表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/38

第11回 兵庫へ(2)


宮崎という苗字が出てきますが、これは主人公雪乃の苗字です。



 後藤のおばあさんは、雰囲気や言葉遣いが後藤自身にそっくりだった。

「自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます」

 そんなふうに言われてお辞儀までされると、私と武藤はさらに深々と頭を下げた。後藤の礼儀正しさはおばあさんから来ているのかもしれない。

「そろそろ僕は同窓会に行きますが、2人ともお祭りへ行くのなら途中まで案内しますよ」

「あ、はい。お願いします」

 私が立ち上がると、「待って」とおばあさんに呼び止められた。

「お祭りに行くのなら、浴衣着てみませんか」



 それから30分後、私は紺色であじさい柄の浴衣に身を包んでいた。この浴衣は、後藤の妹のものであるらしく、多少古いが今でも着られるデザインになっている。っていうか、浴衣を着たことがなかったので、どんなものでも新鮮な気分になった。

 髪も後ろで結ってみた。うん、ちょっと夏らしくなった。

「どう?武藤君!似合うー?」

 別室で待っていた武藤の前に現れると、彼は私を一瞥(いちべつ)して一言。

「馬子にも衣装」

「もうちょっと他に言い方ってもんがないの」

 ぶーぶーとふてくされると、その声を聞いて後藤が部屋に入ってきた。今まさに見せにいこうとした相手だ。

「ど・・・どうですか?店長」

「素敵です。とてもよく似合ってます」

「や、浴衣がかわいいので・・・」

 あからさまに褒められると、逆に照れくさくなる。でも、後藤にそう言われたことがとても嬉しくて、私は赤くなった頬を冷やすために両手で顔を覆う。

「それじゃあ行きますか」

 武藤が立ち上がり、私たちは近所のお祭りへと向かった。


            ◇


 お祭りの会場まで行き、後藤はすぐに帰ってしまった。本当は時間もあまりなかったのだろうが、私が浴衣を着るまで文句も言わずに待っていてくれたのだ。その厚意に感謝した。

「人がいっぱいだね」

「お祭りだから当然だろ」

 武藤はそっけない。これが彼の性格だとわかっているが、お祭りのときぐらいもっと楽しくしてくれてもいいと思う。「一緒に来る?」と言われたのに、また最初のときの関係に戻ったかのようだ。

 しかも、武藤は歩くのが速い。履いたことのない下駄に悪戦苦闘してしまい、私はついていくことができなかった。

「ま・・・待って―――」

 そう言いかけたとき、少し先で武藤がこっちを振り返っていることがわかった。

(待っててくれたのかな――?)

 並んで歩くことはなかったけれど、武藤は一歩先を私の歩調に合わせて歩いてくれた。私が遅れると、すぐに気づいて待ってくれる。それが彼なりの優しさだと気づいた。



 お祭りというのだから、屋台がある。それほど規模は大きくないようだが、たこ焼きや焼そば、ヨーヨー釣りや射的など定番の屋台が揃う。その中で1つ、私の目を引くものがあった。

「なに?」

 私の視線に気づいたのか、先を歩いていた武藤が立ち止まる。

「や、ううん。なんでもない」

「なんか欲しいもんあったら買えば?」

「あー・・・うん。じゃあ買ってくる」

 私は小走りで屋台へと向かう。そこにあったのはチョコバナナの屋台だ。昔からお祭りに来たら絶対食べるほど好きなものだった。



「じゃじゃーん!チョコバナナ!買ってきちゃった。最後の1個」

「好きなの?それ。チョコにバナナかかってるだけじゃん」

「その相性がいいの!」

 本当に武藤はかわいくない。もし相手が後藤だったら、きっと「チョコとバナナの相性はいい」って言ってくれるはずなのに・・・・・ふと後藤のことを考えると、今頃どうしているのか気になってしまった。同窓会というのだから、久しぶりに会うのだろう。同窓会で再会した男女が恋愛関係に発展することも少なくない。

「店長・・・・今頃どうしてるかな・・・」

 思わず呟く。はっとしたときには遅かった。意外そうな表情で武藤がこっちを見ている。いや、意外そうっていうよりは―――むしろ確かめるような・・・

「宮崎ってさ・・・・」

「え、なにか・・・?」

「もしかして――――」



 数秒の間。

「やっぱいい」

 これだけたっぷりと時間をかけておきながら、武藤の発した言葉はそれだった。

「なに?気になるじゃんか!」

 ここまで待たせてそれはないだろう。私は武藤の腕をぐいっと掴んだ。

「いい。気にしとけ」

「はぁ?意味わかんないよ。そこまで言ったんなら言ってよ!」

「やだし」

 そう言われて乱暴に腕を振り払われる。その拍子に、私は持っていたチョコバナナを落としてしまった。「あっ」と声を出したときには、すでにチョコバナナは地面に落ちた後だった。

「あ、ごめん・・・」

 焦った武藤が謝る。

「いいよ。あとちょっとだったし。しつこかった私も悪いから」

 半分以上残っていたチョコバナナを拾い、私はゴミ箱へ持っていく。本当は少し名残惜しかったが仕方がない。

「行こう」

 今度は私が少し先を歩いた・・・・・・


            ◇


 翌日。甲子園の第3試合。

 武藤の弟は先発でマウンドに上がり、なんと4回までを無安打で抑えている。しかし、打線が当たらない。白熱した投手戦が続く。

「すごいですね、猛君の弟さん。ここまで1本のヒットも許してませんよ」

「奇跡ですよ」

 頬杖をつき、姿勢悪く観戦する武藤。5回オモテの広平高校の攻撃で、四球でランナーが1塁に出る。打席には3番。

 カキーン

 鋭い金属音がして、速い球がセンター前に落ちる。ランナーが進塁し、1塁と2塁が埋まった。打席には4番が立つ。

(うわ・・・チャンスだ!)

 手に汗握る展開に思わず見入ってしまうと、「宮崎」と名前を呼ばれた。見ると頬杖をついたままの姿勢で武藤が、

「昨日のチョコバナナの代わり、来年買ってやるよ」

「え、来年?」

「地元の祭りでもチョコバナナは売ってるだろ」

 それと同時に快音が響く。4番の打った白球はまるで吸い込まれるかのようにバックスクリーンに入った。

「やった!ホームラン!」

 流れがいい方向に向かった瞬間だった―――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ