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【五章】居場所2



屋台が建ち並ぶ通りを抜け、 人混みに遅れないペースで歩を進める。昼時とあってか食材を買い求める者も多く、活気溢れる喧騒が耳に心地よく響いた。地面に敷かれた石畳を歩く度に、カツカツと硬い音が鳴る。聞き慣れぬ音に住民は視線を上げ、彼女の下肢を見て興味を失せたように視線を戻す。

存外、向けられる不躾な目も気にならないものなのだな・・・とラヴィーナは落ち着いた心地で杖を動かした。

手に馴染む杖は、活動量の多くなったラヴィーナの為にフォルブロが態々手造りしてくれた品だ。義足だけならまだしも、杖となると完全に彼の専門外だろうに「試作品だ」とぶっきらぼうに押し付けられた。

不器用な優しさにアルレルトと顔を見合せたものだ。


『あれがツンデレかぁ〜』


と微妙な顔をして呟く子供を思い出し、口元が上に向く。

人の流れにのり、目的地である煉瓦造りの建物の前で立ち止まった。建物から吊り下げられたプレートには、冒険者ギルドと彫られている。

一つ深く息を吐き、ドアノブに触れた。色の禿げたノブを押すと共に来訪を告げる鈴の音が奏でられる。

扉を開け中へと一歩、進む。酒場としても機能しているギルドから冒険者の笑い声がラヴィーナを出迎えた。

幾つかあるテーブルには、数人のグループが昼間から酒を呑んでいる。依頼をこなすにも時間が早すぎることを鑑みるとただの酒飲みの集まりらしい。何人か見覚えのある顔が頬を赤らめており、うんざりしながら酒気のこもった室内を一瞥する。

ラヴィーナが歩く度に硬質な音が室内に響き、自然と冒険者の視線が彼女に吸い寄せられていく。次第に酔っ払いの笑い声も止み、ひそひそと話す声にもならない音が空気に溶ける。

酒を飲んでいる割に彼等の視線には理性が多分に残っている。品定めする多数の目がラヴィーナを針の筵に座っている心地にさせた。

内心で溜息をつく。

冒険者として経験を積んできたことも、生きる為にこうして努力してきたことも無意味だったのかもしれない。やはり、義足どころか杖も無ければ歩けない彼女を冒険者らは受け入れないのだろうか。

「ラヴィーナさん!お久しぶりです!!」

場に似つかわしくない高い声に顔を上げる。受付嬢がラヴィーナに気付き、カウンターから出て傍へと駆け寄った。

「あぁ、ターニャ久しぶり」

ターニャは腰まである髪を跳ねさせながら、興奮したのか勢いのままラヴィーナに抱きついた。二重の大きな瞳は再会に喜びの感情を滲ませている。幼く見える容貌をしているが、もう直ぐ三十路になる年齢で子供も三人いる歴とした成人女性だ。しかし、ラヴィーナの腰までしかない小さな頭がいたく可愛らしく、到底子持ちとは思えない。ギルドのアイドル的な存在であるターニャは、腕に絡み付き天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を向けた。

ギルマスの右腕であるチェカが居るというのに、ターニャがアイドルということは・・・そういうことなのだ。ラヴィーナはこれ以上の思考を打ち止めた。よくよく思い返せば男装をしているものの自身も女であり、更に思考を深めればチェカ()のことも言えなくなる。

それは見事なブーメランが決まることだろう。

「ラヴィーナさん、私心配してたんですよぅ!大きな怪我をしたって聞いて、このままサヨナラになっちゃうんじゃないかと思って・・・っっ!でも、またここに来てくれたっていうことは、そういうことですよね!!」

薄らと目に涙を溜めるターニャの頬が赤く染り、周囲の男達の庇護欲とラヴィーナへの嫉妬心を煽った。冒険者らの観察眼に合わせて敵意が込められれば苦笑するしかない。

「・・・以前のように沢山依頼をこなす、ということは中々難しいと思うけどね」

ターニャの腕を離し不自然にならない程度に距離をとる。

理由は語らず杖先で義足を叩けば十分に伝わったことだろう。カンと軽い金属音にターニャは驚くよりも喜色を浮かべたまま首を振った。

「良いんですよぅ!ラヴィーナさんがまたここに来てくれた・・・、それに大きな意味があるんですから」

「それはどうーー」

真意をはかりかね、問いかけようとして突如放たれた殺気に背後を振り返った。


「ひっさしぶりだな、ラヴィーナ」


軽薄な口調で男は両手を広げて出迎えた。以前に比べ切り傷や青痣の増えた顔には、ラヴィーナの見間違いでなければ髭が生え揃っている。

身軽な出で立ちで入口に立つ長身の男を見上げたまま、ラヴィーナは腹を抱えて笑いたい衝動にかられ、必死に無表情(ポーカーフェイス)を貫く。

「再会の挨拶にしては、幾分悪戯(いたずら)が過ぎると思わないかーーソレイユ」

警戒を解き、挑戦的に視線を投げかけるとソレイユは人好きのする表情で受け止めた。

「いやぁ、なんだ、お前の勘が鈍ってないかの確認だ」

悪気は無いと手を振るソレイユの目が気まずそうに逸らされる。

彼は、ラヴィーナ達と共に聖域で子供らの護衛にあたっていた一人である。護衛と言っても、子供の遊び相手をしていただけに過ぎないが、そのことに不満を抱いていた内の一人でもあり、あっさりと切り替えて、酒も煙草も断ち入念に髭まで剃り落とし代わりとばかりに鼻の下を伸ばして子供らと関わっていた一人でもある。傍から見ているぶんには、子供達から良いようにからかわれ、大変滑稽であった。だが、プロとして誠実に対応していたことに関しては敬意を表したい。

思い返せば、純粋に子供らと戯れていただけのようにも感じられるが過去のことは水に流すべきだろう。ラヴィーナだけが報告書を提出していた点も今では些細なこと、豪雨で流そうではないか。

「そうか、それは大変余計なお世話様だよ。それにしても、良い顔になったものだな」

痣だらけの顔を皮肉ったところでソレイユは皮肉と取らずにはにかみ、ラヴィーナは肩透かしを食らった気分と少々の罪悪感に苦い思いで口を閉じた。

「まぁ、確かに俺は顔が良いからな。褒めたくなる気持ちも分かる。でも正直、照れるから俺への称賛は心の内にしまっておいてくれ」

馬鹿真面目に告げる男がまるで異種族のようだった。呆気に取られると同時にラヴィーナの中で理解出来ない存在として格付けされた瞬間であった。

ターニャがくすくすと控えめに笑いをこぼし、周囲の冒険者らも苦笑を浮かべる。ソレイユの登場で幾分か呼吸のしやすくなった室内に体の緊張を解いた。

馬鹿な男だが、場の空気を支配するのには長けているのだから、ある意味で油断ならない存在でもある。


「ーーで、お前復帰するんだな」


ソレイユが指を向ける。照準は、ラヴィーナをきっちりと捉えていた。

「ターニャにも言ったが、以前のようにはいかないと思う。・・・しかし、望むらくは挑戦したいと考えているよ」

本来、それを宣言しにギルドに足を踏み入れたのだ。

ターニャに言うよりも遥かに、同業者に願望をたれることの方が難易度が高い。その証拠に、鼓動は早鐘を打ち続けている。だが、今やそれを恥だとは思わない。

ラヴィーナは凛然と正面を見すえた。

ソレイユは視線を受けて、耳をひそめ成行きを見守る群衆へゆっくりと顔を向ける。見渡し終えると静かに首をおさえた。ポキポキと骨の鳴る音、深い息を吐き終えると鋭い眼差しをラヴィーナに向けた。

「ーーなら・・・。戻る気があるなら、証明してみせろ」

冗談の延長線ではない正真正銘の殺気が放たれる。

瞬間、張りつめた空気が室内を支配する。ピンと張った糸、いつ切れても不思議ではない緊張感に周囲は息を潜めて事態を静観した。

ラヴィーナの肌が粟立ち、我慢ならず()()()()

「ーー証明、とは?」

理解していながら、敢えて問い掛ける。

「ハッ!分かってんだろうが、実力で納得させてみろーーって話だよ」

疾走してきたソレイユの拳がラヴィーナを襲う。


『我が身を守る盾よーー、顕現しろ』


ラヴィーナの前に土壁が出現し、ソレイユの一撃が入る。分厚い土壁に亀裂が走り、攻撃を起点にガラガラと崩壊する。

跡形もなく消え去った盾を名残惜しく思いながら肩を(すく)めた。

「おっかないな。もう崩されてしまった」

「痛ってぇなぁ!!」

ソレイユは手を払って若干涙目になりつつもラヴィーナを()めつけた。

存外痛みが強かったらしいソレイユは、恨みがましそうにしている。

そもそも、突然殴りかかってきたのは彼であり、不満を抱かれることさえお門違いも(はなは)だしいのだが。

「痛いだろうね。ちょっと分厚く創っておいたから・・・。それにしても、まさか一発で壊されるとは思わなかったよ」

お門違いとは感じたものの、普段よりも頑強に創っておいたのでそれはそれは痛いことだろう。しかし、骨折していないにもかかわらず破壊された点を推察するとソレイユの力も以前より強くなっているらしい。

「お前が寝転んでる間、俺達(おれたちゃ)鍛えてたんでな。ーーーいくぞ」

今度は丁寧に開始の言葉をかけられ、より笑みを濃くした。

「それはそれは・・・、お手柔らかに頼むよ」

振りかぶり放たれる拳を最低限の動きでいなす。躱せば躱すほどスピードと威力の上がる攻撃にジリジリと押されて行く。

足を怪我したラヴィーナが冒険者ーーしかも筋力も身体の造りも何もかもが違う男に勝てるはずがない。五体満足であった時でさえ、ソレイユとは互角であったのだ。防戦一方の状況に焦れたのは、ソレイユの方であった。

「守ってばっかかよ!やり返してみろや」

トンと背中が壁につく。逃げ場を失なったラヴィーナの眼前には、勝利を確信したソレイユが迫る。


「言われなくとも、分かっているよ」


発声と共にラヴィーナの頭部があった場所から石槍が突き出す。

「・・・・・・っっ!」

出現した石槍は、ソレイユによって物の見事に打ち砕かれた。

看破されることも折込済み、一瞬でも隙が出来れば僥倖だ。

ラヴィーナは狼狽することなく身を屈め、怯んだソレイユ目掛けて杖から刀身を抜き放つ。


「ーー私の勝ち、で良いだろうか?」


切先をソレイユの首に添えて囁く。

ソレイユは苦虫を噛み潰したような顔で呻いた。

「お前・・・。それ、ズルいだろ。仕込み杖って」

首筋に刃のひやりとした感触、身動ぎすれば躊躇無く首を切断されると理解しソレイユは視線だけ動かしてラヴィーナへと訴える。

「何を言っているやら・・・。怪我から回復したハンデばかりの人間・・・それも女にいきなりつっかかってきた貴様が悪い。まあ、杖をついていると、より弱体化して視えるらしいから、今回みたいに不意をつけて楽しいのだけれどね」

フォルブロの好意と「普通のだとつまらんだろが」という彼のいまいち理解し難い美学(ポリシー)で仕込み杖となった。仕組みとしては、持ち手を回転させれば杖から刀身を抜くことが出来る。

どう考えてもラヴィーナの為だけの「試作品(武器)」だ。アルレルトに「ツンデレ」と評されるのも当然の結果である。

この仕込み杖は普段使いだけでなく、武器としても使用できるので大変使い勝手が良い。ソレイユに告げたように、怪我をしていると言外に示すアイテムでもあり、油断した敵の隙をつくことも容易い。

「楽しいのか」

「楽しいね」

「お前、性格悪くなってないか?」

飄々と返答すれば、すかさずソレイユが突っ込む。

「気のせいだろ、私は前からこんなものだ。で、どうなんだ?降参してくれても良いと思うぞ」

とぼけてみせれば、ソレイユは我慢ならないと白い歯をこぼした。

「・・・ふ、何だよそれ!わーったよ、俺の負けだ!!」

「負けだ、負けだ」とボヤいて両手を挙げるソレイユの首から刃を退ける。

ラヴィーナが刀身を杖に収めている間に、ターニャが嬉しそうに駆け寄った。

「はーい、お疲れ様ですぅラヴィーナさん!これ、タオルとドリンクどうぞぉ」

「あぁ、ありがとうターニャ」

用意の良さに感心しながら、薄らとかいた汗をタオルで拭い、渡された果実水を口に含んで漸く人心地がつく。

それを羨ましそうに見ていたソレイユが自分にもと強請る。しかし、ターニャは鉄壁の笑みを浮かべて首を振った。

「えぇ〜、ないですよ?ギルド内で急に乱闘騒ぎを起こしたソレイユさんには、後でチェカさんからきつ〜いお灸が据えられると思いますよぉ?」

ターニャは笑ったままだったが、彼女以外の全員が寒気立った。チェカを怒らせればどうなるか、ギルド内で知らない者はいない。

親の如くギルドマスターの世話を焼いている為、冒険者が普段チェカの標的になることは少ない。しかし、問題を起こすことでチェカの怒りに触れてしまえば、地獄が待っている。

ある者は薔薇の世界に(いざな)われ、またある者は顔面偏差値がとても下がった。薔薇の世界に行った者は、女好きだったらしいが、未だ薔薇の世界から帰還していない。顔面偏差値が高かった者もチェカによる整形(圧倒的暴力)により、二度と元の顔に戻ることはなかったと聞いている。

待っているのは、地獄だ。

「え、うっそ待ってくれよターニャちゃん!俺はそんなつもり無かったんだって!!チェカちゃん怒らせたら怖いじゃん、女の子になっちまう!!報告しないなりでなんとか上手く誤魔化してくれよぉ」

青褪め見苦しくもターニャに縋り付くソレイユを彼女のファン達が怒って引き離す。両腕を左右から取り押さえられたソレイユに先程までの余裕は欠片も無かった。最悪、薔薇の世界に誘われる可能性に子犬のように震えている。

「無理ですよぉ!ソレイユさんが暴れたせいで床板もボロボロになっちゃったんですから。ちゃんと修理費用貰いますからね?」

彼女の指摘する通り、ソレイユが踏み込んだことで一部床板が剥がれていた。

「そんな〜〜〜」

情けない声を上げ項垂れる。その姿はまさに敗者であった。

ラヴィーナは堪えきれずに笑いだした。

「ふ・・・・・・あはははははは!!」

ラヴィーナへと周囲がギョッとした顔を向ける。数多の驚きを隠しきれない視線にきまりが悪くなり、その中にソレイユも含まれているとなれば悪いどころではない。

人の不幸を笑ったことを自省しつつ、内心を悟られぬよう善人の仮面(良い人面で)を被って提案する。

執拗(しつこい)い男は嫌われるぞ、ソレイユ。連帯責任ということで、私も怒られよう。諦めるんだな」

彼をとり抑えている冒険者らに離してやるよう合図する。自由を取り戻したソレイユは、そっぽを向いてラヴィーナの提案を突っぱねた。

「・・・・・・いいよ、俺一人で十分だ」

「おや、そうかい?」

チェカの被害者になる気は更々無かったラヴィーナは、速やかに身を引く。

ソレイユは頭を掻いて気を取り直すと室内に響き渡る声量で言い放った。

「そんなことより!!今日は俺がもつ!ラヴィーナの帰還に祝杯を挙げようじゃないか」

瞬間、冒険者らの歓声にギルド内が揺れた。吸血鬼の超音波よりもキツい耳を(つんざ)()()に手で耳を押える。

慣れた手つきで厨房からソレイユがエールを配り出し、制止をかける為に一歩踏み出せば、瞬時にターニャが腕に絡み付いてラヴィーナを引き止める。

「は、離してくれターニャ。態々祝う必要は・・・」

「まあまあ、ラヴィーナさんそう言わずにお祝いさせてくださいよぅ」

先程まで傍観者を決め込んでいた他の奴らも率先してエールを回している。

何時に無く協力的な様子にラヴィーナの疑念は膨らんでいく。


ーーそもそも、お前達は何某か理由をつけて呑みたいだけじゃないのか、と。


「ほらよ、お前のぶん」

しかし、上機嫌でエールを渡してくるソレイユを見て、その想いを胸にしまうほか無かった。

「ーーありがとう」

ラヴィーナが受け取ると彼はより頬を緩ませ、一同を見回した。

「我らが同朋(どうほう)の帰還に、乾杯!!」



「「「「「乾杯!!!」」」」」




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