3人と一匹 焚火の語らい
R1.11.08 大幅加筆修正
「行ったぞ嬢ちゃん!」
「ホホホイ!」
スパパン!
ここは藁科川上流=水見色、
河童と流々は鮎をとっていた。鮎とはシシャモの仲間の草食魚である、肉を食べない為内臓まで食べる事が出来るのだ。
「今日のディナーは豪勢にいくぜ!」
ドサァ…パキパキ…
「……!」
「主殿!イノシシとってきたでゴザル!」
音に振り向けば“おでん忍者”、串を眉間に深々刺したイノシシを持っていざ帰還。忍者は20代のイケメンな男性だ。背中にちくわみたいな寝袋背負い、三角帽子でおでんを表現している個性的な口調のナイスガイ、素材自体は悪くないのだが…しみ込んだ属性が際物過ぎる。
「わーすごーい!お肉!」
(うっひゃー主めっちゃ可愛い)
「やるじゃん忍者!今日のディナーは酒池肉林だな!」
いのしし担いだおでん忍者と、大量の鮎を甲羅にしまった河童と共に…大将=流々はキャンプ地に戻っていく。
◆ ◇ ◆ ◇
「おーすげーな!」
蘭乱は獲物を受け取ると凄まじい勢いで処理をはじめる。…まずイノシシは血抜きをして、内臓をとり、山影のひんやりした河原に沈めて冷やす。通常の血抜きの後で更に冷やす事で、血管が縮まり肉の中に残った血も絞り出されるのだ。
そして鮎…内臓まで食べれる魚と言っても処理があるのだ。腹を押して糞を出し塩でもんでぬめりを取る。最後の仕上げで尻からエラにかけて串を通す、そして塩をふって火の回りにドカドカ立てた。
シュバビャババ!タタダバビュババ!…トットットットットットットッ!
ジュゥウ…パチパチパチパチ
「は…早業でござる!!手元が見えない!?」
「へぇ~人間は手間ぁかけるんだな」(モシャモシャ
「生で食うなよ……あ~忍者には悪いがイノシシは処理あるから明日な?」
「わかったでゴザル!」
「おなか空いたわ~」
パチパチパチ…ボォワ…パチパチ
(…ちょっと離すか…弱火でじっくりいこう。)
静岡の生活は慣れたものだ、おでんに始まりトロロとしらす、桜エビ、安倍川餅と浜松餃子にウナギパイ、ミカンにイチゴにメロンにワサビ。人里のグルメを食べつくし…ついに山の中にまで来てしまった。
季節は9月…10月のおでんフェスタも大事だが、蘭乱は正直執着は無い、なんか寝て起きたら出場が決まってた感じだ。あと寝て起きたらメンバーに忍者が居た。
「静岡って忍者も居るんだな」
「毎年大道芸のワールドカップがありますからな!憧れて芸を練習してたら忍者でござる!」
「凄い!」
「いやいや…お二方と河童殿に比べたら凡人でござるよ!」
----------------- パーティーメンバー -----------------------
蘭乱…殺人拳を極めた料理人中華少女
流々…手刀で何でも切れる系女子(没落王家)
河童 …実質不死身(山間部マスター)
おでん忍者 …串を投げつける20代
----------------------------------------------------------------------
「このメンバーなら“暗黒おでん会”が襲ってきても安心でござるな。」
「暗黒おでん会?」
「静岡おでんギルドの中の過激派でござるよ」
ジュゥウ…パチパチ…ジュゥ
焚火の熱で、脂が溶け下た…ひっくり返してもうちょっとだ。話に夢中になってて気づかなかったが、あたりは完全に日が暮れて…焚火に羽虫が飛んできた。
むむ…お嬢は虫が苦手だから対策の一つもしておか…あぁ自分でなんか虫よけ香水撒いてる。良かった。
モシャモシャ
「…知ってるぜ、そいつらよぉ」
返したばかりの鮎を尻から喰らい、一息ついた河童も会話に参戦した。
「黒いおでんじゃなきゃ認めない、そんな厄介な連中だ。…嬢ちゃん達のフルーツおでんに難癖をつけたのもそいつらだし、忍者もそいつらの刺客だろ?」
河童は以前にも“静岡おでんの黒はイカ墨だぜ”とか旅人に嘘吹き、居合わせた連中にボコされ、駿河湾に沈められた事があるらしい。
「……よく懲りなかったな。というか忍者って敵だったの?なんでこっちにいるの?」
「クックックッ…人間の意見聞くくらいなら、最初から素っ裸で歩いたりしてねぇよ!」(デデン!
「拙者は主に出会い、何かに目覚めたでござるよ!」(オデデン!
「キメェエよお前ら!」
ジュゥウ…お、良さげだ。河童に食われないよう隠していた握り飯とお茶を面々に配り堪能する。うめぇええええええええええ!ふゅーーー!
ちょうど産卵の時期だったようだ、腹にたっぷりと卵を抱え、また海へ旅するための脂がめい一杯に詰まっている!上品な味と言われる鮎だが、この時期ばかりはなんとも濃厚…塩加減もよく、少し冷えた飯が堪らなく合う!
…一人5匹ほどの鮎を平らげ、静岡茶の苦みで幕を下ろした。…ホぅ熱いお茶を最後に飲むとお腹がポカポカで眠くなる。
「蘭乱…私、虫コワイ…ここは結界不安だからテントに籠るわ」
「おっけー、周り灰でも撒いといてやるか…」
流々は結界という名の虫よけ香を四方に撒き、テントの中で香りに包まれて眠りについた。
(本当は山に泊まるのも嫌だろうにな…山の幸も楽しんだから、明日からまた街に戻るか。)
◆ ◇ ◆ ◇
パチパチパチ…
夜を照らすのは小さな焚火と、お空を照らすお月様。
流々の寝床に背を向けて、残った面々は話をつづけた。
「つまり“尻子玉”というのはな…」
「ちがう何の話でござる!?おでんギルドの内部情報ではなかったでゴザルか?」
(しー!っ静かにしろよ!お嬢が起きちゃうだろ?)
パチパチパチ…夕飯の残骸と串を火にくべる、
「拙者も暗黒おでん会からの指令で皆様にご迷惑かけたでござる、彼らの依頼はお二方の暗殺。…ギルド長の依頼はレシピでござった。ギルドは一枚岩ではないのでござる」
「…つまり狂信者の過激派と拝金主義の穏健派ってとこか、うーむ」
おでん忍者が先日チラシを見て「これは罠だ!」と言ったのも、“大会優勝者に保証された出店許可とギルドのサポート”というのは店も店員も資金もおでんギルドが出す、つまりは実権はギルドで優勝者は支配下におくという。仮に負けてもギルドの腹は痛まない、そんなギルド長の謀略が見え透いているとこ事だ。
一切血は流れないが、根こそぎの金と利権を吸いつくすやり口。店を持ちたい駆け出し料理人なら飛びつくだろうが、実家を継ぐ気の蘭乱には心底どうでもいい。
「レシピぐらい言ってくれれば教えるのになぁ」
「…まぁ、静岡おでんの内部はこんな感じでござるよ、あと面白いのは外部勢力でゴザル」
「外部勢力?」
「祭りに参加表明した他県のギルドがあるでござるよ、関東・関西・東北…そして静岡と富士山を奪い合い戦いが続く燐県=山梨と一癖二癖の連中があつまるでゴザル、おでんの懐はふかく、それゆえに何が飛び出してくるかは…まったく読めないでござるな」
「暗黒おでん会は極端だが…おでんの定義ってなんだんだ?沖縄だとウィンナーとか入れてたぜ?」
「起源は田楽で…まぁ…煮物のファーストフードでござるな。それこそ鮎をいれるところもあるでござるよ?」
「まっなんでもありの“器”のデカい料理って事だろ?……好きだぜ!」(ペチン
ジュォオオオン…
焚火の後に水をかけて、今日はお開きという所だ。
おでん忍者と河童がナチュラルにお嬢のテントに入ったので蘭乱は二人を土に埋めた。
「おっあったかい!おやすみ!zzz」
「zzzzzz」
「凄いなあんたら!?」
蘭乱はテントの前に腰を下ろし、座ったままで眠りについた。夢の中で考えるのは、明日のレシピとまだ見ぬ料理だ。蘭乱は料理が大好きだったし、食べてくれるお嬢が大好きだ。
料理とは人のためのもの、人を不幸にして作る料理に、一体なんの意味があろうか…今回の騒動は、いささか蘭乱には理解が出来ない。
己の道の証として、レシピを守る料理人も居れば
先人からの道を尊び、伝統を守る料理人もいる。
金にこだわる者もいて…
なんとなく寄り道の者もいる…
人はそれぞれの大切な物のため、それぞれの価値観で道を歩むのだ
その道において、蘭乱の信念はお嬢であった。
「主殿…むにゃむにゃ…小さい…お尻…むにゃむにゃ…」
「尻子玉…おでん…ぐへへへ」
ダンッダンッ!
「むにゃむにゃ…明日はお嬢の好物にするか…zzz」
これで翌朝元気なのだから、三人と一匹は大したものだ。