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第18回 店長の秘密(2)


前回からの続きです。



 後藤は突然現れた私に困惑していたが、すぐにいつもの優しい表情になった。車椅子の女性に一言言い、2人でこっちに近づいてきた。

「猛君とごはんを食べに行ったのかと思ってました」

 私は頭の中で懸命に返答を考えた。

「・・・・そうなんですけど、店長ってば花屋に携帯忘れていったみたいですよ」

「え―――あっ本当だ!」

 慌ててポケットを探る後藤。私はバッグから後藤の携帯を取り出した。

「はい。これです」

「わざわざすみません・・・ありがとうございます」



 後藤とのやり取りを終えると、私はきちんと女性にぺこりと頭を下げた。彼女も柔らかい微笑でお辞儀をする。笑うとできるえくぼがかわいい人だ。

 私たちのやり取りに気づいた後藤が思い出したかのように、

「雪乃さん、紹介します。知人の倉西美咲さんです。パン屋の開店当時は、僕と猛君と香織さんと彼女の4人でやっていたんです」

「そうなんですか!私、今バイトさせてもらってる宮崎雪乃っていいます。よろしくお願いします」

「こちらこそ。今お店を手伝えなくてごめんなさい。仕事は大変だと思いますけど、陰ながら応援してます」

 なんて感じのいい人なんだろう。この人が開店当初のメンバー・・・そして、たぶん後藤にとって特別な人・・・・・

(あれ・・・なんか結構平気だ・・・)

 もし彼女がいるとわかったりしたらもっと取り乱すと思っていたのに、そうでもない。なぜか落ち着いている。不思議と悲しくもない。

 と、そのときだ。突然後藤の携帯が鳴り出した。そういえば病院に入ったのに電源をオフにすることを忘れていた。後藤は慌てて携帯を開き、「ちょっとごめん」と言って玄関へと走っていった。



「本当にありがとう。携帯を届けてくれて・・・猛君とのデートを邪魔しちゃったね」

 2人きりになってすぐに美咲はお礼を述べるが、私は耳を疑った。

「・・・デートですか?誰が?」

「雪乃さんと猛君――」

 私はぶんぶんと大きく首を振った。そんなことを言われたなんて武藤の耳に入ったら、心底嫌そうな顔をされるだろう。

「違いますよ!今日はたまたまなんです!」

「またまたー・・・照れなくてもいいのに」

 照れてない。私が好きなのは―――言えるわけがなかった。

「――美咲さんは・・・店長のことどう思ってるんですか」

 本当はその答えに気づいていた。だからこその質問だった。私は正面から美咲を見つめた。

「かけがえのない・・・私の大切な人――」

 美咲の頬をうっすらと赤く染めて言う姿は本当にかわいくて、私は思わず笑顔になった。そして、電話を終えたらしい後藤がすぐ後ろに立っていたことに美咲は気づかないで、くるりと振り返って――後藤と目が合った。

「えっ!」

「僕にとっても、美咲はかけがえのない大切な人だよ」

 驚く美咲に優しく笑う後藤。少し遅れて彼女がにっこりと笑顔になり、私は・・・私は―――



「こんちはー」

 突然の声に一同は驚いた。最初に声を出したのは美咲だった。

「猛君!」

 いつのまにか武藤が立っていた。

「お久しぶりです、美咲さん。誕生日おめでとうございます」

「ありがとう・・・あ、そっか。雪乃さんとごはん食べに行くんだよね」

「はい。じゃあ、そろそろ行こうか」

 私の腕を引き、武藤は歩き出す。武藤のおかげだった。最後に2人に笑顔で手を振ることができたのは――


            ◇


 私たちは冬の寒い空気の中、無言で歩く。武藤はなにも言わなかった。私が一方的にごはんに行こうと誘い、一方的にまた今度にしようと言ったのに、それでもここまでついてきてくれた。武藤には感謝をしている。彼のおかげで、あの2人に私の気持ちを知られることも、涙を見られることもなかった。

 そんな私に武藤が渡したのは、ハンカチではなくカイロだった。冷えた体と心にはとてもありがたい。



「知ってたんだね」

 武藤の返事はない。

「知ってたから、私に気づかせないようにしてくれてたんだね」

「ごめん・・・」

 私はカイロで両手を暖めながら、お盆のことを思い出していた。お祭りで武藤がなにかを言おうとしていたが、もしかしたらそのときには私の気持ちに気づいていたのかもしれない。

「あのパン屋がオープンしたときは、店長と美咲さんつきあってたんだ。元々2人で始めた店で、おれと香織さんがバイトとして入った。だけど、1年くらい前に美咲さんが倒れたんだ」

 静かに武藤は語る。

「将来的なことを考えて、美咲さんは店長と別れたらしいけど――」

 別れても2人の気持ちは変わるはずがない。それくらい好きだったんだ。後藤は確かに、彼女はいないし、美咲のことを知人だと紹介していたが、それでも心の中ではずっと想いつづけてきたのだ。

(私なんて入る余地がなかったんだ・・・)

 そんなことわかっていた。いつからだったか、私はそのことに気づき始めていた。後藤を振り向かせることは無理だと。



「武藤君・・・私そんなに悲しくないんだよ」

 武藤に話しかけているようで、私は自分に言い聞かせるように呟いた。

「店長が自分のこと好きじゃないことくらい最初からわかってたもん。だから悲しくない」

 顔を上げると、武藤が困惑した表情で戸惑っていることがわかる。一瞬後悔したが、武藤と目が合ったので思わずそらした。

「悲しくない―――」

 言いながら涙が止まらなかった。悲しくないなんて言ってるのに矛盾しているとわかっている。だけど、溢れる涙を止めることができなかった。目の奥が痛い。鼻がツンとする。体のどこかに重いものがのしかかったかのようだ。



「ごっごめん・・・こんなことにつき合わせて・・・・ほんとにごめんね」

 私は目をごしごしとこすり、無理やり笑った。思えば今日は武藤を振り回せてしまった。それが申し訳なくなってきた。

「・・・・・・腹へった」

「は?」

「ごはん食いに行こうぜ。宮崎、どこに行くつもりだったんだよ」

 私はしばらくきょとんとしていたが、

「・・・『太陽のレストラン』っていう洋食店」

「ああ、そこ知ってる。激ウマだよな」

「激・・・?」

「よし。行くぞー」

 私の話を聞かずに、武藤は歩き出す。いろいろと気を遣わせてきたのかもしれない。私はそのことに今日初めて気がついた。

「ありがとう」

 ぼそっと呟くと、武藤も振り返って一言。

「おごってくれるんだろ?」

 私は苦笑して頷いた。

ちなみに、店長が食事会のときに話していた「知人」は美咲のことではありません。

後に出てくるかもしれませんけど。

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