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【五章】一時の・・・


「ねえ、これってやる意味ある?」


俺の素朴な疑問に対して、背中を押してストレッチを手伝ってくれていたウル爺が動きを止めた。

俺がウル爺の所で喚き立てて数日、気が付けば仕事の手伝いの合間にこうして体をお触りされている。

とんだ変態だ。

俺の質問に無言で考え事をしていたウル爺が突如、(まなじり)をくわりとつり上げて力強く背中を押した。

「あだだだだだだっっ!」

開脚していた足の付け根に尋常でない痛みが走る。抵抗する間もなく俺の額が地面と接触(キッス)していた。

大地の香り!!硬ぇ!!

「股裂けする!!ケツが三つに割れる!!」

全力で痛みを訴えてようやく俺の背を抑えていたウル爺の手が離れる。解放された俺は恐る恐る身体を起こし、慎重に足を閉じた。ついでにケツの割れ目が無事か確認しておくことも欠かさない。

良かった・・・俺の(ピーチ)は今日も平和(ピース)だ。

「暇潰しには、なるだろう?」

腰を伸ばしてトントンと叩きながらしれっと同意を求めてくる相手の大人気なさといったらない。

「・・・それってウル爺の?」


「・・・・・・・・・」


俺の素早い指摘に彼は無言で腰を叩き続けた。急に爺臭いことをし出すあたり演技も下手糞だ。

というか、演技のバリエーションが無さすぎてそもそも誤魔化す気が無いのかもしれない。

なんて分かりやすいドメスティックな爺だろうか。

「・・・それにお前を鍛える為でもある」

秘かに呆れ返っていると乱暴に俺の髪を掻き回した。俺の視界が手の動きに合わせて揺れ、勘違いで無ければ勢いで数本髪が抜けた。

ここ最近、頭皮に負担かけすぎているのでもっと大切に扱ってほしいものだ。

しかし、俺は不満をぐっと堪えて、相手のなすがままに身を任せた。

ウル爺の俺への扱いは驚くほど雑だ。ろくに子供と関わったことがないから、という単純明快な理由である。

ウル爺の琴線に触れた時、気絶させられるはめになったのも、今では良い思い出として俺の心に深く刻まれている(安心してください、トラウマです)。この出来事以降、一応力加減が調整されている・・・気がしないでもない。

「俺を鍛えるって、なんで?」

ボサボサになった髪を手櫛で整えつつ頭を傾ける。

お、ウル爺の鼻毛発見。

ふふ、手入れの行き届いていない爺だ。・・・俺の鼻毛は大丈夫かな?ちょっと失礼して・・・。

ふんふん・・・あー、なるほどなるほど。そういうことね、めちゃんこふさふさ。

「今は魔法も使えんが・・・・・・、おい、何故鼻をほじくっているんだ汚いことをするな。人の話はしっかり聞け」

べしりと頭を叩かれ衝撃で指が鼻の深いところに入った。

違うんよ・・・ただ鼻毛チェックしたかっただけなんよ。くそう、ウル爺の鼻毛さえ気が付かなければ・・・っっ!!こんな目に合わなかったのに!

ほーら、鼻血が出てきた。

「ひはう、はなひがほあれれひた」

「・・・馬鹿が」

巫山戯た俺が悪かったです。ごめんなさいでした。なのでそんなに冷たい目を向けないで下さい。そして、俺に鼻血を拭くハンカチーフを下さい。色は黄色で。幸福な色らしいよ。

結論を言えば、爺のよれたハンカチーフで鼻を摘まれた。

息ができない。



「ーー話しを戻すが、何もしないよりも身体を鍛えた方がはるかに有用だ。それに健全な精神は健全な身体に宿るとも言うしな」

「俺がまるで不健全だと言わんばかりに」

全く以て心外だと訴えてみたが、威力の高いデコピンを数発受け俺は見事撃沈した。

「不健全だろうが。一人でくよくよくよくよ悩んで、かと思えば無茶苦茶に走り回って身体を痛めつけて」

先日のことを指しているのだろう。

本当は孤児院に戻れたら一番良い。けれど、フォルスと別れたあの日、突然、声が聴こえた。


『人を殺せ』


そう囁く声は聴こえなくなったかと思えば、思い出したように囁き続け俺を蝕んだ。

怖くなった。

もしかして、エレナを手にかけようとした時のように誰かを、それこそ大切な家族を今度こそ殺してしまうのではないかと怖くてどうしようも無くなった。

眠れない日が続いた。

寝ている間にこの声に体をのっとられてしまうんじゃないか、皆が好きだと感じれば感じる程に俺の存在が皆にとっての“害”なんだと思うようになった。

体力も精神もすり減って、藁にもすがる思いでウル爺の場所に逃げた。

ウル爺だったら絶対に俺を殺してくれると思うから。直観的な信頼と俺の我儘でしかない願いを彼は受け止めてくれた。

ウル爺に抱きすくめられ、緊張の糸が切れたらしい俺は、睡眠不足も相まって気絶するように数日意識を失ったのだった。

睡眠をたっぷり取ったおかげか、今のところ声に悩まされることはない。それに、ウル爺が約束してくれたのだ。

俺を助けてくれる、と。

真実、それが嘘だとしても、こうして俺は肩の力を抜いて生きていける。

それだけで、十分だ。

十分、ウル爺は俺を救ってる。


でも、そんなことを素直に言う俺じゃない。


俺は両手で顔を抑えしなをつくった。

「いやん、俺をそんな目で見てたの!?恥ずか死しちゃう!!」

最後にウインクを飛ばせば完璧だ。

俺のキュートな仕草にウル爺もイチコロさ。

お前の(タマ)取っちゃるけん、覚悟しぃや!!


「あだだだだだだだだっっ!!ごめんなさい!ふざけ過ぎましたっっ」


茶化し続けた結果、流れるような所作で脇固めをきめられた。

掴まれている方とは反対の手で地面をばんばんと叩き限界だと訴えれば、すっと押さえられていた手が離れる。

何これ、びっくりする程痛い。


「分かればいい、分かれば」


演技のバリエーションは無いくせに暴力のバリエーションは豊富ってどういうこと?

俺が悪いことも自覚しつつ、それでもウル爺へジト目を向けることをやめられない。

「も〜、もっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」

「・・・十分手加減をしているだろう?」

何も問題無いと言わんばかりにウル爺が首を傾げるのを見て、俺はいつもどおり諦めた。

「えっと、それで?俺もここのおっちゃんらと一緒に運動しろってこと?」

俺達を避けるように遠くから様子を探っている冒険者達へ顔を向ける。皆一様に物珍しい表情を浮かべているのだから、面白くない。

折角、ウル爺の『悪魔』イメージを払拭しようとしたのに巫山戯ても意味が無かったみたいだ。印象操作って難しい。

「まあ要するにそういうことだな。ほれ、迎えが来たぞ」

ウル爺の伸ばされた指先へと視線を注げば、ラヴィーナが笑って手を振って此方へやって来ていた。その背後にソレイユが番犬よろしく付き従っている。

「やぁ、アルレルト。久し振りだね」

「ラヴィーナさん!!どうしたの!?」

俺は小走りで駆け寄り、再会の喜びにお互いの拳をぶつけ合った。ゴツンと思いのほか良い音がして互いに痛みを誤魔化すように手を振った。

「うん、先生に呼ばれてね、アルレルトの手伝いをして欲しいと言われたから。勿論、私もアルレルトに会いたかった、というのもあるけど」

素直に嬉しいけど、ウインクを飛ばして言われると嬉しさが半減するよね。

「でも冒険者の仕事は?」

「それはーー・・・」

ラヴィーナの声に被さるようにソレイユが口を挟んだ。


「ーーおい、俺は無視か??俺は!!」


なんとも醜い髭面に俺は閉口して、爺の後ろに隠れた。

「俺はおっさん達と口きいちゃダメなんだよ」

ウル爺を盾にすることでソレイユも必要以上に踏み込んでは来ず、首をひねって不思議そうに俺を見下ろした。

「は?何でだよ?」


「ーーお前達冒険者共が此奴に余計なことを吹き込むせいで変な言葉を覚えたからだ」


ウル爺の説明に遠巻きにしていた冒険者何人かが顔を背けた。身に覚えが大いにあったソレイユはと言えば、冷や汗をだらだらとかいてウル爺から数歩距離を置く。

「今、不自然な行動を取った者は覚えたからな。後ほど、己の振る舞いを後悔するがいい」

ウル爺からの死刑宣告に顔面蒼白になる者、足が震えて尻もちをつく者が多発し、その場はちょっとしたパニックに陥る。

「ま、まあまあ、ウル爺俺も気を付けるからさ。そんな脅さないでやってよ」

「お前を預かっている身としては、変な事をさせられん。それこそ、お前の保護者に顔向けができん」

ウル爺はそこで言葉を切ったが、俺には十分伝わった。

だからみせしめが必要なんだ、と。


ちょっと何このモンスターペアレント?害悪じゃん、怖よ!!


院長だったら絶対こんなこと言ってるウル爺を見たら爆笑するだろうし、何なら毎回雑に暴力を振るうウル爺の方が問題だと思うんだけど。

「あー・・・っと、とにかく、私であれば比較的安心して任せられるということで指名依頼をもらったんだ。先生は彼等の相手で多忙だからね」

彼等ーー冒険者や国境防衛軍、憲兵隊の人間達へ未だご丁寧に訓練をつけている。普段の仕事に加えて所謂慈善活動が付け加えられたのだから、ウル爺自身、自由な時間を確保するのも難しいだろう。

「まぁ、今更苦ではないがお前と彼奴らではあまりにレベルが違いすぎる。お前に合わせていたら話にならんからな」

「あー、はいはい。魔法も使えない俺じゃね、はい」

とても傷付いたので俺は地面に膝を抱えて座り込みブチブチと草を毟った。もう少し俺に優しい言葉をかけてくれても良いと思うんだ。

この草はウル爺の髪。

俺はそう思い込んで力強く草を毟っていく。

ブチ、ブチ・・・


「ブハッ!流石の『紅蓮』もこの子の前じゃ形無しなんだな」


ソレイユが口元を押さえて笑いを堪えようとしているが無駄に終わる。ウル爺は苦虫を噛み潰したような顔でソレイユを見、次に俺を見下ろした。

「唐突な草毟りは止めろ。気分を害したなら謝る」

俺は心の広い男ワーストワンだが、空気を読むことに長けてるからね、そろそろ草毟りは止めておこう。あんまりやり過ぎても、ウル爺から物理的な謝罪(圧倒的拳)をもらうことになりかねないし。

「さて、それで話しは戻すけど私が一時君の師匠代わりということだ」

ラヴィーナが言って、隣に立つソレイユを指し「此奴は私が無茶しないかの監視役だ」と不愉快そうに眉根を寄せた。

彼女の反応にソレイユがすかさずくってかかる。

「それはお前!復帰したとしても今までと勝手はちげーし、お前は一人でなんもかんもしようとし過ぎるんだ。監視がいるくらいが丁度良いんだよっ」

「・・・・・・耳元でがならないでくれないか?うるさくて仕方ない」

自分自身の振舞に体の喪失をもって思い至る点が多いラヴィーナは忌々しいとばかりに手で耳を押さえた。

「か、可愛くねー奴!こっちだって好き好んで監視やってるわけじゃねぇんだ」

「あぁそうだな。お前がお試しとか言って私に喧嘩を売って床板壊した罰だったな。自業自得だと言うのに、こうやって背後を着いてこられる私の気持ちにもなって欲しいものだ。圧が凄いんだよ、圧が」

ラヴィーナの言う通り、背後から周囲の冒険者へ威嚇しながらついてくる(ソレイユ)はこの上なく鬱陶しい存在だろう。

しかし、辟易していると雄弁に語る表情が逆に彼への信頼の表れのようにも思え、気安く言い合うラヴィーナを目に入れて俺は一つ頷いた。

「・・・・・・何か、二人が落ち着いたら呼んで。俺そこら辺で時間潰してるから」

「圧って何だよ圧って!?」と怒鳴り散らしているソレイユの言葉が木霊する。

暫く終わりそうにないと判じた俺とウル爺は顔を見合せた。

「・・・まあ仕方あるまい。遠くには行くなよ」

流石のウル爺も二人の仲裁をする気にもならないようで、さっさと離れて行った。



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