静岡おでん界に落ちた稲妻
R01.11.07 大幅加筆修正
頭に二つの御団子乗せた、中華な服の少女が場違いにも、静岡の飲み屋街に居た。まだ10代半ばに見える、目つきの鋭い中華少女はビールの代わりに白米を頼んで郷土の料理に舌鼓だ。彼女「蘭乱」は勿論地元の人間ではない…遥か沖縄から来た旅の料理人なのである。
さて蘭乱は目の前の料理に衝撃を受けていた!
獣じみた鋭い目が大きく開かれ、グツグツ煮えるそれを凝視している。
「おでんの汁が…黒い!?」
「フフフ、そうさ嬢ちゃん。静岡のおでんは焼津で獲れた新鮮なイカ墨を使ってるんだぜ?」
「…なるほど!!」
“おでん横丁”なる飲み屋街があるほどに、この街のおでん愛は本物だ。
各地を旅しながらその土地の物を食してきたが、これがこの街の郷土の味なのだろう。おでんと言えば昆布と鰹の出汁で透明な汁だと思っていたが…うーん…出汁が違う?何だろう…?
「おでんの具のほとんどは練り物…つまり“魚のすり身”海の幸さ!これにイカ墨を加えとことん海を味わい尽くす、それが“静岡おでん”なのさ!」
静岡に来る道中、長野県との間の山脈地帯「赤石山脈」で知り合い、道案内を頼んだ河童の男は暖かい飯と酒に気分が良い、ここの飯代が案内料だ。
そして地元の知り合いが出来てよかった、イカ墨とは…一人では考えもつかない発想だ!
「…ちなみ静岡と言えば黒ハンペンだが、あれはタコ墨を混ぜている」
「…マジかよ!!」
蘭乱は即座に手を伸ばし、目の前でグツグツ煮えるおでん鍋から黒ハンペンを取り頬張った!静岡おでんは長い櫛に刺されていて、セルフで取るのだ、回転寿司の皿と同じで、最後は串の数で勘定をする…ちなみにダシ粉や青のり、辛子なんかを付けるのだが…とりあえず最初は素材の味だ!
「うぅーん、うめぇな、タコ墨かぁ…」
ついつい顔がにやけてしまう、眉が八の字に垂れ下がり頬が赤らむ…
ホフッホフッホフッ
普通の白いはんぺんに比べ、黒ハンペンはどっしりと重く、もっちりと固い、味にはうっすらと魚の苦みを感じ、それがまた米と良く合った。蘭乱は静岡の海への愛を感じた、清水港に焼津と用宗…海の幸と共に来た街なのだろう…
…ちなみにだが、おでんの黒さは醤油ベースと牛筋の出汁で、黒はんぺんは魚一匹骨まで使うから黒いのであって、河童の話はデタラメである。ま~さか信じる阿呆は居ないだろうが。
「タコ墨を混ぜる以外にも…何かありそうだな。うーん…黒…黒…ッハ、黒ゴマとか?」
「フフフ、さすが嬢ちゃんだ!次は“牛すじ”いってみようか!」
蘭乱は料理人としては優れていたし、心根も真っすぐな良い子なのだが、いかせん頭が悪かった。中華服におでん汁を飛ばしながら、鋭い目をランランと輝かせておでんを貪る、ご飯も進む。
ンぐ
モグモグ
パク
モグモグ
……
…………
…………………
「まいどありー」
食べ過ぎた…(ゲプ
料理人の悪い癖だ、未知の料理に出会うとついついあれこれ試し試し食べ過ぎてしてしまう。夜半過ぎに店を後にして蘭乱は河童に礼を言って、別れを告げた。
「ありがとうな…嬢ちゃん、立派な料理人になれよ!」
ホロリ
旅で出会うのは料理だけではない。多くの人……、うん、人や河童との出会いと別れ…この経験が料理に深みを出すのだと、遥かな故郷、沖縄の両親も言っていた。
「ありがとうございました!!!」
一つ、礼儀を重んじる事
これも両親に言われた事だ、父ちゃん…私…立派な料理人になってみせるぜ!
◆ ◇ ◆ ◇
蘭乱は昼間確保した宿場に向かう、まぁ宿があるのは同じ街中だ、静岡は海と山の間に茶畑が広がり東西を結ぶ街道沿いと大きな川沿いしか発展していない。つまり街に全てがあり、街以外には茶畑と港しかない。集中してるので旅人には楽っちゃ楽だ。
飲み屋通りを抜け大人のホテル前を抜ける…シャッターが目立つ商い通りを過ぎた先、コンビニ前の安宿で旅の仲間が待ってるはずだ。夕飯はすでにすませただろうから、何か良い土産は無いかな…あぁ、コンビニのプリンでいいか。
「ただいま!嬢ちゃん!」
「あらお帰りー」
ベッドに腰掛け、旅の仲間“流々”はテレビを見ていた。
蘭乱と比べると細い体で、病的な白色の肌と青い髪の不思議な少女だ、その特徴的な髪は前髪を残し後ろで纏めて、それがピンピンと首元から上向きに跳ねている。同じ沖縄出身だが彼女は古に滅びた王国、琉球王国王家の血を引くお姫様だ、王国が滅んだ今も王家崇拝は島々に根付いているのだが、蘭乱は彼女を嬢ちゃんと呼び流々は気軽に蘭乱と呼んだ。
二人は島の幼馴染、今では終わりの見えない旅の道連れと言った所だ。流々は舌が肥えていたので、蘭乱の試作料理を評価する大切な役割も持っていた、彼女が付いてきてくれて心強いが、何で付いてきたのかは蘭乱はよく解っていない。…まぁお姫様だから外に憧れたのかな?ぐらいな感覚だ。
「土産にプリンかって来たぜ!」
「やったー!」
長い付き合いで、彼女の味覚は知り尽くしてる、彼女は極度の甘党。
案の定犬猫が跳ねるように、スキップしながら食いついてきた。
パクパク
パクパク
「今日は静岡おでんってのを調べてきたぜ!」
「うふふ、私はお茶のお菓子をみつけたわよ!」
二人はプリンをつつきながら広げた見聞を語り合う、おでんに感動した蘭乱だったが、流々は静岡茶がつぼったようだ。
甘い物を食べても食べても、途中で静岡茶を飲む事でリセットされて無限に甘いものが食べれる“スイート緑茶ローテーション”というコンボを発見したようだ。
その新しい発見を実証するため、二人は100を超えるプリンを食べた!
パクパクパクパクパク
パクパクパクパクパクパクパクパクパク
パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク
…しまった!もう二~三件買い占めるべきだった!
“スイート緑茶ローテーション”は本物だ、そういえばこの街はお菓子屋が多い気がする、静岡人は甘いものが好きなのかな?
「う~ん!美味!」
「いや…やっぱり旅っていい物だな」
小さな島に居た時は気づかなかった事だ、小さな常識、小さな世界観、旅はそれを簡単に砕いてくれる。今日のおでんもそうだ、なんて自由な発想なのか…
「お嬢はどんな“おでん”が食べたい?」
“新しいおでん”を自作したいと思い蘭乱は聞いた。
流々はプリンの底を舐めながらしばし考え…そして答えた。
「フルーツ…おでん?」
「ハハハハ!やっぱり嬢ちゃんには敵わないや!」
お嬢は本当に甘い物が大好きだ、まだまだ食べたりないのかもな…フフフ…でも、フルーツとおでん?甘いおでんとか?…斬新だな…試してみるか。
…翌朝蘭乱は朝市に向かい、必要な材料を揃え料理にかかった。
おでんと言う常識をぶち抜いた新たな挑戦・革命!「フルーツ=おでん」!
ちなみに、静岡で獲れる有名どころは山のミカンと海沿いのイチゴである。
「とりあえず…ミカンを砂糖で煮てみるか…あ…ジャムかコレ。」
あぁ…蘭乱は解っていなかったのだ!
“おでんの聖地・静岡”その真ん中でおでん鍋にフルーツをぶち込む所業!それがどれほど危険な事か!教会でお経を唱えるかのごときテロ行為だ!
「よしよし…味はこれで…あとは串かな…フフフ」
しばしの試行錯誤を繰り返し、天才料理人=蘭乱は一つの答えを見つけた、さっそくお嬢に食べてもらおう!うぉおお!達成感!
「嬢ちゃん食べてみてくれww上手かったら宿のおかみさんにも試食してもらおうww」
◆ ◇ ◆ ◇
ヒュルルルルル
黒潮から港街に届いた風は、汐の香りを孕んでいた
ヒュルル
静岡の茶畑を通り、風は緑の香りに変わってゆく
そして山間の行き止まり、その屋敷の中へと吸い込まれ…
ついには醤油とダシの匂いに変わったその風は、グツグツと煮立つ
おでんの湯気をユラユラと揺らした。
“静岡おでんギルド”
静岡は元より、全国…いや、果ては世界のおでんを牛耳る(と自称する)このギルドは閉鎖的かつ排他的だ。島国日本の片田舎、箱根山に赤石山脈(南アルプス)富士山と樹海に囲まれた狭い箱庭のような環境のため、流れが止まった水のように腐っている。
面々は密偵からの連絡を受け、余所者の無礼に業を煮やした。…グツグツと煮えるおでんの音を掻き消すように…集まる幹部達は怒号を飛ばす!
「フルーツおでんだと!?」
「不敬な!!おでんへの冒涜だぞ!!」
「我らがおでんと認めるのは、暗黒の“静岡おでん”のみ!!」
怒り狂う幹部達は静岡名産のお茶で割った日本酒を煽り服を脱ぎだした。
もう駄目だ、代々静岡に伝わる伝統のおどり…ちゃっきり節でも踊らねばやってられない!
「ハァ~ちゃっきりちゃっきり!」
ズズ…プハァ
酒などは入れない、純粋な伝統の静岡茶を飲み干し…息をついたギルド長
小さなその音が、しかし絶大な圧となって場を鎮める。
男達は慌てて服を着て、席に戻った。
…スッ!
ギルド長が手を上げると三下がおでん鍋から大根を取り、ギルド長の前に出す、ギルド長はからしを付けない、その代わりダシ粉をたっぷりとだ!以前ミスをした同僚は、哀れにも清水港から旅立った。3年にも及ぶマグロ漁船の流刑…実質死刑だ、帰って来た同僚は海を恐れ…今は山中で狂ったようにちゃっきり節を踊っている。
ジュク…(ホクホク…
黒い汁をタップリとしみ込ませた大根が、箸を入れると簡単に崩れ、皿の上に白い湯気を上げる。ギルド長はフーフーと冷ましながら…重々しく口を開いた。
「フルーツおでん…良いじゃないですか」
フーフーフー
ギルド長は極度の猫舌だ。小さく箸でつまんだ大根をようやく口に運び、ゆっくりと味わう、黒い汁の正体は濃口醤油と牛スジのうま味…つまりは濃厚な肉のうま味であり、大根にしみ込んだそれと、海のうま味その物のダシ粉が調和し、舌先から脳へ至福を伝える。
ギルド長は満足気に喉をならし飲み込んだ。
「……ッえ?」
一拍の遅れ…ギルド長のまさかの言葉に、郷土愛の面々は理解が遅れた。「良いじゃないですか」?…何がだ!?…大根の味か?違う…解ってる!…解りたくないが…
ザワザワ…
「し…しかし、我らの伝統は!」
トンッ!
反論した幹部の頭におでんの櫛が刺さった、ギルド長の後ろに控えた忍者が目を光らせる。
(まだギルド長の発言中だ)
ヒィ!
「伝統もいいですが、時代に合わせ、万物は変わりゆく物なのです…それに…ククク…おもしろいじゃないですか!」
…スッ!
ギルド長は小指を立てた手を上げる。
三下がとったおでんは“牛スジ”安く庶民に愛されるおでんの中にあって、それは桁違いに値が高い。正に権力者の、成功者の愛する富の象徴!そんな牛筋をギルド長は一息に食らいつくした!静岡のスラム街、氾濫を繰り返す安倍川沿いに住む者たちが見れば、気絶しかねない帝王の食べ方!あぁ…あの一串で3杯は米が進むのに!
「時代の変化!新しいおでん!商品の入れ替え!新たなブーム!いいですねぇ!…いいですよぉお!良いじゃないですか!……金の匂いがする!!」
ギルド長=田武好過は儲け話を見逃さない!
◆ ◇ ◆ ◇
「わたし、このイチゴが好きだわ」
「フフフ、ダシ粉代わりにシナモンかけてみてくれよw」
無邪気に笑う二人の少女蘭乱と流々はまだ知らない…自分たちが軽はずみに生み出した「フルーツおでん」が、静岡の…いや、世界のおでん史に残る!大革命を引き起こす事を!
「…でもこれっておでんなのかしら?」
「うーん、それは議論の分かれるところだな。」
静岡の西、羽鳥の山に暗雲がかかる…
明日の天気は荒れそうだ…
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