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【五章】前、後ろ、前




羽根ペンのカリカリと刻まれる文字の音色、時々持ち手が考えるように止まり執務室に沈黙が広がる。暫しの静止、そして、流暢(りゅうちょう)に再び音色が紡がれていく。

陽の光に色褪せた飴色の机は、細工の施されたデザインで遠目から見れば雰囲気のあるアンティークだ。しかし、その足下には幾つか引っ掻いたような、掘ったような跡が刻まれていた。それは代々、暇を持て余した子供らが遊んで欲しいと机に向かう者に向けたメッセージであり、この館の温かな記憶でもある。

先祖代々当主へと受け継がれてきた遺愛品(いあいひん)、その机に座す当主の足下には子供ではなく、薄橙色の身体を丸めて(くつろ)ぐ狐の姿があった。

彼らから少し離れた場所には、マホガニー製のソファとテーブルが並びテーブルの上に白い花が生けられている。無味乾燥とした空気を和らげようとさり気なくメイドらが用意したもので、時折、この部屋の主は思い出したように可憐なその花へと視線を送っては、目頭を揉んでまた羽根ペンを動かす作業に戻っていた。

だが、一向に減る様子がみられない書類の束に痺れを切らしたらしい青年は、とうとう羽根ペンを置いて身体を伸ばした。飼主を真似て足下の狐も一つ伸びをしてソファへと飛び移る。


「ケンッ!」


狐の動作に合わせて首に結われた緋色のリボンが揺れる。主人が休憩に入ると期待した狐が尻尾を立て急かすように鳴いた。

「ポチ、品がないぞ」

冷めた口ぶりだが、ポチと名付けられた狐の頭を一撫でして青年はソファに腰掛ける。

カーテンの開かれた窓から降り注ぐ陽射しに思わず目を眇め、一つ息をついた。長時間机に向かっていたせいか疲労の色を滲ませ、目にかかる髪を気だるげに後ろへと撫で付ける。

そのまま手慰みに狐の顎をコリコリと指で掻いていると密やかに扉をノックする音が耳に届く。

「入れ」

青年の言葉を聞いて扉がゆっくりと開かれ、ロマンスグレーの髪を整えた執事が姿を現した。

「失礼いたします、旦那様ーー・・・おや休憩中でございますか?」

執事が新たに書類の束を持っていることに気付いた青年は、内心で舌打ちした。しかし、それをおくびにも出さず鷹揚(おうよう)に頷いてみせた。

「幾つかはかたを付けたが、量が量だからな・・・。少し、ポチの相手をしたらまた取り掛かる」

以前から領地運営の手伝いをしていたおかげで覚悟は出来ていたものの、実際に親の跡を継ぐとなれば予想以上にやるべき事が山積していて、見えない圧力に潰れてしまいそうだった。だが、弱音を吐くつもりは毛頭ない。


これが彼ーーセグファレス・ド・アルメリアの責務だからだ。


「左様でございますか。休憩ということなら、お飲み物と何か間食を用意いたしましょう」

軽く頭を垂れ、アシュタント・フォーグが手を叩く。既に準備でもしていたのか、彼の合図にすぐ様メイド達がハーブティーと軽く(つま)めるサンドやチーズ、甘さ控えめのクッキーを卓上に広げる。

「用意がいいことだな」

使用人らの能力の高さを褒めるべきところだが、アシュタントを前にすると言い難いことこの上ない。なので事実を述べつつ、褒めている(感心している)ようにも取れる言葉を敢えて選ぶ。

「お褒めいただき、ありがとうございます。実を言うと、無理やり休憩させるつもりでございました。(こん)を詰め過ぎては身が持ちませんよ」

相手がピースしてみせながら心配してくるものだから、セグファレスとしては素直に感謝を示せば良いものか、主人として態度を改めるよう叱りつけるべきものなのか逡巡し、前者を選んだ。

結局の所、子供時分からこの屋敷に仕えているアシュタントに今更勝てる気もしなければ、主人としての線引きを敢えてする必要も無いのだ。アシュタント自身がその境界線を理解し、こえるかこえないかの微妙なラインを攻めている。言うなれば、そういうお遊びをしているに過ぎず、そして、彼は決して線を踏みつけ此方へ来ることは無い。

それだけの信頼関係が築けていると、お互いに理解し合っているからこそ出来る遊びに違いないのだと思い至り、多少の面映ゆさに頬をかく。

「・・・・・・それで?アシュタント、手に持っているそれは何だ?」

誤魔化す為に老齢の執事の手元を視線で問う。付き合いの長さ故かセグファレスの心情を察したらしい彼がくすりと笑んだ後に、(うやうや)しく書類の束を差し出した。

「シリアス殿より今回の収穫祭にて、()し物を外部より呼び寄せたいとの依頼(交渉)がありました。その団体の人数、来歴、公演内容、予算、予想される収益、開催場所等々が此方になります。先に確認致しましたが大きな問題は無さそうです」

「あぁ、シリアスか・・・流石商人出だな。抜かりが無い」

ざっと書類に目を通すと分かりやすくまとめられている。収穫祭のことについては、シリアスが街長(町長)として出店の希望者を纏めて此方に回してくれたお陰で、セグファレスは大きな問題が無い限り許可印を押せば良いという楽な仕事をするだけだった。

今回も押印をする作業だけで済みそうである。

「それに、こういった伝手があるのも街長(町長)の座におさまるには勿体無い人材と言うべきかーー・・・」

強い風が吹けば何処ぞへ飛んでいってしまいそうな彼だが、前任者から指名されるだけの資質を持っている。三十代と若いながらも領民にシリアスへの不満は聞こえてこない。逆に人柄が窺えるエピソードばかりだ。

愛妻家、子煩悩、お人好しーー・・・暴力を良しとせず平和を愛する気の良い人柄。

実際に相対した際も、噂通りの人物だと思った。

己の知識(戦い方)を、役割(立ち位置)を理解している、と。

ふと、視界の端でアシュタントが口の端をゆるめているのに気が付き閉口した。


気持ちの悪い笑みである。


「何だ?思うことがあるなら、言ってみろ」

「いえいえ、お気付きになられませんでそんな旦那様を愛でていただけですよ」

些か気分を悪くしたところで執事はそう言ってのける。


「・・・・・・・・・」


セグファレスの思い違いであった。

この執事は、堂々と境界線を踏み付ける人間だ。よくよく考えれば、ドレックザックとアシュタントは、人をおちょくる事を娯楽にしているあたり、おおいに似ていると言っても過言では無い。過言どころか()()である。

眉間を揉みしだいてセットされたハーブティーを口に含む。次いで用意されたサンドを手でちぎり、ポチの口元へ放り込んだ。待っていましたと言わんばかりに咀嚼しペロリと口を舐める姿に釣り上がりかけた(まなじり)も和らぐ。

怒る気も注意する気概すらも持てない相手というのは、どうにも扱い難い。

気を取り直して半眼を向けるとアシュタントが態とらしくこほんと咳払いして話し出す。

街長(町長)として祭事への協力はもちろんですが、私の知る限り、前任者はここまでされておいでませんでした。言うなれば、街の安全の為に憲兵隊やギルドとの連携や領民の愚痴聞きくらいですね」

「それはーー・・・」

シリアスが街長(町長)の役割を越えて手を貸しているということだ。

一体、何のために?

街長(町長)と言えど彼の根っこは商売人だ。シリアスにとって何のメリットがある?

頭を捻る主人を前に執事がしたり顔で答えた。

「シリアス殿なりの謝罪でしょう。聖女様と紅蓮殿に助けを求めた」

セグファレスの海馬を刺激する、魔物狩りの出来事が呼び覚まされた。

「ある意味でその行動は正しかったものの、街長(町長)という立場でありながら領主に嘆願しなかった一点は、明らかな過ちです。厳しい領主であれば、厳罰も考えられる。彼はそれを理解しているからこそ、こうして囁かな協力をしてくだすっているようですね」

要するに彼なりの罪滅ぼしである、ということだろう。何とも分かり難くも有難いことか。

「それについては、此方も敢えて泳がせていた部分でもあるんだがな。情報通り、律儀な性格だ」

罪滅ぼしと言うならば、盛大にその罪悪感を()()()()()()()()()

「アシュタント、シリアスの所へ人をやれ。協力したいと言うのであれば、してもらおうじゃないか。演し物(ギャラ)の値切り交渉をな。それでチャラだと伝えておけ」

「かしこまりました」

白い歯を見せ、アシュタントは深々と礼をとった。尊大な態度に合わない命令に笑いたくもなるだろう。

セグファレス自身も馬鹿らしいと自覚しつつ、しかし、真の手駒にする為には、焦らず行動で示していくしかないのだ、と己を諌める。

罪悪感を利用して忠誠を誓わせることも出来る。だが、強制して成り立つ関係程、儚いものは無い。

それぞれの意志でもって、この領地の為の協力を得たいと考えていた。となれば、セグファレスに今できることは信頼関係を築くことに限る。要するに、領主たる姿勢(正義)を示し続けるしかないのだ。


「ーーそれと、旦那様のお耳に入れたいことがございます」


アシュタントの顔が引き締まり、先程まで弛んでいた空気が霧散する。

「何だ?言ってみろ」

どうやら、これが本題であるらしいと察したセグファレスもまた、居住まいを正して促した。

「森に群生していたアスネスですが、ご用命の通り、冒険者ギルドへ他に群生していないか確認を依頼しました。すると、数カ所同様の場所を発見いたしました。大半は焼き払い、一部は薬師(くすし)へ譲渡しております」

頷き、顎に手をかける。

魔物狩りでたまたま発見されたアスネスは、その特性により専門の薬師でなければ取扱が出来ぬ代物である。最悪、別の被害が出る危険性すらあった。その根幹を潰せたのであれば文句は無い。

「そうか、ご苦労」

アシュタントへ労いの言葉を贈るも、彼は顔色を曇らせたままだ。

「しかし、一つギルドより報告がございました。何処の群生地にも、人が通ったような跡があったとーー・・・」

「ーー・・・っ・・・、・・・それは、意図的に育てていた、と?」

薬師が栽培するにも、領主に許可を得た上で安全な地で行われる。決して、魔物が生息する森の中で行われることは無い。

セグファレスが把握している薬師は数名、誰もがそれぞれの私有地で栽培している。それも、猫の額程もない小規模なものだ。

「可能性は否定できますまい。少なからずアスネスの特性もあります、たまたま土壌がアスネスに適していたかーー・・・こればかりは、なんとも言えません」

どうしてこうも、やるべき事(懸念事項)が山積みなのか。

軽い頭痛に襲われても仕方のないことだ。

抑えきれない溜息がセグファレスの口から吐き出される。

「せめて、領地にいる薬師と連絡を取り、アスネスの栽培情報が漏れていないか確認を取れ。また、薬師と共に現地調査も。思い過ごしであればそれで良いが・・・、不安要素は、一つずつ潰していくしかないだろう」

「承知致しました」

要件を済ませたアシュタントは、一礼すると部屋を後にした。


「・・・・・・・・・」


セグファレスはソファに深く腰掛け、目を閉じた。他者の目が消えてしまえば、セグファレスもただの青年でしかない。

領地があり、そこに領民()がいるからこそ領主(貴族)たりえる。

王の覚えもめでたいこの土地を先祖代々死守してきた。それこそ、祖父の代から聖女すらも。


「守れなくて、どうする・・・」


不意に、太腿に軽い衝撃とじんわりとした熱が広がる。視線を向ければ、サンドを平らげたポチがセグファレスの足に顎を乗せている。満足そうに瞳を細め、そして、催促するようにゴロリと腹をみせた。

「・・・ふ、そうだな、お前がいたな」

毛並みに沿って腹を撫でる。柔らかく艶のある毛並みの少し先、ことりことりとリズムを刻む命の鼓動。

一撫でする毎にセグファレスの強ばった体から力も抜けていく。

腹をみせて寝息をかくポチの顎をさすりセグファレスはそっとソファを離れた。

くよくよ悩んでも時間ばかりが過ぎていく。であれば、せめて自分が出来ることだけでも向き合わねばなるまい。

傷のついた机に座すと彼は再び羽根ペンを手に取った。





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