第14回 裏と表
夏休みになると、自動車学校は大学生でいっぱいになる。私はその混雑を避けて、夏休みの過ぎた10月に車校に通うことにした。そこで偶然会ったのは――
「えっ・・・お前も通ってたの?」
武藤だった。まさかこんな所でばったりと会うとは思わなかったので、少し驚いた。確かに、夏休みに車校に通っている様子は見られなかった。同じ時期に通うことになって、バイトに影響はないか心配になってきた。
「武藤君こそ・・・もう仮免は取ったの?」
「一応。もうすぐ効果測定」
つまり、入校したばかりの私と違って、武藤はもうすぐ卒業段階に入るところらしい。この教習所では卒業検定に合格すると別の試験場へ行き、そこで最後の学科試験を受ける。それに合格して初めて普通自動車免許を取得することができる。
「悪い、武藤」
見知らぬ男の声がして、武藤が振り返る。黒髪の男が小走りで近寄ってきた。私の存在に気づいたのか、不思議そうな顔をされた。
「あれ?彼女?」
「ちげーよ」
声を低くして武藤が否定する。私がなにも言わずにきょとんとしていると、彼の友達だと思われる男がにっこりと私に微笑みかけてきた。
「こんちは。おれ、武藤の中学時代からの友達の小塚っていいます。よろしくね」
「あ――宮崎です。よろしくお願いします」
私たちが自己紹介をし合っている最中、武藤は興味なさそうに窓の外に見える教習車を眺めていた。なんていうか、裏の顔だ。大学の武藤は基本的に誰にでも愛想のいい表の顔をしていて、あからさまな態度をとることはない。それが、この小塚という男の前だと少し違う。
「小塚、そろそろ行くぞー」
「ああ。じゃあね」
私にバイバイと手を振り、すでに先を歩いている武藤の元へ小塚が走っていく。2人の背中を、私は興味深く見守っていた。
1度会うと、私たちはよく顔を合わせるようになった。1人で通っているため、お昼ごはんをはさむ日は、私は1人で食べるときが多かった。しかし、武藤たちがいると(っていうか小塚がいると)一緒にごはんを食べてくれた。
「そっかー、宮崎さんはオートマ限定なんだ」
「だから楽だよ。ミッションだよね?エンストするって聞いたけどやっぱ難しいの?」
「むずいよ。仮免取る前なんか、よくエンストさせたなぁ。車校内の交差点のど真ん中で停まってた車っておれかも」
「そうかもなぁ」
妙なところで武藤が相槌をうつので、小塚はただ車の運転が下手な人になる。「そこで言うなよ」と小塚は落ちこんだ。
「ひでーなぁ・・・女性の前で恥かかせんなよ」
「女性?どこにいんだよ」
武藤が真顔で訊ねる。
「ここにいますけど」
私も真顔で答えた。小塚と違い、本当に失礼な男だと思う。
そのとき、武藤の携帯が鳴り、一言言ってから席を立つ。
「ぶっちゃけ武藤のことどう思ってるの?」
小塚に単刀直入にそう訊かれて私は飲んでいたお茶を噴き出すかと思った。
「ど、どう・・・って」
「あいつがあんなくだけた態度取るのって珍しいよ。ほんとにつきあってないの?」
「ないです。ないない」
私はかぶりを振る。それにしてもくだけた態度・・・・・ずいぶんいい言い方だ。私にはただの毒舌家にしか見えないのだが。
「武藤君って昔はどんな感じだったの?」
「あー・・・・一線っていうの?周りとの間に腺を引いてる感じ。慣れた連中の前だと今みたいな態度だけど・・・裏表があるっていうか。だから女の人と話してるの見るとちょっと意外かな」
「女子とは話さなかったんだー」
「そうでもないんだけど・・・・・くだけた感じで話すのはなかったね。ああ・・・でも彼女の前だとそうでもなかったかな」
彼女?意外な言葉に私は目を丸くする。すぐに武藤が戻ってきたので真実を問うことができなかった。
◇
別に驚くことでもないのだが、それでも気になってしまう。その週のバイトの時間、私は観察するかのように武藤のことを見ていた。その視線に気づいているのか、彼は始終露骨に嫌そうな顔をしていた。
「なんだよ」
バイト終了後、着替えの部屋で不機嫌そうに武藤は言う。一瞬答えに迷ったが、私は気になっていることを訊ねてみた。
「いや・・・武藤君って彼女いたんだーって・・・・」
「彼女?いないし」
「や。高校のとき?かな」
「高校も別に―――あー・・・それ小塚に聞いたの?つきあってねーよ。あいつらはそう思ってたかもしんないけど、ただ一緒に帰ってただけ」
どこか投げやりな言い方で武藤は語る。エプロンを脱いでバッグにしまう。
「委員会が一緒だった子でさ、なにやらしても要領が悪いからおれも手伝ってたら遅くなって・・・・で、途中まで一緒に帰った・・・?」
「へー。青春だねー」
「あのなぁ・・・おれはもっとしっかりした美人さんが好きなんだよ」
お疲れと言って部屋を出て行く武藤。
(しっかりした美人さん・・・・って由良さんや香織さんみたいな?)
最近なにを考えても、後藤や武藤が由良や香織を好きだと思うようになってしまった。それはそれで面白いが、私だけのけものにされているようで寂しい。なんだか考えることがバカらしく思えてきて、私も早々に部屋を立ち去った。
◇
私がようやく仮免を取得した頃、武藤と小塚は卒業検定を受けていた。2人とも、「金がないから一発で合格しろ」と親から言われているらしく、学科試験もほぼ満点で合格。卒検ではミスなく運転できたようでそちらも合格していた。
「よかったー・・・またエンストしたらどうしようかと思った」
心底ほっとしている小塚に、武藤は涼しい顔で、
「おれ、エンストしたことないんだけど」
「武藤・・・おれが運転下手みたいな言い方はやめてくれ」
「言ってない言ってない」
軽く笑う武藤と、ばつが悪そうな顔の小塚。2人を見ていると少しだけ羨ましく思えるのはなぜだろう。そのうち、彼らが私に気づいてこっちに来てくれた。
「「合格!」」
2人の声が重なった。
武藤にもちゃんと友達がいるということを書いた回です。
セリフの中で、「あいつらはそう思ってたかもしんないけど・・・」みたいなところがありますが、
あいつらとは小塚と、そのうち出てくる友達のことです。