第11回 兵庫へ(2)
宮崎という苗字が出てきますが、これは主人公雪乃の苗字です。
後藤のおばあさんは、雰囲気や言葉遣いが後藤自身にそっくりだった。
「自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
そんなふうに言われてお辞儀までされると、私と武藤はさらに深々と頭を下げた。後藤の礼儀正しさはおばあさんから来ているのかもしれない。
「そろそろ僕は同窓会に行きますが、2人ともお祭りへ行くのなら途中まで案内しますよ」
「あ、はい。お願いします」
私が立ち上がると、「待って」とおばあさんに呼び止められた。
「お祭りに行くのなら、浴衣着てみませんか」
それから30分後、私は紺色であじさい柄の浴衣に身を包んでいた。この浴衣は、後藤の妹のものであるらしく、多少古いが今でも着られるデザインになっている。っていうか、浴衣を着たことがなかったので、どんなものでも新鮮な気分になった。
髪も後ろで結ってみた。うん、ちょっと夏らしくなった。
「どう?武藤君!似合うー?」
別室で待っていた武藤の前に現れると、彼は私を一瞥して一言。
「馬子にも衣装」
「もうちょっと他に言い方ってもんがないの」
ぶーぶーとふてくされると、その声を聞いて後藤が部屋に入ってきた。今まさに見せにいこうとした相手だ。
「ど・・・どうですか?店長」
「素敵です。とてもよく似合ってます」
「や、浴衣がかわいいので・・・」
あからさまに褒められると、逆に照れくさくなる。でも、後藤にそう言われたことがとても嬉しくて、私は赤くなった頬を冷やすために両手で顔を覆う。
「それじゃあ行きますか」
武藤が立ち上がり、私たちは近所のお祭りへと向かった。
◇
お祭りの会場まで行き、後藤はすぐに帰ってしまった。本当は時間もあまりなかったのだろうが、私が浴衣を着るまで文句も言わずに待っていてくれたのだ。その厚意に感謝した。
「人がいっぱいだね」
「お祭りだから当然だろ」
武藤はそっけない。これが彼の性格だとわかっているが、お祭りのときぐらいもっと楽しくしてくれてもいいと思う。「一緒に来る?」と言われたのに、また最初のときの関係に戻ったかのようだ。
しかも、武藤は歩くのが速い。履いたことのない下駄に悪戦苦闘してしまい、私はついていくことができなかった。
「ま・・・待って―――」
そう言いかけたとき、少し先で武藤がこっちを振り返っていることがわかった。
(待っててくれたのかな――?)
並んで歩くことはなかったけれど、武藤は一歩先を私の歩調に合わせて歩いてくれた。私が遅れると、すぐに気づいて待ってくれる。それが彼なりの優しさだと気づいた。
お祭りというのだから、屋台がある。それほど規模は大きくないようだが、たこ焼きや焼そば、ヨーヨー釣りや射的など定番の屋台が揃う。その中で1つ、私の目を引くものがあった。
「なに?」
私の視線に気づいたのか、先を歩いていた武藤が立ち止まる。
「や、ううん。なんでもない」
「なんか欲しいもんあったら買えば?」
「あー・・・うん。じゃあ買ってくる」
私は小走りで屋台へと向かう。そこにあったのはチョコバナナの屋台だ。昔からお祭りに来たら絶対食べるほど好きなものだった。
「じゃじゃーん!チョコバナナ!買ってきちゃった。最後の1個」
「好きなの?それ。チョコにバナナかかってるだけじゃん」
「その相性がいいの!」
本当に武藤はかわいくない。もし相手が後藤だったら、きっと「チョコとバナナの相性はいい」って言ってくれるはずなのに・・・・・ふと後藤のことを考えると、今頃どうしているのか気になってしまった。同窓会というのだから、久しぶりに会うのだろう。同窓会で再会した男女が恋愛関係に発展することも少なくない。
「店長・・・・今頃どうしてるかな・・・」
思わず呟く。はっとしたときには遅かった。意外そうな表情で武藤がこっちを見ている。いや、意外そうっていうよりは―――むしろ確かめるような・・・
「宮崎ってさ・・・・」
「え、なにか・・・?」
「もしかして――――」
数秒の間。
「やっぱいい」
これだけたっぷりと時間をかけておきながら、武藤の発した言葉はそれだった。
「なに?気になるじゃんか!」
ここまで待たせてそれはないだろう。私は武藤の腕をぐいっと掴んだ。
「いい。気にしとけ」
「はぁ?意味わかんないよ。そこまで言ったんなら言ってよ!」
「やだし」
そう言われて乱暴に腕を振り払われる。その拍子に、私は持っていたチョコバナナを落としてしまった。「あっ」と声を出したときには、すでにチョコバナナは地面に落ちた後だった。
「あ、ごめん・・・」
焦った武藤が謝る。
「いいよ。あとちょっとだったし。しつこかった私も悪いから」
半分以上残っていたチョコバナナを拾い、私はゴミ箱へ持っていく。本当は少し名残惜しかったが仕方がない。
「行こう」
今度は私が少し先を歩いた・・・・・・
◇
翌日。甲子園の第3試合。
武藤の弟は先発でマウンドに上がり、なんと4回までを無安打で抑えている。しかし、打線が当たらない。白熱した投手戦が続く。
「すごいですね、猛君の弟さん。ここまで1本のヒットも許してませんよ」
「奇跡ですよ」
頬杖をつき、姿勢悪く観戦する武藤。5回オモテの広平高校の攻撃で、四球でランナーが1塁に出る。打席には3番。
カキーン
鋭い金属音がして、速い球がセンター前に落ちる。ランナーが進塁し、1塁と2塁が埋まった。打席には4番が立つ。
(うわ・・・チャンスだ!)
手に汗握る展開に思わず見入ってしまうと、「宮崎」と名前を呼ばれた。見ると頬杖をついたままの姿勢で武藤が、
「昨日のチョコバナナの代わり、来年買ってやるよ」
「え、来年?」
「地元の祭りでもチョコバナナは売ってるだろ」
それと同時に快音が響く。4番の打った白球はまるで吸い込まれるかのようにバックスクリーンに入った。
「やった!ホームラン!」
流れがいい方向に向かった瞬間だった―――