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第12回 新しいパン屋


今回はパン屋らしいお話です。

私の近所にあるパン屋さんをイメージしてあります。



「9月の半ばに、新しいパン屋がオープンするらしいです」

 その話を店長の後藤から聞いたときは驚いた。この辺りでパン屋といえば、駅ビルの中にある有名店か、ショッピングモールにある高級店のパン屋くらいだと思っていたが、新たに店ができるらしい。しかも、話を聞くととても近所のようだ。

「ラ・・・ライバルですね」

「ははは、そうですね。でも、1度行ってみたいとは思ってます」

 私も行ってみたい。ただ、後藤はきっと純粋な気持ちで行くのだろうが、私は偵察目的だ。

(9月の半ばか・・・行ってみようかな)


            ◇


 そのパン屋は大学近くということもあって、オープンする前から噂になっていた。

「菜月も知ってたの?そのパン屋のこと」

 少し離れた実家から通っている友人の菜月でさえも知っていたらしい。

「一応。パン屋さんにはイケメンがいるのかと思って」

「―――?」

「でもほとんど女の人ばっかりじゃん。雪乃ってばラッキーだよ」

 少し遅れて菜月の言葉を理解する。菜月は何度か私のバイト先に来たことがあり、武藤や後藤と会話したことがある。その度に私は「いいなぁ」と言われていた。

「で?その新しいパン屋がどうしたの?」

「あ、うん。今度オープンしたらさ、一緒に行ってみない?どんなパンがあるか見に行きたいんだ」

「いいよ。私も行ってみたかったし」



 9月の第3土曜日に、噂になっていたパン屋がオープンした。私はバイトがあったためその日に行くことはなかったが、店に来ていたお客さんから聞いた話によると、とても混雑しているそうだ。

 私は菜月と相談して、最後の週の月曜日の空いた時間に行くことになった。


            ◇


 そして月曜日。私たちはいろいろな種類のパンを選びたいために、午前中に店に向かった。大学から徒歩5分。白が基調の清楚な印象を持つパン屋だった。

 入ってみると、やはりオープンしたばかりということもあってか、何人かのお客さんが並んでいた。どうやらケーキ屋さんのように対面販売をしているらしい。レジで自分の欲しいパンを店員に伝え、その場で入れてもらうようになっている。

(うわぁ・・・おいしそうだ・・・)

 ガラスのショーケースに並べられるパンは本当においしそうだ。それぞれのパンの解説も手書きで書かれ、なんだか温かさを感じる。対面販売の利点は衛生面だろう。ほこりがかぶる心配がない。反面、ゆっくりと選ぶことができないのも事実だ。

「どれにする?」

 すでに菜月は決めたらしい。私はケース内を隅から隅までじっくり眺め、3個のパンを選んだ。



「いらっしゃいませ」

 しばらくして私の番になる。レジに立つのは、人の良さそうなおじさんで、混んでいるというのにパンの解説までしてくれた。

「焦がしフレンチは外はサックリとしていて、中はふんわりしているんだよ。フレンチの味が口いっぱいに広がってとてもおいしいよ」

「へー・・・」

 私のバイト先にはないパンだ。だから買ってみたのだが、そう言われると余計に食べてみたくなってきた。

(こういうふうにパンの解説をしてもらうのって結構いいかも)

「はい。ありがとうございました」

 紙袋に入ったパンを受け取り、私はお礼を言って店を出た。偵察というか、悪いところを見つけるつもりだったのに、逆に勉強になってしまった。


            ◇


「私も行った行った!上品そうなお店だったよね」

 土曜日のバイトで、由良に新しいパン屋のことを話すとそう返された。やっぱり誰が見ても好印象を持つのだろう。

「でも悔しいです。あんなにいいパン屋ができたらお客さん取られちゃうんじゃないですか」

「まぁいいんじゃない?店長が気にしてないみたいだしさ」

「そうなんですか」

 あの後藤がライバルだとか言って気にするところなんて想像もつかない。気にしないのが後藤らしい。



 と、そのとき。お店にお客さんが入ってくるのがわかった。私はすでにバイトを終えていたので、武藤が対応している。なぜかお客さんの声がよく聞こえてきた。

(あれ?なんかこの声どっかで聞いたことがあるような―――)

 必死に考えているとき、後藤が店に出た。いらっしゃいませと言う声が聞こえる。

「ゆきちゃん、あれってあのパン屋の店員さんじゃない?」

「あ、ほんとだ」

 声を聞いたことがあるはずだ。このあいだ行ったパン屋の店員が来ていたのだ。

(なんで!?もしかして偵察!?)

 こっそりと覘くと、後藤と店員が仲良く話しているのが見えた。ひょっとしたらお互いに存在を知った上で会話しているかもしれない。すぐに偵察だと考える自分が情けなくなった。



「これからも同じパン屋としてよろしくお願いします」

 店員が帰るとき、そんな言葉が聞こえてきた。それを聞いて由良がくすくすと笑う。

「普通近所のパン屋同士でそんなふうに言わないよね」

「店長らしいですよね」

 店長らしい―――それでいいのかもしれない。偵察とかライバルだとか考えることなく、同業者として後藤は考えているのだろう。そんな考えを持ち合わせていない私には到底及ばない。

(なんか店長ってすごい人なのかもしんない・・・尊敬っていうか――)

 このときから、いや、それ以前から私の中で少しずつなにかが変わり始めた。具体的になにかはわからなかったが、私がそれに気づくのはもう少し先になる。

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