暗黒おでんvsイカ墨おでん
R01.11.09 大幅加筆修正
“暗黒おでん会”
静岡おでんの汁は黒い。それはイカ墨なのではなく…濃口醤油と牛の出汁だ!
昆布だ鰹など、海の出汁が一般的な全国のおでんの中で…肉のうまみを溶かした黒いスープはそりゃぁもう堪らない旨さで具に合わさる!
「おでんの汁は“黒”以外認めない!」
先祖伝来、この地に生まれ育った“愛”と“誇り”それは幼い頃から慣れ親しんだ家の味だ。郷土の愛だ。
そんな清らかな心もグツグツと、煮込み続ければ黒くなる。“暗黒おでん会”というカルト集団は…風遠しの悪い地方社会、その鍋底にこびりついた焦げ、地方の闇そのものだった。
「おでんの汁は“黒”しか認めぬ…!しかし…!!」
隣の店で、河童がイカ墨おでんなる物を煮込んでいた。
…頭を抱える。
「我々の教義を…見つめなおす時が来たようだな…」
憎たらしや…、あの河童は以前に…駿河湾に沈めたならず者…
そしてあの冒涜者、小娘共の仲間のようだ。
「…ふん、あの小娘共、…あどけない顔してやるではないか、あの“イカ墨おでん”我らの“暗黒おでん”への当て馬だぞ」
安倍川と駅周辺のホームレスに酒とおでんを配り、奴らの店の近くに向かわせたが…裏切り者のおでん忍者により取り込まれた。今では奴らの宣伝塔よろしくフルーツおでんを称えながら歩き回っている。
そして、静岡おでんのアドバンテージ「黒いおでん」という特徴を…真っ向から叩く「イカ墨おでん」の出店…ぐぬぬ、やりおる。子供と言えども油断大敵、手加減無用と言う事だ。
…しかし、焦りはない!この戦い…我らが「神」静岡おでんの勝利に揺るぎはない!暗黒おでん神を信じるのだ!
わー
わー
わー
「おでんフェスタは戦いの場ではない。“静岡おでんが一番”だと、世間に知らしめるためだけの処刑場よ…ククク」
わー
わー
わー
「あんな色物…、まして河童の作るおでんなど誰が買う?ハハハ!最終日に泣きながら捨てる様が目に浮かぶわ!」
わー
わー
わー
「………おかしい」
わー
わー
わー
(……なんか、あっちのが賑わってる…)
♪
さぁさ!おでんは海の幸
魚のうま味 すり身練り物
静岡名産 黒はんぺん
イワシ一匹丸ごとを
うま味と栄養ひとかじり
さぁさ!おでんは海の幸
イカ墨の汁でより深く!
イカ墨の汁でより美味しく!
駿河の海を味わおう!
「なんか歌ってるぅううううううううううううう!?」
…しかもそれぽい!しまったぁあああああ!こちとらそうだ、おでん一筋うん十年!料理一筋うん十年!味を追求するばかりで、そんな発想も技術もありはしない…“広報”だとか“キャッチャーなフレーズ”だとか…そりゃぁ目にして耳にもするが…「静岡おでん」の看板に頼りきってきた。
…しかも今回、何を血迷ったか静岡おでんの看板すら捨て“暗黒おでん会”で出店してしまった………これは失敗だ。字ずらも最悪、客は来ない!
「ぐぬぬ…素人だと舐めていたが…まさか料理以外でせめてくるとは…!」
ザワザワ…
ザワザワ…
「いやー賑わってますね河童の店主!インタビューよろしいですか」
「いいぜぇ~!今度スタジオに呼んでくれよな!」
……更にテレビ局がやってきた、普段ニュースの無い片田舎だ、こんな面白企画は見逃さない。
静岡では珍しい白い汁の他県のおでんを取材したあと、全世界で珍しい歌う河童の店を見つけて大興奮だ!
「ほう…イカ墨ですか…!ビタミン2・ビタミンEを含む食材ですね…、抗酸化効果で若さを保ち、動脈硬化を予防…さらにはコレステロールを予防する」
「なんかプロの解説入ったぁあああああああああ!」
暗黒おでん会の心は打ち砕かれた。
目の前でグツグツ煮えるのは暗黒のおでん…そうだ。
勝負は始まる前に決まっていた。
◆ ◇ ◆ ◇
おでんフェスタ開催が決定した一月も前…暗黒おでん会は会議を開いた。議題はいかにして、力の差を見せるか…もちろんそれは、おでんの味を高めるための会議でもある…そこで出たのが“煮込みの時間”
静岡おでんを最高と位置付ける教義においては、今更味に変化をもたらす事は難しい…ならばと出たのがそれであった、
おでんは火にかけ、煮立ちせてその後冷ましてまた煮立たせ、その繰り返しで…より一層と具と汁が調和をしてゆく煮込み料理だ。
その性質から汁は継ぎ足し受け継いできた。具も長くて2日~3日は店で出ていて、そしてそれがまた旨い!
「煮込み続けましょう!かつてないほどに!」
あれから一カ月…暗黒おでんギルドは煮込み続けた。過疎化し慢性的な人手不足の中、昼夜の交代人員も集まらず…中には寝ずに三日間も鍋番をした者もいた。…途中、鍋の底に穴が開いた時はショック死しかけたものだ。それでも延々とに続けた。心と体をボロボロにしながらも、郷土の愛で…それがどうだ!?
「暗黒おでん会」
その店のおでんは暗黒だった…比喩でもなく。
ちくわは備長炭のように黒く、卵は黒い球体だ…
…そしてその、肝心の味は?
「………しょっぱい」
「なんかぐずぐずでグチャグチャだこれ…」
当たり前であった。塩けのある汁で煮込み続けたのだ。
口の中でぐちゃりとなる触感もたまらなく不快だ。
「………大丈夫…信じろ……うぅ…暗黒おでん神様…うぅ…」
おでんだけで無く、心も黒く染まっていく…心が染まれば空気が染まる…黒い空気にも寄らない、そもそも寄っても買ってくれない、買ってくれてもキレられる。
「…ねぇ見て…あの真黒な鍋、イカ墨おでんパクッてるわよ?でもまずそう…」
「うわぁあああん!ちくしょう!!」
◆ ◇ ◆ ◇
わー
わー
わー
インタビューはまだ続いていた。
別動隊が他の所も回ったようだが…メインキャスターは片時も河童を離れない。
「いやぁ~おいしいですね!まさに海の魅力の詰まったおでんです!」
「ハハハハありがたいねぇ!サービスしちゃうよ!」
「これは陽気な河童店主だ!…でもあれですねぇ?お歯黒みたいになってしまう」
「そりゃまた良い事いうじゃないか!そうだな…でもそれが良いんじゃないか?」
「…というと?」
「お歯黒は昔の立派な化粧でぇ、遥か昔からの郷土の味おでんだろ?食いながら…遥か昔の文化に想いを馳せる…ってな乙なもんよ」
「アハハ、イカ墨おでんは今年開発なんですよね?」
「おっとと!おいらとした事がうっかりだぜ!今年も今月、今日が初だよ!」(ペチン
……暗黒おでんギルドは、泣きながらおでんを廃棄した。まだ一日目…今から仕込めば…まだ…うん…間に合うさ!
「うわぁあああああああああん!」
静岡おでんフェスタ 1日目 昼の12時…を過ぎて13時
「わー本当に河童がいるよ!はじめて見た!」
「ホッホッホ…イカ墨ってお肌にいいらしいわね」
お茶の間で流れたテレビを見て、暇な静岡人達が集まってきた!
土を弄るか、魚を漁るか…お茶をすするしかない地方において、お昼のテレビは絶大だ!
「おいおい、尻月手伝ってくれよ~」
「俺は料理わからんからなぁ…あっ忍者借りれるか聞いてくらぁ」
「頼むぜ、おれは歌って踊ってたいんだ!」
「え?なんですか河童さん?忍者?フルーツおでん?え…西の寂れた方にも店がある!?旅の女の子二人の店?指名手配?おでんギルド?何それっ何それ河童さん!?詳しく!」
戦いの火蓋は落とされたばかり!(おででん!
一カ月おでんを煮続けるとどうなるのか?
調べると出てくるのです。はい…あの偉大な智の探求番組
“トリビアの泉”
先人が切り開いた智を生かし、明日へと生きる糧とする。
この小説が書けたのだから…あの知識は“無駄”ではない
感謝を
おでんを作った先人に
アホな試みをする先人に