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【四章】聴こえる




しくしくと布団の中で涙に明け暮れること0回ーー・・・、俺は悲しみを通り越してなんかもう、今の状況を楽しんでいた。


「いやー、聞いてよもう!この間魔法使おうと思ったら使えなくなってて困った困った!ラヴィーナの前で格好悪いとこ見せちゃった」


「あらあら、それは困ったわねぇ。格好悪いことこの上なしね!」

院長が服を畳んでいるその太腿に頭を乗せ、うだうだと語る俺に院長がまた心にも無い言葉を返す。

この無駄な時間、大切にしたいよね!

俺が地味に院長の邪魔をしていると両足を引っ張られ、俺の頭は床に墜落した。

「痛ぃんぬっ!」

ごんっと良い音を響かせた頭を押さえ、悶える俺をマリーナが見下ろす。


お前が犯人か!!


そして、俺の傍に座ると自身の太腿をぽんぽんと叩き出した。

「・・・・・・何?」

「・・・・・・・・・・・・」

問い掛けてもマリーナは答えず、無言でぽんぽん・・・否、徐々に力が込められばんばんと叩き続ける。俺が混乱している間にも、威力は高くなっていく。


「怖い!!なに何!?」


ええ〜太腿痛そうなんだけど・・・・・・。

いや、でも案外リズミカルに叩いてるようにも思える。太腿の痛みを超越した楽しさがあるのかもしれない。

・・・もしや、マリーナは俺とセッションしたいのか・・・?

俺は自分の太腿を試しに叩いてみた。

マリーナがハッとして俺の太腿を注視する。


「・・・・・・・・・」


俺は唾を飲み込み、妙に緊張しながらそのままリズミカルに叩き続けた。


ばばんば、ばんばん!!ばん!!


・・・・・・・・・。

いや、無理だわ。痛い。全然痛みを超越した楽しさなんか分からん。いった・・・。引くわ・・・。

なんなんマリーナ、何でお前が始めたことなのに呆けた顔でこっち見てるんだよ。お前が始めたことだぞ?!俺とセッションしろよ!!


叩けよ!!


俺がマリーナへ念を送っている矢先、ぱんっと弾ける様な音が鳴った。

背後を振り返るとディックとネルが部屋の扉にもたれ掛かり手を叩いている。


「一人でなーにやってんだよ」


「手拍子も必要、だろ・・・?」


何で二人ともキメ顔なのか分かんないけど、俺は妙に感動して目が潤んだ。

「お前ら・・・・・・っ!やってくれるのか・・・?」

二人は返答代わりに手を叩く。ここから俺達の熱い演奏(茶番)が始まった。

ディックが手拍子して、ネルが腹を叩き俺が太腿を叩く。


最高だ!!


だけど俺達の演奏(茶番)はまだ完璧じゃない。ちらりとマリーナへ視線を投じれば、彼女はびくりと脅えた眼差しを俺に返した。何故脅えているのか分からないけど、マリーナも気付いただろう。

俺が叩きながらガン見し続けた結果、彼女も渋々と太腿を叩き出す。


完璧だ!!


マリーナよ、俺を床に落とした罪は許そう。俺は心の広さワーストワンで有名な男だ!

「あはっ、あははははっっ!!おバカ!!」

院長が腹を抱えて笑い、バカ呼ばわりされた俺達は叩くのを止めた。皆それぞれに叩いていた部位を撫で摩る。

勘違いしないで欲しいが、別に痛かったから止めたわけじゃないんだ。


・・・めっちゃ痛い!!!


「はいはい、変なことしてないで。ちょうど良いから一緒に洗濯物畳んでちょうだい」

「はーい」

院長がぺしりと俺の頭を叩いてそのまま髪を一撫でしていった。

ディックとネルは最初から院長の手伝いに来たらしい、素直に服を畳み始める。

となると、マリーナもそうだったのだろう。俺が院長の邪魔をしていたから床ゴンをしてきたというわけか。でも俺は床ゴンより壁ドンの方が好きかな。股ドンでも可。でも本気で股ドンされたら玉ヒュンするよね。

いくら恋愛感情があろうとも人体の弱点をドンするとか鬼畜行為過ぎると思うんだ。

「マリーナ、膝枕したい時は直接言った方がいいわよ?あの子、本当におバカだから・・・」

「・・・・・・頑張る」

隅でマリーナと院長が内緒話をしだしたので、俺はネルとディックの輪に加わった。

「なあなあ、この後遊ばない?」

俺が遊びに誘うと二人は顔を見合せた。

「別に良いけど・・・ラヴィーナさんは?」

ネルが不思議そうに問う。

今までラヴィーナに付きっきりだったこともあって、片割れの行き先に疑問を持ったらしい。

決して、俺が金魚の糞だった訳では無い。

「訓練がてらギルドに顔だししてくるから遊んでなって言われた」

フォルブロから義足を貰ってからラヴィーナはめきめきと力を付けている。俺の手助けなんてちゃちなものも不要になって、一人でウル爺の所にも行けるようになった。

漸く動けるようになったからと、近々孤児院からも出て行く予定だ。

勘違いして欲しく無いのだが、別に寂しいなんてこれっぽっちも思っていない。


・・・たまには遊びに来なさいよね!!馬鹿!


「あの人、ぐんぐん動けるようになったな。やっぱり冒険者って凄いなあ」

ディックがしみじみと呟き、俺はそれを耳ざとく拾い上げた。

「そうなんだよ!最初は俺の肩とか松葉杖が必要だったのに、今じゃ普通の杖だけでさあ!ウル爺的にもあとちょっとで杖も要らなくなるだろうって言ってたんだ」

俺の勢いに二人は若干引いて物理的に距離を置く。

酷すぎない?

俺がいじいじと床に字を書いているとネルがなるほどと手を打つ。

「さては、ずっとラヴィーナさんと居たから離れて寂しかったり」

「・・・・・・・・・(コクリ)」

見事に図星を突かれて俺は静かに頷いた。更にいじいじと床に字を書く。俺の哀愁漂う可愛らしい背中には、きっとキノコも生えていることだろう。

「なんて辛気臭いんだ・・・」

背後でディックがゴクリと唾を飲んだ。

「このキノコ食べられるかなー?」

「エレナ、お腹壊すから止めといた方がいいよ」

騒ぎを聞き付けてやって来たらしいエレナがつんつんと俺の背中を指す。その一指し一指しが全部痛い所にクリティカルして俺は無言で悶えた。

「「キノコ狩りだー!!」」

双子がキノコ以外の場所をむんずと掴んでいく。

「あ、止めて!痛い!!俺の大切なキノコ取らないで!!育てるのに時間かかるから!!大切にしなきゃだから!!」

玉ヒュン以上の攻撃に俺は逃げた。

バーロー!!一生許さないんだからな!!

俺達が戯れているのを横目に院長がマリーナの両肩を掴んで何度も問うた。

「マリーナ、本当にあの子でいいの?」

「・・・・・・・・・・・・うーーん?」

マリーナが困ったように首を傾げている。傾げ過ぎてもげそうになっていたので、俺は正面に顔を戻してやった。

これが顔の正位置です。



賑やかな室内とは反対にコンコンと控え目なノックをして、開けっ放しの扉から男性が顔を覗かせる。

「すみません、今いいですか?」

「あら、フォルスさんどうされたの?」

院長がマリーナの肩からするりと手を離してフォルスの傍へと駆け寄る。

フォルスは申し訳なさそうに頭を搔いた。

「いや・・・、急なことで申し訳ないんですが、これから故郷に帰ろうと思います」

告げる彼の背には荷物が背負われている。

あの騒動があってから治癒目的でラヴィーナと共に救護棟で寝泊まりしている。窶れていたことも嘘のように、今では顔にも肉がついて血色が良い。

最近では、子供達の相手をして庭を駆け回っている姿もよく見かけていた。


「でも、貴方の村はーー・・・・・・」


俺は目を伏せた。

坊が彼の村を襲ったことは既に聞いている。帰る場所も失い、俺はてっきり彼が安息の地としてここに根を下ろすのだと思い込んでいた。それは院長も同様だったらしい、驚きで口元を抑えている。

「あぁ、分かってます。もう誰もいないのは・・・けど、皆をちゃんと弔ってやらないと。体力も回復しましたし、方々に世話になった礼もしたいので。今までお世話になりました。貴女達のおかげで(かたき)も取れたし、なにより・・・・・・、生きる覚悟が出来ました」

深々と頭を下げるフォルスに俺は複雑な心境だった。

坊は彼にとって(かたき)だった。それは仕方の無いことだ。けれど、(かたき)を討てて良かったと諸手を挙げて喜ぶことも出来ない。

なんて中途半端なんだろう(俺はどっちつかずだ)

でも、これからもきっと似たような感情は沸き起こる。

自然と俯く俺の耳に院長の声が届く。

「・・・そう・・・・・・、じゃあ無理に引き留めることはしないけれど・・・・・・。もしも・・・、もしも、どうしようも無いことや助けて欲しいこと、辛いことがあれば何時でも帰って来てちょうだい。子供達も貴方のことは大好きだし、なにより貴方はもう、うちの家族のようなものだし・・・・・・、ね?」

フォルスは瞠目し、そして少しだけ微笑んだ。

「院長先生には敵わないなぁ・・・・・・。ありがとうございます」

眦を下げて院長も頷くと俺達を見渡した。

「さぁ、フォルスさんがお家に帰るのですって。皆でお見送りしましょう」

孤児院の全員を集めようと院長が部屋を出ていく。エレナやネル達も人を集める為に院長の後をついて行った。部屋には出遅れた俺とフォルスだけが残る。

「んー・・・別に良かったんだけどなぁ」

小さくボヤきながらもフォルスは嬉しそうに院長達の出て行った後を眺めていた。

どうしようか、二人きりなのも居心地が悪いし俺も皆について行こうかな。

俺が部屋を出ようとした所でフォルスに気づかれた。

「あれ、君って・・・・・・あの夜の・・・」

しかも、内容的に孤児院から抜け出した問題児であることも知られているようだ。

俺は素直に頭を下げることにした。

「あの時は、迷惑をかけてごめんなさい」

「いやいや、君が元気そうで良かったよ。なんだかんだで同じ建物の中に居たのにすれ違っていたみたいだ」

フォルスは「気にしていない」と手を横に振る。彼の面倒見の良さや温厚な人柄を知っているだけに良心が痛んだ。

擦れ違うも何も、最初からフォルスに出会わないよう細心の注意を払ってきたのだ。

坊の被害者に対して、何も知らぬ顔で平然と接せられるわけがない。

俺が笑って誤魔化していると不意にフォルスの手が頭に乗せられた。

「本当に、無事で良かった。怖かったろう・・・・・・あんな化物に付き纏われて」

「ーーー・・・・・・っ」

胸底から何かが悲鳴を上げた。

フォルスの手を、存在を、消滅させるべきだと何かが俺の心に囁きかける。あまりの不快感に身体中を鳥肌が駆け巡る。殺せ、殺せと鳴り止まない幻聴に戦慄し、身体が硬直した。

そして、目の前の存在が俺にとって“虫酸の走るモノ”だと強く認識させられた。


ーー殺せ・・・、殺せ・・・・・・ーー


「嫌だ」と拒絶したいのに、まるで金縛りにあったように身体が動かない。耳を塞ぐことも、幻聴を振り払うことも出来ず、俺は愕然たる思いで立ち尽くした。

あの時と同じだ・・・。いや、違う意志ある『私』とは別だ。『私』とは異色のーー・・・何かだ。

この声にこれ以上耳を傾けてはいけない。

でないとーー・・・・・・



此奴(人間)を殺す



「ーー・・・・・・ッッ!」

火がついたように頭に置かれたフォルスの手が引っ込められた。フォルスもまた、俺と同様に瞠目し、お互いの視線が暫し交錯する。目に映るのは互いの底知れぬ恐怖。

片手を抑え、見る間に顔色を悪くした彼はジリジリと後退する。

「ーーわ、悪いっ!院長先生に見送りは要らないと言ってくれ!!」

駆け出したフォルスを追うこともせず、俺はその場にへたりこんだ。

瞬く間に声はなりを潜め、俺は確かめるように自身の耳に触れた。


「俺・・・・・・、どーなってんの・・・」


寄りべなく転がり落ちた言葉を拾う人間はいなかった。





⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸




フォルスは自身が強くなったと過信していた。スルリカの皆を、リヤン(心友)の悪夢を視なくなり、ただ生きる為に前を向き続けていた。

己の手であの醜い化物を討ちとったことにより自惚れは強くなった。だから、勘違いしてしまっていた。

化物へのトラウマも克服し生まれ変わることができたのだ、と。

しかし、そんなことは無かったのだ。ありもしないまやかしに縋っていただけだった。子供らと戯れ安寧を取り戻した末に、漸く次へ進む力を得たというのに。

フォルスは走った。


「ーーどうして・・・っっ!!」


曇天から雫が落下し、フォルスの全身を穿つ。急激な天候の変化に路からは人々の姿が掻き消え、否が応でも彼にあの日を思い起こさせた。

地面が濡れそぼり、噎せ返る程の雨の匂いが全身を覆う。

こめかみが鈍痛を訴えようともフォルスは全力で街を走り抜けた。少しでも速く、遠い所へと目指して身体を動かす。

「何故っ!!」

がむしゃらに動かしていた足が絡まり、地面へと強かに顔面をぶつける。

フォルスは絶望を隠すこともせず、泥の中でもがいた。


「・・・何故、あの子を殺さないといけないんだ・・・・・・」


弱々しく紡がれた言葉は雨音に遮断され、悔しさから地面に爪を立てる。

子供の髪に触れた途端、化物を倒してから眠っていたはずの山神の加護が目覚めた。

殺せと耳元で囁くような近さで語りかけるそれにフォルスは首を振った。加護は既に彼の手から転がり出し、意志を持って命令し続ける。

「子供じゃあ・・・、ないかぁ・・・」

頭痛が更にフォルスを蝕んでいく。

目から溢れ出る涙は、何を意味するのか彼自身も把握出来ないまま、頬から流れ落ちて泥水と混じり波紋を描く。波紋によるものか歪んだ己の顔が見つめ返した。

本能的にフォルスは叫んでいた。

「ーー山神よっっ!・・・俺は、俺は!子供を殺す為に生き延びたと言うのか!!!」

坊の姿が脳裏に浮かぶ。救うことの出来なかった村人達が浮かんでは消え、フォルスを追い詰めた。

「〜〜〜その為に、お前は俺を生かしたのか・・・!?」

己の姿に向かって怒りを爆発させる。言うまでもなく、水鏡は返答することなく豪雨に姿を消した。咄嗟に手を向けるが、指先は柔らかな泥を掴むばかりだった。

フォルスは縋るように天へと手を伸ばす。

「それなら、要らん!!俺は、こんなもの要らない!!アンタに還す!!!」

加護はフォルスにとって毒にしかならなかった。

子供を殺して、明日を平然と笑っていける筈がない。友人達を守れなかっただけでこんなにも心が押し潰され痛いのだから。


「だから・・・・・・どうか、俺に子殺しをさせないでくれ・・・っっ!もう沢山だ・・・、解放してくれ」


咆哮に空気が震える。

次第に雨音は静まり、空を覆う雲からいく筋もの光が地上へと差し込まれた。神々しいほどの光の柱にフォルスは息をのんだ。天の御使いでも現れるかと期待して、瞬時に夢見がちな願望だと打ち消した。


茫然と柱を見つめーー・・・、彼は止むことのない痛みに意識を失った。


意識を手放す寸前、柔らかな女性の指先が頬に触れた気がした。




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