いたが、神山は曖昧に笑っただけだった。一体どんな人に恋をしているのだろうか。


            ◇


(叶わない恋か・・・)

 お花見から解散した後、帰宅してすぐに考えた。

 結局、好きな人と一緒にいることを選ばなかった由良。叶わないと断定する神山。そして、肝心なときに想いを告げられなかった私。それぞれ境遇は違うが、3人とも未来のある恋はしていないように思える。

(私も似たようなもんだよね・・・武藤君には他に好きな人がいるかもしれないし)

 後藤が羨ましく思えた。あの2人のようにまっすぐな恋愛をしてみたいと思った。

季節はまるっきり反対ですが、大目に見てください。

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