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第10回 兵庫へ(1)


パン屋から離れ、兵庫へ旅行に行きます。



 個人店のパン屋であるため、1週間程度のお盆休みが存在する。

 バイト終了後、着替えの部屋で由良と休みについて話をし、実家に帰らないことを話すと心底驚かれた。

「なんで帰らないのー?」

「お盆はなんか忙しいみたいで、ずらして帰ろうかなーって」

「そっかぁ・・・じゃあ1週間ヒマだね」

 そのとおりだ。せっかくだからどこかに遊びに行きたいのだが、お盆だからバイトを休めない人もいれば、実家に帰ってしまう人も結構多い。つまり、ヒマ人は私だけなのだ。

「由良さんち遊びに行っちゃダメですか?」

「私実家帰っちゃうから」

 にっこりと笑顔でそう言われたら、返す言葉もない。お盆は引きこもり決定だと本気で考えたときだ。「お疲れ様です」と言って武藤が入ってきた。



「武藤君はお盆休みどうやって過ごす?おばあちゃんちとか帰るの?」

 私が訊ねると、彼は首を振った。

「たぶん弟のトコ行く」

「弟?」

 私の中で、丁寧な言葉遣いをする坊主頭の少年が思い出された。その言い方だと今は家にいないということになるが・・・

「甲子園。あいつ野球部だから」

「えっ!うそ!もしかして広平(ひろだいら)高校?」

 その名前はよく知っている。今年の東東京代表の名前。私は高校野球が好きで、バイトがあって試合が見れない分、新聞でチェックしている。そういえば、ピッチャーの名前が武藤とかいったような気がする。

「ピッチャーの武藤って・・・」

「そう。それおれの弟」

「うっそ!すごいすごい!いいな・・・私も応援に行きたいなぁ」

 本気でそう思うと、意外にも武藤の返答は、

「一緒に来る?」


            ◇


 そして、お盆休み当日。私はなぜか武藤と店長の後藤と一緒に新幹線に乗っていた。後藤が来たのは、小中の途中まで兵庫に住んでいて、今回たまたま同窓会があるということで行くことになっていたらしい。せっかくだから一緒に行けばという由良の提案により、3人で行くことになった。また、後藤の祖父母の家が甲子園に近いため、なんとただで宿泊させてくれると言う。



「それにしてもすごいですね。まさか弟さんが代表選手だとは思いませんでした」

「偶然ですよ。昔から運動神経がよかったから・・・」

 照れているのか、武藤は曖昧に笑う。この2人が喋っている光景はなかなか見られないので、私は興味深くそれを見ていた。なんたって2人ともイケメンだ。時々女子が振り返るのがわかる。逆ハーレムで私は気分が良かった。

「試合は明日なんですよね」

「はい。第3試合らしいです」

「それなら今日は祖父の家の近所でお祭りがあるそうです。お2人で行ってみたらどうですか」

「店長は行かないんですか」

 私が訊ねると、「同窓会があるので」と控えめに断られた。私としてはぜひ後藤とも一緒に行きたかったが、用事があるのなら仕方がない。

「じゃあ武藤君、一緒に行こー」

 なぜだか武藤はしばらく私を値踏みするかのようにじっと見ていたが、やがて行くと頷いた。


            ◇


 後藤の祖父母の家は、大きな平屋建てだった。しかも庭が広くて、一面に咲いている大きなひまわりが目立つ、黄色い世界だ。

「うわぁ・・・すごい庭ですね!」

「僕の祖母はとてもひまわりが好きなんです。毎年咲くのを楽しみにしてるんですよ」

 そのおばあさんは現在家を留守にしているらしい。後藤は預かっていた鍵で中へと入る。しかし、私が庭に行ってみたくてうずうずしているのがわかったのか、

「荷物を置いたら庭へ行ってみますか」

「はい!」

 彼の優しい気配りが嬉しかった。



 近くで見ると、また大きなひまわりだ。中には私の身長を超すものまであり、見上げないと花が見えないものもあった。

(きれい・・・夏ってかんじ)

 風が吹くたびに、花弁が揺れる。それを見ているだけで涼しげな気分になった。例えば、この中で読書でもしたらどんなに気持ちがいいことだろう。

 と、そのとき、私は視界の片隅にあるものを見つけた。

(あれ?あそこにあるのって―――イス?)

 庭の隅のほう、ひまわりを見渡せる木陰に木のイスが置いてある。誰かがなにかの目的で置いたものだろう。好奇心から試しに座ってみると、風が当たるし、ひまわりを見渡せる特等席だとわかった。



「居心地よくありませんか」

 頭上から降りかかる言葉に、見上げると麦わら帽子を持った後藤がにっこりとして立っていた。慌てて立ち上がろうとすると、勢い余ってひっくり返りそうになってしまう。後藤によって支えられなかったら、きっと漫画のようにずっこけていただろう。

「すみません・・・勝手に座っちゃって」

「かまいません。僕もその席大好きなんですよ」

「いいですね。風通しも良くて、ひまわりが見渡せて・・・暑いのに涼しく感じます」

「ええ。小さい頃、よくここへ来ました。なにも考えずにただ座ってるだけで落ち着けるんです」

 昔を思い出すかのように後藤は笑うが、ふと手に麦わら帽子を持っていることに気づいて慌てる。

「暑いから持ってきたんですけど・・・ちょっと若者向けではないですね」

 それは私にかぶってもらおうと持ってきた、おばあさんの帽子なのだろう。大の大人が麦わら帽子片手に照れる姿がかわいくて、私は思わずくすっと笑った。

「いえ、店長。ありがとうございます」

 つばの広い帽子を両手でかぶる。少し大きくて前が見づらい。

「店長の好きなもの、これからもいっぱい見たいです」

 前がよく見えなかったからこそ言えるセリフだった。「いいですよ」と言う後藤はやっぱりその意味をわかっていないだろうが、それでもよかった。だって今日は、後藤の好きなものを1つ知ることができたから―――・・・・・・

このひまわりのネタは、某有名映画から拝借させていただきました。

背の高いひまわりがいっぱいのイメージです。

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