第1回 パン屋でバイト
はじめまして!
楽しんで読んでくださったら光栄です。
「じゃ早速だけど、明日から来てもらってもいいですか」
「はい。よろしくお願いします!」
この不景気の中、就職活動どころかアルバイトの求人でさえなかなか見つからない。大学生になったばかりだが、正直な話すぐにバイトなんてできないだろうと思っていた。しかも――
「僕は店長の後藤です。よろしくお願いします」
パン屋の店長のイメージといったら、おじいさんがやっているようなイメージだったが、この後藤という男は若い。黒髪に黒縁眼鏡、長身で痩せ型。なにより整った顔立ちに私は思わず見惚れてしまった。
新たに引っ越してきた矢先で見つけた自営業のパン屋さん。バイト募集の張り紙を見て、私はすぐさま飛びついた。
「よろしくお願いします!」
幸先良好!私はこれからの生活に胸をときめかせていた。
◇
個人店といっても、店内は思っていたよりも広かった。土曜日の8時過ぎ、初めてのバイトデビューで店に入ると、焼きたてのパンの匂いが広がっていた。
(うわぁ・・・いい匂い)
思う存分吸い込んでから深呼吸をする。裏口から入ると厨房になっているため、すぐに大きなオーブンが目に入った。その近くでベージュのエプロンをした女の人が鉄板を持っているのがわかった。
(大きなオーブン・・・あれでパンを焼くんだ)
感心するのも束の間、厨房にちょうど入ってきた人と目が合った。後藤ではない。顔立ちは整っているが、背があまりないためか童顔のようにも見える茶髪の男だった。
「あれ・・・もしかして今日から来るっていう新しいバイトさん?」
「あ、はい!宮崎雪乃です。よろしくお願いします」
「武藤です。よろしく」
おばさまキラー――という言葉が相応しいほど、キラキラとした笑顔だった。一瞬面食らったが、「こっち」と言われてすぐにどこかに案内される。
―――着替えるための部屋だった。
部屋と言ってもロッカーがあるわけではない。机とイスが置いてあり、無造作に個々の私物が置かれている。っていうか、ちらかっている。
「たぶん店長のことだから―――あ、あった。これがエプロンね。ここ結構無用心だから、貴重品とかあんまり持ち込まないほうがいいですよ」
「はい」
真新しいエプロンを渡され、私は早速着てみる。うん、サイズもピッタリだ。色もベージュでシンプルで、男女共に着られるデザインになっている。
「なにか質問はないですか?」
ほがらかな笑みを浮かべて武藤が訊ねる。私はすぐに気を許してしまった。
「あの・・・私バイト初めてなんですけど、初心者でもちゃんとできますか?」
「え?初めてなの?」
それは意外や単純な驚きではなく、どこかとげのある言い方に聞こえた。少なくとも私には。その証拠に、武藤はしばらく黙っていたが、
「店長に教えてもらえばいいよ」
そのまま武藤は部屋を出て行ってしまった。
1人取り残されると、次に何をすればいいのかわからない。てっきり武藤が教えてくれると思っていたのに、彼は出て行ったきり戻ってくる様子はない。たぶん教える気などさらさらないのだろう。
「あ、すみません。ここにいましたか」
聞き覚えのある声に振り返ると、店長の後藤が少し肩を上下させて現れた。
「ちょっと私用で遅くなってしまいました。ああ、武藤君がエプロンを出してくれたんですね。他になにか教えてもらいました?」
「あ・・いえ」
私は曖昧に頷く。
「じゃあ今から簡単に説明します。少しずつ覚えていってください」
店長の言葉に、私は心からほっとした。
基本的に朝やることは、焼きあがったパンを店に出すこと、予約をしたお客様のパンを準備すること、簡単なパンの製造、掃除、花の水やり―――などだそうだ。厨房には店長の他に、さっき見かけた女の人がいて、私は基本的に武藤と仕事をするらしい。ちょっと嫌だが。
まだ最初だからと、私はパンを出すことと、掃除と水やりを任された。
「鉄板は熱いから気をつけてください」
店長は優しい言葉を忘れない。私はこくんと頷いて、パンを落とさないように運ぶ。
(っていうか、これどこに並べればいいんだろう)
誰もいないのに辺りを見渡す。ちょうど厨房から女の人が出てきたので、私は助けを求めた。由良さんといって、とても面倒見がよくて、おおらかな30代の女性だ。
「場所なんて決まってないんだけどね。基本的にはここかなー」
「すいません・・・ありがとうございます」
「いいって。そうだ、後でパンを並べる位置を簡単に紙で書いたげる」
「わぁぁ!なにからなにまでありがとうございますー!」
開店時間が近づいてくる。その頃になると、店の外にお客様が並んでいるのがわかった。
(うわぁぁ・・・開店時間よりも前なのにあんなに人がいるんだ)
窓から外を覘いていると、後ろからばしっとなにかで叩かれた。よく見たらぞうきんだ。
「――!?」
「恥ずかしいから覘くなって」
最初のおばさまキラーはどこへ行ったのやら、まともにシカトされ続け、ようやく武藤が喋った言葉がそれだった。
「人がいっぱいだなぁって思って」
「そんなのいいから、こっち手伝ってくださいよ。これくらいならできるでしょ」
これくらい・・・どうやらビニール袋を補充することのようだ。会ったばかりだというのに、ずいぶんとバカにされているらしい。
そのとき、厨房から後藤が出てきた。
「もうすぐ開店です。今日もよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
パン屋『ベーカリー ル・シエル』ただ今開店!
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後藤と武藤・・・名前が似ていてすみません。2人をイメージしたら、この苗字が出てきたので・・・