夜明けの決意
R01.11.10
空から落ちてくる冷気がより一層の重みを増し…ふいそれが揺らぎ軽くなる。闇の中開かれていた瞳孔に、やんわりと光が飛び込んで、頭の奥に無理やりに押し込んだ眠気がじんわりと、朝の光に溶けていく。
おでんフェスタ3日目…いよいよ最後の一日夜が明けた!
ピーチクチク
朝の五時過ぎ…街路樹の上の小鳥も起き出し、新聞屋のバイクが駆け抜ける。
ビルからゴミ出しに出て来た従業員が酔っ払いの吐しゃ物に顔をしかめ、その横でカラスがゴミを狙う。
…そんな人通りの少ないモノクロの街に、少女達の声は色どりを加えた。
「おはよー!ご苦労様ね、朝ご飯よ!」
「くぁ~ おかげでぐっすり休めたぜ!」
にこにことご機嫌な声を出してやってくるのは、青い髪の細身の少女、おでん忍者の新しい主流々嬢だ。
まだ眠そうに伸びをしながら歩いてきたのは、お団子頭の中華少女…フェスタの主役=蘭乱殿、一晩見張りをつづけたおでん忍者は主達の笑顔にほっとした。
「おはようでござる!お二人とも早すぎでござらんか?」
昨日は寝袋持参でやってきてまで、忍者の夜番を気遣ってくれた優しい二人だ、きっと無理して早く来たのだろう…うぅ優しい。
「何言ってんだよ、お日様が昇ればもう朝だぜ?」
ぐルルルル…おや?
にかッと蘭乱が笑った所で忍者ではなく、なぜか流々の腹が鳴る。
「…主殿も食べてないのでござるか?」
おでん忍者がそう聞くと主は照れながら答えてくれた。
「あなたもここに居るんだし、みんなで食べようって言ったのよ」
「あ…主殿!」(ぶわっ
おでん忍者が改めて、新たな主に忠誠を誓う、今日のこの日が終わったら、正式採用を…頭を下げて頼んでみよう!
「よ~し!待っててな二人とも、ちゃちゃっと作るわ」
蘭乱はそう言って、背中に背負った中華鍋を下ろす。
宮廷付の料理人の家系、幼い時から厳しい修行、そして全国の料理修行をしているという、この少女の料理は絶品だ!忍者はこの一月足らずで蘭乱料理のファンになっていた。
ジュオオオオ!
カッカッ…トトトト
ジュジュオオオ!
ごま油の中投げ込まれた白米、絡む卵…足されるラー油とネギ、醤油!
砂糖少々、塩と胡椒、刻んだチャーシュー出来上がり!
トトト…ほかほか
瞬く間に出来た焼きめしと、実は並行して温めていたスープを受け取り…忍者は再び決意する…うん、やはり土下座で採用を頼み込もう!!
「ほいチャーハン、肉は保存してた猪チャーシューだぜ?朝には脂っこいだろうけど…夜勤明けは腹減るからなぁ~、寒かったろ今朝?」
受け取った椀から熱が伝わる、冷えた指先が温まる…そして立ち上る白い湯気、一息吸えば焦げた胡麻と醤油の香ばしさ!
スゥ…もわぁ
パクリ…ジュゥ…パララ
もぐもぐ…ゴクリ(プハァッ…
「幸せでござる…至福でござる…うぅ…」
「うふふ…私はぐっすり寝てたけど御代わりしちゃうわ!…ところで…知月さんは?」
泣きながら食べる忍者の横で、流々は二杯目を食べはじめる。…しかし気になるのは彼の不在だ。見ればテントの片隅に風呂敷いっぱいのフルーツがあるから恐らく山から帰ってきている、しかし、この場に彼がいない。そして割れた石畳…夜間に何かあったのだろうか?
「あぁ…出戻りでトラブルがあったでござるよ。知月殿はすぐ山に戻ったでござる」
忍者は昨夜あった事件を話す。酔っ払いを介した暗黒おでん会の襲撃、警察からのいちゃもんを避けるため、返り討ちにした襲撃者を山奥に捨てに行った事。…うん、尻子玉の事は黙っておこう。記憶から消そう。
「……そう、二人ともずっと働き詰めね…お祭りは今日までだけど… 蘭乱?」
「そうだな…終わったら1日休み置いてから打ち上げだ、河童村とやら行ってお礼をしようぜ!アイツら何が好きなんだろうな?」
…尻子玉でござる…忍者はそっと目をそらした。
そうこうしているうちに空は白から青へと変わる。
いよいよ時刻は6時過ぎ…
◆ ◇ ◆ ◇
「あらあら早いのね~お嬢ちゃんたち」
不意に背後から声がかかった、のほほんとした、主婦の声だ。
「…?おはようございます!えーっと?」
「あはは、“おでん愛好会”よ!向こうテントで売ってたの!…実はお嬢ちゃんたち気になってて」
聞けば娘さんがフルーツおでんを食べたらしい、なんと初日に公園で泣いてた子供のおばあちゃんだ。おばあちゃんの店を覗きに来て、お店の始まりを公園で遊んで待ってたらしいのだ。
「ハハハ、まさか先に人のお店いっちゃうなんて!嫉妬しちゃう!ダハハハハ」
…とても気さくな方のようだ。蘭乱は朝食の鍋をどかして、ささっとおすすめの種を幾つかを作った。
「本当はこれにホイップとかかけるんですよ?お好みでシナモンやチョコも」
「あらいいの?…うーん、おいしい!甘い!」
気にはなっても来れなかったそうだ、昼間は互いに忙しい。ナシおでんとミカンおでんが好評だった。
「フフフ…うちもお嬢ちゃんたちに刺激を受けてね、昨日許可下りたから今日は二鍋すごいおでん出すの!…お昼の大食い大会にも出すから期待しててね!」
「大食い大会?」
「あら~、新作披露兼大食い大会…昨日決まった話だけど聞いてなかった?10時からだから仕込みしておかないと大変よ?」
「うーん…聞いてないですねぇ…ありがとうございます!助かりました!」
…のんびりまったり、お天道様がのぼりゆく…泣いても笑っても最後の一日、朝の仕込みがあるのだろう…他のテントや、近隣のお店の方々がだんだんと街に増えてくる。
ピーチクチク
パーチクチク
街路樹の上の小鳥も合唱してる。。
「わざわざ知らせに来てくれたんだな、あのおばちゃん。良い人だぜ」
「えぇ…いじわるな人達は結局最後までいじわるだったけど、良い人もいるのね」
出会いと別れの料理の旅路、足を止めてのほんの一月
「この街…最後の一日だ!頑張っていくか!」
「ええ!カットするのだけは任せて欲しいわ!」
おでん忍者はあくびを一つ、最後のがんばりと、身を引き締める
「最後の一日、何事もないとは思えぬでござる!お二人は拙者が守るでござるよ!」
おでんの仕込み「串通し」も自分の役割と構える忍者、すると寝袋が投げ渡された。
「頼りにしてるよ、何かあったら起こすからちょっと寝てろよ」
うぅ…絶対…絶対仕える…断られてもついて行く!おでん忍者は眠りについた、夢に見るのは未来の事だ、祭りを終えての明るい未来!