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第25回 1年先輩


第2部です。それほど長くはないと思います。



 武藤がアメリカへ出発したその翌日、新しくバイトに入った神山が店に来た。今日からここで働いてくれることになっている。

「バイトの宮崎です。よろしくお願いします」

「神山です。よろしくお願いします」

 改めて話すのは初めてだ。よろしくと言っても表情はあいかわらず乏しい。しかし、笑わないわけじゃないらしく、時々会話するとうっすらと笑顔になることもある。ようするに、表情が表に出にくい人のようだ。背は170前半くらいだろうか。細身のために小柄に見える。

 私が1年先輩だからしっかり教えてあげなきゃと張り切っていたが、どうやら神山は後藤からいろいろ聞いてすでにやることを把握しているらしい。テキパキとした動きで、むしろ私よりも働いているように思えた。

 しかし、『太陽のレストラン』で働いていたバイト君と、一緒に働くことになるなんて思わなかった。しかも、彼は後藤と知り合いで、武藤の友達だ。地球は実は狭いんじゃないかと私は本気で思い始めた。



「神山君ってどこの大学行ってるの?」

「東西大学」

 それは都内でも有数の国立大学で、どの学部も偏差値が高い。なんだって私の周りにはこんなに頭のいい人が多いのだろうか。

「そっちは武藤と同じ大学なんだよね?学部も?」

「うん。英米学部」

 私は床の掃除をしながら答える。神山は小振りのクロワッサンを袋に詰めている。そのやり方が器用で要領がいい。ふと私は思った。

「もしかして神山君、医学部だったり・・・?」

「え、あ、うん。医学部保健学科放射線技術科学専攻っす」

「すごっ!放射線って画像とかだよね?」

「うん。MRIとかX線とか。放射線技師目指してるから」

(すごい・・・すごすぎる)

 なぜ私の周りはこんなに前へ進む人たちばかりなのだろうか。なにもしていない自分が情けなくなった。


            ◇


 開店時間前の手際のよさにも驚いたが、さらに驚くことに、すでにパンの値段を全部おぼえていることがわかった。実際にここのパン屋へ来ていたわけではないのに、メニュー表を見て覚えたらしい。レジも危なげなくこなしていた。

 まだはじめだから、後藤が補佐役に回ろうとしていたらしいが、その心配はないようだ。

「直樹君はすごいですね」

「はい。本当に覚えがいいというか、なんでも器用にこなすんです。」

 先輩の私の頭が上がらなくなってしまう。それに気づいた後藤は慌てて言葉を付け足す。

「いえ。今度は雪乃さんが直樹君のサポートをする番です」

「え?」

「いくら覚えがよくても、今日から始めたばかりの新人です。わからない部分を雪乃さんがカバーするんです」

 後藤の言葉で、ふと私が入ってきたばかりのことを思い出した。あのときの初めてのバイトで四苦八苦していたが、それを武藤がカバーしてくれたのかもしれない。口は悪いが、今さらになって感謝の気持ちを抱いた。

「よーし!」

 私は張り切って腕まくりをした。



「いらっしゃいませ!あ、江川さんですね」

 1年も働き始めると、さすがに常連さんの顔を覚える。特に、予約をしてくれている人は顔を見た瞬間に名前が出るようになった。

「今日はちょっと早く来てしまったけど、大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。もう用意できてましたから」

 メモを元にレジを打っていく。ふと江川があることに気づいた。

「あら、そういえば、いつもいるあの男の子はいないの?」

「留学したんです。代わりに入ってくれたのが、あそこにいる人です」

 私が示した方向には、焼きあがったパンを並べている神山の姿があった。その姿がまるで武藤のようだと思った。彼もあんなふうにパンを並べていた。後姿が重なってしまい、思わず目頭が熱くなってしまった。

 私は涙ぐんだ目を見られないように、予約のパンを確認するフリをした。


            ◇


 その日のバイトを終了させ、着替えの部屋でイスにどかっと座り込むと、同じく仕事を終えた由良が入ってきた。

「お疲れー」

「あ、由良さん!お疲れ様です」

「どうよ。新しいバイト君は?神山君だっけ?」

 神山は先にバイトを終えて、もう帰った後らしい。姿が見えなかった。

「すごく器用なんですよ。私なんかとは比べられないくらい」

 素直な感想を述べる。その間、由良がエプロンを脱いで近くのイスにかけていた。

「私、神山君をどこかで見たことがあるんだよね」

「え?」

 ふいに呟いた由良の言葉に私は驚く。

「あの顔どっかで見たことがあるなーって程度なんだけど」

「もしかしたらお店のお客さんかもしれませんよ」

「うーん・・・どうだろ」

 このときはたいして気にしていなかったが、後に由良がそのときの記憶を思い出したとき、1つのある出来事が起こる。



「まぁいいや。それより頑張れよ!ゆきちゃんのほうが1年先輩なんだから!」

「そうですよね。1年――」

 改めて認識すると、1年というのはあっというまだった気がする。でも、この1年の間にいろいろなことがあった。たくさんの出会いがあり、コミュニケーションをとった。大人の男性に恋もしたし、失恋もした。そして、新たに好きな人ができた。

(結局1年会えなくなっちゃったんだけど・・・)

 それでも、来年のお祭りに一緒に行ってくれると約束してくれた。それがとても嬉しかった。

「ゆきちゃん?」

 私が黙ったのを不審に思ったのか、由良が首を傾げる。

「いえ・・・私が入ってきたばかりの頃は、きっといろんな人に迷惑かけたんだろうなぁって」

「そんなことないよ」

「今日やってみて思ったんです。神山君はちゃんとやってくれるけど、私が入ってきたばかりの頃は神山君のようにはできませんでした。武藤君にはいっぱい迷惑かけちゃったって今さらになって気づいたんです」

 いなくなって初めて気づくなんて遅すぎだ。不覚にも、武藤を思い出して悲しくなってしまったことを振り払う。

 だから頑張ろう。自分にできることをやり、そして誰かを支えられるように――

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