二人の時間
「ねぇ」
反応はない。
「ねぇってば!聞いてる?」
少女。高城由衣が反応を返さない男の肩を揺らしながら再度尋ねる。
「んー?」
今度は反応があった。しかし、男、紅城クリアは興味なさそうに返事をする。目線も隣の由衣ではなく、机で読んでいる小説に向けられていた。
男の名前のクリアだが、何もハーフではなくれっきとした純日本人である。完了と書いてクリアを読む。それは両親がつけた名前。いわゆるキラキラネームだ。本人は自分の名前にコンプレックスを抱いていた。試験や書類などで名前を書く時には常にカタカナで表記するようにしている。
クリアには兄と姉がいる。しかし、二人の名前はクリアと比べると比較的まともな名前でますます両親がなぜこんな名前を付けたのか理解に苦しんでいる。
だが、高城由衣という少女は「え~?私はかっこいいと思うけどな。世界に一つだけしかない名前って感じで」と今まで誰も言わなかった言葉を言ってくれた。
今思えばこういったことが彼女の魅力に取りつかれた始まりなのかもしれないとクリアは思ったが、本人に言うつもりはない。
「聞いてないでしょ。ちゃんとこっち向いて返事してよ」
このまま放置しておくと後々面倒くさいことになりそうなのでクリアは今のページにしおりを挟んで彼女に向き直った。
「なんだよ?」
「突然ですがここで問題です。今日は何の日でしょう?」
「今日って・・・・・・4月15日か・・・・・・何の日だっけ?」
思わぬ回答に驚きと怒りがこみあげてくる。
今日は高城由衣と紅城クリアが恋人になって一年目だ。それを覚えてないなんてと悲しさ反面、怒りもわいてきたのだ。
「ちょっと!?本当に覚えてないの?」
椅子から立ち上がり、机を叩く。目の前の男は頭を悩ませている。
「ちょっと待て。確か今日は・・・・・・あっ、そうだ!今日は担任の和田先生の誕生日らしいぞ」
「えっ、本当に?やばっ・・・・・・私何も準備してなかった。・・・・・・ってそうじゃなくて!」
「なら俺が読みたい小説の発売日か?」
「そうでもなくて!!」
由衣の怒りがどんどん大きくなっていく。
クリアに答えを期待した自分がバカだったとため息が思わず漏れた。
椅子に座り、クリアに答えを聞くのは諦めようとしたとき、クリアが口を開いた。
「記念日だろ?」
「えっ!?」
「今日俺たちが付き合ってちょうど一年目の」
「クリア・・・・・・」
記念日のことをちゃんと覚えていてくれた。それが嬉しくて先程の怒りがどこかへと消え去っていた。クリアはいつもこうだった。冗談を言って由衣をからかって楽しんでいる。でなければこんないじわるしない。
「由衣、目瞑って」
「えっなんで?」
「いいから」
クリアから突然言われ、疑問に思いつつも言われた通り目を瞑る。緊張と動揺が走る。
まさかキス!?そう思うと由衣はそれのことしか頭の中に浮かばなかった。二人が付き合って一年目になるが、二人の口づけはまだしたことがなかった。心臓が跳ね、鼓動の音が伝わってくる。心の準備ができてないが、クリアが望むならと覚悟を決めた。思えば一年目の記念でファーストキスを奪われるのも悪くないかもしれない。それはそれでロマンチックだしと由衣の妄想がどんどん飛躍していく中、クリアが口を開いた。
「よし、もう開けていいぞ」
クリアの声。えっキスは!?と思いつつも目を開ける。いつものクリアの顔。教室内を見渡すが、特に変わった様子は見受けられない。何で目を瞑れといったのか由衣が質問する前にクリアが口を開いた。
「由衣、鏡見て」
彼は笑顔で言った。なんで鏡?と疑問に思いながらも鞄にしまってある携帯用の鏡を取り出して開いた。
「あっ」
思わず声が漏れた。それもそのはず鏡には自分の前髪に見たことない花柄のヘアピンがとめてあった。
「それ一周年記念のプレゼント。安物なんだけど由衣に似合うと思って」
「へ、へぇ~そ、そうなんだ。ありがとう」
嬉しいサプライズ。あまりの嬉しさに顔が赤くなり、どこを見ていいのかわからず、目線をそらしてしまう。
「よく見せて」
クリアが由衣の耳元を優しく掴み、顔をこちらに向ける。お互いの目が合う。
「うん、よく似合ってる。いつにも増して可愛いな」
ノックアウトされた。あまり褒め慣れていない由衣はクリアの言葉が嬉しくて仕方がなかった。
今、鏡を見ると顔から煙が出るほど赤面しているに違いない。
「それじゃあ今日は帰ろうぜ」
「う、うん」
校舎を出て並んで一緒に帰る。帰宅路を歩く二人の背中を大きな西日が照らす。クリアと由衣の頬が赤く染まっていた。