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短編

赤いメッセージをお待ちしております

作者: おかやす

 どうやってたどり着いたのかはさっぱり覚えていない。

 たまにのぞいている小説投稿サイトで、その活動報告を読んだのは、本当に偶然のことだった。


 『これが私の最後の投稿です』


 興味を引く題だった。「釣りかな?」と思いつつ読んでみると、一年ほど前から体調が悪かったこと、病院で検査を受けたところ膵臓癌で余命半年と言われたこと、身辺整理が終わったので明日から入院する、といったことが書いてあった。


 どうやら、本当に最後の投稿らしい。


 改めて日付を確認すると、五年も前の投稿だった。書いてあることが本当なら、このユーザーはもうこの世にいないだろう。交流があったらしいユーザーがコメントを残しているが、それに対するコメント返しは一切なかった。


 まるで遺言だな、と思った。


 投稿していたユーザーが突然亡くなり、ブログやらSNSやらが残ったままになる、という話は聞いたことがある。だけどこのユーザーは意図的に遺したようだ。五年も前からこのままなのだから、遺族に託したということもなさそうだ。託された遺族が忘れているのかもしれないが、それにしてもマナーとしてどうなんだ、退会手続きをすることもできただろう、と思ってしまう。


 ああ、でも。


 自分が生きた証をどこかに遺しておきたい、そして誰かに知ってもらいたい、そう思う気持ちはわかる。小説サイトに投稿しているぐらいだ、自己顕示欲というか、承認欲求というか、そういうものがあった人に違いない。でなければ、小説なんてメンドクサイものを書いて投稿しようなんて思いはしないだろう。


 「……いやいや」


 そこまで考えて、自分の頭を軽く叩いた。何を偉そうに分析しているのか。この活動報告だけで、この人の何をわかった気になっているのか。


 偉そうに語るのなら、せめてひとつぐらいは作品を読んでからにしよう。


 そう考えた私は、その人の作品を開いた。

 ほんの、きまぐれだった。


   ◇   ◇   ◇


 「ふうん」


 短編をいくつか読み、出てきた感想がそれだった。

 文章は読みやすい。誤字もほぼない。起承転結はしっかりしていて、ちゃんと話が終わっている。未完の作品がないのも素晴らしい。だけど文芸寄りの内容はこのサイトの主流からは外れており、しかも少々古臭い。これじゃウケなかっただろうと思ったが、案の定、100ポイントも入っていなかった。


 『癌だと言われた時はショックだったが、年も年だし、まあ仕方ないと受け入れた』


 活動記録のその記述から、作者は高齢の方だとわかる。以前の活動記録を拾い読みしてみると、年金云々という記述があった。少なくとも六十代後半、ひょっとしたら七十を超えていたのかもしれない。


 古いサイトだしな。高齢のユーザーも多いんだろう。


 もう一つだけ読んで終わろう、ならいっそ一番古いのを読んでみるか。そう考えて私は作品リストをたどり……驚いた。

 一番古い作品は、四十年も前に投稿されていた。私が生まれるよりも前じゃないか。

 「すげえ」と口笛を吹きながらその作品、おそらく作者が一番最初に投稿したであろう長編小説をクリックした。


 内容のハチャメチャさに、思わず笑った。


 コメディ路線のファンタジーもので、元気な女の子が大暴れしていた。ノリと勢いだけで書いた、ご都合主義満載の、作者が好き勝手書いている作品。先ほど読んだ文芸寄りの短編からは想像もつかない内容だ。


 最初はこういうのを書いてたのか。でもこれって黒歴史じゃね? 遺して後悔してるんじゃね?


 笑いつつも、澄ました感じの文芸作品より好感が持てた。それなりに盛り上がり、ややあっさりした感じで終わったが、読後感はわりといい。


 がぜん、興味が湧いて来た。


 他にはどんなのを書いているのだろうかとクリックしようとして、時計を見ると午前一時。今から他の作品を読むと一体いつ終わるのやら。さすがに徹夜明けで仕事というのはつらい。


 さてどうするか、なんて悩みはしない。

 どうせG.W.中の一日だ、 休んだところで何も言われない。明日は風邪をひいて休むとしよう。


 そう決めた私は、一度席を立ち、グラスに氷とウィスキーを入れて席に戻った。

 これで準備完了。

 さあ、見知らぬ誰かの世界へ、冒険に出かけるとしよう。


   ◇   ◇   ◇


 元気な女の子が、仲間とともに大暴れしていた。

 鈍い男の子が、女の子の好意に気付かずヤキモキさせていた。

 世界の果てを目指す冒険をしている話もあれば、ただ肉を焼いて食べているだけの話もあった。

 きわどい性描写や暴力描写に満ちている話もあれば、子供向けのお話もあった。

 五十万字を超える長編もあれば、千文字に満たない短編もある。


 話の内容は様々、ジャンルなんか気にしていない、多種多様な物語。どの作品も、面白くないとは言わないが、まあ趣味のレベルだね、という内容。1,000ポイントを超えている作品は一つもなく、感想もそれほど多くない。


 いわゆる「底辺作家」というやつだ。


 それでも私は作品を読み続けた。なんなのだろう、どうして私は次の作品を開き続けるのだろう。不思議に思いつつもやめられず、気がつけば夜が明けていた。

 さすがに眠気に勝てず、私はベッドに横になった。会社に電話を入れ、体調不良で休むことを伝えた後、携帯の電源を切って眠りに落ちた。



 ──徹夜明けの眠りはいつもの眠りと違う。

 案の定、ふわふわとした眠りに落ち、断続的に夢を見た。私は元気な女の子と一緒に異世界を冒険していたが、これといって事件は起こらない。途中で出会った人と仲間になり、ワイワイと楽しく大騒ぎしながら旅をしているだけだった。


 夢を見て、夢が途切れ、そしてまた別の夢を見て。


 内容は違えど、すべてあの作者が書いた作品のキャラクターと旅をする夢だった。過去へ行き、未来へ行き、異世界へ行き、この世界を旅し、ただただ笑って大騒ぎして、時々失敗もして、仲間と一緒に愉快な旅を続けた。

 そんな旅を繰り返し、いくつもの世界を渡り歩いた後、最後に居酒屋で見知らぬじいさんと酒を飲んだ。


 「乾杯」


 ビールジョッキを軽くぶつけて、私とじいさんは乾杯した。

 とりたてて珍しいメニューも、目が飛び出るほど高い料理もない、どこにでもあるチェーン店の居酒屋。ただ店内にはケルト音楽が流れていて、まるで冒険者が集う酒場にいるような気分になれた。


 「楽しんでくれたかね?」

 「ええ、楽しかったです」


 私の返事に、じいさんは「それはよかった」と嬉しそうに笑った。私がいくつか感想を述べると、じいさんは「ふむふむ」とうなずき、礼を言い、あるいは私の疑問に答えてくれた。


 「マナー違反かな、とは思ったがね」


 三杯目のビールが空になる頃、じいさんはポツリとつぶやいた。


 「歴史に残る名作というわけでもなし。時間はあったから、削除しておけば運営サイトは助かっただろうて」


 ネットの資源とて無限ではない。どこかで誰かが金を出し、管理・運営を行なっている。それを考えれば、死ぬ前に消しておくのがマナーだったのかもしれない。

 だがね、とじいさんはすまなそうに笑う。


 「どうしても遺しておきたかったんだよ。読んでくれた人に、伝わればいいと思ってね」

 「何がです?」

 「私は楽しかった。最後まで、本当に楽しかった、とね」


 じいさんはビールを飲み干し、立ち上がった。


 「それだけさ。だけどね、簡単なようで実に難しいことを、私はやったつもりだよ」


 しょせんは趣味だがね。

 じいさんは笑うと、財布から金を出して机に置いた。遠慮した私に「年寄りから若者へのエールさ」と、穏やかな笑顔で親指を立てた。


 「お前さんも、これというものを存分に楽しむといい。おっと、別れ際に説教臭いかな?」

 「いえ、そんなことは」

 「さて、そろそろ行くよ。迎えが来た」


 じいさんは居酒屋の入口を指差した。

 そこには実に様々な人がいた。人でないものも大勢いた。じいさんが書いた、たくさんの作品に出てくるキャラクターたちだ。

 じいさんが手を振るとみなが喜んで手を振り返し、早く来いと手招きする。


 「あいつら、続きを書けとうるさくてね」

 「大変ですね」

 「まったくだ。こんな趣味、持つんじゃなかったよ」


 じいさんはボヤきながらも、楽しそうに笑って歩き出した。キャラクターたちが駆け寄ってきて、我先にとじいさんの手を取り、「次は私だ」と言い争いながらじいさんを扉の向こうへ連れて行く。


 「……大変だ」


 静かに扉が閉じていく。どうやら私には、じいさんと共に旅をする資格はないらしい。


 「よい旅を」


 私は閉じた扉に向かってジョッキを掲げ、残りのビールをゆっくりと味わった。

 ほろ苦いビールが、最高にうまかった。


   ◇   ◇   ◇


 一ヶ月ほどかけて全ての作品を読み終えると、私はいくつかの作品に感想を書き込んだ。


 「本当に楽しかった」


 それだけさ、とじいさんは笑っていた。

 小説なんてメンドクサイものを何十年も書き続け、しかも読んでくれる人はほんの少し。それなのに、じいさんは「楽しかった」と心の底から笑顔を浮かべていた。


 「今は、どれを書いているのかな?」


 まだ続きがありそうなのに、完結としている作品がいくつもある。きっとそんな作品のキャラクターがじいさんを取り囲み、「続きを書け」と大合唱しているに違いない。


 そしてじいさんは。

 「めんどくさいなあ」とボヤきながら、楽しそうに笑っているのだろう。


 「……さて」


 感想を書き終えた私は、最後に作者に対して直接メッセージを送った。

 全ての作品を読んで感じたこと、夢で見たこと、そこで交わした会話。そんなことをとりとめもなく書いた後、私は最後にこう付け加えた。


 「お返事、お待ちしております」




 ──その後、私はその小説投稿サイトの常連となった。

 もっぱら読み専門で、ポイントは入れるが感想もメッセージも送らない。投稿者にとっては迷惑なユーザーかもしれないが、もうしばらくは許してほしい。


 このサイトでは、メッセージや書いた感想への返事が届いたときに、赤い文字でメッセージが表示される。

 だから、じいさんからの返事が届いたときに、一目でわかるようにしておきたい。


 バカなことを、なんて言わないでほしい。私だって死者から返事がくるはずがないとわかっている。

 だけどあのじいさんなら、旅先から返事をくれそうな気がするのだ。

 素朴で軽快なケルト音楽が流れる酒場で、キャラクターたちとワイワイ大騒ぎしながら、「どうれ、返事でもしてやるか」と笑うじいさんの顔が見える気がするのだ。



 だから私は、今日もサイトにログインする。

 今日こそ赤いメッセージが表示されるのではないか。

 そんなワクワクを胸に、私は軽やかにログインボタンをクリックした。


※本文中に退会してデータを消すのがマナー との記述がありますが、あくまで作品内でのことです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルからエッセイかなと思ったら、なんともステキなストーリー! 感動しました。ありがとうございます! ヽ(〃´∀`〃)ノ
[良い点]  じわじわとくるステキなファンタジー。 [気になる点]  南総里見八犬伝の曲亭馬琴先生みたいに先に逝った読者から『待っていたぞ続き聞かせろ!』な目にあってそうだなじいちゃん。 [一言]  …
[良い点] 素敵な話で、自分も誰かの気持ちを動かせるような話を書きたいな、と思いました。 しっとりとしたラストも素晴らしいと思います。 [一言] 引退時には話を消さないといけないのかと、本気で信じて焦…
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